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《 第58話 仮面妃と不憫な人 》


「異常気象はどうして起こるの? 今、ネストが私の目の前にいるって事は、あなたは一度死んで蘇ったんでしょ。白状しちゃいなよ」

「お前ボケっとしてる割には変なところで回転が速くなるんだな」

「ボケっとしてて悪かったわね」

 似たような事を誰かに言われたよ。

 ここまで事実を話してきて、何をそんなに言いたくないの?

 異常気象の原因さえわかれば丸っと解決するじゃないの。



 私は立ち上がって腰に両手を当て、ネストを見下ろす。

「話をそらさないで教えてよ!」

 ネストはにやりと笑い、私の右手を握ってきた。

「俺の嫁になると約束したら教えてやっても良いぞ」

 握られた手を私が振り払おうとする前に、手の甲に素早く口付けされた。

 ナミスに手をだせなかった発言はどこへいったのよ。



 この油断ならない言動にはいまいち信用ならない。

「あいにく私はもう人妻です!」

 私は自分の右手をネストから奪い返すと、証拠の指輪をはめた左手をネストの前に見せつける。

「なぁにが人妻だよ。お前らは身も心も夫婦になっていない仮面夫婦じゃねぇか」

「うっ、なぜそれを知っているの?」

「俺はそういう事には鋭いからな、見りゃわかるんだよ。俺の嫁になるか解決する事を諦めるか。さぁてどうする?」



 突然駆け引きを持ち出してくるなんて。

「弱点を突っついてくるなんて卑怯よ。あなたそれでも元騎士? さっき言っていたジェントルマンはどうしたのよ。やっぱり単なるセクハラ化けリスなんじゃないの?」

 ネストは一瞬沈黙した後、お腹を抱えて笑いだした。



「わっはっはっは! そうくるか。やっぱお前良いな気が変わった。面倒な事は片付けてセシリアをじっくり攻め落としたくなったぜ。騎士としてジェントルマンらしくな」

 にやり笑いにウィンクを寄越してくる。

 何がそんなにおかしいのかわからない。

 私は城じゃないんだから崩落したりなんかしないよ。

 これはきっと悪ふざけネストの冗談に違いない。



 ネストが何か知っていそうなのは確かなのよ。

 途中まで話してなぜ隠したがるの。

 知られたら嫌なこと、恥ずかしい事だとか。

「誰にも言わないよ。何か心当たりがあるなら教えて」

 ネストがふっと真剣な表情を見せた。

「お前は政略結婚とは知らずに連れて来られたんだ。大国が崩れればお前は自由だ。ラルエットに帰れるぞ。放っとけば良い」



 最初は帰りたいと思ったよ。政略結婚なんて騙されたって。

 こっちに来て大変な事もあったけど、私はクラウスの妃としてまだ何もしていない。

 たとえ仮面だろうと表向きは妃を名乗っている以上、皇家の一人として役に立てるのなら。

 放っておくなんて、知らん顔なんて。



「フェストランドが大変な時にお世話になった人達を見捨てたりなんて出来ないよ。自分に何か出来る事があるなら尚の事。やれる事をして幕を引きたい」

 ネストの視線と私の視線が交差する。

 ネストがぼそりと呟いた。

「フェストランドが大事か?」

「もちろん。だから私にできる事があったら協力したいと思ってるよ」

「セシリアはそういう奴だよな」

 あきれられている理由がわからないんだけど。

 首を傾げる私にネストは一人頷くと口を開いた。



「異常気象が起こる原因は俺の力が暴発したからだ」

 …………。



「あなたはやっぱり邪神なの?」

 ネストは肩をすくめさぁな、とぼやいた。

「湖で俺を水攻めにしたルンテが、死に際に俺に力を与えたんだ。その時神聖な湖にむさ苦しいモノを投げた償いにこの地の平穏を守れと言っていたな。俺はそんな物を投げた覚えはねぇからな。まったくルンテがやる事は意味不明だぜ」



 むさ苦しいモノ……。

 それって、むさ苦しい者?

 まさかネストの事だったりして。



 ナミスをとめに湖に入ったネストを、ルンテは湖にむさ苦しいモノを投げ込まれたって思ったのかな。

 それともナミスに想いを寄せているネストを煩わしく思ったとか。



 湖の神が慈悲も情けもないなんて。

 そんなんで良いのかなぁ。

 思いっきり私利私欲が絡んでる気がするのは気のせいか……。

 それにしても酷い言われようだね。なんだかネストがかわいそ過ぎる。

 でも気づかない事が幸せな事ってあるよね。黙っとこ。



「え〜と、つまりネストの力が暴発したから異常気象が起きた。力の暴発がどんな時に起こるとか、暴発のとめ方とか、とめようと思った事はないの?」

「とめ方ねぇ……自分でなんとかなりゃ、なんとかしてるさ」

「じゃあどんな時に暴発するの?」

 ネストは明後日の方を向いておデコをぽりぽり。

 さっきから言い渋っていたのはそこね。

 私はゆっくりはっきりネストに伝えた。

「ネスト、暴発の原因を教えて」



 ネストは降参だと両手を挙げた。

「白状するか。それはだな……冬眠期から目覚めた朝とか、木の下に落ちていた果実を食べた時だったり、皇宮の酒蔵に忍び込んだ翌日なんか特に力が暴発するらしい」

 ネストの言葉にあきれしか浮かばない。

 言い渋っていたのはそういう事か。

「へ〜、ふ〜ん。そうなんだぁ」

「セ、セシリアちゃん。棒読み口調は良くないぞ。その顔も可愛いお顔が台無しだぞ」

 取りなそうとしたってダメ。



「つまりあなたは拾い食いか食べ過ぎでお腹壊したんだぁ。酒蔵に忍び込んで二日酔いになったんだねぇ。冬眠って何十年も寝てたら寝すぎだよね〜」

「痛いとこ突いてくるなぁ。リス化の時はやる事ねぇし仕方ねぇだろ」

「異常気象の原因がネストの不摂生だなんてあきれて言葉が出ないよ」



 ネストの不摂生のお陰で力が暴発して、私達は迷惑を被っているんだから。

 そんな理由ならネストの体調さえ良ければ力は暴発しないじゃない。

 つまりは異常気象も起きないし、フェストランドの民がネストの祟りだなんだって怯えなくて済む。

 平和に暮らせるって事でしょ。

 ネストの不摂生のためにクラウスは多忙に多忙を重ねているのだから。

 何よりクラウスの負担を減らせる事は嬉しい。



 ネストがガバッと頭を下げた。

「迷惑をかけた、すまん!」

 私だけに謝られてもねぇ。

 ネストが他に謝る人はい〜っぱいいると思うよ。

「リス化の時にやる事ないって言うけれど、今みたく人間になれば良いじゃない。人間の姿になって皇宮の騎士にでもなったら?」

 迷惑をかけた分は体で働いて返してもらわないとね。

 フェストランドの民の為に、そしてクラウスの為にもね。



「あ〜それがこの姿には滅多になれねぇんだよ。今回はなぜか人間化してるがな」

「馬車馬の如く働いてもらおうと思ったのに残念」

 ネストにはまだ解明されていない事があるのか。

「ひっでぇなぁ。セシリアの為なら俺はリスとしてでも働いてやるぞ」

 信用できないけどね。



「はいはい、とにかく拾い食いは禁止で酒蔵には立ち入り禁止。冬眠は短くしてみたら?」

「それを守るには一つ条件がある」

 交換条件を出せるご身分じゃないと思う。

 ジト目で睨むと、ネストは私のスカートを引っ張った。



「なに簡単な条件だ。また俺にセシリアのクッキーをくれ」

「クッキー?」

「ああ、いつだったかセシリアがくれたクッキーを食べたら、翌日体調が良かったんだよ」

「ホントなの?」

「クッキーを食べた日に、木の下に落ちてた果実を食べたんだがな。運が悪く熟し過ぎで発酵していてかなり酔った」



 拾い食いするからだよ。とは言えないか。

 冬眠から覚めたネストは野良リスだからね。

 グリの事をみんな邪神だと思っているから、誰からも餌をもらえず自力で探さないといけない。

 ああ、不憫だね。

「まさか酔って次の日二日酔い?」

「いいや、不思議な事に二日酔いにならなかった。力も暴発しなかったぞ」



 私があげたクッキーが二日酔いを和らげた。

 そんな事があるのかなぁ。グリに何か特別なクッキーをあげた覚えがない。

 でも、まぁ。クッキーくらいで体調が良くなるなら。

 まともな生活を送っているか監視役もいた方が良いよね。



 でもその役が私に出来るのかは別だ。

 グリにあげたクッキーのレシピを誰かに教えて作ってもらえば良い。

 でも今の私には誰かに何かを伝えられるすべがない。



「作ってあげるって言いたいけど今の私の状態だと無理かな。生と死の中間にいるんでしょう?」

「ああ、そうだ」

 ナミスの加護はネストにあげちゃったから、私がラルエットの王女だって証明できないし、私自身も体力的にどうなんだろ。

 私の心臓はかなり弱り切っていると思う。



「今こうしてネストと話が出来る事は、ちょっとした猶予みたいなものだよね?」

 ネストがなぜか怖いくらい真面目な表情をしているのは気のせいか。

「セシリア」



 ネストが両腕を組み私の心を見透かすように見つめてきた。

「お前、自らを犠牲にするつもりでいただろ」

 それは疑問と言うより確信めいた声。

 私は思わず言葉に詰まった。

 この人はどこまで感づいているの?

 私は内心冷や汗をかきながらネストから視線をそらす。



「言ってる意味がわからない。なんの事?」

 ネストがため息を吐いた。

「お前はどうしようもないバカだ」

 そんな事はわかってる。誰かによく言われてたから。でも。

「あなたに言われたくない」

「自分を犠牲にして他人を救ったところで救われた人間は納得しねぇ。もっと欲を出せ、あきらめるな。どっちも助かる道を考えろ」

 ネストは人の心が覗けるのだろうか。



「簡単に言わないでよね。そんな道があったら教えてよ。人間には自分ではどうしようもない限りがあるじゃない」

 炎で短くなったロウソクはどうしたって長くはならないのだから。

「自分でどうしようもない事は一人で考えるな。思い詰めるだけでろくな事にならねぇ」



 心の裏側まで全部見られているみたいだ。

 ろくな事にならない。

 そうかとしれないね。

 食事に異変を感じた時点でクラウスに言っていたら、こんな事にはならなかった。

 ネストの言う通りだよ。



 アメジスト色の瞳から凛とした力強さを感じる。

 誰かに……そうか。クラウスに似ている。

 ネストから視線が反らせないでいると。

「周りにもっと頼れ」



 ネストに手を引っ張られ、ぐらりと身体が前に倒れる。

 耳元でネストが囁いた。

「特に俺は頼りにして良いぞ。ワンアドバイスにつき、お礼はキス一回で良いからな」

 相談料がキス!?

 手を突っぱねてネストと距離を取ろうとする私の頬に、素早く何かがかすめていった。

 油断した!

「このセクハラ男っ!」

 相談なんて絶対しない!

 私はネストに拳をポカポカ振り上げるが、身軽に後ろへ避けられた。





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