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《 第7話 朝から一騒動》


 窓の外から聞こえる、小鳥のさえずり。

 ふかふかなベッドに心地よい温もり。

 瞼が重い、まだ寝ていたい。

 今朝はなんだか肌寒いなぁ。

 横から温かさを感じて、私は吸い寄せられるようにその熱にくっついた。



 この温もりは隣の部屋のサビーナ姉様だ。

 昨夜もサビーナ姉様のベッドに潜り込んだらしい。

 マーヤが起こしに来ないんだから、まだ起きる時間じゃないはず。

 サビーナ姉様も寝てるし二度寝しよう。

 再び睡魔がやって来て、意識を夢の中へ手放そうとした時。



 お、重い。

 上半身にずっしりとしたこの重みは何?

 サビーナ姉様の華奢な腕とは比べ物にならないくらい重いよ。

 腕から逃れたくても、寝返りが打てない。

 おかしいなぁ。サビーナ姉様、こんなに寝相悪かったかな?

 がっちり拘束されているような重さに、耐えられなくなって私は目を開けた。



 ボヤける視界に映ったのは、サラサラの金色の髪。

「…………ん?」

 変だな、サビーナ姉様の髪はシルバーブロンドだよ。

 ぱちぱち瞬きを数回、目をこする。

「!?」

 ええっ、なんで?

 私の隣にフェストランドの皇子がいるの?

 それも目と鼻の先でぐっすり眠ってる!



 落ち着こう。

 まずは深呼吸。すー……、はー……。

 うん、頭が少しすっきりして、眠気もすっかり飛んでった。

 私は昨日、間抜けにも婚礼の儀をしちゃったんだ!

 でも、なんで皇子が私の寝てるベッドに?

 確か昨夜、別々の部屋で寝たはずだよ。

 もしかして、夜這いですか?

 な、わけないか。

 寝る前に襲われかけたアレは、私を仮面妃にするためのお芝居だったんだから。



 起こすべきかな?

 それともそのままにしておくべき?

 人の気も知らないで、気持ち良さそうにスヤスヤと眠ってる。

 政務の疲れが溜まっているのかも。

 まつ毛長い。しみ一つない綺麗な肌。

 美形は寝てても華があるんだね。

 熟睡しているのを起こすのは、なんだか忍びないなぁ。

 なんて思っていると、昨夜のやり取りを思い出した。



 散々イジワルされたし、皇子に私の弱点をグサグサ突っつかれた。

 けなされ、バカにされ…………あ、なんだか思い出したら腹が立ってきちゃったよ。

 皇子って、きっちりしてて真面目で、普段から隙がなさそうだよね。

 でも、いま目の前で寝ている皇子は隙だらけ。



 ふっふっふっ、良い事思いついた。

 昨日のイジワルの仕返ししちゃおっ!

 無防備に寝ちゃってる今がチャンス。

 まずはどこかにしまってある化粧道具を探さないと。

 でもこの重い皇子の腕をなんとかしないと、ベッドから抜け出せない。

 よいしょ、腕をどけて……!



「う……っわ」

 どかすどころか、拘束がさっきより頑丈になった!

 起こさないように、そ〜っと。

 自分の体を後退させて、皇子との距離を取ろう。

 静かにもがいてみる…………。

 あ、もうちょっとでこの腕から抜けられそう。



 うぎゃっ、腰に腕を回され引き戻された!

 顔が皇子の胸に押し付けられ、さっきより密着してる!

 皇子から爽やかで清々しい香りがして、心拍数が急激に上昇。

 これじゃ、身動き取れないよ。

 脱出するためには、皇子の身体を押しのけるのが手っ取り早いけど。

 それをやっちゃったら、起きちゃう。

 楽しい計画が台無しになっちゃうよ。

 身体をひねって腕の中から脱出。



 …………ダメだ。

 抜け出せない。

 こんなに横で私がもぞもぞしてるのに、なんで皇子は起きないの?

「不法侵入者め〜。私のベッドだぞ」

 あ、そうだ。皇子のほっぺたをつねったら起きるかも。

 この際皇子へのささやかな復讐は諦めよう。



 皇子の顔に手を伸ばした時、閉じられたままだった青い瞳がパチリと開き。

 あっ、目が合った。

 皇子の眉間には深いシワが刻まれ。

「おまえ、なぜここにいる!?」

 それは一瞬だった。



 皇子の声と同時に視界が揺れ、何が起きたのかわからないまま。

 気がついたら仰向けにされ、ベッドに押さえつけられていた。

 なぜここにって、それはこっちのセリフだよ。

「なぜって、ここは私の部屋だよ。間違えたのそっちでしょ?」



 皇子に乗っかられて重い。

 両腕はベッドに押さえつけられて身動き取れない。

 なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないの?

 取り押さえられた状態で皇子を睨むと、鼻で笑われた。



「ここは俺の部屋だ」

「やだなぁ、寝ぼけて。そんなはずないじゃない」

 皇子が室内を顎で指した。

「よく見ろ」

 あれ、あれれ?

 よく見れば、見覚えのない内装。調度類も、なんだか違う。



 部屋を間違えたのは私!?



「つかぬ事をお聞きしますが、私の部屋は?」

「何をとぼけている。夫婦共用の寝室はそっちだ。その向こうが妃の部屋だ」

 視線で扉を指し示した皇子。

 確か昨夜は夫婦共用の寝室で寝たんだよね。

 昨夜の皇子との会話の後。

 扉を片っ端から開けて妃専用寝室を探した。

 一箇所だけ鍵のかかった扉があって、多分あの向こうが妃専用寝室だと思う。

 中に入れないから仕方なく、夫婦共用寝室で寝たんだよ。



 私ってば、夜中に起きて部屋を間違えちゃったんだ!

 夜中に喉が渇いて起きた時は、いつものようにサビーナ姉様の部屋に入ったつもりでいたんだよ。

 ラルエットでは私の隣の部屋はサビーナ姉様だから。

 ここでは、夫婦共用寝室の隣が皇子の部屋になってるんだね。

 知らなかったとはいえ、自分のいる場所を忘れて皇子の部屋に入っちゃったなんて……。



「おまえの国では、嫁ぎ先で寝込みを襲えと教えるのか?」

 皇子の瞳が鋭く光る。

 もしかして、私が皇子の命を狙って部屋に忍び込んだって思われてる?

「私にそんな物騒な趣味はないよ。見ての通り、武装もしてないし危ない物なんて持ってません」

 取り押さえられてちゃ証明は出来ないけど、隠す場所なんてないじゃない夜着一枚しか着てないんだから。

 これでも恥ずかしいんだからね。



 皇子の視線が頭から下に……。

「考えるまでもない。おまえに色仕掛けは無理だな」

 ちょっと、そのセリフは何?

 襲うって、そっち!

「どこ見て言ってるの! 言っとくけど、ラルエットに婚姻の翌朝に夫を襲う、なんて習慣はないからね!」

「そうか。それならそっちが、寝ぼけて部屋を間違えたんだな?」



「うっ」

 確認しなくても皇子はわかってる。

 わかっててわざと確認してくるなんて、性格悪い。

 まだ拘束解いてくれないし。

 もしかして、寝ぼけ呼ばわりされて怒ってる?

 わかったよ、わかりました。

 悪いのは私だから、謝りますよ。

「部屋を間違えたのは私です。すいませんでした。だから、早くそこから退いて下さいませんか!」



 あ、顔にちょこ〜っと落書きメイクしようと企んでいた事は、この際棚に上げておこう。

 私がヤケになって謝罪すると、皇子は満足そうに目を細め頷いた。

 そして、やっと両手の拘束を解いて、私の上から退いてくれた。



 皇子は起き上がり、ベッド脇に置いてあったらしい黒いブーツに足を通す。

 もちろん私もベッドから起き上がったよ。

 せっかく解放されたのに、皇子の気分が変わって、また拘束されたらたまらないからね。

 それにしても、ちょっと思ったんだけど。

「皇子って寝起き悪いのか、良いのかわからないよね。目が開いた途端に機敏に動いてたくせに、私が横でベッドから出ようと動いた時はまったく起きないんだもん」

 皇子はブーツを履く手を止め、振り返った。



「それで?」

 何が言いたいんだ、って視線だね。

 じゃあ、お言葉に甘えて。

「皇子って抱き枕がないと寝られないタイプ?」

 ついさっき抱き枕よろしく、皇子の腕にぎゅうぎゅうに締め付けられたんだよ。

 あ〜、伸びをするだけでこの開放感!



「抱き枕?」

 怪訝な表情をしているけど、もしかして自覚がないの?

 本人に自覚がなくて私は抱き枕扱いされてたの!?

 いやいや、自覚あって抱き枕にされても困るんだけど。

「部屋を間違えた私が悪いけど、まったく身動きが取れなかったんだよ。腕に絞め殺されるんじゃないかと思うくらい」



 まだ小さい頃、カティヤ姉様のベッドで寝た時があった。

 夜中に足や腕が飛んできた苦い経験があるけど、力の差が全然違うからカティヤ姉様よりタチが悪いよ。

 皇子の腕の中に引きずり込まれたんだよ。

 その辺は言わないでおこう。



「どうかしたの?」

 皇子が眉間にシワを寄せて見つめてくる。

「抱き枕……有り得ない」

 皇子は完璧主義者?

 自分が知らなかった事を知って戸惑っているみたいだ。

 そんなにショックだったのか。

 抱き枕がないと寝られないなんて、子供っぽいってからかったりするのはやめとこ。



「大丈夫、誰にも言わないよ。私も寝ぼけ癖を知られちゃったから、お互い様って事で」

 人差し指を口に当て、口外しないと約束する。

 あら、ふいっと背中を向けられちゃったよ。

「今後、俺の部屋に寝ぼけて入るな」

 それだけ言って、扉に向かい別の部屋に入って行っちゃった。

 私が寝ぼけて、勝手に皇子のベッドに潜り込んだからか。

 抱き枕の話題をしたからか。

 皇子は、機嫌が悪そうだったな。






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