《 第53話 仮面妃、皇宮を脱出する 》
こんなに簡単に皇宮を抜け出せるなんて思いもしなかったよ。
一面雪景色が広がる田園地帯。
私は彼女ルディの背中にしがみつきながら、唯一雪かきがされた街道の一本道を馬でひたすら南に向かっていた。
窓の外がまだ暗い夜明け前、シュナル殿の手紙に書いてあった侍女ルディが私の部屋にやって来たのだ。
皇宮内でもっとも警備が厳しい皇族のプライベートエリア。
彼女がどうやって来れたのかというと。皇宮内にいくつかある秘密の通路を使って、上手く警備の目を盗んで私の部屋までやって来れたと教えてくれたのだけど。
秘密の通路って、有事の際に皇族が皇宮から脱出するための非常時の隠し通路の事。
秘密って言われているくらいだ、通路がある場所を知っているのは皇族か皇族に近しい関係者くらいのはず。
その秘密の通路を知っている彼女は一体何者なの?
聞きたい事はたくさんあるものの時間がないと言われて、私は彼女の指示通り準備もそこそこに慌しく部屋を出た。
皇宮を出て馬にまたがったルディの後ろに座り、暗闇の中皇都を後にしたのだ。
真っ暗だった空には今では日が真上まで昇っている。
朝食や昼食のための休憩以外はひたすら馬を走らせ湖を目指す。
夕方頃、街に立ち寄り宿に泊まる。
そして夜明け前にまた出発。
ハードなスケジュールだよね。
シュナル殿とは湖で落ち合うことになっているらしい。
そういえば、クラウスを足止めするとか言っていたけどどうやって?
湖でシュナル殿に会ったら聞いてみよう。
ルディはスラッとして背が高く落ち着いた雰囲気の女性。
こっそり皇宮に侵入したのか、もとから皇宮に勤めていたのか、自分の事はあまり話してくれない。
でも世間話には付き合ってくれる。
冬に実る木の実や、雪景色の中ひょっこり現れたうさぎや鹿の話し。
物知りなルディに私は誰にも聞けなかった赤い粒の事を聞いてみた。
直球で聞くのは怪しまれちゃうから慎重に。
「ルディって動物や植物の事に詳しいね。もしかしたら赤い粒の事も知ってる?」
「食べると体に不調をきたすと言われている果実の種ですか?」
ルディは私がそれを食べて散々な目にあった事を知らない。
危険物に興味があると不審に思われないように、言葉を選んでさり気なく話を繋げないとね。
「それそれ。前に姉様が危険な物だと知らずに食べちゃって大変だったよ。小さな粒にあんな恐ろしい力があるなんて誰も思わないよね?」
時々起こる自分の体の不調がいつまで続くのか知りたくて聞いたのだげど。
「果実自体にも毒々しさを感じないせいか、果実がたくさん採れる国では太古の人々が凶作の年に採って食べていたそうです。ですが、種の効力に随分悩まされ、体の弱い者は症状が悪化し衰弱した後、命を落とす人も多くいたそうですね」
ルディの言葉が頭の中でリプレイされる。
症状が悪化し命を落とす。
最悪な内容に驚きはあるもののどこかで、ああやっぱりと腑に落ちるところもあった。
最近頻繁に襲ってくるあの症状。
私はもう治らないんじゃないかって思っていた。
けれど症状の強さを考えると、治らないどころか先がないのかもしれない。
誰が思う?
自分の人生がこの先長くないのかもしれないだなんて……。
「セシリア様?」
ルディに声をかけられて私は内心の動揺をなんとか隠したよ。
「怖い果実の種だったんだね。姉様達がそんな事にならなくて良かったよ」
動揺を悟られないようになんとか誤魔化した。
この時は聞くんじゃなかったって思ったよ。
真っ暗などん底に落とされた気分。
でもそれをルディに知られて心配をかけるわけにもいかないから、私は努めて笑顔の仮面を被る。
馬に乗っている時間、私は自分の今後について考えた。
私はこの先どうなるのだろう……。
一人で考えていると不安ばかりが押し寄せてきて、最後には考える事を手放した。
ただ湖に向かう事だけを頭に入れ南に進む。
一日のほとんどを移動に費やしたからか、通常かかる半分の日数で私達は湖の近くにある町に着いた。
時刻は夕刻、シュナル殿があらかじめ宿の予約を取ってくれていたらしく、すぐに部屋に案内された。
宿屋の階下は食堂になっていて、二階が宿になっている。
ルディの話ではシュナル殿は明日のお昼過ぎには町に着くらしく、私達は食事を済ませて旅の疲れを取るため早めに休む事になった。
この町から湖までは歩いて数分の距離にある。
その湖で私は何をしたらいいのだろう?
ラルエットから渡って来た時には何の変哲も無いただの大きな湖だったのにね。
なんだか胸騒ぎがして落ち着かない夜だった。
お立ち寄り下さりありがとうございます。
今回はいつもより短いですが一旦句切らせて下さいm(_ _)m




