第七話
互いの顔合わせを終えたミソラたちは、そのまま近くのファッションビルに入った。このゲームでは服からアクセまで幅広いアイテムを身に付けることができる。まだ初期設定状態であるミソラのアバターを着替えさせるのが目的だ。
〈ミソラ:ど、どうかな……?〉
〈+SENA+:お、めっちゃかわいい〉
〈サクラ:とてもお似合いです〉
現実のお金に換算して数百円ほどの比較的安い衣服系アイテムを数個ほど買って身に着けたミソラに、星奈と桜は好意的な反応を見せる。
〈ミソラ:そう……? 変じゃない?〉
〈+SENA+:変じゃない変じゃない。移動速度と防御力がプラス五十だから、性能的にも初心者には結構いい装備だよ、それ〉
〈ミソラ:私、服を買ってまず性能を褒められたのは初めて……〉
〈サクラ:あはは……〉
現実世界における極めてコンパクトな身体的特徴により「ファッションを楽しむ」という感覚に疎いせいか、服の見た目よりも性能に注目する星奈。
そんな星奈の性格をもう理解しているのか、ミソラと並んで桜も苦笑している。
〈+SENA+:装備はとりあえずこれでいいとして、この後はどうしようか?〉
んー、と周囲を見回す星奈からの問い掛けに、ミソラは久しぶりのゲームで自分が意外と気疲れしていることを自覚して、
〈ミソラ:私は少し疲れちゃった。休憩してるから、二人で遊んどいで〉
〈+SENA+:わかった。それじゃ初心者向けの消費アイテムでも少し買ってくるよ。行こ、サクラちゃん〉
〈サクラ:うん。ミソラさん、また後ほど〉
星奈はいつも通りに、桜は丁寧にお辞儀のモーションを残して、近くにあるドラッグストア──アイテムショップへと入っていった。それを見送ったミソラは、少し前から近くのベンチで休憩していた男性陣──SHAGとシーくんの隣に座る。
ふかみちゃんは……いた。近くにある別のお店で何か買い物をしているようだ。
〈SHAG:お疲れさま。いい服を買えたみたいだね〉
〈CHS-102:夜空の美しき星は常に動き続ける。しかしそれを眺める僕たちは、立ち止まって静かに空を見上げるのである〉
〈ミソラ:ありがとう。私も疲れちゃったよ〉
シーくんの言っている言葉の意味はよくわからないが、なんとなくこちらを労ってくれているのは理解できた。ミソラは感謝を伝えておく。
〈ミソラ:ふかみちゃんは何を見てるの?〉
〈SHAG:あそこは……雑貨屋だね。現実の雑貨屋とは違って、魔法に使う道具から特殊なイベントのための触媒まで取り扱っている店だよ〉
〈ミソラ:魔法……ねぇ〉
〈SHAG:ミソラ君も見てくるかい?〉
〈ミソラ:ううん。私はいいや〉
そんな会話を交わしながら、しばらくふかみちゃんの様子を眺めていたミソラだが、ふかみちゃんが店の奥に入ってしまい視界から消えたことで会話も自然と止まる。
しばしの沈黙。
そして、
〈SHAG:何か聞きたそうだね〉
不意に、SHAGがそんなことを言ってきた。ミソラがチラチラと視線を向けていたせいだろう。彼の言葉はミソラの考えを言い当てていた。
〈ミソラ:……SENAとは、どのように知り合ったの?〉
隣に浮かんでいる星奈の注意がこちらに向いていないことを確認してから、ミソラはマイクではなくチャット用の画面内キーボードを開いて、SHAGにそう問い掛けた。
星奈の友人に対してあまり詮索するようなことはしたくないし、決して彼が「男の娘好きの成人男性」という立場であることに何らかの懸念を抱いたわけでもない。
ミソラは単純に、星奈が友人たちとどのように知り合い、そして仲良くなったのか話を聞きたいと思ったのである。
ミソラが急に文字でのチャットに切り替えたことや、その辿々しい文字入力の遅さについても特に気にした様子は見せず、SHAGはミソラの質問に応じる。
〈SHAG:君はSENA君のお姉さんのような存在だと事前に聞いていたからね。そうした質問をされるだろうなとは思っていたよ〉
〈ミソラ:ごめんなさい〉
〈SHAG:いいんだ。当然の疑問であり質問だと思うよ〉
そしてSHAGは、自身のアバターのすべすべした幼い頬をつついて、
〈SHAG:私はね、こんなに人当たりが良く可愛らしいアバターを作ってはいるけど、SENA君と出会うまで、このゲームの中で友人や仲間というものを作ることができなかったんだ。シーくんやふかみ君、サクラ君も、細かな事情は違えど似たようなものだよ〉
SHAGがチラリと横へ向けた視線の先、ぼんやりした顔で宙空を眺めていたシーくんも、その言葉にはコクリと頷いた。
肯定、ということだろう。
SHAGは続ける。
〈SHAG:例えば私の場合、仕事の影響でプレイする時間も不安定だし、実際に会って遊ぶこともできない。友達付き合いという意味ではとても付き合いの悪いプレイヤーだ〉
〈ふかみ@課金制限中:わたしも人付き合いはにがて。なにせひきこもりだから〉
SHAGの言葉を引き継ぐようにして、ふかみが買い物から戻ってきた。
ミソラの隣に腰を下ろして、彼女は続ける。
〈ふかみ@課金制限中:そんなとき、SENAやサクラと知り合った。二人とも実際にオフ会とかはできない生活をしているって言うから、わたしも一緒に遊ぶようになったのが最初の理由。SHAGやシーくんも同じ〉
〈SHAG:だから安心してくれていい。私たちはゲームの外でもメールやチャットで連絡をする程度にはSENA君と仲良くさせてもらっているけれど、それ以上に君たちの実生活を暴こうとはしない。自分がされても困る者の集まりだからね〉
〈ふかみ@課金制限中:困ったときには互いに助ける。でもそれ以外は探らない。仮に相手がどこの誰なのか知ったとしても気にしないし、されない。それが私たちの不文律。不干渉も過干渉もご法度〉
〈CHS-102:星々を見上げて僕たちが夢を語るとき、その天体がどのような塵やガスの塊なのか語る必要はない。夢の世界は、夢であるからこそ真実なのだ〉
シーくんを含め、三人はそのように言葉をまとめた。
つまりは三人とも、ある意味においては「似た者同士」であり、だからこそ互いに詮索したり無理な交流を迫ったりはせず、緩やかな繋がりをもっているということなのだろう。
最初にミソラが期待していたものとは少し性質の違う話に流れはしたが、彼らが語ってくれた言葉は、ミソラがドクターにどのような報告をするべきか、そしてミソラやドクターたちが星奈の友人関係についてどこまで介入するべきか、それを考えるうえでとても参考になる──否、参考にしなくてはならない話であるとミソラは感じていた。