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《 第61話 ネストの力 》

 



 瞼の向こうに強い光を感じ、目を閉じたのはほんの数秒。

 光が落ち着いてきた頃、目を開けると真っ先にネストの顔が飛び込んできた。



「ネストがどうして私を抱えているの!?」

「お姫様抱っこって言ってくれ。暴れたら危ねぇから大人しくしてろよ。あと下は見るんじゃねぇぞ」

 見るなと言われたら見たくなる。

 チラッと視線を下に向け私は思わずネストにしがみついた。



「高い、浮いてる。どうなってるの!?」

 さっきまで私とネストが入っていた球体はどこにもなく、ただ私を抱えたネストが湖の上空に立ったまま浮いていた。

「下を見るなって言ったじゃねぇか。落とさねぇから安心しな。ほらもっとギュウッと俺にしがみついて良いぞ」



 キラッ、と光るアメジストの瞳に私は直感する。ネストの顔に下心あり!

「私を早く地上に降ろして。でないとルンテにネストは一生グリのままでお願いしますって言っちゃうよ」

 ネストはゲッと呻き嫌そうな顔をした。

「それだけはやめてくれ。今移動するから地上に着いたら降ろしてやるよ」



 ネストがうっかり手を滑らせて私を湖にボチャンはイヤだから、仕方ないネストにしがみついていよう。

 あれ、でも今の私って意識だけだよね?

 私の身体はクラウスが引き上げてくれたから。

 街灯の下を見下ろすと、クラウスが目をまん丸くしてこっちを見ていた。

 あ、私とネストが宙に浮いているところは見えているんだね。

 クラウスは私が今聞いた異常気象の真相を信じてくれるかなぁ。

 なんて話せば……。



 何気なくクラウスの足元に目線をやった私は大事な物がない事に気づいた。

 ないよ、ないない。

 地面に寝かされていた私の身体がどこにもない!



「ネストどうしよう。私の身体が消えちゃったよ」

 身体がないと私は戻れないんじゃないの!

「落ち着け。ルンテがさっきの光で身体と意識を繋げたから、今俺の腕の中にいるお前がセシリア全部って事だ」

「ああ、びっくりした。あれ、湖に落ちたのに服が濡れてないけどそれも?」

「それは気の利くナミスの方だな」

 ナミスも不思議な力を持っているんだね。後で二人にお礼を言おう。




 ネストが湖の畔に着陸すると、クラウスが背後に護衛騎士を従えて足早にやって来た。殺気をまとい右手に剣を握って。

「セシリア無事か? 何者だ!?」

 クラウスは数歩先で立ち止まると、素早く私の全身に視線をやりながら剣先はこっちに向けてきた。

「ネストが助けてくれたから大丈夫だよ」

 私の言葉にクラウスの表情が険しくなる。

「その姿はやはり邪神か。今すぐそいつを解放しろ」

 クラウスから発せられるピリピリした空気と鋭い視線が私を通り越してネストを捕らえる。

 邪神と呼ばれてネストが黙っているはずもなく。



「やなこった。こいつは俺の嫁にする」

 ひーーっ、何て事を言うのよ。

 刃物を持ったクラウスを刺激するなんて。

 とにかく誤解されたらたまらない。

「嫁にはなりません。地上に着いたら降ろしてくれる約束でしょ!」

 私が睨むとネストは不満顔になった。

「もう少しくらい良いじゃねぇか。お前ら仮面なんだし」

 確かに仮面だけどだからってはいどうぞ、なんて自分の身体を差し出す人はいないよ。

 特に要危険人物にはね。

「降ろして」

「イヤだね」



 押し問答に割って入ってきたのはクラウス。

「随分仲が良いようだな」

 冷たく凍えるような視線に私は確信する。やっぱり誤解してるよ。

「コレには訳が……」

 どこから説明したら良いの。

 やましい事は何もないのに、気分は浮気がバレた夫だよ。

「こっちの気も知らずに邪神なんぞに手懐けられたのか」

 猜疑心を含ませた冷たい瞳。



 手懐けられてるって言われたよ。

 私は犬猫じゃないけど、ネストに抱えられているところを見て疑うのもわかる。

 誤解を解かないと。でも、クラウスは私を信じてくれるの?

 あの時みたいに……。

 クリスタとウリカの時みたく。

 クラウスもバレーヌ先生や寄宿学校のみんなみたく信じてくれなかったら……。

 そう思うと口が動かなくなる。



 ネストが私の耳元で囁いた。

「お前は一人じゃない。ルンテにナミス、俺だってお前の味方だ。安心して突っ走れ」

 アメジスト色の瞳が前に進めと言ってくる。

 セシリア、このままで良いの?

 ただ黙ってクラウスを見つめる事しか出来ないなんて、あんたはいつから情けなくなったの。

 それでもラルエットの王女なの。

 あの姉様達と血が繋がった姉妹でしょ。

 そんな自分で良いわけ?



 私は頭を振って脳裏に過ぎったクリスタとウリカ、それにバレーヌ先生の顔を振り払った。

 誤解されたままなんて、何も言わずにうじうじしてるだけなんて、良いわけない!

 そんな自分はイヤだ。信じてくれなかったらもうその時は開き直ってやるわ!



「ネスト私を降ろしてくれる?」

 私は大丈夫と力強く頷く。

 足が地上に着き、私は前を向きしっかり地面を踏みしめた。

「クラウスに話があるの。聞いてくれる?」

 クラウスは殺気をまとったままネストを一瞥する。

「まずその目障りな邪神をなんとかしろ。尋問はその後だ」

 尋問ときましたよ。私は罪人ですか?

 外出禁止破りの常習ですけど。

 クラウスもクラウスでネストを挑発するような事言うから。



「やぁだね〜」

 ほら、ネストがヘソを曲げたよ。

 は〜、話が進まないよ。

 武器を持っている人間に無防備なネストが敵うわけない。

 ネストの態度にクラウスの眉間のシワが深くなったじゃないの。

 肩が重いと思ったらネストの腕が私に絡みついている。

「ネスト重いから離れて!」

「ちょっとくらい良いじゃねぇか。俺とお前の仲だろ」



 ニヤニヤ笑いで頬ずりしてくるから私は両手でギギギッとそれを押しやった。

 この男は〜っ!

 安心して突っ走れって、クラウスと向き合って話せって意味じゃなかったの?

 私の味方とか言って邪魔してるとしか思えない。

「何が仲よ、変なこと言わないで。ルンテに言って氷漬けにしてもらうよ」

「わかったわかった。そう怒るなって」

 睨む私のほっぺたを突っつくネスト。私はその手をパシッと払ってクラウスに向き合った。



「ネストは邪神じゃないよ。こんなだから警戒する気持ちはすご〜くわかるけどね。元騎士だから自称ジェントルマンだし、誰かに危害を加えるような事はたぶんしないと思うよ」

 ネストがおいおいフォローになってねぇぞとか、ぼやいているけど無視。

 あれ、今クラウスの眉間がピキッて動いたような。

「邪神でないと言うのならコレは何だ」



 警戒していると言うより、機嫌が悪そう。

 ネストをコレ呼ばわりですか。

 そんなの決まってる。

「奴隷だよ。湖の神ルンテのね」

「ちょっと待ったーー。俺は奴隷じゃねぇぞ!」

 すかさずネストが横から口を挟む。

 私は首を傾げた後、手をポンッと打った。

「違った? ああ、そっか。ルンテの下僕だっけ」

「それも違う! 俺はこの地を守る為に存在する。いわば守護者だ!」

 私に訂正を入れてから、クラウスに胸を張って言い放つネスト。



 守護者……ネストったら高く盛ったよね。

 ルンテはそんな事一言も言っていなかったと思う。

 あまり自分を美化すると……。

 ああほら、嘘っぽく思われているよ。

 クラウスも護衛騎士も胡散臭そうな視線をネストに向けている。

「何を根拠に言っているのか知らんが、邪神でないと証明できるとでも言うのか?」



 クラウスに挑発的な視線を向けられたネストは腰に手を当て仁王立ち。

 負けじとクラウスを正面から見据える。

「良いぜ見せてやるよ。ネスト様の実力をな。その目にしかと焼きつけな!」

 余裕しゃくしゃくなネスト。でも、ちょっと待った!

「ネスト、力が暴発するんじゃないの?」

 ネストは私にニカッと笑うと、自分の胸をドンッと叩いた。

「今、すっげぇ絶好調。俺に任せとけっ!」



 ネストが指をパチンと鳴らす。

 すると雲が晴れ、月が姿を現した。

 どこからか温かな風が吹いて来る。

 風は湖面に波紋を作り私とクラウスの間を通り抜けて行った。

 そして木々を揺らす。

 葉が落ちなんだか元気のない木々は風を浴び、下向きだった枝はみるみると空に向かって伸びて小さな芽をいくつも付けていく。

 芽は月の光を浴びながら葉に姿を変え、深緑色に染まる木々。



 もう一度ネストが指をパチンと鳴らす。

 雲が晴れた夜空から星が一つ二つと地上に向かって流れ落ちる。

 私の足元にも星が落ち、そこからニョキニョキと小さな芽がいくつも顔を出した。

 芽はあっという間に葉を付け、蕾を膨らませ白い花を咲かせる。

 土が盛り上がり中から何かが押し上げている。

 見た事がある花だなぁ……ってコレは!



「じゃがいもの花だ」

 ほら、土からポコっとじゃがいもが顔を出したよ。

「こっちはニンジンの葉っぱ」

 土の中からピュッと顔を覗かせたのは、オレンジ色が鮮やかなニンジン。

 私は星から育った野菜を避けながらあっちこっちに移動した。

「あそこにはカボチャに、あっちはキャベツ!」

 星が地上に降るたびにそこから野菜が育っていく。

 まるで夢を見ているみたい!



 クラウスや護衛騎士、それに少し離れた所からシュナル殿が目を見張るようにして不思議な光景を眺めていた。

 私は大きな声でネストに呼びかける。

「すごいよネスト。ルンテからもらった力でこんな事が出来るなんて!」

 ネストからも大きな声が返ってきた。

「ルンテから与えられた力ってのが気にいらねぇがな。お前が喜んでくれりゃ良いか。気に入ったか?」

「気に入ったよ。とっても素敵な力だね!」

 私はラディッシュを引っこ抜いてネストに見えるように持ち上げた。



「もっと見たいかーー?」

「見たい!」

「見直したか?」

「ちょっとはねーー」

「じゃあ、俺の嫁になるか?」

「ならなーーい!」

「お前なぁ、そこはなるって言えよなーー!」



 残念でした。その手には引っかからないよ〜。

 ネストに向かってあっかんべぇをしていると、後ろから声をかけられた。




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