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《 第40話 悪夢は突然に 》


 薄暗くて真っ白な空間は、埃っぽくどこかジメジメしていた。

 この部屋は寄宿舎の中でも陽当たりが悪く、一番奥の目立たない場所にある。時々、上の階から雨漏りもした。



 ここ数年は忘れていたのになんで……。

 ああ、またこの夢が始まるんだ。

 あれ? いつもと違う。

 あの夢を見る時は、私はいつも当時のままの子供だったのに。今はなぜか現実の自分。



 この部屋の名は角部屋。別名反省部屋。

 隣の部屋は、学園一厳格なミス・バルバラ・バレーヌ先生の部屋。

 角部屋に入った生徒はミス・バレーヌに常に監視されて生活する事になる。だからか生徒達の間では、地獄部屋とか泣き暮らし部屋とも呼ばれていた。

 角部屋に入る生徒は学園の規律を乱した生徒。

 つまり淑女としての振る舞いに欠ける行いをした生徒だ。



 私はなんでこの学園に入れられたんだっけ……ああ、そうだ思い出した。

 ラルエット王家の子息や貴族の子供は、社交デビューする前に王立の寄宿学校に入るのが慣わしだった。

 王族が寄宿学校に入るには条件が一つある。



 それは身分を隠す事。



 王族として優遇せず、他の貴族の子供達と同じ条件と待遇で勉学に励む。

 身分差のわだかまりのない環境で社会性を身につけさせようって、ひいお祖母様つまり当時の王妃様が決めたらしい。

 私は子爵令嬢を名乗って学園で生活する事になったんだ。

 社交デビュー前だからほんの一部の人以外にしか私の顔は知られてなく、学園で私の本当の身分を知る人は理事長だけだった。



 貴族というのは身分が高ければ高いほど、仲良しグループと言う名の派閥を作りたくなる。そうアリーサ姉様が言っていた。

 要するに自分を引き立ててくれて、ご機嫌を取ったり、お世話をしたりしてもらったりする取り巻きね。



 そしてクラスにも一人は厄介な人がいる。

 容姿に優れているだけじゃなく、血筋や家柄も良く、性格も女王様な少女。

 あれ、女王クリスタの顔も大人仕様だ。

 顎をツンと上げて左手は腰に、右手の甲を口に当て彼女が決まって言うセリフは。



『おーーっ、ほっほっほ。ちょっとそこのあなた、邪魔よおどきなさい! 身分をわきまえなさい。わたくしが誰かわかって? 』



 貴族の子供は身分を偽らなくて良いから、それはもう自分の身分を前面に出してくるんだよね。

 その女王様を中心に身分階級と言う力関係の三角形が出来る。

 身分が子爵令嬢な私は三角形の底辺にいるわけだ。



 学園ではトラブルに巻き込まれないように、目立たずひっそり暮らしていたはずだった。

 気を使って面倒な派閥とはあまり関わらないように、距離を置いていたんだけど。

 ある日トラブルに巻き込まれた。

 女王クリスタの指輪がなくなったのだ。ちなみに彼女は侯爵令嬢。

「わたくしの大事な指輪が有りませんわ! あの指輪は代々侯爵家の娘に受け継がれる大事な物。何としてでも見つけなさい!」



 クリスタの取り巻きが各部屋を回り、指輪と犯人探しが始まった。

 私には関係ないや。

 他人事のように静観していたら、火の粉が飛んで来た。そりゃもうたっぷりと。

 最近学校に入って来た私のルームメイトのウリカによって、私の運命は大きく動いていった。



 騒ぎは食堂で起きた。

「クリスタ様、 わたし見つけましたわ! わたしのルームメイトのセシリアが、クリスタ様の指輪を引き出しにしまっていたのを!」

 男爵令嬢のウリカも成長している。

 ウリカが高らかとクリスタの物だと言う指輪を周りに見せる。

 すると、クリスタの取り巻きの一人が私をクリスタの前に引っ張って行った。



「このセシリアは名も知られていない田舎の子爵家の娘。きっと落ちぶれた家系の出なんですわ!」

 由緒正しい王家の血統ですけどって言って教えてあげたい。

 でも、言えない。

 私の口は貝の様に固く閉じられ、開ける事が出来なかった。

「クリスタ様の美しい指輪に目が眩んだに違いありませんわ!」



 そんな趣味の悪い指輪に誰の目が眩むの?

 とか、言えないから。

 黙って取り巻き達の話を聞くしかなかった。

 体が思うように言う事を聞いてくれない。



 ウリカが恭しくクリスタに指輪を献上している。

 私は宝飾類に興味がないから詳しくはないけど、ターニャ姉様から石に関しては基本知識を教えられていた。

 だから、本物と偽物の判断はつく。

 指輪を自分の指にはめると、クリスタはその指輪をわざわざ私の目の前に突きつけて来た。

「んまあっ、なんて事かしら? あなたがこの指輪を盗んだのね! わたくしの大事なこの指輪を!」



 指輪指輪と何度も言わなくても、聞こえてる。

 見せびらかすように指輪をはめた手をヒラヒラさせてくる。

 興味ないからいちいち見せてくれなくても良いよ。

 突きつけられた指輪は、嫌でも私の視界に入り私は気づいちゃった。



 あ、この光の入り具合……これ偽物だよね。

 でも、それを今ここで言ったら面倒な事になっちゃうかな?

 犯人扱いされているにも関わらず、私の頭は意外にも冷静だった。



 クリスタの縦ロールにペンは最大何本差し込めるかなぁ?

 ウリカのセリフとか、取り巻き達の言動にはお芝居でも見ているみたいで、どこか現実味を感じなかったんだよね。

 だから私は口を噤んでクリスタの縦ロールから目を逸らし、なぜ自分の引き出しからクリスタの指輪が出てきたのか考えてみた。



 誰が私の引き出しにクリスタの指輪を入れたのか、考えなくても答えは薄々わかってるよ。

 指輪の第一発見者であるウリカだと思う。

 ルームメイトを疑うのは良くない事だけど、私は彼女の性格を嫌というほど知っていた。

 彼女は強い者には媚びを売り、弱い者には徹底的に辛く当たっていた。

 私に命令してきたなんとも怖いもの知らずなお嬢様だ。



『何をグズグズしているの! 早くお茶を淹れてちょうだい!』

『あら、子爵令嬢のクセに珍しい物を持っているのね。このお菓子の味があなたのような田舎娘にわかるとは到底思えないわ。わたしの口にこそ合う味よ』

『このドレスあなたに似合わないからわたしが着るわ』

『わたし忙しいの。子爵令嬢ならわたしの宿題やりなさいよ』

『ちょっと出掛けてくるから、先生が来たら後は頼んだわよ!』



 男爵令嬢は、もしかして父様より偉いの?

 私は過去にも今でもウリカの侍女や子分になった覚えはない。

 こっちは王族だぞ第五王女だぞ、姉様達に言いつけても良いんだぞ、なんて言えるはずもなく。

 拒否するとキーキー騒ぐから、タチが悪いんだ。

 だから黙って従う方が楽だと思ったんだよね。

 それが彼女を調子付かせてしまった。



 ウリカは前々からクリスタのグループに入りたがっていたし、私と同室のウリカなら私の留守中簡単に引き出しを開ける事ができるよね。

 ウリカはクリスタの取り巻きグループに入れてもらうために、私を犯人に仕立て上げクリスタの気を引いた。

 ウリカは私を利用したんだ。



 騒ぎを聞きつけてミス・バレーヌが食堂に入って来ると、ミス・バレーヌは真っ先にクリスタに事情を聞いてそれを信じ込んだ。

 クリスタは優等生だけじゃなく、血筋も家柄も良かったから、ミス・バレーヌのお気に入りだったのだ。



「セシリア・リオット、淑女たる者が他の生徒の物を盗むなど、なんたる事ですか。恥を知りなさい!」

 あ、リオットって言うのは私の偽の家名だよ。

「指輪なんて盗ってません!」

「証人も証拠も出ていると言うのに、この後に及んでシラを切るのですか! あなたの部屋は移動させます」



 こうして私は初めて反省部屋に入れられた。反省部屋では自由はない。

 学校行事の参加禁止、教室と部屋の往復以外の外出禁止、実家に手紙を送る事も禁止。極め付けは休暇は取り消される。



 ウリカは指輪を見つけた事でクリスタに気に入られ、晴れて女王クリスタの取り巻きの一員となった。

 クリスタから気に入られ可愛がられているウリカは、他の人に対して陰で勝ってわがままに振る舞っていた。




 夢の中では姿や台詞は違うけど、過去と話はあまり変わっていない。

 これは奇妙で憂鬱なリアル過ぎる夢……だよね?

 鮮明な色や、はっきりと聞こえる音。

 もしかして現実なの?



 寄宿学校の近くには騎士学校がある。

 年に何回か学校同士で交流する行事がある。

 まあ、私は反省部屋だから行事への参加禁止だから関係ないんだけどね。

 そこで事件が起きた。

 騎士学校にはどうやらクリスタの婚約者がいるらしい。

 寄宿学校の誰かがクリスタの婚約者にラブレターを送ったみたい。クリスタ達が騒いでいる。



 あれ、こんな過去あったっけ?

 そのラブレターの送り主の名前を聞いて、私はびっくり!

 リオットって書いてあるんだけど!?

 もちろん全く身に覚えがないよ。

 私がクリスタの婚約者なんて名前すら知るはずがないのに、ラブレターなんか送るはずないじゃない。

「これ私の筆跡と違います」

「自分の名前で書いたのは自分の存在を主張するためでしょ? 後で言い逃れが出来るように筆跡を変えて出したに違いないわ!」



 自分で考える事は出来ても、結局は同じ道を辿っている。

 私が正しくても、無罪でも、証拠すらなくても。

 ミス・バレーヌはクリスタ達の言い分に耳を傾ける。

 いつも私の主張は聞き入れてもらえる事はなかったのだ。




『侯爵令嬢のわたくしに刃向かうだなんて、身の程をわきまえなさい!』

『あなたには相応しくないわ。全部わたしの物よ!』

『嘆かわしい。恥を知りなさい!』

『おーーっ、ほっほっほ! あなたには地獄部屋がお似合いでしてよ!』

『しょせんあなたはわたしを引き立てる駒なのよ!』

『反省部屋に戻りなさい!』





 クリスタ達の言葉が頭の中を駆け巡る。

 これは、夢なの? それとも現実?

 息苦しさに耐えられず、私は瞼を開けた。

 今のは夢……だよね?

「うっ……頭がガンガンする。ここはどこ?」



 私はベッドから起き上がると、あまりの寒さに身震いした。

 しんと静まり返った暗い空間。誰もいなく寒い室内。

 誰かこの頭の痛みをどうにかして……。

 ふらつく足取りで部屋の扉に向かう。

 この部屋の向こうに行けば、きっとこの苦痛から解放されるはずだから。

 私は鈍く痛む頭を抱え、熱を求めて足を進めた。



 熱に惹きつけられるようにベッドに潜り込んだ。

 ああ、この温かさ。すごく安心する。

 擦り寄ると爽やかな香りがした。

 さっきまで鈍く痛んでいた頭から、すーっと痛みが引いていく。

 ……姉様、お香の香りを変えたのかな?

 体が温まると、心地よい眠りに身を包まれた。

 姉様が隣にいるから大丈夫。もう、悪夢は見ないはず。




 誰かに頬を摘まれて、その痛みで目が覚めた。

 目の前に飛び込んで来たものは、青紫の瞳と朝日を浴びてキラキラ輝く金色の髪。

 不機嫌そうに眉を寄せたクラウス。

「また寝ぼけたのか? 鍵をかけ忘れたな?」

 なんでクラウスが私の隣で寝ているの!?

 顔と顔の距離はわずか数センチ。

 そして私は右手でクラウスの夜着の裾をしっかり握っていた。



「え、あのっ。ゴメン!」

 慌てて夜着を掴んでいた手を離す。

 寝ぼけた、またやっちゃったよ〜!

 私は起き上がると正座して頭を下げた。

「ホントにゴメン!」

 ひたすら平謝りする私に、クラウスは疑るような視線を向けてきた。

「わざと俺のベッドに忍び込んできたのか?」



 誤解されたら大変だ。私は頭をぶんぶん横に振る。

「それは絶対にないから! 昨夜寝ぼけて部屋間違えただけだから!」

 私がきっぱり主張すると、クラウスは無言無表情で私を見つめた。



「そうか」



 一言ぼそりとそう呟いた。



 もっとお説教や嫌味を言われるのかと思っていたのに、あっさり解放されて拍子抜けしたよ。



 一度ならず二度もクラウスのベッドに潜り込むなんて……。

 あの悪夢が悪いのよ!



 これがきっかけで、悪夢は再び私の所に現れるようになったのだ。





先日《仮面妃》の登場人物へのインタビュー式の短編小話(?)を投稿しました。

(注意):小話では作者が好き勝手に暴走執筆しております( ̄▽ ̄)

そちらも覗いていただけたら嬉しいですo(^▽^)o

こっちだよ↓

http://ncode.syosetu.com/n4192do/

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