《 第8話 仮面妃の新生活》
「ああっ、セシリア様! 婚礼だなんて、フェストランドは一体何を考えているのでしょう!?」
妃の部屋に戻ると、マーヤが真っ赤な顔で駆け寄って来た。
マーヤはまだ知らない。タヌキ親父にまんまと騙されたこと。
「マーヤ落ち着いて。全部タヌキ親父が悪いんだから」
私は目を吊り上げるマーヤに、父様にしてやられた事。
昨夜の皇子との会話。
私に妃として世継ぎを生む事を望んではいないけど、公で妃としての役目さえ果たせば、後は自由に過ごして良いと言われた事を話した。
皇子の寝起きの悪さや、抱き枕の事は黙っておいてあげたよ。約束したからね。
ソファーに隣り合わせに座って簡単に話すと、マーヤは胸を撫で下ろしたように息を吐き出した。
「マーヤは安心しました。セシリア様が夜の務めを無理強いされてなくて。狼の餌食にならず、まだ清純な乙女のままで」
狼と清純な乙女だなんて、マーヤってば変な例えしないでよ。
「ぷっくっく」
思わず吹き出す。
あら、マーヤに睨まれちゃった。
マーヤは複雑そうな表情を浮かべた。
「仮面夫婦の件は複雑です。女の生き地獄のようで、それはそれで気に入りません」
マーヤはフェストランドの全てが気に入らないと、首を横に振った。
「生き地獄?」
なんだかドロドロした単語がマーヤの口から出て、私は首をかしげる。
「そうです。セシリア様との間に子をもうけないと言う事は、別の誰かとの間には子をもうけるという事ですよね?」
「まあ、そうなるんじゃないの? 世継ぎがいないと皇帝の血が途絶えちゃうからね」
大陸一の大国の統治者が途絶える事は、色々問題だ。
でも、皇子が自分でなんとかするって言ってたから任せれば良いんだよ。
「セシリア様は我が子を胸に抱けないどころか、一生皇宮で暮らす事になる可能性だってあるのですよ?」
「そんな先の事まで考えてないよ」
マーヤが真剣な顔で詰め寄って来た。
怖い、目が据わってるよマーヤ。
「そのうち世継ぎを産んだ側妃が大きな顔をするんですよ。セシリア様を陽の当たらない皇宮の奥、みすぼらしい離れに追いやるに違いありません!」
マーヤは悔しそうに、ラルエットから持参したお仕着せのエプロンの裾で、涙を拭った。
おーーい、マーヤ戻って来てーーっ!
愛憎物語の読み過ぎだよ。
本と言うものは、読む人によってとんでもない副作用をもたらすものなんだね。
「考え過ぎだよ。でも、皇子に側妃か〜」
性格はともか、あの容姿だから恋人の一人や二人いてもおかしくないよね。
もしかしたら、恋人を抱き枕にしてたりして。
私はその恋人と間違われたのかも!
その人はきっと、賢くて物分かりも良くてさらに美人。
申し分のない人に違いないよ。
昨夜はそんなような事、言ってたよね。
皇子の理想の相手か、あれはきっと恋人の事かも。
政略結婚の話がなければ、皇子はその人を妃にしたかったはず。
政略結婚の被害者は私だけじゃないんだよね。
受け入れているように見えて、皇子も被害者なのだから。
恋人がいない分私の方がずっと気持ち的に楽かもしれない。
しばらく皇子の言う通り、仮面夫婦を続けるしかないかぁ。
そのうちきっと、何か良い方法が見つかると信じて。
今、私は大国フェストランドにいるんだから、私は私で大国の生活を楽しまないとね!