第六話
〈+SENA+:さて、それじゃ改めて一人ずつ自己紹介してもらおうかな〉
テーブルの上に置かれたクリームソーダを前にして、星奈がそう口を開いた。
ゲーム内に作られた仮想的な渋谷の街。その片隅にある小さな公園に集まったミソラや星奈たち六人は、挨拶もそこそこ、近くにあるファミレスへと入っていた。街にはファミレスやゲームセンターなどもあり、プレイヤーがチャットをしながら寛げる空間として利用されているらしい。
ちなみに、星奈の前に置いてあるクリームソーダは「使用する度、スマホが無駄に振動する」という効果のあるアイテムだ。飲食店ではこうしたアイテムがゲーム内通貨で購入できるようになっている。
〈ミソラ:それじゃ私から。えっと、ミソラといいます。もともとゲーム音痴なうえ、さっきアバターを作ったばかりなので右も左もわかっていませんが、よろしくお願いします〉
まずはミソラが自己紹介を終える。続けて桜ちゃんも〈サクラ:サクラです。改めてよろしくお願いしますね〉とファンシーな熊のエフェクトを出しながら挨拶をしてくれた。このゲームでは感情や記号などをエフェクトで表現できるらしい。「サクラちゃんは熊が好きなんだよ」とは隣にいる星奈からの情報だ。
〈SHAG:並び順でいくと次は私かな。私はSHAGという。読みは“シャグ”で大丈夫だ。仕事の都合で短時間しかログインできないことが多いけれど、よろしく頼むよ〉
桜ちゃんに続いて名乗ったのは、美しい金色の長髪とエメラルド色の瞳をもつ少女のアバターをしたSHAGさんだ。
白ロリ……というのだろうか。彼女は全身を真っ白なゴシック調の服で統一している。右目には白くてゴツい眼帯まで着けているし、服には金色の十字架。どことなく修道女っぽい雰囲気でもある。
「SHAGは男の娘フェチでね。このアバターも女の子っぽいけど男の子アバターなんだよ。ちなみに中身も男」
隣から星奈がそんな裏情報を教えてくれた。SHAGさんは男の娘──子供の〈子〉ではなく〈娘〉と書くらしい──好きな成人男性であるようだ。
これまであまり接したことのない方向での情報量をもつ人物との遭遇に、アバターとしての外見はともかく中身は小学生ほどの男女が集まるとばかり思っていたミソラは少し面食らう。
〈CHS-102:人と人との新たな出会い。それは星の瞬きのように今日も夜空を彩ってくれる。僕の名前はCHS-102。ミソラ。僕はあなたを歓迎します〉
次に名乗ったのは〈CHS-102〉という人物だ。CHS……? どう読めばいいのだろうか。音声入力を一時的に切って隣の星奈にこっそり聞いてみると「そのまま“シーエイチエス イチマルニ”でいいんじゃない? 私たちも普段はシー君って呼んでる」と答えた。なるほど。それなら舌を噛まずに呼べそうだ。
CHS-102──シー君の使っているアバターは、およそ小学校低学年くらいの外見をした少年である。服装は白いタンクトップと青い半ズボン。頭には麦わら帽を被っている。まさに「夏休みの少年」という雰囲気だ。しかし口調はとても独特で、随分と個性豊かなプレイヤーがいるものだとミソラは思う。
〈ふかみ@課金制限中:ふかみ。よろしく〉
最後に口数少なく名乗ったのは、鮮やかなオーシャンブルーの長髪をした少女だった。海が好きなのだろうか。南の島のキラキラした海面を彷彿とさせる美しいワンピースを着ている。
「星奈。この“@課金制限中”っていうのも名前なの?」
「ううん。そっちは……なんというか、近況とか何か一言コメントを名前の後ろにつけてるだけ」
「なるほど。課金ってのはたしか実際のお金を使ってアイテムとか買うことだよね?」
「そそ。アイテム買ったりガチャやったり。ふかみちゃんは私なんかより現金つぎ込んでるからね。よくお母さんに怒られて制限受けてる」
星奈はそう言って笑った。ミソラから見れば星奈もかなりの時間をゲームにつぎ込んでいるのだが、お金という意味ではふかみちゃんのほうが本格的にのめり込んでいるらしい。
無論、星奈が言うところの「ゲームに掛けたお金」には、宇宙で使えるスマホなどの開発・購入費用は含まれていない。
〈+SENA+:ま、そんなわけでこれがミソラちゃんでした。さっきも言ったようにゲーム音痴だから、とりあえず今のところは街《安全地帯》から出ないようにして、チャットとか着せ替えとかを中心に覚えてもらうつもり。よろしくしてあげてね〉
〈サクラ:はい。もちろんです〉
〈SHAG:了解した〉
〈CHS-102:夜の闇に迷ったら、空を見上げて僕たちを探すといい〉
〈ふかみ@課金制限中:あいあい〉
星奈の言葉に、四人は異口同音に返事をした。
皆それぞれ個性的ではあるが友好的だし、子供ばかりではなく大人も混ざっている。
なるほど。星奈はいつもこの人たちと一緒に遊んでいるのか。
彼らについてドクターにはどのように報告するべきかと考えながら「私も少しくらいはゲームを楽しんでみようかな」という気分になりつつあるミソラであった。