《 第54話 迷信は実話? 》
ルディが教えてくれた通り翌日のお昼過ぎにシュナル殿が宿に到着した。
あまり人に聞かれるわけにはいかない内容だからと、部屋で話す事に。
部屋に入るとシュナル殿が木箱から一冊の茶色い古びた本をテーブルの上に置いた。
「ここに大事な事が書いてあるんだ」
変色し角が所々すり切れた表紙には、何か文字らしきものが書かれているけれど、薄くなっていて読みづらい。
「古文書のようだけど、何が書かれているのですか?」
「これはネストの祟りにあたる年に起きた事柄をまとめた事項録の一部だよ。フェストランド皇家とラルエット王家の間で結ばれた婚姻時の事や、その年に起きた異常気象やなんかが載っているんだ」
ふむふむ、そんな物が残っていたのね。
きっと貴重な文献だよね。持ち出して後で怒られないといいんだけど。
シュナル殿が古文書のページをめくって中を見せてくれた。
「フェストランド文字と似ているみたいだけど、綴り字が複雑で私にはまったく読めません」
文字は所々薄くなっていて、ミミズが這いずったようなくねくねした模様にしか見えない。
「読めないのが普通だよ。大昔に書かれた古代文字だからね。僕も解読に時間がかかっちゃったよ」
これを解読したなんて、シュナル殿って実はかなりすごい人だったの?
副神官長がイヤでサボっていただけのサボり魔君じゃなかったのね。
皇宮を抜け出す準備や湖までの案内だけでなく、シュナル殿にも来てもらって申し訳ない気持ちになった。
「色々とご迷惑をお掛けしてすいません。解読お疲れ様でした」
「迷惑だなんて思ってないよ。だから謝罪なんかいいって。お疲れ様の言葉だけ受け取っておくよ。それよりここ」
シュナル殿は手をひらひら振ってから古文書の左下の部分を指で指した。
「この部分に何か重要な事が書いてあるんですね?」
「あたり。この古文書はネストとナミスの事件があった三百年後の事が書いてあるんだ。そしてここには皇子に嫁いだ王女について書いてあるんだよ」
私はシュナル殿の言葉を聞き漏らさないように耳に意識を集中させる。
「当時もフェストランド皇家とラルエット王家の間で婚姻が結ばれた。でもなぜか今みたく異常気象が起きて、王女が疑われたんだ」
私と同じ偽者疑惑があがったんだね。歴史は繰り返されるって事なのかな。
私の頭の中には過去、フェストランドに嫁いだ王女や、王族と血縁関係がある令嬢の情報はあっても、彼女達のその後までは入ってない。
「過去にフェストランド皇家に嫁いだ王女や王族の血を引く令嬢は、まぎれもなく王家の血を引いていたんですよね?」
替え玉を使って嫁がせたとかそんな話もありそう。
「みんな正統な血筋だと思うよ。たとえ欺いても邪神ネストに嘘は通用しないだろうからね。バレたら大事だよ」
邪神ネストはラルエット王家、つまり王女がナミスの血を受け継いでいるかわかるんだね。
「偽者じゃないのに異常気象が起きた……」
どうしてだろう?
シュナル殿がページをめくる。
「当時フェストランド皇家に嫁いだ王女の名前はロザリー。彼女は自分が王家の血を引いた王女だと証明するためには、ナミスの加護がある事をこのトール湖で証明すれば良いと考えたんだって。異常気象は自分とは関係ないと証明したかったんだね」
ロザリー王女も私と同じ事を考えていたんだ。
ナミスの加護、この前カミーラさんが言っていた。
「ナミスの加護って、ラルエットの王女はどんな災難からもナミスによって守られているっていう迷信ですよね?」
エルナさんが迷信だって言っていたけど違うのかな。
「迷信だとは言い切れないよ。この古文書を見る限りはね」
シュナル殿は意味深な発言をすると、どこか楽しそうにふふっと笑った。
なんだか楽しそうなんだけど。
もしかして面白そうだからつきあってくれてる?
シュナル殿がいなかったらきっと私は自分の偽物疑惑を晴らせないと思うから、つきあってくれる理由がなんであれシュナル殿がいてくれて良かったと思うよ。
動機に引っかかりを覚えるけどね。
「その言い方だと迷信じゃない事が書いてあるんですか?」
「その通りだよ。ここにロザリー王女は湖に行って加護がある事を証明したって」
その証明方法がわかってロザリー王女と同じ事をすれば、私の疑惑も晴れるはず。
「どうやって証明したか書かれていますか?」
シュナル殿がここ、ここと指し示した。
「それが問題なんだよね。ほら、ここインクが滲んじゃってて読めなくなってるんだ。かろうじて読めるのは、月が昇る刻、湖畔の浅瀬を歩いていたロザリー王女が突然姿を消した。しかし戻って来た時にはどこも濡れていなかった……僕にはさっぱり。君には何の事かわかる?」
私も首を振った。
「私にもよくわかりません」
二人して古文書を覗き込みながら首を傾ける。
「とりあえず湖に行って調べてみようと思うんだけど君も来る?」
「もちろんご一緒します。ところでシュナル殿、私気になっている事があるのですが?」
シュナル殿は古文書を木箱にしまいながら顔を上げた。
「なぁに?」
「クラウスをどうやって足止めしたのですか?」
シュナル殿が綺麗な顔に悪戯っ子のような笑顔を浮かべた。
「僕の得意技、仮病だよ。あ、今回は仮病じゃなくて怪我だけど」
「怪我?」
「馬から落馬したからお見舞いに来てって皇宮に使いをやったんだ」
皇太子相手にお見舞いの要請をしちゃうなんてシュナル殿くらいだよね。
「それで足止めになるのですか?」
「ならないよ。過保護なクラウスパパには僕の屋敷で夢の世界に行ってもらってる」
それはつまり、眠り薬で眠らせちゃったって事だよね。
眠り薬ってフェストランドではよく使われるのかな。
「クラウスが気づいたら大変な事になるんじゃ……」
「大丈夫だよ。時間稼ぎのためにぐるぐるにして動けないようにしてきたから」
成功した悪戯に喜ぶような満面の笑顔で言われてもなぁ。
あのクラウスをそこまでしちゃうなんて。
シュナル殿って怖いもの知らずだよね。
二人揃ってクラウスのお説教を聞く覚悟をしたほうがよさそうだね。
シュナル殿の話を聞いた後、私とシュナル殿それとルディの三人で湖まで行ってみた。
行ってみたけど特に何があるわけでもなく、収穫はなく宿まで戻って来たのだった。
そうだ何か見落としがあるかもしれない。
シュナル殿が話してくれた古文書の内容を思い返してみよう。
ロザリー王女がどうやってナミスの加護がある事を証明したか……。
『月が昇る刻、湖畔の浅瀬を歩いていたロザリー王女が突然姿を消した』
月が昇る刻……夜湖に行ってみたら何かわかるかも!
私はさっそくシュナル殿に話してみようと思って、部屋を訪ねたのだけど。
あいにくシュナル殿は不在みたいだ。
あれ? そういえば、ルディの姿も夕食後から見ていないなぁ。
私が皇宮を抜け出してからかなり経つ。
置手紙をしてきたとはいえ、クラウスの眠り薬の効果が切れて目を覚ましたら……色々と大事間違いなしだよ。
今頃皇宮では大騒ぎになっているはず。
連れ戻される前にこの偽者疑惑をなんとかしなきゃ!
時間は限られているし、二人が見つからなかったら一人で行こう。
湖までの道は単純で覚えられたし、街灯も備え付けられていたから問題なく行けると思う。
夜の外歩きはちょっと不安だから、念のために非常時持ち出し袋を持って行こう。
この中にはカティヤ姉様がくれた、髪飾り兼毒付きの飛び道具が入っているからね。いざという時の武器になるかも。
私は二人を見つけたらすぐに湖に行けるように外套を着て、非常時持ち出し袋と言う名の手提げ袋を持って二人の姿を探した。
宿屋の女将さんにルディとシュナル殿を見なかったか訊ねると、ルディは夕食後に馬で大通りの方へ行き、シュナル殿は私と入れ違いに湖の方に行った事を教えてくれた。
シュナル殿も夜の湖に何かあるって気づいたんだ!
今行けばシュナル殿に追いつくよ。
私は女将さんにルディへの伝言を頼んで、お礼を言ってから宿を後にした。




