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《 第9話 仮面妃、メイドシシーになる 》


 皇子はいつも忙しいらしい。

 まあ、次期皇帝だからね。

 王太女のアリーサ姉様を近くで見ているから、王位を引き継ぐ人が政務に追われ多忙な毎日を送っている事はわかる。

 皇子は普段私室にいる事がほとんどない。

 朝は早くに自室を出て、帰るのは夜遅くで、着替えや寝に帰って来る程度。



 マーヤの話では執務室の近くに仮眠部屋があって、そっちで寝る事もあるとか。

 だから、皇子と顔を合わせるのは一日で多くて二回。

 朝食時と、夕食の時くらいだ。

 まったく会わない時もある。

 顔を合わせる機会が少ないから、会話もほとんどない。



 仮面夫婦とは言え、周りから見たら新婚さんだよ。

 熟年夫婦みたく冷えきった新婚生活で、周りが何も言ってこないのが不思議だよね。

 私が皇太子妃として、公の場に駆り出される行事は今の所ない。

 放任されてるからやる事がなくて暇なんだよね。

 暇な時間は身体を動かすに限る!



 私は衣装部屋に行き、ターニャ姉様がくれた衣装箱を引っ張り出してきた。

「セシリア様、今日も本当になさるのですか?」

「当然よ。ターニャ姉様が、わざわざ作ってくれたんだよ。使わないともったいないじゃない」



 箱の中に入っている綺麗な藤色のお仕着せを取り出して、思わず頬ずりしちゃう。

 マーヤがあきれ半分、感心半分の奇妙な顔でお仕着せを眺めてる。

「それにしてもターニャ様は一体どうやって、型紙を手に入れフェストランドのメイド服を作り上げたのでしょう?」



 私は人差し指を顔の前で振る。

「マーヤ、世の中には知らない方が良い事もあるんだよ。な〜んて言っても、私も知らないんだけどね」

 ターニャ姉様によると、本物と同じ生地や型紙の入手方法は企業秘密らしい。

 ターニャハーレムが関わっている事は確かだよ。



 なぜドレスじゃなくてお仕着せかと言うと。

 ターニャ姉様は私がフェストランドに滞在中、きっと土に触りたくなるだろうって思ったらしい。

 他国の王女 (今は皇太子妃だけど) が他人様の庭園や菜園で、勝手に畑を耕したりなんかしてたら、それはかなりマズイよね?

 堂々と人様の菜園を荒らすような真似はさすがに出来ない。

 堂々とはね。



 それに、お国柄かフェストランド人は真面目で堅い保守的な考え方の人が多いんだって。

 身分がある人間が自由な振る舞いをしたら、常識や頭を疑われちゃうらしいよ。

 そんな訳で、ドレスだと目立つからお仕着せ。

 お仕着せと一緒に、変装用の栗色のカツラやメガネまで入ってる。

 作ってくれたターニャ姉様に感謝!



 ターニャ姉様特製のメイド服を着て、頭に栗色のカツラを被る。

 カツラの上からメイドキャップを被れば、フェストランド皇宮で働くメイドの出来上がり!

 私は大きな鏡の前で、服装の乱れはないかチェックする。



 フェストランドでシルバーブロンドの髪色をした人は、ほとんどいないから地毛がバレないよう、その辺は入念にチェック。

 バレたり、疑われたりしたら困るからね。

「準備よし。皇太子妃セシリアだってバレそうなところはないよね?」

 後ろにいるマーヤにもチェックをお願いすると、マーヤはエプロンのポケットからハンカチを取り出し目元にそれを押し当てた。



「マーヤは王女であるセシリア様が、従僕の制服を着こなされてる事が悲しいやら嘆かわしいやら。仮装姿が愛くるしくて、なんだか泣けてきます」

 愛くるしい、って大袈裟だなぁ。

 もしかして、孫に綺麗なドレスを着せて喜ぶおばあちゃんの心境?

 マーヤは私と年齢がそんなに離れてないのに……。



「マーヤの気持ちはいまいち理解出来ないけど、服装に変な所がないなら良いや」

「誰かに声を掛けられてもくれぐれも、ついて行ってはダメですよ。良いですね!」

 マーヤったら物凄く厳しい顔で念押ししてくるよ。

 ちょっとちょっと、そのセリフは今度は過保護な親?

 私は小さい子供じゃないんだけどなぁ。

「マーヤは心配しすぎ! どこにでもいそうな普通のメイドに、声を掛ける人がいると思う?」



 ケラケラ笑うと、マーヤにキッと睨まれちゃったよ。

「セシリア様はご自分を過小評価しすぎです。ここは勝手知ったるラルエットとは違うのですよ。どこに狼が潜んでいるのかわからないのです。ご自分の容姿をもっと理解し警戒心をお持ちになるべきですよ!」



 うわぁっ、お説教スイッチ入っちゃったよ。

「わかったわかった。準備出来たから菜園に行ってくるね!」

 お説教が長くなる前に逃げるが勝ち!

 私は素早く部屋を出た。



 ラルエットの国土面積は、フェストランドの半分ほど。

 歴史も古く、近隣諸国と比べても、土地にも気候にも恵まれて栄えている。

 でも、悲しいかな。

 大国フェストランドから見たら、ラルエットは小国で私は田舎王女になるらしい。

 ラルエットが小さいわけじゃないのよ。

 フェストランドって国が大き過ぎるんだよ。



 そんな訳で、田舎王女は優遇もされず、かと言って肩書きは皇太子妃だから冷遇もされず。

 お偉い大臣や貴族が面会を申し出てくる事もなく。

 皇宮侍女からは遠巻きにされてる。

 だから、私の部屋に誰かが訪ねてくる事は滅多にないのだ。

 私が自由な生活を送るには、今の放置状態は好都合!



 もともと室内でじっと、大人しくお淑やかに王女をしているような柄じゃないし。

 部屋で侍女やメイドに囲まれて優雅なおしゃべりティータイム、なんて生活も送ってきてない。



 好きに動き回って働いて。

 それがラルエット王女。

 あ、決して生活に困窮している訳じゃないからね。



 滅多に来客なんてないけど、万が一を考えてマーヤには居留守番を頼んでおいた。

 メイドに変装して皇宮を歩き回る皇太子妃。

 なんてどこを探しても私くらいだからね。

 皇子の言質『好きに過ごせ』って許可は下りたけど、あの真面目皇子だよ。

 バレたら何を言われるかわからない。

 その辺、上手くやらなきゃね。

 私の自由なスローライフが逃げて行っちゃう。



 そんな訳で、ここ何日か皇宮の庭園を歩き回って菜園はないか、果樹園はないかと下調べまでしたから準備は完璧。

 皇族のプライベートエリアの近くに、菜園と温室があるのも発見。

 なかったらこっそり、土地を拝借して家庭菜園を作っちゃおう。

 なんて目論んでませんよ。あははは……。



 私が今いるところは皇宮の東側奥。皇太子夫妻の私室棟。

 目的地までは、皇族の執務室がある中央棟の近くを通って行くことになる。

 中央棟を北に行くと広い庭園が現れ、その庭園を抜けた先に菜園と温室がある。

 ほら、見えてきた!



 皇宮野菜畑に到着〜!

 種類別に区切られ、等間隔に綺麗に植えられた野菜達。

 う〜ん、緑と土の匂い。癒される〜〜!

「どこまでも続く野菜畑。目の保養になるな〜」

 ヒーリング効果抜群の土と緑の香りを、胸いっぱいに吸い込んでいると。



「ふふ、野菜畑に熱い眼差しを向ける乙女なんてあなたくらいよ。シシー」

 背後から楽しげに笑う声に私は振り返った。

 私と同じ藤色のメイド服姿の女性が、両手で大きな籐のカゴを抱えてこっちにやって来る。



 花の刺繍入りスカーフを日よけ代わりにして、一つに束ねた長い赤い髪は左側に流している。

 やわらかな水色の瞳の持ち主。

 彼女は数日前にこの菜園で知り合った、ベテランメイドのモーナさん。

 優しくてお淑やかで朗らかな人。

 シシーって言うのは、メイド姿の時の私の名前ね。

 モーナさんとは出会ったその日に、お互い畑仕事が好きな事がわかって、すぐに意気投合。



「モーナさん、お手伝いします」

 それぞれ片側を持って、荷車まで運ぶ。

 カゴの中にはまだ土がついたジャガイモが、ずっしりと詰まっている。

「ありがとう、助かるわ」

 モーナさんから菜園が人手不足と聞いて、今日から手伝う事になったのだ。



 重いカゴをジャガイモ畑からここまで一人で運んで来たなんて、モーナさんって見かけに寄らず力もち!

 内心で感心していると、モーナさんが瞳をキラリと輝かせた。

「今も昔も乙女の目の保養と言えば、美しい宝石や優雅な絹のドレス。そして、麗しの青年貴族って相場が決まっているのに、シシーは違うのかしら?」



 私にとっての目の保養……。

 私は荷車の上に積んだカゴの中から、ジャガイモを一つ手に取った。

「私の目の保養は土のついた野菜です。大地と太陽が創り出した宝物ですから」

 大地の恵みをたっぷり受けて、のびのびと元気に育った野菜。

 ずっしりとした重みとこの張りのある弾力。



 採れたてのこの姿を絵にして残したいなぁ。

 仕事をするために来てるんだから、スケッチブック持参で来れないのが残念。

 せめてジャガイモをじっくり観察。

 って、モーナさんにぽかんと見つめられちゃった。

 私って不審すぎた?



「シシーって、面白い子ね」

「姉達からは私が菜園の手入れをすると、泥んこ遊びってよくからかわれます」

 姉様達どうしてるかなぁ。

 きっと私の代わりに、父様に怒りの鉄槌を下している事は間違いないよ。

 その場で見物出来ないのがちょっと残念。



「その分だと、シシーに宝石を贈ってくれる恋人はまだ現れないみたいね」

 モーナさんはもちろん知らない。

 私が皇太子妃である事を。

 だからちゃっかり独身を名乗ってます。えへっ!

 宝石ね〜。皇子からもらった事ないな。

 そもそも興味のない人に贈り物なんてしないよね。



 モーナさんに顔を覗き込まれた。苦笑いで返しとこう。

「もらうなら宝石より、野菜の種とか苗の方が嬉しいかな。肥料でも良いですね」

「シシーは本当に面白い子ね。興味の対象は人それぞれだけど」

 モーナさんは言葉を途中で切ると、ジャガイモを二つそれぞれ手に持った。

 そして、それを自分の耳元に持っていく。



「いくら野菜が好きでも、こんな風に身に付けて出歩いたら、頭を疑われちゃうわ」

 悪戯っぽく笑うモーナさん。

「ジャガイモのイヤリングは耳が痛くなりそうですね。私はこっちかな」

 荷車に積んであるカゴから、別の野菜を一つ取って首に当てた。



「あら、ラディッシュの首飾りね。それなら軽いわね」

 ジャガイモのイヤリングと、ラディッシュの首飾り。

 なんだかヘンテコな装飾品に思わず二人で笑いあう。

 モーナさんは何かを思い出したように、両手の平をパチンと叩いた。



「シシーに良い場所を教えてあげる!」

「良い場所ですか?」

 モーナさんは頷くと、皇宮の建物を指差した。

「あそこの中央棟にある、一番高い塔から皇都が一望できるのよ」

 皇都かぁ……遠目にしか見てないから見てみたいかも。

「私みたいな新人メイドでも中に入れますか?」

「人は滅多に来ない場所だから大丈夫。朝早く行くと素晴らしい眺めが見られるわよ。落ち込んだ時や嫌な事があった時に、塔から見る景色は頭の中や胸のモヤモヤをすーっと晴らしてくれるわよ」



 大国フェストランドの皇都の景色。

 今度行ってみようかな。




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