《 第62話 頭上に注意! 》
「セシリア」
声をかけられ振り返ると、伸びてきた腕に身体を引き寄せられた。
なぜ私はクラウスの腕の中にいるの!?
さっきまで不機嫌そうだったのに、クラウスの意図がまったくわからない。
ふわりと香る爽やかな匂い。そしてクラウスの体温が頭を混乱させる。
ホッとするのに心臓が騒ぎ立てる。
これが赤い粒の症状じゃないなら私は……。
答えを見つけ出す前に、頭のてっぺんに重みを感じた。
「なにをのんきに野菜と戯れている。俺は今すぐおまえを鳥籠に入れ足枷をはめさせたいのだが」
ぐぐぐぐぐ〜っと圧迫してくる。
鳥籠とか足枷なんて冗談じゃない。クラウス趣味悪過ぎ!
私の後頭部はクラウスの手に押さえ込まれ、顔を胸に押し付けられては抗議もままならない。
私の頭に乗せてるの顎だよね。ちょっと痛いんだけど。
クラウスの背中をバシバシ叩くとあっさり解放してくれた。
「痛いじゃないの!」
涙目で睨むと両手でほっぺたをぶしゅっとつぶされる。
「生きている証拠だ」
クラウスの声がどこか安堵したように聞こえるのは気のせいかな。
あの意地悪なクラウスが湖に飛び込んで私の身体を引き上げてくれた。
そして必死になって助けようとしてくれた。
助けてくれて心配までしてくれた事がなんだかちょっと嬉しいかも。
でも人の顔にこの仕打ちはないと思う。
私がほっぺたをつぶす両手を跳ね除けると、クラウスから真剣な顔が返ってきた。
「アレが邪神でないと言う理由を聞かせてもらおうか」
「聞いてくれるの?」
「湖に落下したはずのセシリアがどうやって助かったのか、サムと湖で何をしていたのかおまえの口から聞かせろ」
信じてくれるかどうかは別として、話を聞いてくれるなら……。
「私が塔から落下してその後どうしてたか、ルンテとナミスそしてネストから聞いた本当の物語を全部話すよ」
私はきっとこれを伝えるために、今ここにいるのかも知れない。
シャボン玉のような球体の中で、ネストとナミスから聞いた本当の物語をクラウスに話した。
ネストは邪神なんかじゃなくて、湖の神ルンテから力を与えられてこの地にいる事。
異常気象はルンテから与えられた力が強すぎて起きた現象で、ネストが祟りを起こしたんじゃないって。
クラウスもネストの力を見たでしょ?
冬の湖で緑を蘇らせ、花を咲かせて野菜を実らせた。
邪神は人々に災いをもたらす存在のはず。
湖に春を呼ぶの?
力は時として凶器にもなる。
でも、安全に使えばそれは人々を救うものになると思うから。
神様ルンテから力を与えられたネストには、彼にしか出来ない事がきっとある。
私はクラウスに伝わってくれる事を祈りながら言葉を繋いだ。
話し終えると黙って聞いていたクラウスが口を開いた。
「話の内容は理解した。しかし、あの男を信用するかは別だ」
クラウスの判断は厳しいね。
ジャンボ玉の中にクラウスもいたら信じてくれたかな。
たとえあの場にいたとしても、皇太子の立場から軽率な判断はできないか。
ネストの事をすぐに信用するのは難しいだろうけど、謎が解けただけでも一歩前進。
力の暴発も制御方法か回避方法がわかればきっとみんなの誤解も溶けるよ。
そしたらフェストランドが異常気象で悩まされる事もなくなると思う。
クラウスの疲労も減って通常政務に戻れるよね。
あ、そう言えばネスト……。
全部私任せで当の本人は何をやってるのよ。
ネストを探すと……いたよなぜか灯台の真上にね。
あれって自分の力を乱用してない?
降ってくる星を毬栗に変えて騎士やシュナル殿の頭の上に落としている。
それはもう楽しそうに生き生きと。
「おらおらもっと機敏に動け! お前らそれでも騎士かぁ!!」
「イテッ、イテテッ。ひーーっ、栗が追いかけて来る!」
「お前ら平和ボケしてんじゃねぇよ。俺の時代じゃお前ら騎士失格だぜ」
「痛っ、痛いっ。ちょっと何で僕まで狙われるのさ!」
「赤髪の坊ちゃんも弱っちいな。それでも男かぁ? 軟弱男は俺が鍛えてやるよ。ほら、さっさと動きやがれぇ!」
ネストが両手を上に掲げ下に振り降ろすと。
ドサドサドサーーーーッ!!
毬栗が雨の如く大量に騎士とシュナル殿の頭上に降り注ぐ。
「ギャーーーーっ!!」
騎士もシュナル殿も一目散に町の方に逃げて行く。
「こらーーっ! 逃げるとは騎士の風上にもおけねぇな。待ちやがれ!」
ネストは灯台の真上から軽々飛び降り着地すると、みんなの後を追いに行っちゃった。
久しぶりに人間の姿に戻れて嬉しいのはわかるけど、周りを巻き込むのはどうかと思う。
鬼軍曹と化したネストに目をつけられたシュナル殿も騎士達もいい迷惑だよね。
やっぱりアレをすぐに信用して、なんて無理過ぎるか。
人間最後には人格がモノを言うんだね。
セクハラ化けリス熱血人間ネストが、真面目で誠実清廉潔白な化けリス人間だったらクラウスの印象も少しは違ったかもね。
ネストみんなに信じてもらうためには日頃の言動には気をつけなよ。
私の隣でネストに苦々しい視線を向けるクラウス。
「セシリアが言う通り、邪神の力の暴発だとすると。俺達はそんなもののために振り回されたのか」
「祟りじゃなかったのだから良いじゃない。ネストが体調さえ崩さなければ大きな天候不良にならないんだから」
「そもそも、そんなものは自分で管理すべき事だ。なぜ俺達が付き合わされる」
納得がいかないと眉間のシワを深め気難しい顔をするクラウス。
クラウスが言いたい事もわからない事もない。
でも自分で管理出来てたらこんな大事にはなっていないわけで、本人によるとその方法だって今までずっとわからなかったらしいから。
自分でどうこう出来てたらネストだってどうにかしてたと思うよ。
ネストは長い冬眠から目覚めると、いつも野良リスだったらしいから。
ノラじゃ、何も出来ないよね。
「ネストの話だと私があげたクッキーにヒントがありそうなんだよね。クッキーでフェストランドに平和が訪れるなら安いものじゃない?」
私の言葉にクラウスはため息を一つ吐くと、降ってくる星を眺めながらポツリと呟いた。
「アレは信用ならんが、何もしないよりはまだましと言う事か」
「アレじゃなくてネストだってば。一応クラウスのご先祖様だよ」
私が訂正を入れると、クラウスは凄く嫌そうな顔をした。
「血が繋がっているとは思いたくないな」
クラウスの手が突然私の方に伸びて来た。
「巻き込んで悪かったな」
いつもみたくほっぺたむに〜ってされるのかと思ったら……そっと撫でられた。
また心臓がうるさく騒ぎ出す。
落ち着け、落ち着け。なに動揺してるのよ。
動揺なんて笑って誤魔化そう。
私は胸の前で手をひらひらと振った。
「私だってクラウスの正妃として迷惑かけちゃったからお互い様。結果良ければ全て良しだよ」
仮面夫の優しいクラウスには慣れなくてむずむずする。
これも演技……あれ、みんなネストに追いかけ回されてどこかに行っちゃったのに、演技する必要ある?




