《 第49話 二人の令嬢の言い分 》
私に任せろ発言に、クラウスが何か言いたそうな顔をしているけど無視無視。
「エルナさん、モニカさんとカミーラさんを皇宮に呼んでもらうことは出来ますか?」
「実はクラウス殿下から言われて、二人も連れて来ているのです」
それなら話は早いと思っていたら、エルナさんが申し訳なさそうな顔で切り出してきた。
「それと、その……父にも裁きをお願いしたいのですが。モニカとカミーラだけに罰を与えるのは不公平ですもの」
それは賛成だよ。
セルトン伯爵にも罰を与えなきゃね。
「伯爵は今どちらに?」
「父は西にある別荘におりますの。わたくしが皇宮にいる事をまったく知らず、のんきに休暇を取っているのですわ!」
目をキッと吊りあげるエルナさん。伯爵に対する怒りが再燃しちゃったんだね。
父親の暴走に悩まされる娘の気持ち。
わかる、とってもわかる。
「わかりました。とりあえずまずは、モニカさんとカミーラさんと話がしたいです。伯爵の事はその後でも良いですか?」
ラルエット流の罰を与えるには、まず相手の事を知る必要があるからね。
エルナさんは頷いてくれた。
「クラウス殿下、セシリア様に二人を会わさせても宜しいですか?」
クラウスは長いため息を吐いて、渋々了承してくれた。
「好きにしろ」
やったね! 許可が下りたよ。
「二人がいる部屋にご案内しますわ」
エルナさんについて行くとクラウスも後から付いて来た。
私のお手並み拝見ですか?
エルナさんに案内された部屋の前までやって来ると、中から女性の悲鳴に似た懇願する声が聞こえてきた。
「もう、お許し下さい!」
「すべて話します。だからどうかこの部屋から私達を出して下さい!」
この声はモニカさんとカミーラさん?
「中で何が起きたの?」
私の疑問にエルナさんもわからないらしく首を傾げている。
「ギルベルト様に二人をお任せしたのですが。何かあったのかしら?」
「なるほど二人はギルのおもてなしを受けているのか」
クラウスが訳のわからない事を言っているよ。
「おもてなしで、この叫び声?」
二人はギルベルトさんからどんなおもてなしを受けていると言うの?
私とエルナさんはお互い顔を見合わせて首を傾けた。
クラウスが扉の脇に控えている騎士に目で合図を送ると、騎士が扉を開けてくれた。
クラウスの後に続いて部屋に入ると、私は目を疑っちゃったよ。
ティーポットを手にしたギルベルトさんの前で、なんと二人が床に膝をついて必死に何かを懇願しているから。
私達が部屋に入ってきた事に気づいたギルベルトさんは、いつもの和やかな微笑みを私達に向けてきた。
これはどう見ても変な図だよね。
「お待ちしておりましたよ。殿下並びに妃殿下」
恭しく臣下の礼をするギルベルトさん。
モニカさんとカミーラさんは涙目になりながら、助けを求めるような眼差しをエルナさんに向けている。
「何があったのですか?」
尋ねてみたらギルベルトさんは、いつもの微笑みから困惑した表情に変えて眼鏡をクイっと持ち上げた。
「エルナ様に頼まれ客人におもてなしをしていたのですが、ご令嬢方に突然拝み倒されてしまいました」
普通に考えても二人の反応は尋常でない。
だってモニカさんとカミーラさんの顔色がなんだか青ざめているように見えるから。
「私達が悪かったのです」
「セシリア様を陥れようだなんて。愚かな事をしたのですから」
何も聞いていないのに自ら自供してくれるなんて、素直に認めてくれるとは思わなかったな。
瞳に溜まった涙をこぼしヒックヒックとしゃくり上げるモニカさんと、震える手でモニカさんの手を握っているカミーラさん。
ギルベルトさんと何があったか気になるけど、今は話を進めさせてもらうよ。
私はモニカさんとカミーラさんの前まで歩いて行った。
モニカさんが突然突っ伏し、カミーラさんは祈るように私を見上げてきた。
「お許し下さいセシリア様!」
「私達は恐れ多い事をしました。取り返しのつかない事を。ですが領地での異常気象の被害や、エルナさんが心配でこのままではいけないと思ったのです!」
「わたくしからも謝罪を申し上げます」
「ストップストップ! 落ち着いて下さい」
膝をつこうとするエルナさんを止めてから、二人が話しやすいように膝を折ると努めて優しく話しかけた。
「あなた達がエルナさんを思う気持ちはわかりました。私を小屋に閉じ込めた理由は異常気象も関係していたのですね?」
二人はコクリと頷いた。
「どのような被害を受けたのですか?」
何かを思い出したのか、カミーラさんが体を震わせた。
「秋頃我がミルド男爵領地内に大量にバッタの群れが発生し、収穫間際の作物を荒らしたのです。領地へ向かう途中バッタの群れに襲われ……私、予測不能な動きをする虫は嫌いなのです!」
言葉が出なくなるほど、相当怖かったんだね。
大量のバッタの群れは確かにゾッとする。
カミーラさんは青かった顔をさらに青ざめさせ、両腕で自分を抱きしめている。
「モニカさんのご実家でもバッタが発生したのですか?」
モニカさんは首をゆるゆる振り涙目で訴えてきた。
「うちのトリアン伯爵領地は早い冬の訪れにより、作物が育たず収穫が大幅に減ったのです。父が経費削減のため使用人を解雇し、私も家にいるなら家事をするように言われました。それが嫌なら父の知り合いの子息と見合いをしろと。きつね顔の嫌味な男とのお見合いだなんて……だからと言って働くなど私には……」
望まぬ婚姻か労働の二択ですか。
基本フェストランドの貴族令嬢は働かないからね。
ほっそりとした腕に綺麗な手。ティーカップより重いものなんて持った事がなさそうだもの。
働いてみたら意外と性に合うかもしれないのに。
あの日、眠らされる直前二人は私を偽者じゃないかと疑っていた。シュナル殿の手紙にもそんな噂があると書いてあったから。
私が偽者だから異常気象が起こるって。
「それで二人は私を偽王女だと思い確かめようとしたのですね?」
「本物の王女が正妃になれば異常気象は治り、私はお見合いも労働もしなくて済みます。カミーラは春にバッタに悩まされなくなる。そう思いました」
冬にバッタは現れないからね。
カミーラさんが言いづらそうに切り出した。
「あの……セシリア様が本物だったら命が欲しければ、エルナさんを側妃にしろって脅すつもりでした。申し訳ありません!」
勢いよく頭をさげる二人。
そこまで面と向かって明け透けに告白されると、なんだろうね……私、命を狙われそうだったのね。
「あなた達……」
エルナさんもなんとも言えない顔をしているよ。
「…………」
無言のクラウスからは近寄りがたい空気から、何か寒気のようなものを感じる。
私にはまだ聞きたい事があるんだった。
「あの日、私は眠らせる直前にナミスの加護がどうとか聞いたのですがそれはなんですか?」
「父から聞いたのです。ラルエットの王女はナミスの加護でどんな災難からも守られていると」
ラルエットではそんな話は初耳だ。
そもそも災難から守られているのなら、閉じ込められないでしょ?
あれ待ってよ。結果的に吹雪の中遭難しかけて助けられたから守られてる、になるのかなぁ。
「カミーラ、それは迷信よ。なんの根拠もないわ」
「でも信じずにはいられなかったの」
ぽつりとこぼすカミーラさん。
私の偽者疑惑が追い詰められた二人に強硬手段を取らせたのか。
噂をなんとかしないと、三人目のモニカさんやカミーラさんが現れる可能性だってある。
何か起こるたびにクラウスの手を煩わせる事はしたくない。
今だって政務があるはずなのにこうして付き合ってくれている。
最近政務の間に私の部屋に頻繁に来る事だって大変なはず。
私の体調を気にかけての行動だとしたら、私はクラウスに負担をかけている。
自分の事は自分でなんとかしなくちゃいけない。
そんな事を考えていたら、静かな声が沈黙を破った。
「雪見茶会の経緯はわかった。セシリア、二人の処罰を決めろ」
クラウスの感情のこもらない声音と険しい顔つきに、二人の肩がびくりと跳ねる。
さっきから真っ青だった顔色は、真っ白に見える。
「セシリア様……」
胸に手を当て不安そうなエルナさんの視線。
「私達は地下牢に入れられるのですか?」
「どうか命だけは」
「正妃を脅そうと目論んでおきながら、自分の命乞いはするのか」
クラウスから殺気が放たれているのは気のせいじゃないよね?
今にも扉に控える騎士に剣を抜けって命令しそうなんだけど。
私は真剣な顔で無言のメッセージを送った。
『私に任せてくれるって約束したよね?』
伝わったのか、クラウスはふんっと私から視線を逸らした。
二人に気になっていた事も聞けた。
クラウスの怒りが爆発する前に終わらせよう。
いつもお立ち寄りありがとうございます^_^
【冬のクローバー】の方にもお立ち寄りいただけたら幸いです。
5話構成で完結済み。糖度は控えめ、淡い恋と友情の間のようなお話となっております(*^_^*)




