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《 第43話 あなたは誰ですか? 》



 陽が当たらない部屋は薄暗く、とても寒かった。

 窓の隙間から入る風が冷えた体の熱を奪い、手足や耳の感覚を麻痺させる。

 ああ、まただ……。

 胃のあたりがキリキリ痛み、頭がガンガン鳴り響く。私は毛布にくるまり体を丸めて、荒い呼吸を繰り返しながら息苦しさが治まるのをただじっと待っていた。



 どれくらいこの状態が続くのだろう?

 ベッドに横になって我慢すれば治るのだろうか?



 *****



 瞼をうっすら開けて確認すると、まっさきにベッドサイドに置かれた花瓶と、星型の花タフティが目に映った。

 見慣れた室内。ここは、皇太子妃の寝室だ。

 また悪夢を見ちゃった。



 食堂にいたはずが、気がついたら寝室にいるから一瞬頭がついていかなかったよ。

 そうだ、クラウスと晩餐の最中に、悪魔の赤い粒で作ったソース入りのミルク粥を食べて眩暈を起こしたんだ。

 クラウスか誰かが倒れた私をベッドまで運んでくれたらしい。



 私はうずくまったまま胸をさすった。

 ああ、胸がムカムカする。お粥、食べなければ良かった……。

「またクラウスに迷惑をかけちゃったのかな」

「そうだな。異変に気づいた時点で報告していれば、症状は悪化しなかった」

「!!」



 背中の方から声がして私は飛び起き……。

「うっ……」

 体を起こした途端にぐらりと視界が揺れ、再びベッドに身体を倒れさせた。

 ひどい目眩。横になってもクラクラして変な感覚がする。

 誰もいないと思っていたのに、クラウスがすぐ近くにいたなんて。それに独り言を聞かれた!



 私は天井を見上げながらおでこに手を当てた。

「迷惑かけてゴメン」

 これはまたお説教されるよね。

 体調最悪だから、手短にお願いしよう。

 そう思ってクラウスの方に視線を向けたら。

「気にするな。気づいてやれなかった俺の責任でもあるからな」



 え…… なに……。

 私は今、何を聞いた?

 今のはクラウスの声で、クラウスの口から出た言葉?

 バカ妃とか、俺様の手を煩わせるなんざ良い度胸だな、って悪魔のような笑みを向けるのがクラウスだよ。

 気にするな、俺の責任でもあるとか、あなたどちら様!?



 まじまじとクラウスの無表情顔を見ていたら、クラウスの後ろから白衣姿の背の低いおじさんが現れた。

「妃殿下、急に起き上がっては駄目ですよ。まずこの薬をお飲み下さい」

 王族専属医のノーマン先生が持っていたコップと小さな紙の包みを私に見せ、クラウスに声をかける。

「クラウス殿下、お手を拝借しても?」



「ああ」

 クラウスは短く答えると、ベッドの背にクッションを立てた。

 私はクラウスに支えられながら起き上がると、クッションに身体をもたせる。

「あ、ありがとう」

「不安そうな顔をするな。大丈夫だから」

 別人クラウスに戸惑ってはいるけど、クラウスには不安な顔に見えたらしい。

 離れ際にクラウスが手の平で私の頬にさっと触れていった。



 気づかうような労わるような優しい手つきに、トクンと鼓動が跳ねる。

 クラウスが謝る事はないのに。

 いつものクラウスじゃない……ああ、今はノーマン先生もいるから仮面夫なんだね。

 見上げると力強い光を湛えた青紫色の瞳が私を見ていた。

 胸の辺りにきゅうっと痛みが走り、私は下を向いてそこを押さえる。



 これは結構重症かも。

 胸がざわつく、悪魔の赤い粒の症状のせいだ。

「安心しろ、薬で良くなる」

 髪を撫でられ思わず顔を上げると、クラウスが力強く頷いた。



「コホン」と咳払いをしたのはノーマン先生だ。

 うわぁ、演技でも恥ずかしい場面を見られた気がする。

「ではこちらを。少々苦いですがよく効きますよ」

 コップを受け取ると薬は水で溶かされ、濃い緑色の液体となっていた。



 これは一瞬ためらう色だよ。

 女は度胸! そう思って思い切って口にしたのだけど、度胸は呆気なく打ち砕かれたのだった。

「……うぐっ」

 思った以上に不味いし苦くて、鼻から抜ける薬草の青臭さに顔がゆがむよ。

 無理、飲みきれる自信なんてない。

「解毒効果を高めるためだ、楽になりたければ残さず飲め」



 これを飲み干せと仰いますか? 容赦ないなぁ。

 でも、飲んだら楽になる。

 それなら一気に飲み干そう!

 私は鼻を摘んで再びチャレンジ。

 ゴクゴクゴク……。

「ぷはっ」

 飲みきったグラスをノーマン先生に返す。



「素晴らしい飲みっぷりですな」

 誉められても嬉しくない。

 口の中が苦くて、薬草臭で鼻がどうにかなりそうだよ。



「水を下さい」

 あまりの酷い味と臭いに涙で視界が霞む中、クラウスの手が私の方に伸びてきて、青紫色の小さな塊が唇に触れた。

 コレは何? 目に溜まった涙でよく見えない。

「口を開けろ」

「また薬……!」

 もうあんな苦くて不味い薬は遠慮したい、そう伝えようと開け口に何かが入れられた。



 あ、甘い……それに良い香り。

 口の中に甘味が広がり苦味が取れ、噛むとふわりと花の香りが薬草臭を消していく。

 クラウスから水の入ったコップを渡され、それを飲み干す頃にはすっかり薬の味は消えて、甘く心地良い花の香りだけが残った。

 あれはきっと、花の砂糖漬けだ。



 恥ずかしすぎる。クラウスに食べさせてもらっちゃったよ。

 これも仮面夫婦のお芝居。この際開き直って過ぎた事は忘れよう。



「一日三回薬を飲み様子を見て下さい。薬の効果が現れてきたら問題ないでしょう」

 ノーマン先生は診察した後、二、三指示を出し「御大事に」と告げ退室の挨拶をして部屋を出ていった。



 ノーマン先生が部屋を出て扉が閉まると、部屋には私とクラウスだけ。

 クラウスがベッド脇に腰を下ろしてきた。

 ここからが本題だよね。何を言われるかな?

 今から始まるクラウスのお説教に私は覚悟を決めて、どこからでもどうぞ、と下を向いたまま耐える事にした。



 …………あれ?

 恐る恐るクラウスを見つめると、クラウスから真剣な眼差しが返ってきた。

「おまえが食事を残すようになった、つまり食事に異変を感じたのは三週間前だな?」

 私がベッドで寝ているうちに色々調べたんだね。

「たぶんそれくらい前だと思う」

「おまえは変なところで頭が回るからな。食べる量を少なくすれば症状も軽く済むと思った。違うか?」



 どうしてわかったかなぁ?

「その通りだよ。少しずつでも食べていれば慣れると思ったんだけど、赤い粒の刺激に慣れるどころか体質に合わないみたいで。みんなに迷惑かけちゃったね。国が違うと体質も違ってくるのかなぁ?」

 あれ、変な事言ったかな?

 クラウスは目を見張った後、足の上に肘をついて両手で頭を抱えた。



「そんなふうに考えて食べ続けていたのか……今回の件は俺が止めを刺したようなものだな。気づかなかったとはいえ、自分の妃に衰弱させるような物を食べさせるとは……」

 なんか珍しく落ち込んでるのか、責任を感じているのかな?

 とにかくいつものクラウスらしくない!

 私はクラウスの背中をポンポンと叩いた。



「えっと、油断した私も悪いんだし。倒れちゃったけど大した事なかったし、毒物じゃなくて良かったって言うか。生きてるから良いじゃない、ねっ!」

 あーー、何言っているのかな私。

 あ、クラウスが顔を上げた。

「おまえの食事に入っていたのは毒ではないが、摂り続けると衰弱生の症状が強く出る。最悪昏睡状態にまでなる危険な種だ。皇宮内への持ち込みは禁止されている」

 ちょっと待った。それはつまり。



「フェストランドでも悪魔の赤い粒を食べる習慣はないの? クラウスの食事には入ってなかった?」

 赤い粒を食べる習慣がないのなら、晩餐で同じメニューを食べたクラウスだって無事では済まないはず。

 皇太子として毒に対する耐性はあっても、何かしら気づくはずだよね。



「皇宮持ち込み禁止の物を厨房で使うはずがない。食事に入れたら重罪だぞ」

 それじゃあ、私のお皿にだけ赤い粒は入ってたの?

「どうして私の食事にだけ」

 なんだか、嫌な考えが頭をよぎる。



 私は狙われたの?



 ぽつりと呟いた声はクラウスに聞こえていたらしい。

「その件に関して今、ギルが関わった者を調べている」

 関わった者……お粥を持って来てくれたアスタの顔が浮かんだ。

 アスタが……そんなはずはない。

 あんなに優しいアスタが、私を衰弱させようと食事に赤い粒を混ぜるなんて。何かの間違いだよ!



「私も話を聞きたい」

 ベッドから出ようとしたら、まだ薬が効いていないのかクラッと身体がふらつき、クラウスの腕に支えられた。

「寝ていろ。おまえはしばらく絶対安静だ」

 クラウスが私をベッドに横たわらせ、布団を首までかけた。

「でも……」

 言いかけて私は口を閉じた。

 クラウスにすごく怖い顔で睨まれたから。



「一人で寝られないと言うのなら、一緒に寝るか?」

 あの落ち込んでたように見えたクラウスは何処へやら。

 クラウスがベッドに乗り上げてきたから私は慌てて両手でそれを阻んだ。

「いい、大丈夫。一人で寝られます!」

 今は誰もいないんだから、仮面夫のお芝居は不要だよ。



 クラウスが私の左手を取った。

「セシリア、おまえには辛い思いばかりさせているな。今思えば晩餐の時、様子がおかしかった。料理に嫌いな食べ物でも入っていたのかと思っていたが、慎重に食べていたんだな」

 ぜ、んぶバレてる!

 私は居心地が悪くなって視線を彷徨わせた。

 包み込むように優しく握られた手。

 この手をどうしたら良いの!



「怯えながらの食事によくここまで耐えてきたな」

 クラウスの言葉に胸から熱いものがこみ上げてきた。

 クラウスの口からそんな事言われるなんて。

 今までピンと張っていた糸がプツリと切れてしまいそうで、私は無理矢理笑顔を作る。



「ホント、自分でもよくあのサバイバルな日々に耐えたなって感心しちゃうよ。食べたら即、天国行きの毒物じゃなくて良かったって思ってるよ。私って意外と体力も根性もあったんだね!」

 うんうんと頷くと、クラウスは何か言いたそうな顔で頷いた。

 手、手を離してほしい。



「そうだな。その辺にいる貴族の娘では到底耐え切れなかっただろうな。セシリアが規格外で良かった」

 それ、誉められてるの?

 ジトッと見ると、クラウスのもう片方の手が伸びて来て、私は身をすくめた。

 繋いだ手も頬に触れる手も大きくて温かい。

 いつもなら、雷や悪口が飛んでくるのに。



 さっきから違う、何かが違うよ。

 この人、誰?

 私の意地悪な夫はどこへ行ったの!?

 ぱちぱちと瞬きをして何度も見返しても、金色の髪にタフティと同じ青紫色の瞳は、私の夫クラウスだ。

 わからない事は聞いてみよう。



「クラウスって双子の兄弟か、歳の近い顔が似ている兄弟がいたりする?」

 突拍子もない私の言葉にクラウスが訝しむ。

「突然なんだ?」

 意地悪クラウスと優しい偽クラウスが入れ替わってるの?

 なんて聞けない。



「えっと、なんだか気になって」

「八つ離れた異母兄がいた」

 あれ、どうしたんだろ?

 どこか遠い目をしたクラウスだけど、それは一瞬で無表情に戻り何を考えているのか読めなかった。

 異母兄がいた?

 いるじゃなくて、いたんだ。

 詳しく聞いても良いのかな。



 クラウスを見上げると、クラウスはいつもの笑みを浮かべていた。

 そしてむにっと鼻を摘まれたよ。

「おまえはもう寝ろ」

 おかしい、いつものクラウスだ。





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