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《 第57話 不思議な声とセクハラ美青年 》



 灯台から湖へと落下する私の視界に、金色の満月を遮る黒くて小さなものが映った。

 アメジスト色の宝石のような二つの輝きに銀色に光る三本の縦縞模様。

 グリがどうしてここにいるのかなぁ。

 久しぶりに会えて嬉しいよ。



 思い返せばフェストランドに来てからというものの、私ってよく災難に巻き込まれたなぁ。

 今まで生きてこられたのが不思議だよね。

 もう一度マーヤや姉様達、フェストランドでお世話になった人みんなに会いたかっな。



 何も伝えられないまま終わるのはイヤだけど今度こそダメかも。

 情けないけど今の私の体力で助かる確率は低そうだから。

 私は頭に張り付いてきたグリを引き剥がして腕の中に囲った。



 神様お願い。

 ナミスの加護があるのなら、グリにあげて下さい。

 今の私には湖の冷たさに耐えられる体力はないと思うから。

 グリが助かるようにお願いします。

 そして一言だけみんなにありがとうを伝えて下さい。

 出会ったみんなの顔が代わる代わる頭に浮かぶ。最後に浮かんだのは……。



 意地悪そうな笑みを浮かべるクラウスの顔だった。

 時々ふわって笑うクラウスの笑顔が好きだったな。

 クラウスには色々と迷惑をかけちゃったね。

 エルナさんとシュナル殿、二人のために正妃の権限を使うつもりだったけど無理みたい。

 最後までダメな仮面妃でゴメン。

 二股なんて大スキャンダル、大変だろうけど幸せになってね。

 湖に身を沈める直前、私の意識はぷっつり途絶えた。



 *******************



 意識がふわふわと漂う中、頭の中に二人の男女の声が響いた。



『灯台から身を投げるとは大胆な子だ。この子は自殺願望者か?』

『違うわよルンテ。今この子の命の灯火はとても弱いけれど、その時期ではないわ。あら、彼女の腕の中をご覧なさいな。彼を守っているわ』

『自分の命より小動物の命か。変わった子だ。しかし、この子はナミスに似てとても温かいオーラを感じる』

『わたしの血が流れているのですもの当然よ』



『湖に落ちて来たのも何かの縁。この子を我々夫婦の娘とするのはどうだろう?』

『そうね、それは良い考えだけれど。もう少し様子を見ましょう』

『小動物にあとを任せるのか?』

『わたし達にはまだ何も出来ないわ。それが湖の掟でしょう?』

『そうだな。では我々から娘にささやかだが守護の力を贈ろう』



 *******************



 なんだか体がポカポカするよ。

 温かい毛布に包まれているみたい。

 あの声は誰だったのかな。



「セシリア……。起きろ……セシリア」

 聞きなれない声が私の名前を呼んでいる。

 湖に落下したはずだけどあれは夢だったのかな。

 現実なら今頃、天国か地獄にいるはずだよね。

 声の主が私の肩を揺さぶった。

「おい、起きろセシリア!」

「うるさいなぁ。あの世ならゆっくり寝かせてよ。すごく眠いんだから」

 目を開けるとアメジスト色の瞳と目が合った。



「あのなぁ、ねぼすけ姫。ここはあの世じゃねぇぞ」

 黒髪短髪で前髪をツンツン立たせた青年が呆れたような視線で私を見ている。

 おデコには縦に入った傷が三本ある。

 凛とした顔立ち。誰かに似ているような……。

「あの世じゃないならこれは夢?」

「夢でもない。ほら、起きて見てみろよ」

 黒髪の美青年は手を取り私を起き上がらせた。

 目に不思議な光景が飛び込んできた。



 私がいるところは虹の橋やお花畑で蝶が舞う天国でもなく。

 紫雲漂う暗くて陰湿で、怪しげなきのこがにょきにょき生えている地獄でもなかった。

 魚が泳ぎ昆布がダンスする神秘な世界広がる地底湖でもない。

 じゃあここはどこ?



 私は満月と星が群れる夜空の下、ぷかぷかと浮かんでいた。

 それも丸い球状の透明な物体の中で。

 シャボン玉のような球体はゼリーのようにぷるぷるとしている。

 ゼリーに膜で覆われたその中には私と、私を眠りから起こした長い黒衣をまとった美青年だけ。



「あれ、湖に一緒に飛び込んできたグリは?」

 変だなぁ、グリの姿がどこにもない。

「まさか、湖の中に!」

 足元を覗いてみたけれど湖は暗くて中まではよくわからない。

「俺ならここにいるじゃねぇか」

 声のする方に顔を向けると、美青年が面白おかしそうに腕を組んで私を眺めている。



「私が探しているのは黒リスですが。あなたどちら様?」

「おいおい、気づいてくれないなんてつれないなぁ。俺はお前がくれたクッキーと胸の感触は目を瞑っても当てることが出来るぞ」

 クッキーに胸……何を言っているの?



 アメジスト色の瞳が満月の光を浴びてキラリと輝いた。

 その瞳とおデコの三本縞。

 美青年の顔とグリの顔が被る。

 いや、そんなまさかね。

「あなた、黒リスのグリ?」

「そうとも。良い男で驚いたか?」

「またまたそんな冗談を〜。騙されないんだからね」



「信じろってのも無理か。これならどうだ?」

 美青年がパチンと指を鳴らすと、頭からにょきっと動物のものらしき黒い耳が生えてきた。

 耳にぎょっとしていると、下の方で何かが動き目線を移動させる。

「それ尻尾!?」

 黒衣の裾からふわふわな黒い尻尾がはみ出しパタパタと動いている。

 グリの尻尾に似ているけれど大き過ぎて可愛さは感じない。



「嘘でしょう。 あのグリが人間に化けてるなんて。グリって化けリスだったの?」

 グリが元は人間だったなんて信じられない。

 それも誰かに似ている美形だけど、自分で良い男って言っちゃうあたりがなんだか残念。

「おいおい化けリスってなんだよ。リスの姿は仮の姿でこれが俺本来の姿だっつうの。リスより断然かっこいいだろ?」

「リスの時は紳士だったのに。人間になったグリは性格が残念な気がする」



 黒リスの方が可愛かったのになんだかがっかりだ。

 美青年が両手を自分の胸の前で二つの山を作るように動かした。

「湖に落ちる時思ったんだが、お前着痩せするタイプだったのな。チビのわりに意外とある」

 さっきから胸の感触とか、その手つき。

 湖に投げ出された時、グリを腕の中に抱えるんじゃなかったよ。

「…………」

 無言ジト目で人間化したグリを見つめると、顔を近づけてきた。



「なんだなんだ、イケメン過ぎる俺の容姿に惚れたか?」

 モテる男はつらいぜ、とおデコをポリポリ。

 誰が誰に惚れたと言うのか。私は決して見惚れてなどいないよ。

 リスらしくないリスだって思ってはいたけれど、本当の姿が人間だって想像出来るわけないよね。

 それが胸の感触がどうとか平気で口に出す、中身はとんでもセクハラ親父風美青年だったなんて誰が思うのよ。



「なんか色々とがっかり過ぎる」

「俺はセシリアとこうして話せて嬉しいぞ。沈んだ気持ちを慰めてやろうか?」

 ほら、と両腕を広げているセクハラ男の顔はニヤニヤとしている。

「下心丸わかり。律儀で紳士な感じの良いリスだと思っていたのに、なんだか騙された気分。セクハラ化けリスのハグはお断りします!」



「騙してねぇって。いつでも人間の姿に戻れりゃ苦労しないぜ。リスの時はしゃべれんし仕方ねぇだろ」

「じゃあ、元の紳士な黒リスに戻ってよ!」

「久々の人間の姿だ、そんなのやなこった。それに俺の中身は変わらねぇよ。いつでもジェントルマンさ!」

 爽やかに笑ってもセクハラ発言は忘れてあげない。

 人間化したグリ、セクハラ発言要注意!

 話が脱線しちゃったけど今、一番の問題がある。



「私とグリは助かったんだよね?」

「今、お前は生と死の中間にいる。どちらとも言えないな」

 グリの答えは曖昧すぎる。グリに聞いてもわからないのかな。

「そういえば夢の中で声を聞いた気がするんだけど」

「ああ、それはあの二人だ」

 グリは言いにくそうに言葉を濁した。



「あの二人って誰なの?」

「俺とお前をここに閉じ込めた二人。湖のルンテとナミスだよ」

「ナミスってあの悲恋物語ネストとナミスのナミス?」

 グリががっくりと肩を落とした。

「お前もかぁ。どいつもこいつも、なんでそんな物語を信じるかなぁ。ロザリーの時みたく説明するの面倒だぜ」



「ロザリーってラルエット王家から、フェストランドに嫁いだロザリー王女の事だよね?」

 グリの口からポンポン出てくる名前はどれも知っている名前だ。知らないのはルンテと言う名前だけ。

 グリがネストやロザリーの事をどうして知っているの?

 まだグリの口から出ていない名前が一つある。

 もしかして、もしかしたらグリは。



「グリがネストの化身。邪神ネストなの?」

「邪神、その呼び名はやめてくれ」

 うんざりだ、と飛んできた虫を追い払うように手を振った。

 否定しないという事はグリが邪神ネスト。

「グリが祟りを起こしているの?」

「…………」



 あ、気まずそうに顔をそらして黙っちゃった。

「これはとっても重大な事だよ。異常気象が続いたらフェストランドは大変な事になっちゃうんだからね。グリ、話して」

 私が真剣な顔でグリに詰め寄ると、グリは降参とばかりに両手を挙げた。

「わかったわかった。こうなったらもう一度恥を書くか!」

 とにかく座れと言われて座ると、グリも私の前に腰を下ろした。



「まずは自己紹介からだな。俺の生前の名はネスト=ベルティ・フェルスターだ。さっきセシリアが言っていた声の主の名は、ナミス=リュシー・ロロットだ」

「やっぱり物語のネストとナミスは実在していたんだね!」

 私が思わず身を乗り出すとグリ改めネストがどうどうと両手を動かした。

 グリが人間の姿の時はネストと呼ぼう。



「落ち着けセシリア。今から順を追って滑稽な話をしてやるから」

「悲恋物語じゃなくて滑稽な話?」

「ラース・ブラント、俺の友人だが。奴が本なんか作ったからだ。だーーっ、思い出したら腹が立ってきた!」

 ネストは頭をガシガシかき乱した。



「おーーい、大丈夫?」

 ラース・ブラント……ネストとナミスの本の最後に書いてあった物語の著者だ。ネストは著者と友達なの?

 ネストはコホンとわざとらしい咳払いをし歴史を覆す発言をした。



「悪いな取り乱した。悲恋物語は嘘八百、フィクションだ」

 全部ラース・ブラントが作ったつくりもの?

「ネストとナミスが恋に落ちたとか、ネストの留守中にナミスが湖に身を投げて……物語ではネストもナミスの後を追ったんだよね。全部作り話?」

 ネストは盛大なため息を吐いた。



「まったく墓場まで持って行きたかったのに今回で最後にしてほしいぜ。俺とナミスだがな恋に落ちてなんかいないぞ」

「ええっ! そこから間違いなの?」

 ネストは明後日の方を向き、視線をそわそわさせた。



「いや、間違いと言うか……半分あっているな」

「何それ。半分って事はネストの片思い?」

「お前意外と鋭いな。ああ、その通りだ。俺はナミスに惚れたが、ナミスは純真無垢過ぎて俺の事を兄のように慕っていたな。ま、それでも良かったんだ。じっくり落とせば良いだけだからな。しかし、後手に回ったのが悪かった」

 自嘲気味に笑うネスト。



「ナミスは誰かと恋に落ちたの?」

 あ、そう言えば。頭の中に響いてきたナミスとルンテの声は、私を二人の娘にするとかなんとか言っていた。

 二人は夫婦だとも言っていた。

「ルンテとナミスが恋に落ちたんだね」



 ネストはまたため息を吐いた。

「俺が軍に連れ戻されて馬車馬の如く働かされていた時、ルンテとナミスは出会って二人は惹かれあった」

「ルンテって何者なの?」

「ルンテはこの湖を守護する神だ。守り姫として湖に祈りを捧げていたナミスにルンテは惚れ、奴はナミスを自分の嫁にしようとした」



「ネストは黙って見ていたの?」

「当然止めに入ったさ。ルンテの嫁なんかになってみろ、一生湖の中で過ごさなけりゃならないからな。ルンテのもとに行こうとするナミスを止めに俺はナミスを追って湖に潜った」



「それでどうしたの?」

「ルンテは神だぞ。悔しい事に生身の人間が叶うような力の持ち主じゃなかった。奴は手加減なしに湖を泳ぐ俺を水攻めしてきたんだからな」

 なんだか不憫な話だね。

 留守中に片思いのナミスを横から奪われ、止めに入ったら恋敵に水攻めにされちゃうなんて。

 他人の恋路は邪魔するなって事かな。



「ネストは湖に飲まれて人生の幕を引いちゃったんだね」

「神の前じゃにんなんて歯も立たない。あっけないもんだぜ。いくら俺が剣に長けていたって、水の中じゃどうしようもねぇからな」

「ご愁傷様だね。今まで伝えられてきた悲恋物語って事実とまったく違ったんだね」



「そういう事だ。俺を哀れに思ったラースの奴が悲恋物語として仕立て上げたってだけだ。まったくラースなんかに恋愛相談するんじゃなかったぜ」

 悲恋物語の方は違うとわかったけれど、クラウスから聞いた、あまり知られていないネストの本当のその後は?



「文献に記されているネストの祟りは、湖に身を投げたネストが蘇って、ラルエットに進行しようとしていた軍を壊滅させたって聞いたよ。その時に、ナミスのお腹にネストの子がいて血族を途絶えさせると祟るって。ネストが言ったんじゃないの?」



「俺はんなこた言わねぇよ。だいたいナミスとそんな仲じゃねぇのにどうやって子が出来るんだよ」

「湖の神様に横取りされちゃったんだもんね。文献も偽りだったのかぁ。じゃあ真実は?」



「大国の軍が負けたとあっちゃ外聞が悪いからな、深く突っ込まれた時の為に当時の皇太子あたりが話を盛ったんだよ。俺はそれで今まで散々な目にあったぜ」

 皇宮でグリは邪神扱いされて捕まえられ、カゴの中にまで入れられちゃってたものね。そこは同情するよ。



「ネストは皇太子や自分が所属していた軍を、これっぽっちも怨んだり祟ったりしてないの?」

「まあ、軍に連れ戻された結果ナミスを横取りされたからな。当時軍の最高責任者だった皇太子を蹴飛ばしてやろうとは思ったな」

「その皇太子ってネストの兄君でしょ?」



「ふんっ、俺と皇太子は異母兄弟で仲が悪かったんだよ」

 不機嫌そうな表情を見ると相当仲が悪かったのかも知れないね。

「祟りがネストの仕業じゃないなら異常気象の原因がわからないなぁ。ネストが蘇ったのを見たって言う証言も虚偽なの?」



 ネストはうっと言葉を詰まらせた。視線を泳がせ、額には薄っすらと汗をかいている。

 なんか怪しい。






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