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《 第45話 セシリアのお守り 》



 クラウスから絶対安静を言い渡され、ベッド生活を強いられた私は、毎日侍女長宛に手紙と言う名の嘆願書を書いた。

 悪魔の赤い粒を私の食事に混ぜた罪で、部屋に閉じ込められているアスタには手紙と差し入れを送った。

 それくらいしか出来ないのが悔しいけどね。



 侍女長からは『セシリア様のお気持ちはしかと受け取りました』とだけ同じ返事が毎回返って来る。

 アスタからの手紙からは私への謝罪と、事の重大さに怯えて途方に暮れている事が文面から伝わって来た。

 私はめげずに侍女長に手紙を出しながら、アスタを励ます手紙を送り続けた。



 アスタに悪魔の赤い粒を売った人物が一向に見つからないまま何日か経ち、私がベッド生活から抜け出せた日。

 クラウスからアスタの処遇を聞かされたよ。




 私の部屋に滅多に来ないクラウスが、私が赤い粒で倒れて以来様子を見によくやって来る。

 今日もクラウスはお茶の時間にやって来て、私の隣に座った。

 仮面夫婦を徹底するつもりらしく、最近はいつもこの並び。

 毎日何度も隣にいられると、この距離感にもだいぶ慣れたよ。

 最初は違和感あり過ぎて落ち着かなかったんだけどね。



 クラウスはオルガさんが淹れてくれた紅茶を一口飲んでから口を開いた。

「おまえの食事に赤い粒を混ぜた侍女の処分だが」

 肩が思わずビクリと跳ね、日記を持っていた手にぎゅっと力が入る。

「アスタのこれからについて?」

「そうだ。今回の件は内密に処理するために、問題の侍女は監視付きで実家に帰す事になった」

「じゃあ、処刑や地下牢送りはなし?」

 思わず身を乗り出して聞くと、クラウスが頷く。



「今、皇宮は邪神の件でまだ騒ついているからな。皇太子妃暗殺未遂などと、派手に動くと煩い貴族連中の耳にも入る。奴らの邪推を防ぐためだ。皇族に薬をもる事は重罪だがやむを得ん。名目上問題の侍女は体調を崩し、療養のためとなっている」



 私が赤い粒入りミルク粥を食べて倒れた直後。

 ギルベルトさんの素早い機転が功を奏し、私の食事に異物が混入した事は関係者だけが知る事となった。

 その場にいたクラウスの騎士や従者、給仕をしていた侍女、この件に関わった人達には箝口令が敷かれたらしい。



 クラウスは全部は話してくれないけど、私は知ってるよ。

 皇宮が騒ついてる……それはきっと黒リスのグリの事だけじゃない。異常気象や私の偽物疑惑の事もあると思う。

 今ここで私が晩餐中に倒れた噂が流れたら、皇宮はきっと混乱するから。

 皇宮が混乱すれば、それは王都で暮らす民まで噂が広がり噂は国中に。



 人々を不安にさせるだけでなく、近隣諸国にまで知れ渡り他国に隙を見せる事にもなる。

 大国が揺らげば周りの国の態度も変わる。

 実際にはそんじょそこらの事で揺らぐ大国ではないと思うけど。

 小さな芽が出ないうちに種から抜き取る。万が一を防ぐために、秘密裏に処理したって事だよね。



 クラウスが無表情で抑揚のない声で告げた。

「まあ、侍女の一人や二人消す事はたやすいが」

 クラウスの一言でアスタの運命が変わっちゃう!?

「ダメダメ! そんなのダメだよ!!」

 なんて事をさらっと言うかなこの人は。

 私が両手を必死に振って止めると、クラウスの口角が持ち上がった。

「冗談だ」



「冗談?」

 性格悪そうなにたり顔……嵌められた!

「タチの悪い冗談はやめて!」



 私は怒っているのに、クラウスはなぜか面白そうにふっと笑った。

「そう腹を立てるな。この処罰はおまえが侍女長を口説き倒した結果だ喜べ」

「それって、私が侍女長に宛てた手紙の事?」

「その手紙に心を打たれたそうだ。皇太子妃の意向をくんだ形で、侍女長が恩情を効かせた異例の処罰とも言えるな」

「そっか、侍女長が……」



 侍女長には後でお礼の手紙を書こう。

 私の胸にふと希望がわいたよ。

 赤い粒を渡した人物が見つかったら、アスタを私の侍女として呼び寄せる事が出来るんじゃない?



「アスタにまた……」

 私は言いかけて口を閉じた。

 アスタにまた侍女に戻って欲しい、そんな事を言ったら皇宮の規律を乱す事になる。この前、そう言われたじゃない。

 クラウスを困らせる事はやめよう。

 アスタの命が無事だっただけで良いじゃない。わがままは言えないよ。



「侍女がなんだ?」

 クラウスに顔を覗き込まれて私は首をゆるゆる振った。

「なんでもない。アスタはいつ実家に帰るの?」

「セシリア」

 クラウスは私の顔を見つめた後、ため息を吐き頭に手を置いてきた。

 この手は何なの?



「侍女は二、三日中には皇都を出て実家の領地に戻される事になる」

 二、三日……そんなに早く。

 皇宮を出る前にアスタに会いたいけどそれは無理だよね。

 アスタより身分が上の私が会いに行く事は許されないはず。

 皇宮を離れるまで手紙くらいは許されるかな?



 クラウスはフォークとチーズタルトのお皿を引き寄せた。

「読書でもしていたのか?」

 話題を変えてきたって事はアスタの話はこれで終わりみたい。

 チーズタルトにフォークを入れながら、クラウスが私の手元にちらりと視線をやる。

「あ、これは本じゃないよ日記」

 フォークごと小さめに切り分けたチーズタルトを私に向けてきた。



 無言で口を開けろと言っているクラウスに私は首を振る。

 仮面夫婦の演技でもあ〜んはしませんよ。

「日記なんか付けてたのか」

 意外そうな顔で言わないでよね。

「今は書いてない。これは子供の頃に書いてた日記だよ」



 クラウスはフォークをお皿に戻すと、にたりと笑った。

 イヤな予感がする。

「そうか、添削してやろうか?」

 日記を寄越せと手を差し出してくるから、私は慌てて背中に隠したよ。

「結構です」

 字が読めないとか、綴りが間違ってるとか言われるのはゴメンだから。



 絵だって書いてあるんだから、下手だって言われる可能性だってある。

「今、何か落としたぞ」

 クラウスがテーブルの下から白い紙を拾い上げた。

「あ、それは」

 日記の下に置いておいたのを忘れてた。

 紙を広げて眉間にシワを寄せるクラウス。

 どうしたんだろ?



「この絵はセシリアが描いたのか?」

 クラウスが食い入るように見ているのは、師匠が描いたブロッコリーとかぼちゃもどきの絵だ。

 まさか、原型がよくわからない絵だから、あまりに奇妙すぎて見るに堪えないとか、言い出すんじゃ……。

 私が描いたと思ったクラウスに鼻で笑われるかもしれない。



「違うよ、人からもらったんだよ」

 きっぱり否定をしたけれど、その心配は杞憂に終わった。

 クラウスからはからかいの言葉はなかった。

 絵から視線を外し、顔を上げたクラウスの眉間のシワが深くなる。

「そいつの名前は? いつどこでこの絵を手に入れた?」

 ずいずい迫ってくるクラウスの迫力に私はソファーの端まで後ずさる。



「突然なに? クラウスはこれを描いた人を知っているの?」

「ああ、知ってる。この特徴的な絵の書き方は覚えているからな。で、おまえがどうしてこれを持っているんだ? 皇宮の誰にもらった?」

 怖い顔で詰め寄られると言いにくいじゃない。

 何もしてないのに、悪い事をしてそれが見つかって怒られている気分になる。



 皇宮の誰にって、クラウスと師匠は知り合い?

 師匠はフェストランドの皇宮関係者だったの!?

 そう言えば初めて師匠に会った時、自分は他国から来た使者だって言ってた。

「私はこの絵を子供の頃にラルエットでもらったんだよ」

「おまえに絵を渡した者の名は何と言う?」



 あ、そう言えば師匠の名前聞いてなかった。

「名前は知らない。いつも師匠って呼んでたから」

 クラウスが訝しそうに聞いてきた。

「なんの師匠だ?」

「なんのって、野菜の師匠だよ」

「野菜……ああ、おまえは以前に野菜の栽培をしていたな。おまえに野菜の栽培を教えたのはその師匠か?」

「そうだけど、師匠がどうかした?」



 クラウスは黙り込んで何かを考えていたかと思ったら、突然立ち上がり私に手を差し出してきた。

「セシリア、ちょっと付き合え」

「急に何?」

 訳が分からずきょとんする私にクラウスは焦れたように言った。

「立たないなら抱きかかえて行くぞ」



 どこに何をしに行くのかわからないけど、それだけは勘弁!

「わかった、付き合えば良いんでしょ」

 私はクラウスの手を取って立ち上がりながら、実はちょっと嬉しかったりする。

 だって久しぶりに、部屋から出られるんだよ!

 どこに連れて行かれるのかは知らないけどね。



 歩くこと数分で目的の場所らしい所でクラウスが立ち止まる。

 護衛騎士が大きな扉を開けてくれ、扉の中に入るクラウスの後から私もついて行った。

 ここはどこだろう?



 廊下か縦長の広間みたいだけど。

 四方の壁は等間隔に設置された大きな窓とたくさんの姿絵が立て掛けられていた。

 所々壁際にソファーセットが設置されているだけで、ガランとしていて殺風景だ。

「付き合えってここ?」

「こっちだ」

 クラウスが私の手を引いて、奥の突き当たりまで連れて行く。



 歩きながら思ったんだけど。

 ここに飾られている姿絵って、歴代の皇帝とその家族の姿絵ばかりだよ。



 ちょっと待ってよ、さっきの話でこの流れ……師匠ってもしかしてフェストランドの皇族だったの?

 半信半疑でそんな事を考えていると、クラウスが足を止めた。

「セシリア、この人物を見た事があるか?」

 言われるままに姿絵に視線を向ける。



 フェストランドの正装姿で立ってこちらを向いている少年の絵。

 膝下まである黒の長い上衣とロングブーツに白いシャツ。

 ダークブラウンの短い髪と日焼けした顔には、青い瞳で屈託のない笑顔を私達に向けている。

 私の記憶にある顔より少し若いけど。

 私はこの顔と似た人物に心当たりがあった。



「この姿絵の人、師匠に似てる」




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