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《 第42話 災難は災難を引き寄せる② 》


 クラウスの無茶振りに私は壁際に視線を向けた。

 ああ、アスタや他の若い侍女が顔を赤くしているよ。ベテラン侍女のオルガさんはこれくらいでは動じないのか無表情だけど、ギルベルトさんは微笑みを浮かべている。

 クラウスの従者や騎士なんか、苦笑交じりに視線を逸らして目のやり場に困っている様子。



 この場から逃げたいよーー。

 このミルク粥、大量の赤い粒がすり潰して入っている可能性だってゼロじゃないんだよ。

 口に入れたら最後。

 最悪、みんなの前で醜態を晒しちゃうかも知れないんだよ。



「自分で食べられるってば」

 拒否する私にクラウスは、一旦スプーンをお皿に戻した。

 そして、私の顔をまじまじと見つめると、眉間をピクリと動かした。

「よく見ると顔色が悪いな。やはりどこか調子が悪いのか?」

 あ〜んは免れたけど、クラウスの大きな手が私の方に伸びて来て……お、おデコ触られてる!



 かぁぁぁ〜っと、顔に火が着いたように熱くなる。

 これは仮面夫婦のお芝居、演技だよ。耐えなきゃ!

 クラウスが首を傾げた。

「熱はなさそうだが、顔が赤いな。大丈夫か?」

「し、心配はご無用。えっと、お粥はお腹が空いたら食べます」

 私はどさくさに紛れさせて、ミルク粥のお皿を自分から遠ざける。



 アスタ、せっかく持って来てくれたのにゴメンね。

 このミルク粥は危険物につき触れるな危険の可能性があるんだ。



 ミルク粥は遠ざける事に成功したけど、クラウスの尋問は続くらしい。

 クラウスが私のお皿に視線を向け、眉間にシワを刻んだ。

「よく見たらほとんど食べていないな」

 放っておいてくれたら良いのに、一向に開放してくれる気配がないよ。

 お皿まで見られるとは思ってなかったから、何か言い訳を考えないと……そうだ!



「お菓子を食べ過ぎた分、減らさないとあちこちヤバイかなぁ、と思いまして。できればその辺は突っ込まないでいただけると有難いかと」

 お菓子食べ過ぎのあとは、食事を減らしてダイエット。

 苦しすぎるかな。上手い言い訳が思いつかないよ。

 内心冷や汗を流しながら、苦笑いで返すと、クラウスから疑いの視線が返ってきた。



「誤魔化すな。最近おまえが食事を残す事が多いと報告を受けている」

 ギクッ……。

 クラウスにバレてる。もう、正直に言っちゃおうかな。

 料理に入っている赤い粒って、体質に合わないみたい。だから、赤い粒は私のお皿に入れないでね、って軽く言ったらきっとクラウスからこう返ってくるよ。



 体質は食べ慣れれば改善される、とか好き嫌い言わずに食べろって言うよね。

 黙り込んであれこれ言い訳を考えていると私の耳にクラウスの声が入ってきた。



「なぜ食べない?」

 いつもの意地悪そうな笑い混じりの声と違う、静かで問いかけるような真剣な声音。

「それは……」

 クラウスは私を黙って見つめた後、ため息を吐くと両手を私の方に伸ばしてきた。

 両手で顔を挟まれ強引に顔を向き合わされると、視線がイヤでも交わる。

「一人で食べられないのなら、俺が口移しで食べさせてやっても良い」

「なななっ……」



 クラウスのとんでも発言に私は声が出なくなったよ。口はパクパク動くだけ。

 なんでそうなるの!?

 みんなの前で口移しだなんて、そんなの罰ゲームとしか思えない。

 食欲のない妻を心配する夫のつもりらしいけどやり過ぎだよ。



「わかった、自分で食べるよ。全部は無理だけど」

「賢明な判断だ」

 クラウスは満足そうに頷き、ミルク粥のお皿を自分の方に引き寄せる。

 ん? ちょっと待ってよ、どうしてクラウスがスプーンを持ってるのかな?

「ほら、口を開けろ」

 またこの展開ですか!

 自分で食べるって言ったはずだよね。

「自分で」



 私はやんわり断ったつもりが、クラウスはお構いなしに、私の口元にお粥をのせたスプーンを近づけてくる。

「口移しにするか?」

 うううっ、何その選択肢。口移しか、あ〜んしかないなんて泣けてくる。

 わかった食べます、食べれば良いんでしょ!

 私は自棄になって口を開け、お粥が舌に触れた瞬間後悔した。



 ピリッとした刺激に思わず眉がよる。

 ゴクッ、となんとか飲み込んだ。

 大丈夫、これくらいの刺激はまだ弱い方。

「猫舌だと言っていたな、火傷でもしたか?」

 なるべく顔に出さないようにしたつもりが、クラウスってどうして他人の反応を敏感に感じ取るかなぁ。

 水の入ったグラスを渡され一口飲んだ。



「ちょっと熱かったかも」

「世話が焼ける妃だな」

 勝手に焼いてきて、それはないと思うよ。

 仮面妃としては言い返せないのが悔しいから、私はセシリアスマイルで返す事にした。



「私は大丈夫だから、クラウスは自分の食事を続けて?」

「気にするな。妃の身体を気づかうのも夫の役目だ」

 本心なら嬉しい言葉だけど……嬉しいって、何考えてるの私は!

 壁際から発せられる周りの視線が痛い。

 クラウスがお粥をスプーンで混ぜ、よく冷ましてから私の方に向けてきた。



 ああ、まだ続けるのね。

 さっきのピリッは、強い刺激じゃなかったから赤い粒はそんなに入っていないのかも。

 全部は無理でも半分くらいなら食べられるかな。

 クラウスがスプーンを私の口元に近づけ、早く口を開けろと催促してくる。

 こうなったら覚悟を決めるしかないみたい。

 口を開けると、ベリーのソースが混ぜられピンク色をしたミルク粥が入って来た。



「!!」

 ビリビリとした刺激の後から、さっきは感じなかった苦味が口の中に広がる。

 今まで感じた事のない強い刺激に、私は手で口を覆った。

 ベリーのソースかと思っていた物はぜんぜん甘酸っぱくなくて、これは悪魔の赤い粒のソースだよ!

「セシリア?」



 口を押さえて固まる私に、クラウスが声をかけてきたけど無理、答えられない。

 吐き出すなんてそんな醜態は晒せないよ。

 私はグラスの水で無理やりお粥を流し込んだ。

 口から喉にビリビリとした刺激の塊が流れ落ち、胃の中に滑り落ちていくのを感じる。



「無理……これ以上は、ごめん……」

 私はストップをかけるように両手をクラウスに向け、椅子から立ち上がった瞬間に、胃の辺りをぎゅっと締め付けられる感覚が私を襲ってきた。

 全身から冷たい汗が流れ、サーーッと血の気が引いていく。



「顔が真っ青だぞ、どうした?」

 クラウスの声が遠くで聞こえるよ。

 あれ、景色がぐるぐる回って足に力が入らない。

 ああ、もう立っていられないよ。

 そう思った時には意識を手放していた。



「セシリア、しっかりしろ!」

「オルガ殿、侍医を!」

「セ、セシリア様ーー!」

 遠のく意識の中でクラウスの声と、珍しく焦ったようなギルベルトさんの声や、アスタの叫び声が聞こえた気がする。





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