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《 第34話 仮面妃と雪見茶会 》


 お茶会の会場は花庭園。

 と言ってもこの時期に花は咲いてない。

 昨夜の雪で庭園は一面真っ白な銀世界。

 人が歩く道には雪かきがされて、歩きやすく整えられていた。



 雪を見るとテンション上がるなぁ。

 実は昨日の夜、部屋の窓を開けて雪が触れないかなぁ、なんて手を伸ばしたり……してないよ。してないったら。

 とにかく、ラルエットから来た私からしたら雪はすごく珍しい物なのよ。

 目の前にたくさん積もってると、つい触ってみたくなるものなの。

 でも、我慢したわよ。



 私を挟むようにして歩いている二人の前で、そんな事したら変な目で見られちゃうからね。

 花庭園の奥までやってくると、木造建ての小屋が見えてきた。



「こちらです」

 モニカさんが扉を開けると、室内には大きな丸テーブルと椅子が蔦の葉模様の絨毯の上に並べられてあった。

 壁には本棚や食器棚に暖炉が設置され、風景画や植物画が飾られてあった。

「ここはアオバの会のサロンですの」

 アオバの会は確か、血筋とお家柄重視の若者向けの会だよね。

 一度クラウスとガーデンパーティーに出た事がある。



 お茶会にしては私達以外に誰もいないみたいだけど。

 ガーデンパーティーの時には出席者をたくさん見たよ。

 挨拶回りで仮面妃を演じるのに大変だったんだから。

「今日は他の会員の方はいらっしゃらないのですか?」

「冬場は活動が少ないので、大半の方は領地で過ごされていますわ。どうぞ、お座り下さい」



 カミーラさんに勧められた席に座ると、モニカさんがにっこり笑った。

「今、温かいお茶を淹れますね」

「モニカがお茶を淹れている間に我が家のシェフが焼いたお菓子などいかがですか?」

「ありがとうございます」

 シフォンケーキを一切れもらうと、モニカさんが三人分のお茶をテーブルの上に置いた。

 二人は紅茶を一口飲むと互いに頷き合ってから、カミーラさんが口を開いた。



「セシリア様に折り入ってお願いがあるのです」

 二人の顔は真剣だ。

 もしかして、雪見茶会なんて口実でこっちが本題?

「改まってなんですか?」

「エルナさんの事です」

 遠慮がちなモニカさんの言葉を引き継ぐ感じでカミーラさんが口を開いた。



「セシリア様、エルナさんをクラウス殿下の側妃に推薦していただけませんか?」

 いきなり何を言い出すのかと思ったら、直球ですね!

 友達想いな事は良いけど、私に言われても困る。

「エルナさんをクラウス殿下の側妃にする権利なんて、私にはありませんよ」

 正妃に側妃を推薦できる権限があるなんて、聞いた事がない。



 それにこの二人、突然こんな事言い出すなんて、クラウスとエルナさんの関係知ってるんじゃ……。

 この二人がどこまで知ってるのか、それとも知らないのかわからないけど。

 私が何かを言ってボロを出すわけにもいかないよね。



 カミーラさんが身を乗り出してきた。

「それがあるのです。他国から嫁がれた正妃様の場合のみ、許される権限なのです!」

 カミーラさんの言葉にモニカさんが付け足す。

「 正妃様と側妃様の争いを避けるためと言われています」



 正妃が側妃を選ぶ理由って、政治的な意味合いもあるのかもしれないけど。

 私が思いつくのはやっぱり、皇宮で正妃を孤立させないためとか、ドロドロの寵愛争いの回避とかかな。

 私ってば思考がマーヤ化しちゃってるよ。



 そんな制度があったなら、クラウスも教えてくれたら良いのに。

 もちろんエルナさんを推薦するつもりだよ。

 クラウスの隣はエルナさんの方がお似合いだと思うし。

 あれ、どうしたんだろ、胸の辺りが……。



「ですから、セシリア様の正妃の権限でエルナさんを側妃に推薦していただけないでしょうか?」

 モニカさんが胸の前で祈るように指を組み、私をじっと見つめてきた。

 そんなに見つめられても困る。私が勝手に決められる話じゃないよ。

 私が勝手に了承して、エルナさんとの事を隠しているクラウスがそれを知ったら、私は外出禁止どころじゃ済まないよね。



「この事についてエルナさんはなんて言っていますか?」

 二人は顔を見合わせ、モニカさんが言いづらそうに切り出した。



「それが、その……エルナさんは何も。ただ、最近はふさぎ込んでいるみたいで……」

 モニカさんの言葉を引き継ぐようにカミーラさんが頷いた。

「エルナさんは人前では明るく振舞っていらっしゃるからわからないのですが、シュナル様やセルトン伯爵のお話では時折暗いお顔をされたり、ため息をついたり、辛そうなご様子だと伺いましたの」



 この前、伯爵邸で開かれた舞踏会の時には、思い悩んでいるような感じには見えなかったけど。

 あれはもしかしたらエルナさんの空元気?

 エルナさんの幼なじみで叔父でもあるシュナル殿か言うなら、エルナさんが悩んでいる事は確かだと思うけど。



「エルナさんがそんなに悩んでるなんて……」

 胸の辺りがなんだかギュッと絞られたように苦しい。

 私、どうしたら良い?

 胸に手をあて、原因不明の痛みに顔をしかめていると、二人は立ち上がり突然頭を下げた。



「お願いです、セシリア様。エルナさんを救ってあげて下さい!」

「エルナさんの事が心配なんです!」

「ちょっ、ちょっと。あなた達が言いたい事はわかったから顔を上げて」

 モニカさんは顔を上げ表情を明るくした。

「それでは、了承していただけたのですね!」



 勘違いしちゃってる。了承はしてないんだけど、なんて言ったら良いかな。

 喜ぶモニカさんにカミーラさんが冷静な声をかけた。

「モニカ、セシリア様はまだ何も仰っていないわ。落ち着きなさいな」

 私は二人が座ってから切り出した。

「二人がエルナさんを心配する気持ちはわかりました。エルナさんの笑顔を取り戻すために、私にも協力できる事がある事も理解しました」

 二人の瞳が期待に輝く。

「それでは……」



 私は仮面妃だよ。そんなに期待されても困るんだってば。

「でも、私の一存では決められません。婚姻は双方の意思があって成り立つもの、ですよね?」



 父様に騙されて政略結婚させられた私が言うのも変な話だよね。

 ああ、なんだかなぁ。ちょっと虚しくなっちゃった。

 二人が頷いたのを確認してから私は続けた。



「一度クラウス殿下にエルナさんの事をどう思っているのか、確認する時間を下さい。婚姻は二人の問題です。二人から私に何か頼まれたらその時は私も協力するつもりです」

 私の言葉を聞いた二人は顔を見合わせ、がっくりと肩を落としている。

「そう、ですよね。まずは殿下にお伺いしなくてはいけませんよね……」



 私の存在がエルナさんを傷つけていると思うといたたまれない。

 エルナさんに元気を取り戻してほしいのは私も同じだから。

 エルナさんが側妃になったら、その時わたしはどうなるんだろ?



「エルナさんの事を教えていただきあなた達には感謝しています。今、ここで二人が望む返答はできませんが、私もエルナさんに明るさが戻るようにできる限りの事はするつもりです」

「こちらこそ、突然このような話をしてしまったのに……セシリア様からそのようなお言葉をいただけるなんて、話して良かったです」

 モニカさんが頭を下げると、カミーラさんが立ち上がって明るい声を出した。

「あら、お茶が冷めてしまいましたね。淹れ直してきますわ」



 カミーラさんが三人分のお茶を淹れて戻ってきた。

「セシリア様、お茶が入りましたわ」

 カップを受け取り、冷ましながら一口飲んだ。

 カミーラさんは自分の席に座ると、そういえば、と何か思い出したように話し出した。

「セシリア様、今皇宮内でおかしな噂が流れているのをご存知ですか?」



 私はシフォンケーキにフォークを入れながら首を振った。

「おかしな噂ですか?」

「セシリア様に関する噂ですの」

「あら、それなら私も聞きましたわ」

 モニカさんも頷いてる。

 このシフォンケーキふわふわで美味しいんだけど、すごく甘い。

 私は口に残った甘さを消すためにお茶を飲んだ。



 図書室以外は外出禁止の私には噂なんて無縁だよ。

「それはどんな噂ですか?」

 色々しでかしている身としては、聞いておかなくちゃね。

 カミーラさんがふふっと笑った。

「それが、セシリア様が偽物ではないかという噂なんです。おかしな噂でしょう?」

「私が偽物?」



 なんでまたそんな変な噂が流れているの?

 私は最近何もしてないよ。

 菜園は出入り禁止されてるし、バルコニーガーデンも取り上げられちゃったし、グリも最近は部屋に来ない。

 出歩けるのは図書室のみ。それも見張り付きじゃ、何かしようにも出来ないじゃない。



 それにしてもこのシフォンケーキふわふわな食感がやみつきになる。

 でも甘くて、のどが渇くよ。

 お茶を冷ましながらもう半分も飲んじゃったよ。

「今、フェストランド各地で異常気象が起きている事はご存知ですか?」



 異常気象……つい最近聞いた言葉に耳がピクリと反応する。

「その異常気象と、私の偽物疑惑がどう関係してくるんですか?」

 あれ……おかしいな。

 なんだかすごく眠い……。

 こんな所で寝たら、クラウスになんて言われるか……。

 ああ、ダメだ。まぶたが重くて視界がせまい。

 カミーラさんとモニカさんが私の顔を覗き込んでる?




「あなたは小国がよこした偽物なの?」

「それとも本物かしら?」

「どっちか確かめさせてもらうわ」

 私が偽物かどうか確かめる?

 カミーラさんがドレスのポケットから何かを取り出して、テーブルの上にコロンと置いた。

 ボヤけた視界でもそれが何かが入っていた小瓶だとわかったよ。



「カミーラ、それ全部入れちゃったの?」

「あら、問題ないわよ。本物の王女ならナミスの加護があるはずだもの。本物ならね」

「効いてきたみたいよ。反応がないわ」

 ああ、ダメだ……ぼんやりとした頭じゃ、彼女達に何か言う言葉も出てこない。

 私はテーブルの上に突っ伏し、意識を手放した。






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