第六色 糸巻うずめ
月曜日の朝、目覚ましの音で目を覚ます。ああ、今日から面倒くさい1週間が始まる。
カーテンを開ける、清々しい朝日が僕の目にしみる。今朝も寒い、さっさと着替えを済ませるとしよう。もそもそとパジャマのズボンを制服のズボンに履き替え、Yシャツのボタンを閉めていると、あるものに気が付いた、窓のすぐ先にある家。お隣さんだ、向かい合いになってる窓にヤツが張り付きよだれを垂らしながらこっちを見ている。 怖っ。
一気にカーテンを閉め、ブレザーを羽織った。
1階の階段を降りる。いつも思うが階段の角度が結構急だ、寝ぼけていると大体転げ落ちる。階段を無事降り、居間へ向かう卵焼きの匂いがする。
朝ご飯を済まし、かばんの用意。いつも前日にやろうと思ってはいるがいつも忘れる。用意が終わり、家を出るまで時間がある、本を読んで時間を潰そう、そう思った矢先、家のインターホンが鳴る。ヤツだ。
「お邪魔します。蛍君いますか?」
入って来るな。
「あっ、うずちゃんじゃない!いらっしゃい、ケイなら2階で本を読んでると思うけど。」
入れるな。
「おはよ!」
階段を上がってくるの速っ!
このヤツこと、糸巻うずめは歳一つ上の幼馴染で高校では真面目で清楚なキャラで全校の男子の憧れの的だ。確かに容姿は整ってはいるが。
「何読んでるの?早くしないと遅れちゃうよ、早く行こうよ。」
本を読む腕をがくがくと揺らしてくる、子供か。
「んんんん、分かったよ、行こう。」
しぶしぶ階段を降りる。
「では、行って来ますね、お義母さん。」
「なんか漢字が……行ってきます。」
「2人とも、行ってらっしゃ〜い。」
正直言ってうず姉と一緒に行くのは好きじゃない。何故かって?同じ高校の男子からの目線がめちゃくちゃ痛い、槍の様に刺さる。
あと恥ずかしい、うず姉はうず姉で僕といて恥ずかしくないのだろうか。
僕はクラスでもそこまで目立つ生徒ではなく、入学時に左腕の事で一時期騒がれたくらいだ。
「うふふふ〜」
ほら、早速腕組んできた、こんな所を友達に見られでもしたらただでさえ少ない友人がゼロになるかもしれない。
「は、離してくれないかな、うず姉。」
「え〜。」
「恥ずかしいから!」
「やだ、ほたちゃんたら可愛い♡」
「…」
まるで話が通じないから諦める。うず姉はよく僕をからかってくる。一体何が楽しいのやら、当の本人はにこにこしている。
何やかんやで高校に着いた。うず姉は腕を離して既にいつもの真面目なキャラになっている。切り替え早いなぁ。
「じゃあ、また放課後、一緒に帰ろうね。」
「うん。」
うず姉が手をひらひらと振ってくる、黙って振り返し、教室へ向かう。
「よお篠木、今日もうずめ先輩と登校か、羨ましい限りだぜ」
茶髪の長めのスポーツ刈りの男が話しかけてきた。この男は同じクラスの、古野 和真 小学校からの友達で、1人だった僕に話しかけてくれたり、遊びに連れて行ってくれたり、いじめられた僕を守ってくれたり、人相は悪いが良い奴である。
「ああ、おはよう。今日も元気そうだね。」
「おうよ!今日こそ学食のケーキ食ってやるよ!」
「僕も負けないからな。」
「はははっ、大丈夫だよ!お前の分も取ってきてやるよぉ。」
「言ったな!」
話していると教室に着いた。黙々と用意をする。和馬は自分の席に戻り友達と話している。
そして今日も長い授業が始まるのであった。
―――放課後―――
「あーーーーーーー今日も疲れたな!」
和馬が僕の隣に来て叫ぶ、うるさい。結局学食のケーキも食べられなかった
「明日こそは勝ち取ってやるからな!」
「無理しなくてもいいよ、また滑って脳天打ちサマーソルトされても困る。」
そう、和馬は学食室に急ぐがあまり、水道の近くを走って通った際に廊下にこぼれていた小さな水たまりを踏み、僕の目の前でガイル顔負けのダイナミックなサマーソルトをかましたのだ。流石に心配した。僕が保健室まで引っ張って行ったのだから感謝して欲しい。
「いててて、まだ少し痛えな。」
「今日は部活休んだら?頭打ったんだし。」
「そうするか。大会も終わったしな、大丈夫だろ。あっ、一緒に帰ろうぜ!もちろんうずめ先輩もいるよな?」
「いるよ、僕は全然構わないけど。」
2人で校門へ向かう。
やっぱりいた、うず姉だ。
「おーい!うず…め先輩、今日は和馬も一緒だけど良いよね?」
みんなの前ではうず姉と呼ばない様にしている。
うず姉は笑顔で。
「ええ、構いませんよ、和馬君、いつも蛍君といてくれてありがとう。蛍君、昔から友達がいなくて。」
「ぜ、全然っスよ!こいつとは気が合うんで!」
何この茶番みたいなの。
しばらく歩いて、和馬と別れる。うず姉は珍しくずっと黙ったままだ。
「うず姉、どうしたの?気分がわるいの?」
「…気付かないの?」
「え?」
「いっ、いいの!なんでもない! ちょっと忘れ物しちゃって、先帰ってて!ばいばい!」
と言い走って来た道を引き返して行った。でも辺りはもう暗く、街灯があり多少は明るいとはいえ、女の子1人じゃ危険だ。しょうがないから僕も一応ついて行くか。うず姉って確か暗い所が苦手だったはず。
校門の前で止まる、妙だ、うず姉が近くにいる気がする。校舎の裏の森からなにかの気配がする。嫌な予感がし、足を速めた。
森に着く、気が少ないせいか月明かりに照らされ、視界だけは良い。奥に進むと、人影が1つ、あれは…うず姉だ。
だが様子がおかしい、震えている。足元には、死体!?うっすらだが血の匂いが漂っている。うず姉がやったのか?
「うず…」
「きみも、私を殺そうとするの?」
うず姉が唐突に呟く。
「うず姉、何を言ってるの?」
「誤魔化さないで!能力者同士は感知し合えるんだよ!って事は、もう気づいていたでしょ!」
「もう人なんか殺したくない!なんでみんな私を狙うの!?もう…やめてよ!」
うず姉の腰の辺りから何かが飛んでくる、狙いは右腕。左に跳んでして避ける。その飛んできた何かは僕の後ろの大木に当たり、止まったかと思った。それが誤算だった。
何かは大木をやすやすと貫通し、それに軽く巻き付いて大きく弧を描きながら、戻ってきた”何か”が僕の右肩に深々と刺さった。
「がっっっ!」
想像を絶する激痛、痛みを堪えながら何かを魔腕で引き抜く、月の光でその正体が明らかになる。大きさは手のひら程で縦長のひし形の板だった、それに全ての辺に鋭い刃がついている。
「よそ見しないで!」
魔腕で持っていたはずのそれは既に手元には無く右手首にワイヤーようなものが巻きついている。その先端には先程のひし形。
そうか、先端にひし形状のブレードが付いたワイヤーを自由自在に操れるのか。
ワイヤーを引っ張ってみる、ちぎれない。
「こんな力…いらない!」
右手首に巻きついたワイヤーが引っぱられた。
再び激痛、右手首が切断された。そんな使い方が出来たのか。
「ぐうううううううっっっ…くそっ!」
軽いパニックを起こしているお陰か、痛みはそこまで気にならないのか救いだ。
凄まじい速度で振り回される4枚のブレードを躱す。かわされたワイヤーが先程の様に大木に軽く巻き付き、勢いを残したままさっきとは、逆方向から襲ってくる。巻き付かれた大木はそのまま切断された。
「例外…か。」
兄さんの言っていたことを思い出す。
うず姉を止めようにも、常に4枚のブレードがうず姉を守るように高速で振り回されており何者の接近も許さない。それによる斬撃は1発でも食らえば致命傷だろう。物理特化の僕の体をやすやすと斬り裂いて切り裂いたのだから。
無数の斬撃を避けながらでも、うず姉を止める方法を考えろ、 右腕はもう動かない、迫り来る少しずつだが当たるようになってきた。
失血のせいか視界がぼやける。
左右からの斬撃は小さく跳躍して避け、着地と同時に迫る、首を狙った一閃、避けるのは間に合わない。即座に魔腕で弾く、少し傷が付いた。
まともに食らうと死ぬ。何とかチャンスを見つけないと。
うず姉の顔はずっと真顔だ。でも、”泣いている”気がするのは気のせいか?
「…あっ。」
見つけた、うず姉を止める方法、成功するかは分からない。そのためにも、複数のブレードによる同時攻撃が来るのを避けながら待つ。
「ぐぅっ!」
避け損ねたブレードが左足に掠った。アキレス腱を切断されたようだ。もうほとんど動けないかもしれない。
「これでやられて...ブレード」
左右と上の3方向から刃が僕の身体を突き刺そうと恐ろしい速度で襲ってくる。今が好機だ、1箇所な複数のブレードを使って攻撃すると、無論、中心がガラ空きになり、数歩分の活路が生まれる。すなわち正面突破が可能だ。全速力でうず姉の所まで魔腕で心臓を庇いながら、残った足で前方へ跳ぶ。
だが、僕は勘違いをしていた。飛んで来たのは3枚だ。最後の1枚は、どこだ? すぐに見つかった。気づいた頃にはもう遅い。ブレードの切っ先は僕の右胸を貫いていた。
嘘だろ、魔腕でガードしていたんだぞ?貫通したのか。
魔腕は手首の所から切り落とされ、小さな光の粒子が大量に吹き出している。それに色がどんどん薄くなってゆく。
胸からの出血で意識が遠くなる、それを全力で引き戻す。
すぐ後ろからブレードが迫って来ている。ここまで来て諦めたら全て終わりだ!
あと一歩!残った右足を使い、うず姉に激突する気で地面を思い切り蹴る。
「うおおおおおッッ!!!」
「きゃっ!?」
両腕を開き、優しくうず姉を抱き締める。
誰にも相談出来ずに、1人で戦ってきたのだろう。
「や、やめてっ!離しなさいよ!」
―――絶対離さない―――
「このまま…殺すからね!」
――-これ以上は無理だよ。だって-―-
「うず姉…泣いてるよ…」
「っ…!」
うず姉は初めからずっと泣いていた。怖くて、怖くて、怖くて、泣いていた。いくら隠していたって、僕には分かる。
同時に僕に向けられていたブレードが全て地面に落ちる。
「出来ないよ、もう、こんなこと。」
「ぐすっ…ごめんねっ…」
うず姉が僕の血まみれの胸に顔を埋めて泣き出した、涙が傷口にしみる。
声が出なくなってきた。うず姉を安心させたいけど、もう右足だけで立つのは限界だ。胸と右腕からの出血が酷く、立つこともままならなくなりバランスを崩した。
「蛍くん!!!」
倒れた、やばい、意識がもう保てない。猛烈に眠い。
「蛍くん!私っ、忘れたくないよ…」
僕は最後の力を振り絞り、声に出す。
「泣か…ない…で…大丈...夫だ...から...」
その瞬間、僕を繋ぎ止めていた意識の糸が切れた。