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第五話



 東京、渋谷のありふれた裏路地に面する小さな公園。

 その片隅にある小さなブランコに、二人の少女が座って言葉を交わしている。


「──まったくもう。今日だけで人工衛星の誘導が十回だよ十回。約束の時間には間に合ったからいいけど、なんでもかんでも宇宙に打ち上げすぎじゃない? 地球人類」

「打ち上げられた当事者からそう言われると、宇宙開発に関わる人類の一人としては少し耳が痛いところね」


 腕を組んで地球人類に対する愚痴をぷりぷりと零しているのは、金色のツインテールを夕陽でキラキラと光らせる、十代後半ほどの少女。

 そして、それを苦笑しながら宥めているのは、焦げ茶色の髪をポニーテールにまとめた、こちらも十代後半ほどの少女である。

 頭上にそれぞれ〈+SENA+〉〈ミソラ〉という白文字を浮かべた二人は、通りを歩く人々を遠目に見ながら会話を続ける。


「……しかしまぁ、本当よくできてるわね。この街」

「このゲームは街の再現度と日常生活の自由度がウリだからね。戦闘とかしなくても楽しめると思うよ」

「確かに、街の人を見ていてもそれは感じる」


 渋谷の街を歩いている人々は、大剣を背中に背負っている騎士風の大男から、どこにでもいそうな女子高生や、頭に猫耳を着けた少女など、とても多種多様な姿形をしている。クレープやドリンクを飲食しながら歩いている人もいるし、自由度が高いというのは本当なのだろう。


「それで星奈、待ち合わせの場所ってここでいいの?」

「うん。最終的には別な場所に集まるけど、桜ちゃんは少し早くログインできるみたいだから、一足先にここで合流する予定」


 茶髪ポニーテールの少女──ミソラからの問い掛けに、金髪ツインテールの少女、つまり星奈は気楽そうな表情で応じた。

 ミソラは重ねて問う。


「いまさらだけど、本当に私も参加していいの……?」

「もちろん。今日はそのために集まってもらうんだから」


 ミソラの言葉に対して星奈はそう言い切った。

 実は今日、ドクターに頼んでいた新しいスマホが地上から届いたため、早速“桜ちゃん”なる人物を含む星奈のフレンド数名とミソラの初顔合わせが行われる予定なのだ。

 今は、少し早くログインしてくるという“桜ちゃん”を待ちながら、ゲーム内の公園で基本的な操作方法を教えてもらっているミソラである。

 現実の彼女には存在しない〈足〉をプラプラさせながら、星奈が言う。


「フレンドって言っても仲のいい四人だけだし、緊張しなくて大丈夫だよ。桜ちゃんも最初はゲームなんて触ったことさえなかったんだから」

「そうは言ってもねぇ……」


 星奈は「大丈夫」と言って笑うが、ミソラがこれまでの人生で培ってきた「ゲーム音痴」という自己評価は自身の楽観的な考えを否定する。

 加えて、ゲーム内の女子高生アバターとは異なり、二十代も後半に差し掛かったミソラが、星奈とその友達の会話に混ざれるのだろうか……という懸念もあった。


(まぁ、星奈がやりたいって言うんだから仕方ないか)


 ミソラは内心で苦笑した。上手いか下手かは別として、ミソラも決してゲームを嫌悪しているわけではない。誘われたなら渋々ながらも参加はしてやろうという程度の感覚である。


「これ、他の誰かと会話をするときも普通に話せばいいの? 私、チャットは苦手なんだけど……」

「マイクが声を拾って自動で文字にしてくれる機能をオンにしてるから、今のままで大丈夫だよ」


 ただ、自分の声が周りに聞こえているっていう意識だけは持っててね。現実の世界と同じで、個人を特定できる情報には特に気をつけて。

 と注意してくる星奈に、ミソラは「わかった」と頷く。


 現在、ミソラと星奈は一緒に衛星軌道上を流れているためチャットを介すまでもなく会話できるが、星奈のフレンドさんたちは地球にいる。なので会話はチャットで交わす必要があるのだが、ミソラは自分のスマホで友人とメッセージを送り合うだけですら四苦八苦するほどの機械音痴だ。声で通話できるのならばありがたく活用させてもらうとしよう。


「自分や周囲の人の発言は下のログにも表示されるから、そっちも見ておくようにね。チャットだけで会話する人もいるし」

「ログ? え、えっと……これか。本日は晴天なり。本日は晴天なり」

「その言葉を選ぶあたり、私はむしろ一周まわったセンスを感じるよ」

「う、うるさいなぁ」


 星奈に茶化されながらミソラが画面を見ると、画面のチャットログには無事に『ミソラ:本日は晴天なり。本日は晴天なり』と文字が入力されていた。自動で漢字に変換までしてくれるらしい。


「滑舌が悪い人だとうまく文字に変換できなかったりするんだけど、ミソラちゃんはバイザーのマイク越しでもしっかり通る声だし、滑舌もいいから問題ないね」

「褒めても何も出ないよ。ほら、メーカーさんからもらった新作のいちごチョコもあるからね」

「お菓子出てますけど?」


 そんなたわいのない会話をしばらく続けていると、不意に星奈が「あ、来たみたい」と呟いた。ミソラの画面には何も出ていないが、星奈の画面には通知が届いているらしい。


「こっちこっち」


 少しして、星奈がそのように呼び掛けた。もちろんミソラに向けたものではなく、チャットの文字に変換するための言葉だ。ミソラの画面には〈+SENA+:こっちこっち〉と会話のログが出ている。


〈サクラ:ごめんなさい。お待たせしてしまいました〉

〈+SENA+:まだ約束の時間まで五分あるし大丈夫だよ。今日も学校だったの?〉

〈サクラ:うん。花壇にお花を植えよう派と、お野菜を植えよう派が対立しちゃって、私たちのところまで議題が上がってきたの。だから放課後に臨時会議。なんとか間に合ってよかったよ」


 現れたのは〈サクラ〉という名前が頭上に表示された少女のアバターだった。名前からして、おそらく彼女が“桜ちゃん”なのだろう。ミソラが二人の会話を見守っていると、隣で音声入力を一時的に切った星奈が「桜ちゃんは中学生でね、生徒会長をしてるんだって」と教えてくれた。なるほど。それで花壇の使用方針を巡って放課後の臨時会議か。ミソラは納得する。


〈サクラ:えぇと、それで。こちらの方が……?〉

〈+SENA+:そ。ミソラちゃんだよ〉

〈サクラ:はじめまして。サクラです。ミソラさんのことはいつもSENAちゃんから伺ってます。よろしくお願いしますね〉


「あ、これはこれは。ご丁寧にどうも」


 反射的に返すミソラの言葉がそのまま文字となってチャットに入力され、隣で星奈が「腰低っ」と吹き出した。ミソラは思わず「うるさい星奈っ」と言うがそれもまたチャットに入力されてゆく。星奈はさらに笑った。


〈サクラ:ふふっ。ミソラさんは面白い方なんですね。SENAちゃんから聞いていた通りでした〉

「星奈。いったいどんな風に私のことを話していたのかな……?」

「え、それは……。あ、あはは」

「笑ってごまかさない。チョコミント禁止にするよ」

「それだけは、それだけはどうかご容赦を……orz」

〈サクラ:ふ、ふふっ。あはははっ。本当にお二人は仲がよろしいんですね。私は一人っ子なのでとても羨ましいです。あははははっ〉


 ミソラと星奈のやり取りに、“桜ちゃん”は堪えきれなかったように笑う。おそらくは彼女も音声入力を使っているのだろう。その楽しそうな笑い声は、待ち合わせをしていた残りの三人がログインしてくる時間になるまで途切れなかった。



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