第2話:兄妹
莉真は背後からの気配にビクッとなり、思わず持っていた包丁を向けてしまった。
「いやぁ!」
振り向いたその先に立っているのは最も苦手としている、幼馴染の碧だった。
「てめぇ…。何様のつもりだ!?」
怒鳴られた莉真は肩を震わして、うつむいた。
「料理中なんですから、邪魔しないでください」
―苦手意識はだめだよねー。わっかてるけど、わかってるけど!
莉真はまな板の上に置いてある野菜を切り始める。
そうすると今度は横から翠がのぞいてきた。
「莉真ちゃんどうしたの?碧がセクハラでもした?」
「いえ、いきなり背後に立たれてびっくりしただけです」
ふぅんと言いながら翠は用意されてある材料を眺めた。
「今夜はコロッケかな?」
「そうですよー。確か皆さん好きでしたよね」
翠の問いかけに莉真はにこにこしながら答えた。
「よく覚えてるねー。なんか手伝えることある?」
「あ、じゃあこっちのじゃがいもの皮むきお願いしてもいいですか?」
「まっかせてー」
二人の様子をソファーから碧が恨めしそうに眺めていた。
その碧の様子を清也は見て、クスッと笑って新聞から顔をあげる。
「そんなにうらやましい?」
「兄貴にはかんけーねぇよ」
清也は新聞を畳んで、眼鏡を外した。
「ふーん」
「なんだよ…」
「おまえはさ、莉真のことが好きなの?」
突然の清也の質問に碧は顔を真っ赤にしてソファーから落っこちそうになる。
「な、何急に…」
「そういう反応するってことは…」
物音に振り向いた莉真と目が合い、碧は視線をそらす。
あわててソファーに座り、平然を装う。
「だったら、なんだよ…」
「いや、なんでもないよ」
清也は莉真の入れたコーヒーを口にした。
「あの二人は仲悪いんですか?」
莉真はじゃがいもの皮をむきながら翠に問いかける。
「なんで?」
「雰囲気が冷たい…?」
翠はにこっと少年のような笑顔を浮かべてじゃがいもを置き、莉真の頭をなでた。
「仲良いから、心配はいらないよ」
「なら、いいんですけど」
ふぅとため息をつきながら莉真は二人をちらっと見た。
「溜息つくと幸せ飛んで行っちゃうよ?」
翠の言葉に莉真はクスッと笑った。
「莉真、これおいしいよ!おばさんが自慢してたのもわかるなぁ」
清也はコロッケを口にしながら莉真を褒める。
莉真は首をかしげる。
「自慢?」
「あぁ、うちにおふくろと話に来る度に莉真の料理はうまいって」
「そうだねー、いつも言ってるよ。だから、今回のお泊まりは楽しみにしてたんだよ」
清也と翠に褒められて莉真は頬を薄紅色に染めた。
「ありがとうございます」
「スープもサラダもおいしいねぇ。あ、そうだ」
翠がぱっと顔をあげて莉真を見る。
「どうしました?」
「明日、塾なんだー。弁当お願いしてもいいかな?」
「構いませんよ。何時までに作ればいいですか?」
「えぇっと、8時ぐらいまでに」
莉真はうなずきながらにこっとして、腕をまくって見せた。
「はい。腕によりをかけてつくりますね」
「楽しみだなぁ」
塾かぁと清也がつぶやく。
「翠はどこ受けんの?」
「僕?兄さんと同じとこ受けようかと思って」
「そうか…。なんなら、勉強教えようか?」
「わかんないとこあったらお願いします」
二人のやり取りを見る莉真に碧が気づいた。
「どうした?」
「え?いや、兄弟っていいなぁと思って…」
「そっか、お前一人っ子だもんな」
「この夏休みはお兄ちゃんが三人もいるみたいで楽しそうです」
ほほ笑んだ莉真に碧はどきっとした。
現在翠は莉真や碧とは違う高校に通っており、三年生で受験生だ。
今里家の三人兄弟はみんな年子である。
その日の夜、莉真は自室で幼いころの写真を眺めていた。
「歳月ってすごいなぁ…。みんな大きくなったんだ」
クスッと笑うと扉をたたく音がした。
「はい?」
扉があいて清也が顔をのぞかせる。
「バスタオル貸して」
「あ、今出しますね」
椅子から立ち上がって箪笥へと向かうと後ろから清也が抱きしめてきた。
莉真は体をこわばらせてそっと清也の腕にふれる。
清也は抱きしめる腕に力を込める。
「せい…や…さん?」
「碧なんかにはわたさない。ずっと、君のこと想っていたんだよ…。好きなんだよ」
扉の隙間から誰かがその様子を見ていたがすぐに立ち去った。
「清也…」
莉真が口を開こうとするのを清也は口をふさいで止める。
「返事は今すぐじゃなくてもいいんだ…。ただ、夏休みの最後のほうには聞かせてね」
そういうと莉真の手からタオルケットを持って部屋を出た。
残された莉真はその場に力なく座り込んだ。
―清也さんが……私を―?