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《 第46話 師匠の正体 》



 師匠は各地を旅しながら、野菜の栽培を研究しているって言っていた。

 フェストランドの皇族だなんて一言も言っていなかったよ。

 今私の目の前にある姿絵の人はきっとそっくりさんだよね?

 でも……記憶を辿ると、師匠にどこから来たのか聞いた時、師匠は北から来たって駄洒落を言ってた。

 その北がフェストランドだったの?



「クラウス、この姿絵の人は誰?」

「名はエリアル・フェストランド。フェストランド皇国の第一皇子で俺の兄上だ」

 姿絵に目をやりながら告げたクラウスの言葉に、私はぽかんとなり驚きは後からやって来た。

「第一皇子、兄……クラウスにお兄さんいたの!?」



 アリーサ姉様の貴族リストには載ってなかった。

 まさかの記載漏れ?

 いやいや、他国の情報に関して抜かりがないアリーサ姉様が記載漏れなんてするはずないよ。

 私はもっとよく見ようと姿絵に近づいた。

 姿絵を見てクラウスを見る。

 クラウスを見てから姿絵に視線をもどす。



 二人の雰囲気が正反対だからすぐに一致しなかったけど、よく見てみれば似ているパーツがあるよ。

 顔の輪郭とか目元が特に似てるかな。

 クラウスが姿絵の少年と同じ歳くらいで、オープンな雰囲気で、人懐っこい笑顔をしたらこんな感じに……。

 それは無理、クラウスらしくなくてちょっと寒気がする。



 この姿絵の少年がクラウスのお兄さん。

「似ている所の方が少ない気がする」

 クラウスに視線をやると微苦笑を浮かべてた。

「異母兄だからな」

 今の皇帝に側妃なんていたの?

 それもアリーサ姉様の貴族リストには入ってないけど。

 そういえば私がミルク粥で倒れた夜、クラウスに双子の兄弟がいるか尋ねた事がある。

 その時に異母兄がいるって言ってたっけ。



「あれ、でも婚礼の時に会ってないよね?」

 私の疑問にクラウスは淡々と答えた。

「もう会う事は不可能だからな」

 それはどういう意味?

 私はクラウスの次の言葉を待った。



「兄上は七年前に視察先から帰国する途中、港町でガラの悪い連中に絡まれ……」

 途中で言葉を切ったクラウスは足下に視線を向けた。

 クラウスの表情はよくわからない。でもなんだか寂しそうなやるせないような、そんな雰囲気を感じる。

 お兄さんは視察先で絡まれて命を落としたんじゃ……。

 どうしよう、聞いちゃいけない事を聞いたのかも。



「命を落としたなんて知らなくて、ゴメン」

 クラウスは顔を上げると重苦しそうに口を開いた。

「いや、札付き者と一騎打ちをした後あっさり勝利し、説教をしてその札付き者の妻に感謝された」

 お兄さん強かったの!?

 絡まれて命を落としたんじゃなかったのね。

「違ったんだ、良かったぁ」

 クラウスが沈んだ表情するから勘違いしちゃったじゃない。



 クラウスは無表情で私の顔を見つめた後、視線を姿絵に移した。

「その札付き者が旅船の船長だった事から海路から帰国を目指したらしいが、船上で流行り病が流行し兄上にも」

 姿絵の向こう側でも見ているような遠い目で、お兄さんの絵を見つめているクラウス。

 船という人が密集した狭い空間で流行り病。

 広まるのも早く、地上と離れているせいで治療も満足に受けられなかったのかもしれない。

「お兄さんは流行り病で?」



 クラウスがまた首を振った。

「いや、持ち前のタフさで流行り病は乗り切ったが、船が嵐に遭い……」

 流行り病に勝ったのに今度は嵐だなんて、ついてなさ過ぎる。

「船が沈んだの!?」

 船が転覆し遭難……。

 自然の脅威には誰もかなわない。

 これにもクラウスは首を振った。

「いいや」

 これじゃあ、話が先に進まない。

 私はじれったくなって、クラウスに詰め寄った。



「違うの? クラウスが変なところで言うのをやめるから、悪い方に想像しちゃうじゃないの。結論だけ教えてよ。お兄さんは一体どうなったの?」

 クラウスに頬をむにっと摘まれた。

「セシリアの反応がいちいち面白すぎるからだ。そんな顔されたらからかいたくなる」

 なんて弟なの!

 お兄さんの死をなんだと思っているのよ。

 私は頬っぺたを摘むクラウスの手を払った。



「そんなのお兄さんに不謹慎だよ! 天国で泣いてるよ」

 私は怒っているんだからね!

 でもクラウスときたら、口の端を上げてニタリ。

「それはないな。兄上は生前陽気で愉快な事を好み、暗い事を嫌っていた。兄上の事をしんみり話すより、今のこの状況はむしろ天国で喜んでいるだろう」



 私には理解できない。

 もしかしてわざと……。

 話が暗くならないようにわざとこんな風に話をしているの?



「その後お兄さんはどうなったの?」

「嵐で激しく揺れる船の中、頭上から落下してきた荷箱から子供をかばい、頭を打ってそのまま」

 荷箱が原因でって、そんなまさか。

「それは冗談? まだ話の続きがあるの?」

 クラウスは真剣な眼差しで姿絵を見て首を振った。

「打ち所が悪かったらしい。札付き者に流行り病、海上での嵐と荷箱。今までの経緯は全て事実だ。兄上に同行していた従者からの報告だからな、間違いない」



 この姿絵の少年が師匠で、クラウスのお兄さん……。

「視察先ってどこから帰る途中だったの?」

「ラルエットだ。兄上は二年間近隣諸国へ作物の視察に出向き、最終地としてラルエットを訪れた」

 うちの国から帰る途中……そんな。

 ラルエットにいればいつかはまた会えるって思っていたのに。



 師匠にまた会ったら私の野菜畑自慢や、師匠より野菜の絵が上手くなったって見せびらかして驚かせたかったのに。

 師匠に聞きたい事とか伝えたい事がたくさんあったのに。

 もう、それはかなわない。

 太陽のような師匠の笑顔に会う事も。

 足に力が入らなくて足元から何かが崩れていくように、スッと身体から力が抜け……。



「セシリア!」

 床にへたり込む前にクラウスに身体を支えられた。

「顔色が悪いな」

「大丈夫、平気だよ」

 心配気に顔を覗き込んでくるクラウスに私は笑いかけた。



「どこが平気なんだ。無理するな」

『大丈夫じゃないだろ、無理して笑うな』



 あれ? 一瞬クラウスの声が師匠の声と重なった。



 気づいたらクラウスに横抱きにされてたよ。

「えっ、自分で歩ける」

 ああ、驚きと混乱で一瞬反応に遅れた自分が恨めしい。

「本調子じゃないんだ。黙って運ばれとけ」

「荷物じゃないのに」

「荷物ならその辺の奴に運ばせてる」



 歩きながら無表情で言うクラウスに私は複雑な気分になった。

 担がれるのもゴメンだけど、これはこれで羞恥拷問だよ。

 クラウスは私を近くにあったソファーの上に下ろしてくれた。



 テーブルの上にはクラウスの指示か、侍女が気を利かせたのか、ティーセットが置かれてある。

 クラウスが自らポットからカップにお茶を注いでいるのをぼんやり見ていた。

 そしたら、私の頭にふと疑問が浮かんだ。

 師匠がフェストランドの第一皇子、皇太子なら他国に視察になんか出るの?



「フェストランドでは皇太子自ら視察のために他国を歩き回るの?」

 最近のお決まり、なぜか私の隣に座ったクラウスは、自分で淹れた紅茶を飲むわけでもなくお皿に置いたまま。なぜか私の髪を撫でてきた。

 クラウスの手から逃げようかと思ったけど、師匠の事で頭がいっぱいいっぱいになってた。

 師匠ともう会う事が出来ないなんて……。



「ああ、その事か。我が国では母親の身分で皇位継承者が決められる。つまり母親の実家の力がものを言う。兄上の母親は伯爵家だったため側妃として皇宮に上がり、俺の母皇后は皇族の血を引く公爵家だ。正妃として皇宮に入った」

「皇帝陛下に側妃がいたなんて話知らないよ。私は会った事ないよね?」

「兄上の母上は兄上がまだ小さい頃に病でこの世を去っている」



 師匠は早くに母様を……。

 だからアリーサ姉様の貴族リストに皇帝の側妃様と、クラウスのお兄さんも入っていなかったんだ。



「兄上の姿絵の前ではあまり暗い顔をするなよ」

 両手で頬っぺたをぐにゅぐにゅ揉みくちゃにされてる!?

 睨むと面白いものを見るように笑われた。

「兄上は暗い顔が好きじゃないって言っただろ?」

 確かに師匠はいつも、私に楽しい事を考えろ、何かに夢中で取り組めってすごく前向きな人だったよ。

 それはもう暑苦しいほどにね。



「だからってコレはないじゃない」

「兄上は変顔も好きだったからな」

「そんな事知らないって言えないのが悔しい」

 師匠は下手な駄洒落も変顔もよくやって私を笑わせてくれたから。

「あまり暗い顔をしていると、兄上が化けて出るぞ」

 師匠のお化け。



「それは大歓迎だよ!」

 夢でもお化けでも師匠に会えるなら嬉しい。

 即答する私にクラウスは、無表情で沈黙した。



「…………セシリア」

「ん?」

 何か言いかけてから、私から視線を外すとため息を吐く。

「いや、何でもない」

 首を傾ける私の前にティーカップが差し出された。

 紅茶の良い香りが鼻をくすぐる。

「ほら飲め」



 私にだったの?

「ありがとう」

 カップに口をつけ一口飲む。

 あ、熱くない。もしかして、冷ましてくれたのかな?

 あのクラウスが私に?

 一瞬嬉しくなった私だけど、すぐに思い直した。



 これは本当のクラウスじゃないよ。

 仮面夫の気づかい演技でしよ?

 あれ、まただ胸の辺りがちくちく変な感じ。

 赤い粒の後遺症だ。

 いつになったら消えるのかな……。



 私はカップをお皿に置いてクラウスの顔を窺った。

「私をここに連れてきた理由は?」

 クラウスは遠くに視線を向け考え込みながらぽつりと零した。

「理由……そうだな。どう話したら良いものか……奇妙な偶然を感じた、としか言えん」

 奇妙な偶然?



「セシリアが落とした絵を見た瞬間に兄上の顔が浮かんだ。話を聞いているうちに兄上にセシリアを会わせたくなって、気がついたら姿絵の前まで来ていた……いや、それも合っているようで少し違うな」

 クラウスは眉間にシワを刻みながら、難しい顔をして答えを見つけようと本格的に考え込み出しちゃったみたい。



「旅に出たっきり帰らぬ人となった兄上の話が聞きたかったのかもしれない。兄上に導かれたとか、そんな非現実的な事はないと思いたいが……邪神の件もあるからな」

 私はクラウスの顔の前で手を振ってみた。

「おーーい、クラウス?」

「…………」

 反応なし、ダメだこりゃ。

 師匠の事でショックを受けてたのに、喪失感なんてどっかに隠れちゃったじゃないの。



 私はソファーから立ち上がり、姿絵の前に立った。

 師匠にはもう会う事は出来ない。

 でも、ここには私が知っている師匠より、ちょっと若い師匠が私に笑いかけくる。

 ラルエットの王立農場で偶然師匠に出会った。

 師匠は旅に出る前までこの皇宮で過ごしていたんだね。



 そしてなんの導きか師匠はラルエットの王立農場に来ていて、私はこの皇宮にやって来た。

 ねえ、師匠。これは偶然なのか必然なのかどっちだと思う?

 私がここにいる理由はネストの事があるからで……。

 それとも師匠が私を呼び寄せたのなら、他にも何か理由があるのかな。

 私はどうしてなんのために、ここにいるのだろうね。

 ねえ、師匠はどう思う?



「笑え、セシリア」

「びっくりした」

 ソファーに座っているかと思っていたクラウスが、いつの間に私の後ろにいるんだもの。

「兄上は」

「楽しい事が好きだった、でしょ?」

「なんだ、頭に入っていたんだな」

 クラウスが意地悪く口元を引き上げた。

 むっ、この顔は鳥頭にしては珍しいとか思ってる顔だよ。



「師匠の事はしっかり日記に書いてあるんだから、忘れるはずないじゃない」

 クラウスが思い出したように頷いた。

「あの日記には兄上の事が書いてあったのか。なるほどな」

 イヤな予感に私は知らず知らずのうちに後ずさる。

「た、大した事は書いてないよ。子供の日記だもん」

 瞳を細めたクラウスが口元に薄っすら笑いを浮かべ近寄ってくる。



 とにかくこの場から逃げよう!

 入って来た扉にチラッと視線をやり、そっちに向かってダッシュ……のはずが、二歩も動かないうちにクラウスに捕まった。

 腕を引かれそのままクラウスの胸に、抱き寄せられてはもう逃げられない。

 クラウスが私の耳に声を吹き込んできた。



「おまえは悪い妃だな。俺の前で堂々と他の男の話をするのか?」

 小さな声で低くささやくと体を少し引き離された。

「な、なに? 私何も変な事言ってないよ」

「夫がいながら、忘れられない男がいるって事だろ? 俺が部屋に行く前その日記を読んでいたらしいが、ずいぶん兄上にご執心のようだ」



 これも仮面夫婦のお芝居だよね。

 設定は……え〜と、この状況は妻の浮気を疑う夫、それか他の男の影に嫉妬をメラメラさせる夫。

 これで仮面夫婦を演じろと仰いますか!

 こんな事ならマーヤとターニャ姉様から、その手の物語をたくさん借りて読んでおけば良かったよ。

 急に振られてもそんなの無理だってばーー。

 私は顔を引きつらせながらクラウスの身体を押しとどめる。



「師匠……お兄さんが見てるよ! か弱い妃をイジメるなんて、お兄さんは黙ってないんじゃないの?」

「問題ない。おまえはか弱いに該当しない。それに兄上は俺の性格をよくご承知しているからな。笑って見守っている事だろう」

 うううっ〜、クラウスに口でかなう気がしないよ。

 口だけじゃない。力だって、この体びくともしないんだから。



 怒る夫を、宥める方法は……思い出した!

 ターニャ姉様の本にあった。

 私はクラウスの頭に右手を伸ばし、よしよしと撫でた。

 あ、サラサラで触り心地良い髪だ。

「はいはい、怒らない怒らない。私はあなた一筋ですよ〜……うん?」

 クラウスの顔が無表情になったかと思ったら、ぶすっとしてなんだか不機嫌そう。



 あれ、違ったの?

 やめろと言わんばかりに右手を掴まれちゃったよ。

「コレはなんの真似だ?」

「なんの真似って、嫉妬メラメラ夫を鎮める方法」

 あれれ、なんだかすごくイヤそうな顔だね。どうしたのかなぁ?

「どこで覚えた?」

「どこって、ターニャ姉様が社会勉強にって貸してくれた本だよ。あれ? 選択間違えちゃった?」



 右手を解放してくれたのは良いんだけど、なぜか今度は頭をガシッとホールドされてるよ。

「その教えは間違っている。綺麗さっぱり忘れろ」

「やっぱり返しが違うの?」

 クラウスが怖いくらい真剣な表情をしてきた。



「物語と現実は違う」




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