《 第33話 仮面妃と二人の令嬢 》
「私がどうしてこんな目に……」
私は今、とある小屋に閉じ込められてます。
なぜかって、それはね。
数時間前…………。
クラウスの言う研修にマーヤを連れて行かれてから、私には二人の侍女がつけられた。
年配のベテラン侍女オルガと、私と同じくらいの歳のアスタ。
オルガは生真面目で物静かな人で、アスタは三つ編みおさげが可愛らしい、内気で大人しい性格の侍女だ。
私は今までなんどか二人に話しかけてはいたんだけど、見事に惨敗している。
なかなか話し相手をしてもらえなかったのだけど。
この日は違った。
初めてアスタの方から声を掛けてくれたのだ。
アスタはいつもオルガと一緒に私の部屋にやって来て、二人で仕事を片付けるとすぐに部屋を出て行ってしまう。
それが今日、仕事を済ませ部屋を出て行ったはずのアスタが戻ってきたんだよ。
アスタは真っ赤な顔を俯け、持っていた包み紙を私におずおずと差し出してきた。
「あ、あの……今日は冷えるので。その……良かったらこれを……」
不安そうに震える声、包み紙を持つ手も震えている。
アスタが声を掛けてきてくれただけじゃなく、私に贈り物まで!
私は舞い上がりたいくらい嬉しくなっちゃったよ。
妃らしく、グッと堪えたけど。顔には出てたと思う。だってあまりの嬉しさに口元がゆるんでたから。
もちろんアスタからの贈り物は受け取ったよ。
包み紙の中には綺麗な刺繍の施された、温かそうなストールが入っていた。
「素敵なストールだね。私がもらって良いの?」
「へ、下手くそな刺繍でごめんなさい!」
これのどこが下手な刺繍なの?
私のと比べたら雲泥の差。
アスタの刺繍はこっていて職人レベルだと思うよ。
私は下を向いて縮こまっているアスタの手を取ってぶんぶん振った。
「すごく上手だよ! アスタ刺繍が得意だったんだね。大事にするよ、ありがとう!」
アスタは顔を上げ嬉しそうにはにかんだ笑顔を見せてくれた。
「最近のセシリア様はその……なんだか元気がないご様子で……。喜んでいただけて私、嬉しいです!」
最近の私か……。
頭の中がごちゃごちゃしてたから、ボーっと考えてる事が多かったかも。
それをふさぎ込んでると思われちゃったかな。
「心配させてゴメンね。元気がなかったんじゃないよ。ちょっと色々あり過ぎて、疲れちゃってたみたい。でも、もう大丈夫!」
「セシリア様……」
まだ不安そうな顔をするアスタに私はにっと笑う。
「だってこんなに素敵なストールをもらったんだよ。それにアスタと話してたら疲れなんて吹っ飛んじゃったよ! この素敵なストールを誰かに自慢したくなっちゃったなぁ……」
その時に頭に浮かんだのがクラウスの顔だった。
私はクラウスにこのストールを見せびらかしに行ってこようと思ったわけ。
アスタはそんな恐れ多いって首を横に振ってたけどね。
あの意地悪クラウスだよ。舞踏会の時みたく、似合わないって一刀両断される可能性の方が高いような気もするけど。
それでも誰かに見せびらかしたかったんだよ。
クラウスに面会を申請しても、くだらない用で訪ねてくるなって、断られる可能性がある。
そんなクラウスの性格を考えて、私は事前面会予約なしで、突撃夫の職場訪問をする事にした。
事前面会予約なしと言っても外堀はしっかり埋めますけどね。
いつも私の部屋の前で見張りをしている護衛騎士経由でギルベルトさんに連絡をして、クラウスのスケジュールを確認。
行き違いになったら意味がないからね。
ギルベルトさんには事情を説明したらあっさり許可が出たよ。
『殿下には内緒にしておきますね。今日は大変寒いので温かくしてお越し下さい。この前のように甘い物をお持ちくださると、クラウスさまも喜ばれるかと思います』
甘いもの……クッキーの前例があるからなぁ。
今回は手作りはやめよう。
アスタに皇宮の料理人が作った焼き菓子を用意してもらって事前準備完了!
ギルベルトさんに言われた通りに、お茶の時間にクラウスの執務室を訪れたのだけど、そこにクラウスの姿はなかった。
執務室の前で主人の帰宅を待っていると、ヨルクさんがやって来て、クラウスに急な会議が入って戻るのが遅くなる事を告げられた。
アスタに用意してもらった焼き菓子はヨルクさんに預けて、私は自室に戻る事にしたんだけど。
私室棟に戻る途中、背後から声をかけられ振り返ると。
背の高いミルド男爵令嬢カミーラさんと、小柄なトリアン伯爵令嬢モニカさんだ。
この二人に会って私はセルトン伯爵邸での舞踏会で、二人の会話を聞いちゃった事を思い出した。
二人は正妃はエルナさんこそが相応しいって思っていて、田舎王女の私にあまり良い感情を持っていなかったと思う。
何を言われるのかと身構えていたら。
二人は舞踏会の夜、私の噂をしていた事が嘘のように友好的で私は驚いたよ。
「セシリア様、私達今から雪を見ながらお茶会をしますの。ご一緒にいかがでしょうか?」
「我が国では庭園に初雪が積もった晴れた日に、それを眺めるためにお茶会を開きますの。純白の雪は心を清める効果もありますのよ」
モニカさんが朗らかに笑うと、カミーラさんがフェストランドの風習を親切に教えてくれた。
純白の雪かぁ。ラルエットではフェストランドと面した北部地方以外雪は降らないからね。
「雪を見ながらのお茶会かぁ。なんだか楽しそうですね」
私の呟きに顔を見合わせ頷き合う二人。
「セシリア様に参加していただけたら、とても楽しいお茶会になりますわ」
「そうですわ。セシリア様もご一緒に参りましょ!」
「ささ、こちらですわ」
「行きましょ、行きましょ!」
二人は私の手をそれぞれ取ると、楽し気に歩き出した。
えっ、ちょっと待ってよ。
まだ返事してないのに、今の一言で参加する事になっちゃってる!
慌てたのは私だけじゃなかったよ。
一緒についてきたアスタや護衛騎士も急な行き先変更に慌ててた。
モニカさんとカミーラさんは知らないみたいだけど、なにせ私は外出禁止の身ですから。
私がここで成り行きのままにお茶会に参加したら、アスタや騎士までお咎めを食っちゃうからね。
「今からですか?」
二人は同時に頷いた。
「ええ、もちろんですわ」
「次に雪が降ったら初雪になりませんわ。その前にお茶会を楽しまなくてわ!」
とりあえず、クラウスに許可をとる時間が欲しい。
「待って下さい。突然のお誘いで私の方はまだ準備をしてません」
「大丈夫ですわ。形式ばったお茶会じゃありませんの」
「堅苦しいのは肩が凝りますでしょう。セシリア様はそのままいらしてくだされば良いのですわ」
さあ、参りましょうと、私をぐいぐい引っ張っていく二人。
あたふたするアスタと護衛騎士が慌てて声をかけてきた。
「あ、あの……セシリア様」
「お待ち下さい妃殿下。クラウス殿下に確認を取らなくては」
私が二人に口を開く前に、モニカさんがきょとんと首をかしげる。
「セシリア様とお茶をするのに、クラウス様の許可がいりますの?」
「あら、それならあなたが行ってらっしゃいな。私達は先にセシリア様とお茶会に向かいますわ」
カミーラさんに気が利かない人ね、と横目で睨まれたアスタは勢いよく頭を下げた。
「は、配慮が足りなくて申し訳ありません! 私、今から伝えて来ます!」
顔を上げたアスタは、瞳を潤ませ今にも泣き出しそうだ。
「アスタ、誰も怒ってないから大丈夫だよ」
私が声をかけると、アスタはもう一度頭を下げた。
「私、オルガさんに報告してきます!」
それだけ行って私室棟の方に走って行っちゃった。
「連絡はあの侍女に任せて私達は参りましょ」
カミーラさんとモニカさんに促され、私は二人の強引さにお茶会の出席を余儀なくされた。
あの時、私がしっかり断るかクラウスに許可をもらってから、お茶会に参加すれば良かったんだよ。
二人の強引さに負けてお茶会に参加したばっかりにあんな事になるなんて、この時の私は思いもしなかったんだから。




