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《 第4話 これはなんの儀式ですか?》


 皇都フェーバリに着く直前。

 国境から同行してきたフェストランドの侍女が、私とマーヤの乗っている馬車に乗り込んで来て、馬車の窓を全部閉めてカーテンも引いてしまった。



「もうすぐ皇都に着きます。カーテンをめくらぬようお願い申し上げます」

「なぜこのような対応を?」

 マーヤがすかさず聞き返すと。

「古くからのしきたりですので」

 フェストランドには身分ある者は不用意に人々に姿を晒してはいけない。みたいな変なしきたりがあるんだね。



 馬車の中は防音完備になっていて外の物音は聞こえなく、皇都にいつ入ったのかさえわからない。

 振動の少ない道をしばらく走ったところで、馬車はゆっくり停まった。

 目的地に着いたんだ。やっとこの薄暗い密室空間から解放されるよ。



 外から馬車の扉が開き、フェストランドの侍女に馬車から降りるようにうながされた。

 足に地をつけた場所は、三角屋根の高い建物のが特徴的な歴史を感じさせる大きな神殿の前だった。



 扉の前に並んで頭を下げている人達は、服装から判断すると神殿の関係者。

 白地にエンジ色の幾何学模様が入ったゆったりとした神服姿の女性と、紺色のお仕着せを身に付けた侍女が六人いる。

 皇都に着いて早々、神殿の前に降ろされるなんて。



 まさか、今から婚礼が始まります。

 なんて、そんな事はないか。

 嫌な予感がするのはきっと気のせいだ。

 フェストランドの人々は信心深いって聞いた事がある。

 だから、皇宮の門をくぐる前にフェストランドの神ルーチェに祈りを捧げて、洗礼を受けろって事なんだね。

 きっとそうに違いない。



 侍女の案内に従って神殿の中に足を踏み入れた。

 女性神官から侍女の部屋は別だと言われて、私が通された部屋は化粧部屋。

 化粧部屋と言っても広間に化粧台やドレス、大きな鏡を持ち込んだ簡易的なものだ。

 クロスを掛けられたテーブルの上には装飾類が並んでいる。

 室内で控えていた年配の侍女が私の姿を確認すると、一着のドレスを持ってきた。



「こちらにお召し替えを」

「なんで着替えるんですか?」

 目立った汚れはないよね。一応チェック……異常なしだよ。

 突然そんな事言われて戸惑う私に、ドレスを持って来た年配の侍女から、

「儀式が始まりますので」

 無表情で静かな声が返ってきた。

 口を固く引き結んで、それ以上は教えてくれない空気。



 それなら勝手に解釈しちゃうよ。

 え〜と、それはつまり……、神聖な場所に立ち入るためには旅装では神に失礼です。

 神の前に出るのだから身なりを整えなさい。

 って、事で正装するんだね。了解です!

 入って来た扉も正門じゃなくて、人気がない裏門だったな。

 正門から入るには正装が必要なんだね。



 侍女に手伝ってもらい、旅装から白いドレスへと着替えさせられる。

 採寸もしてないのにサイズがぴったり。

 さっきの年配の侍女は一目でドレスのサイズがわかる能力の持ち主か?

 ドレスの色が白いのはきっと神聖な色だからだよね。



 それ以外に深い意味はないんだよ。



 フェストランドのドレスはスカート部分はふんわりと。

 胸からウエストを紐でキュッと締め上げているのが特徴。

 着せられたのは、なめらかで艶のある生地の上に、刺繍やダイヤを散りばめた柔らかな薄い生地を重ねた上品なドレス。



 化粧台の上に並べられた首飾りに耳飾り。

 シンプルなデザインだけど、使われている宝石はどれも一級品とみた!

 なんて、ターニャ姉様ほど目利きじゃないから私にはわからないけど。

 綺麗なドレスに高価な宝石を身に付けさせられて、嬉しいかと聞かれたら私はノーと答えるよ。



 コルセットとドレスの紐でこれでもかってくらい締め上げられて、胸やお腹に背中が苦しくてちっとも喜べない。

 体をガチガチに固めるドレスなんて、ラルエットでは着ていなかったからね。

 窮屈で動きづらいだけじゃなくて、圧迫感も半端じゃないったら。

 骨がギシギシなりそうだよ。



 これは拷問か新手の嫌がらせ。もしかしたら、神に根性を試されてるのかも。

 真剣にそう思いたくなる。

 ラルエット国民はフェストランド程、信心深くないから、神殿に行くからといって服装にまで気を使わない。



 フェストランドでは神に祈るために、わざわざ正装までするんだね。



 そう思いたいのに、いざ化粧を施され髪を結い上げられ、装飾類を身に付けさせられると……。

 私の胸に妙な焦りと嫌な予感が、むくむくと膨れてきた。

 周りで無駄な動きなくてきぱきと働く侍女達。

 その中で指示を出しているのは、さっき私にドレスを持って来た年配の侍女。

 彼女がこの場を仕切る責任者か。

 確かめなくちゃ、今から何が始まるのか。



 ちょうど年配の侍女が私の近くにやって来た。

「儀式って皇宮に入るためのお祈りの事ですよね?」

 ああ、心臓がばくばくしている。なんなのこの不安感。

「御心配なく。全てこちらにおまかせ下さい」

 ちょっと、それ質問の答えになってないよ。

 そんなんじゃわからないんだけど?

 仕方ないから別の侍女にも聞いてみた。



 …………どの人からも、年配の侍女と同じ返事が返ってきたよ。

 口を引き結んで、それ以上は話しませんって顔されました。

 はいはい、詳しく教える気はないって事ですか。

 なんて納得できない。嫌な予感が増すばかりだよ。

 この状況、どうすれば良いの!?



 ギチギチ締め付け拷問ドレスじゃ、呼吸をするのも苦しい。一人で歩くのも難しい。

 まともな抵抗もできないまま頭だけが混乱して、あれよあれよという間に身支度は整えられてしまった。

 ちょっと酸欠気味なんですけど!?



 侍女に手を引かれ、大きな鏡の前に立たされる。

 普段と見慣れない自分になんだか気恥ずかしいな。

「こちらを」

 差し出された可愛い花束に見惚れ思わず、

「ありがとう」



 じゃないよ!

 自然な感じで渡されたから、つい受け取っちゃったじゃない。

 返そうとしたけど、首を振られちゃった。

 これはどう見てもアレだよね?

 特別な日に特別な人が持つと言う花の……。



 背中に嫌な汗がツーっと流れる。

 私が着させられたのは婚礼衣装?

 今から神に祈りを捧げるんじゃない。

 じゃあ、今から何が始まるの?



 落ち着け、まずは落ち着こう。

 普通に考えて婚礼は婚約をしてから、最低半年長くて一年かかるはず。

 私もラルエット側も婚礼を挙げるなんて話は聞いてないんだから、これはきっと婚約式だよ。



 うん、そうだよ婚約式!

 ラルエットとフェストランドでは婚姻について考え方も違うから、フェストランドでは婚礼に似た婚約式をするのが決まりなんだよ。



 年配の侍女は最終チェックとばかりに私の全身をぐるりと見回すと、私の手を引き、入って来た扉とは別の扉に向かった。

 扉の先に何があるのかも、もちろん説明されてないよ。まったく秘密主義だよね。

 部屋から出ると長い廊下が続き、私の前を歩くのは女性神官。

 私は彼女の背中に話しかけた。



「何も聞かされていないのですが」

 彼女は振り返ると静かに頭を下げた。

「式の間私語厳禁となっております」

 一言それだけ告げると、前を向き再び歩き始めた。

 何それ、それもフェストランドのしきたり?

 誰とも話すなって、じゃあ意思の疎通方法はどうしろと言うの?

 どうやってコミュニケーション取れって言うの!?

 誰か教えてよーーっ!!

 って、叫びたいけど私語厳禁じゃしゃべれません。とほほ。




 長い廊下の先にまた扉。

 その向こうでファンファーレが鳴り響き、それを合図に重そうな扉がギギーッとゆっくり開いた。

 とりあえずこの場を乗り切らなくちゃいけない事だけはわかる。

 こんな所で取り乱したらラルエット王家の恥。

 失敗せずに婚約式を無事終える事。

 直前に言われた手順を頭の中で繰り返す。

 今はそれだけに集中しよう。



 扉の向こうは大聖堂だった。

 広い空間に高い天井。そして婚約式に集まったフェストランドの王侯貴族。

 人が多すぎて緊張する。ヘマをしないように出席者はみんなカボチャだと思う事にしよう。カボチャが一個、カボチャが二個……。



 大聖堂の奥に設置されているのは、大きな窓とその前にフェストランドの神ルーチェ像。

 右手に球体を持ち、左手は腰に下げた剣の鞘に当てている。

 ルーチェの石像は高い位置に設置されていて、祈りに来た人々を空から見守っているようだ。



 窓から射し込む光はルーチェの頭から祭壇の下に降り注ぐ。

 祭壇の前にいる皇子の姿を後光が射したように眩しく煌めかせていた。

 その光景は、神ルーチェの持つ球体から、皇子が特別な光を授かっているようだ。



 眩しくて皇子の姿がよく見えない。

 足を進めるとはっきりしてくる皇子の容姿。

 キリッとした形の良い眉と涼しげな目元に、すっと通った鼻筋と薄い唇は美形の象徴。

 乱れなくきっちり整えられた、長めの前髪と襟足からは皇子の性格が表れているね。



 着ている衣装にも負けない精悍な顔立ちや、均整の取れた体つきから剣もそれなりに使える事がわかる。

 姿絵を見た時は、皇子の表情から執務机にこもりっきりで脳みそが本棚になってるのかと思ってたよ。

 どこか近寄りがたい雰囲気を感じさせるのは無表情だからかな。



 ゆるやかな風が吹き、皇子のブロンド髪がサラサラと揺れる。

 サラサラヘア羨ましい!

 勝手に皇子って呼んでるけど、フェストランドの皇太子なんだよね。

 大国の次期皇帝様。

 名前はなんだっけ?

 あれ、あれれ? あ〜……ま、いっか。そのうちに思い出すよね。



 皇子もやっぱり正装姿だ。

 白地の上衣は白銀の毛皮で縁取られ、金糸の刺繍入り。

 腰には青い石がはめ込まれた金の剣帯ベルトに、細身の長剣は宝剣なのか鞘や柄にもベルトと同じ青い石。

 華美過ぎず地味過ぎずの衣装も、着る人が着れば一つの芸術品。



 姿絵って実物よりも美化されて描かれるのが一般的なはず。

 それが絵よりも実物の方が遥かに美化しているなんてね。

 きっと父様が私達に見せた皇子の姿絵を描いた絵師は、腕が良くなかったんだね。

 それとも実物が美形過ぎて絵で表現しきれなかったに違いないよ。



 一人納得して頷いていると、正面に向き合った皇子から変な目で見られちゃった。

 取りあえず笑っておこう。

 第一印象は大事だもんね。にっこり、セシリアスマイル。

 あら、視線を逸らされちゃった。



 ああ、政略結婚相手として来た私が、美人な姉様達じゃなくてがっかりしたクチ?

 そういう事なら、オッケーだよ〜。

 下手に気に入られて協力を拒まれるより、がっかりされた方が話しは進めやすくなるからね。






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