《 第39話 会えない人へこっそり手紙を送る方法? 》
カミーラさんとモニカさんがどうして私を閉じ込めて、さらには事実と違う事を言ったのか。
私には二人の真意を確かめる事も出来ず、再び外出禁止です。
二人が私を閉じ込めた理由は、どう考えてもエルナさんのためだよね。
薬で意識を手放す前、二人からエルナさんを側妃に推薦して欲しいと頼まれたし。
私が二人が期待した答えを返さなかったものだから、脅しのために私を小屋に閉じ込めたんじゃないのかな。
嘘の事実を伝えた理由は、勝手な振る舞いで周りに迷惑を掛けた私に、クラウスが幻滅するように。
今まで仲良し皇太子夫妻を演じてたせいか、皇宮内で私はクラウスの寵妃として噂が広まっているからね。
私に幻滅したクラウスの気持ちが、エルナさんに向くようにしたかったんだろうなぁ。
そんな事をしなくても、二人は恋人同士なのに。
カミーラさん達を呼び出して問い詰めるわけにもいかないし。
経緯はどうあれ騒ぎを起こした責任として、私は部屋で大人しく閉じこもっている事にした。
私を探し回ってくれたオルガさんやアスタ、ギルベルトさんと護衛騎士に謝罪したのだけど、みんなを戸惑わせちゃった。
『悪いと思ったらきっちり謝る。
自分の非を認められなければ人として失格よ』
これはアリーサ姉様からの教えで、ラルエット王女としての教訓でもある。
暇つぶしにと、アスタが図書室から本を何冊か借りてきてくれた。
緑色の表紙に惹かれて手に取ると、タイトルは……。
「野菜の冒険?」
何この不思議すぎるタイトル。
どんな内容か気になるよ。
本を片手に首を傾げていると、何か勘違いしたらしくアスタが突然頭を下げてきた。
「すいません! 子供向けの本なんてお持ちして、セシリア様に失礼ですよね? とても面白いので、その……セシリア様のお暇つぶしになればと、思ったのですが」
すいませんすいません、と何度も頭を下げるアスタ。
私はまだ何も言ってないよ〜。
「アスタ、落ち着いて。怒ったりしないし、失礼だなんて思ってもいないよ。むしろこの本、面白そうだなぁって思ってただけだよ」
そろそろと顔を上げたアスタに笑いかけると、彼女の表情は明るくなっていった。
「私の選んだ本にセシリア様が興味を持っていただけるなんて……私、感激です!」
アスタは両手を胸の前で組み、薄っすらと赤みの差した頬で瞳を潤ませている。
なんだろう、アスタが主人第一主義のマーヤとは違うタイプの、でも同じ種族に見えてきた。
私は苦笑いを浮かべながら気になった事を聞いてみた。
「私室棟近くの図書室に子供向けの本も置いてあったんだね」
ネストの事を調べた時には、眠くなるような本しか置いてないのかと思ったよ。
アスタが三つ編みおさげを横に振った。
「いえ、その本は中央棟の大図書室から借りてきました」
もしかして、私の好きそうな本を皇宮中の図書室から探し回ってくれたのかな?
アスタを見ていたらなんだか心がほんわかしてきた。
「えっ、あ、あのっ。セシリア様!?」
アスタが驚いて固まっている。
嬉しくて思わず抱きついちゃったからね。
「ありがとう。アスタはとっても温かいね」
『野菜の冒険』はシリーズ物の長編物語。
タイトル通り、野菜がいろんな国へ冒険の旅に出る話。
一巻ごとに話が変わって読み終わる頃、アスタが次の巻を持って来てくれる。
三冊目を読んでいた時だった。
ページの間に手紙が挟んであるのに気づいた。
誰かがしおり代わりにはさんで忘れたのかなぁ……宛名は。
『メイドのシシーちゃんへ』
私、ですか?
いやいや、他にもメイドのシシーはいるかも知れない。
裏側に差出人の名前はなしかぁ。
封を切った形跡もなし。未開封の手紙。
むむむ……、私宛の可能性あり?
私がメイドに変装していた時、メイドのシシーちゃんと呼ぶ人は少ない。
ボロを出してバレないように、なるべく人との接触を避けていたからそんなに親しい人もいない。
私の知る限りメイドのシシーちゃんと呼ぶ人はシュナル殿しかいないよ。
シュナル殿が私に送った手紙の可能性もあるよね。
とりあえず確認してみよう。
人様の手紙の可能性もあるから慎重に封を切って、手紙を取り出した。
『親愛なるメイドのシシーちゃんへ。
元気にしてる?
と言っても、元気じゃないか。外に出られないんじゃ、退屈そうだね。』
あ、やっぱりシュナル殿だ。
思わずマーヤの手紙を思い出しちゃったよ。
シュナル殿がクラウス……って。何を見たのか知らないけど。
もう、マーヤってば。読書好きだから変な本でも読んでるのかなぁ?
『最近クラウスがすごく疲れているみたいで、ちょっと心配になったから手紙を書いたんだ。
シシーちゃんの侍女に渡しても良かったんだけど、誰にも知られず秘密の手紙を渡すなんて、なんだか面白そうだからこの本に挟んでみたよ。』
軽〜いノリで書いてあるけど、既婚者それも皇太子妃に秘密の手紙を送るのは、色々とマズイんじゃ……。
とツッコミを入れつつ、ふと頭に疑問がよぎった。
シュナル殿は私がこの本を読むなんてどうしてわかったんだろ?
第一この本はアスタが選んでくれたものだよ。
その答えは次の文に書いてあった。
『どうしてこの本にはさんだかと言うとね。
会えない人へこっそり手紙を送る方法、っていう本に書いてあったのを参考にしたんだよ。
ちょっと侍女の子の行動がわかれば簡単だったけど、良いアイデアだよね!』
なるほど、皇宮に間者でも忍び込ませたか、アスタか他の侍女を見つけて堂々と聞き込みをしたのかも。
あの美貌のシュナル殿が女神のような微笑みを浮かべたら、国家機密でもポロっとこぼす人がいるはず。
色々ツッコミどころ満載だけど、とりあえず先を読み進めよう。
『君は知らないかも知れないけど、今フェストランド各地で異常気象が多発しているんだ。
原因はよくわかっていないんだけど、君が偽物だからだって言うおバカさんがいてさ。
クラウスは異常気象の調査と対策、君に関する変な噂の対応で毎日てんやわんやしてるみたい。
いつもの皇太子の務めもあるから、ハードワークで倒れないのか心配なんだよね。』
私の偽物疑惑……あの日カミーラさん達もそんな事を言っていた。
『単刀直入に聞くよ、君は偽物じゃないよね?
君が万が一偽物だった場合、ちょっと……いや、かなりマズイ事になっちゃうよ。』
シュナル殿が言うとなんだか緊迫性を感じられないけど、内容はすごく気になる。
『君が正真正銘ラルエットのお姫様だと言うのなら、君の立場が悪くなる前に、口煩い貴族や頭の堅い高官を静かにさせた方が良いと思うんだ。
ラルエット王家の血を引いている事を証明すれば、変な噂も消えてクラウスの負担も減ると思う。』
私の噂がクラウスに負担をかけているとあっては放っては置けないよ。
『追伸、僕に何か聞きたい事や知りたい事、気になる事があったらこの本に手紙を挟んで。
クラウスはあまり君には話してないみたいだけど、君にも知る権利はあると思うんだ。
だから僕が口を挟んじゃったけど、クラウスにバレたら大変!
この手紙の事はクラウスには内緒ね。
それと、手紙が誰かに見つかったら、僕と皇太子妃の怪しい関係、って噂が広まっちゃうかなぁ。
それも面白そうだから僕はそれでも構わないんだけど、クラウスが過労死したら困るからね。
読んだら燃やしちゃって。
レーズン愛食家より』
シュナル殿は、やっぱりシュナル殿だね。
手紙を読めばわかるじゃない。
何を見たにしろ、仲の良い二人をマーヤが勘違いしたんだよ。
皇太子クラウスと副神官シュナル殿、そして私の三角関係……面倒くさい噂はゴメンだよ。
とりあえず、この手紙は暖炉の中に投入しよう。
シュナル殿からこっそり手紙をもらった私は、もちろん返事を書いた。
内容は異常気象と、私の偽物疑惑について。
まず、クラウスとはすれ違いが多くて、顔を会わせる事がほとんどなく、クラウスの様子が分からない事を伝えた。
そして、私がラルエット王女だと証明する方法について。
ラルエット王家に代々伝わる宝飾品や、王族のみが持つ事を許された刻印や、王家の家紋入りの物。
それらが証明になるかシュナル殿に尋ねた。
読み終わった『野菜の冒険』に手紙を挟む。
アスタが図書室に私が読み終わった本を戻すと、タイミングを合わせるように次の次くらいの巻にシュナル殿からの手紙が挟まれて来た。
シュナル殿からの手紙を読んで、もうガッカリ。
王族しか持たない物はどれも、偽造出来るだけじゃなく、受け渡し可能だから物で証明するのは難しいって書いてある。
私しか持っていない物で、クラウスの疲労が少しでも取り除けたら良いかなって、思ったけど物じゃダメか〜。
気落ちしながら手紙を読んでいくと、方法が一つだけある事が書いてあった。
『大神殿にある書庫を調べてみたら、どうやら湖に行く必要がありそうなんだ。
でも、君は外出禁止で部屋の前には護衛が控えているよね?
君が湖に行く気があるのなら、僕がなんとか手を貸すよ。』
湖と言えばやっぱりあの湖かな?
ネストとナミスの物語に出てきた、ラルエットとフェストランドの国境沿いにある巨大なトール湖。
クラウスを助けるためとは言え、シュナル殿の手を借りて皇宮を抜け出したら、私はまた外出禁止を破る事になる。
バレたら……何日間も皇宮を留守にするんだから確実にバレちゃうよ。
今度こそ見放されるよ。
ほとんど顔を合わせる事がなくても、会えば会話をするのに、話もしてくれなくなったら……。
いやいやそんなもんじゃ済まないよ。
皇宮の奥、雑草生い茂る誰も来ないようなおんぼろ棟か、入り口が一つしかない無駄に高い塔に直行幽閉コース。
クラウスの事は助けたいけど、これ以上クラウスを怒らせたくない。
これはすぐに返事は書けないなぁ。
シュナル殿の誘いに私が返事を出したのは数日後だった。




