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《 第56話 大スキャンダル!? 》



 うっわ〜、こんなに早く湖に辿り着かれるなんて計算外だよ。

 自ら出向かずに騎士に命じれば良いのに来ちゃったよこの人は。

 まだ何も解決していないのに連れ戻されるわけにはいかない。

 逃げる?



 ダメダメ、すぐに捕まるよ。

 町に続く遊歩道から東屋にやって来る人物に走り寄るシュナル殿。

 お酒飲んでたらしいから足元がフラフラしているよ。



「案外早く目が覚めたんだね〜。疲労回復には寝るのが一番、もう少し寝てたら良かったのに」

 あたかも体を気遣って言っているように聞こえる内容だけれど、薬を盛った人が言う台詞じゃない。

「サム、なぜ湖に俺の妃がいる?」



 ひぇっ、こっちにクラウスの鋭い視線が飛んで来たよ〜!

 私はというと、シュナル殿のようにクラウスに走り寄る気なんかさらさらない。だってクラウスの視線が怖いんだもん。

 東屋にお行儀よく座ったまま優雅に美しく。視線が絡まらないように。

 は〜い、なんて手を振ってみたら、クラウスの視線の鋭さがレベルアップ。



「お姫様に誘われたからだよ。可愛い子のお願いは断ったら男として失格だからね」

「誘った?」

 湖について来てくれると言ってくれたのはシュナル殿の方。誘ったというのとはなんか違う気がする。

 チラッと私を見たシュナル殿から意味ありげなウィンクが飛んできた。

 なんだかイヤな予感。



「僕は来るもの拒まずだからね。秘密の手紙のやり取りってドキドキして楽しかったね!」

 ひーー、この人はクラウスの前でなんてこと言うの。

 誤解を招くような事言わないで!

 悲しいかな私の口はあわあわと動くだけで、上手く回らない。



 お説教覚悟で来たけれどあらぬ誤解から、常識がどうとかお説教のネタを追加されちゃうのは勘弁して。

 クラウスが前科ありの私と昔から仲の良い友人シュナル殿の言葉、どちらを信じるかわかりきっている。

 顔から表情を消したクラウスがゆっくり東屋にやって来た。



「勝手に皇宮を抜け出し、護衛をつけずに単独外出という常識外れな行動については後で問う。湖に来た理由はなんだ?」

「あの、それは……」

 まずは否定しないとだけど、その後はストレートに伝えようか、それとも誤魔化してみようか。

 どう伝えようか思考がまとまらない。



 私の目の前でクラウスが立ち止まるが、その間にシュナル殿が自分の顔を割り込ませてきた。

「僕と湖お泊りデートに決まっているじゃない」

 クラウスの冷たく感じる視線がシュナル殿にも向く。

「サム、俺はこいつに聞いているんだ」

 シュナル殿の肩に手を置きシュナル殿の体を退けるクラウス。

 庇うために言ってくれているのか、誤解を大きくしようとしているのか。

 シュナル殿、あまりクラウスを刺激しないで!



「僕は邪魔者って事? ひっどいなぁ〜」

 口を尖らせるシュナル殿に対しクラウスが静かな声で一言。

「サム」

「僕を部外者にしないでよね。僕はお姫様の望みを聞いてあげるため湖に来たんだから」

 無表情なクラウスの眉がピクリとあがる。

「望み……ああ、ラルエットに帰りたいのか?」



 そこでなぜラルエットが出てくるのだろう。

 もしかして湖の向こうはラルエットだから、湖に来た理由をラルエットに帰りたいからだと思われているの?

 クラウスの探るような視線に私が首を振ると、シュナル殿がクラウスの腕を引っ張っている。



「ねえねえ、僕と君のお姫様が駆け落ちしたとか疑わないの?」

「かっ……違っ」

 ううっ、否定したいのに言葉にならない。

 事を大きくしたら後が大変なのに、シュナル殿はどうしてそっちに話を持っていこうとするかなぁ。

「サム、妃と話をしている最中だ。先に宿に戻っていてくれないか?」

 シュナル殿にはいつも甘いクラウスにとっては珍しい。感情のこもらないどこか冷たく感じる声音。

 クラウスに腕を解かれたシュナル殿からいつもの陽気さが消えていった。



「なんで僕一人で戻らないといけないのさ? 君も一緒なら戻ってあげるよ」

 真っ直ぐに見つめるシュナル殿の視線の先にはクラウス。

 クラウスの肩に腕を回すシュナル殿は、酔っているせいか潤んだ瞳に薄っすらと赤みがさした頬がなんだか色っぽく感じるよ。

「サムにも聞きたい事はあるが、先にこいつと話がある」



 クラウスがシュナル殿の腕を退かすと、シュナル殿は信じられないと首を左右に振る。

「何それ。アル、最近付き合い悪い。その子は僕を誘惑した不埒なお姫様だよ。僕よりその子を優先させるの?」

 ちょっとどうして私がシュナル殿を誘惑した事になってるの!



「シュナル殿」

「こいつにそんな芸当を持っているとは思えんが、酔っているサムより素面なこいつに話を聞いた方が早いからな」

 私の言葉にクラウスの言葉が重なる。

 クラウスの言う事はごもっとも。私には誘惑できる才能も技術も持ち合わせていませんよ。

 シュナル殿の顔が真っ赤に染まった。



「僕は酔ってないし。そんな子に誘惑されたって僕はアルを裏切ったりなんかしない!」

「落ち着けサム」

 取り乱すシュナル殿をなだめるクラウス。

 なんだか話が噛み合っていないよ。私が口を挟める隙もない。



「サムサムサムって、どうして前みたく呼んでくれないのさ。アルはお姫様が来てから変わったよ」

「とにかく落ち着け。サムは宿に戻って酔いを覚ませ」

「だいたいアルがお姫様と婚姻する必要なんかないはずだろ。面倒な役回りなんて皇家の血を引く他の誰かに押し付ければ良いんだ。そうすれば僕達は今まで通りだったんだ」



 なんなの、この展開は?

 シュナル殿には憎しみを込められた瞳で睨まれているし。

 美人に睨まれると迫力があって怖い。

 クラウスとシュナル殿の会話を聞いていると、まるで三角関係に巻き込まれているみたい。

 それにアルってどこかで聞いた名前……。



 思い出した!

 アルってミモザとアオバトの絵文字手紙に『アルへ、エルより』って書いてあったあのアル?

 アルベルトのアルはクラウスのミドルネームを短くしたもの。



 じゃあ、エルはエルナさんじゃなくてシュナル殿?

 シュナル殿って、普段はサムとかサミーって呼ばれているけど正式名は確か……サムエル。

 サムエルの後ろを取ってエル!

 アルとエルは、クラウスとシュナル殿で間違いないよ。

 マーヤが手紙に書いてきたクラウスとシュナル殿が密会していたとか、恋人同士だって話はマーヤの冗談や勘違いじゃなかったのね。



 あの陽気なシュナル殿がこんな顔をするなんて初めて見たもの。

 私とクラウスの仲を勘違いするくらい。そして嫉妬するくらい。

 そんなにもクラウスの事が好きなんだね。

 それじゃあ私はシュナル殿に嫌われていたのかな……。



 でも、ちょっと待って。

 エルナさんはどうなるの?

 クラウスはエルナさんとバラの階段で良い雰囲気だったじゃないの。

 あの時私とシュナル殿は温室からそれをしっかり目撃していたのだから。



 あれを見たシュナル殿はエルナさんに嫉妬する様子はなかったよ。

 あの時は素面だったから?

 シュナル殿はもしかしたらお酒を飲むと性格が変わっちゃうのかも。



 大事に隠しておきたいほど好きなエルナさんに、同性という事から公にはできない恋人のシュナル殿。

 どっちも秘密の恋人で、これってクラウスの二股!?

 バレたら皇宮を揺るがす大スキャンダルだよ!



 いやいや待て待て。

 表面上は仮面妃の私ともクラウスは仲が良いお芝居をしているわけで……三股だね。わおっ、すごい!

 じゃないよ、なんだか複雑。

 移り気な夫なんて、すごくイヤだ。

 クラウスが私に興味がない事はわかっているつもりなのにね。



 最近やたらと近くにいて一緒にいる時間が多くなったせいだよ。きっと親しくなりすぎたんだね。

 私が仮面妃をするのって、ネストの事だけじゃなく、カモフラージュのためもあったんだ。

 なんだか私ってバカみたいだ。

 私が仮面妃を演じる裏では、クラウスは二人の美人な恋人と秘密の逢瀬。

 私の幸せな未来は……。

 考えるのはやめよう。先は長いとは限らないんだから。

 余計な事を考えたら虚しくなるだけだもの。



 ああ、またいつもの発作。

 胸の辺りを太い針でグサグサ刺されているみたい。

 この赤い粒の後遺症で衰弱する前に私に出来る事をしなくちゃ。

 仮面妃の私に何が出来る?

 あるのは正妃の権限だけ。

 シュナル殿にエルナさん。

 いっその事二人を皇宮に入れちゃおうか……。



 ぼーっとクラウスとシュナル殿の痴話喧嘩を上の空で聞いていた私は、クラウスの声に我に返った。

「セシリア、先に宿に行け。俺はサムを落ち着かせてから向かう」

 これ以上巻き込まれるのはゴメンだからね。タイミングを作ってくれたクラウスに感謝。

「わかった」

 私は町に向かって歩き出したのだけど、東屋を出たところでシュナル殿に呼び止められた。



「どこ行くのさ。今夜は満月。君にはやる事があるはず。偽者だって証明してくれなきゃアルと君の婚姻を解消できない」

 そっか、シュナル殿は私が偽者だとずっと思っていたんだね。

 シュナル殿が協力してくれたのは、私とクラウスの婚姻解消のため、偽者だと証明するためだったんだ。

 偽者だと証明されればネストの祟りとは関連がなくなるから婚姻も解消しやすい。

 善意からじゃなかったのね。



「自分の役目はわかっています」

「サム、なんの話だ?」

 シュナル殿はクラウスが伸ばした手をかわし、ふらふらとした足取りで私の前までやって来た。

「じゃあ君はいったいどこに行くのさ」

「ここに来る途中に桟橋の先に灯台があったので、そこから湖を見下ろしてみます」



「何もなかったら?」

「桟橋から湖の中を覗いてみるつもりです」

 真っ先にクラウスの雷が飛んできた。

「何を考えているか知らないが、真冬の湖に顔を突っ込むバカがいるか!」

「いっそ深いところまで泳いだ方がわかるんじゃない?」

 無責任に聞こえる台詞でもシュナル殿の顔は真剣。



「サム、余計な事を言うな。セシリア、お前は何もするな」

「真冬の冷たい湖で泳いだらどうなるかくらいはわかっているよ。それに私は正統なラルエット王家の血を引く王女だよ。ナミスの加護とやらで案外なんとかなるんじゃない?」

「そんな迷信信じるな!」

 クラウスってば大げさだなぁ。

 泳ぐつもりはない。覗くだけじゃないの。

「とにかく私は湖を上から調べるので、クラウスとシュナル殿はケンカするなら他でやって下さい」



 私は引き止めようと腕を伸ばしてきたクラウスの手を払いのけ、二人に背を向け桟橋に向かい歩き出した。

 私の後ろをなぜかついて来る二人の足音。

 ケンカはやめたのかな。まあ、良いか。

 灯台の外にある螺旋階段を登り、頂上の展望台まで来てみたけれど、やっぱり何もない。



 足元が凍結しているのかちょっと滑りやすくなっているみたい。

 シュナル殿がダンスを踊るように、クルクルターンしながら展望台を歩いている。

 展望台には落下防止のためか、大人の胸の辺りまである高さの木の柵が張り巡らされてあった。



「サム転ぶぞ!」

「な〜んにもない展望台だけど滑って面白いよ。クラウスもやってみなよ。ほら、お姫様は早く調べてくれない?」

「わかりました」

 私が木の柵から体を乗り出すようにして下を眺めていると。

「うわわわっ!」



「サム!」

 シュナル殿の焦ったような声と鋭いクラウスの声に後ろを振り返る。

 足を滑らせのか体のバランスを崩したシュナル殿が、私の方に突進して来た。



 えっ、ちょっとぶつかる!

 そう思った時にはもう目の前にシュナル殿がいて、背後から衝突していた。

 クラウスが駆け寄って来る。

「大丈夫か!?」

 シュナル殿は衝突した反動で後ろに数歩よろめくが、タイミング良くクラウスがシュナル殿の体を支えたから尻餅をつくのを免れた。



 私はと言うと、木の柵がガード役になっていたのか滑る事も尻餅をつく事もなく難を逃れたのだけど。

 柵が今の衝撃でダメージを受けている事に気づかなかった。



「ビックリした。シュナル殿、普通に歩いて下さ……い?」

 変だな柵がグラグラ……バキッ?

「そこから離れろ!」

 あれ、視界が傾いているよ。

 なんかこれはかなりヤバイかも。

 私の身体は塔の上から真っ逆さまに、暗い闇を思わせる湖に向かって落下していった。

「セシリア!」

 とっさにクラウスが伸ばしてくれた手と私の手は、繋がれる事なく空を切った。





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