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《 第32話 仮面妃、夫に塔から落とされる? 》


 塔の外壁の上に座らされ、視線が高くなった私はクラウスを見下ろしていた。

「用件って何? その前に下ろして」

「今の自分の状況を理解しているか?」

「自分の状況……見ればわかるじゃない。クラウスに塔の上に座らされてるのよ」

「俺が支えているこの手を離したらどうなる?」



 私のウエストにまわされていたクラウスの腕が一瞬ゆるんだ。

 落とすつもり!?

 私はもちろん慌ててクラウスの腕にしがみつく。

 落とされちゃう!

 落とされたくない一心で、目の前にあったクラウスの頭にしがみついた。



「うわっ!」

 クラウスが驚いてるけど、そんな事は知った事じゃない。

 だって、こんな高い所から落とされたら……ううっ、想像したくない。

「絶対に落とさないでよ?」

 クラウスが私を引き剥がそうと腕を突っ張る。

「は、離れろ! おまえ自分が今何やってるかわかってるのか?」



 クラウスのくぐもった声に私は反論する。

「離れたら落ちるじゃない。それとも私を落とす気? 私にはまだまだしたい事があるの、人生に未練たっぷりなんだから!」

「わかったから落ち着け。俺の頭を返せ!」

 クラウスが私を引き剥がそうと腕に力を入れれば、私はしっかとクラウスの頭を両腕で抱えた。



「自分の畑で野菜をいっぱい育てて、浮気しない夫と可愛い子供に幸せな家庭も欲しいし、マーヤとラルエットに帰って姉様達とまた楽しく暮らしたい!」

 私はとにかく必死でクラウスに訴えたよ。

 半分パニックで自分で何を言っているのかわからなくなったけど、そんな事かまわない。

 そしたら私を引き剥がそうとしていたクラウスの腕の力が弱まった。



「私が何をしたって言うの! クラウスに迷惑かけるような事……!」

 言いかけて、私は気づいた。

 迷惑なんて、いっぱいかけてる。

 あれも、これも、それも。

 私が思いつく限り、全部常識人のクラウスから見たら私の行動は理解できないのかも。



 そうか、これは私がクラウスに迷惑をかけたからその腹いせなんじゃ。

 私の事を塔から突き落としたいほど嫌っているの?

 なんだか胸が苦しい。

「…………ゴメン。どうしたら許してくれる?」

 私は抱え込んでいたクラウスの頭を解放した。



 クラウスの顔がなんだか少し赤いのは気のせいかな。

「何を謝っている。また何かしでかしたのか?」

 勝手に罪を増やされたらたまらない。私は頭を振った。

「ヨルクさんを買収して勝手に部屋を抜け出したから。これはその罰なんでしょ?」

「まあ、あながち間違ってはいないが」

「やっぱりそうなんだ! 私を落とすの?」

 クラウスが盛大なため息をついた。



「あのなぁ、自分の妃を塔から落とす馬鹿がどこにいるんだ?」

「妃と言っても仮面だよ」

 うっ、なんでそんな怖い顔で睨むかな。

「おまえにとって俺は、そんな冷酷な奴に見えてるのか?」

「そりゃあ、今までそんな感じだったから……って、ちょっと何?」



 クラウスがコツンと私のお腹に自分の頭をあてた。

「まったく人の苦労も知らないで」

 クラウスの苦労……。

 今はそんな事より地面に降りたい。

「私は何のためにこんな所に座らされてるの?」

「頭の回転が悪い妃に、自分が置かれてる今の状況を理解させるためだ」

「塔の上に座らされてる事が私の今の状況?」



 クラウスが何を言いたいのか、まったくわからない。

「今、おまえの身体を支えているのは誰だ?」

「クラウスだよ。聞かなくてもわかるでしょ」

 クラウスは私をひと睨みすると、真剣な顔をした。



「俺がこの手を離したらどうなる?」

「まだ死にたくないから私は落とされないように、必死にクラウスに掴まるよ」

 首を振るクラウス。

「掴まるものがなかったら、おまえはバランスを崩し……」

「真っ逆さま」

 それが嫌だから必死に掴まろうとしているんじゃない。



「今にも崩れそうな崖の上に立っている。それが今のおまえの状況だ」

「下ろしてくれたら問題ないんだけど」

「簡単に降ろせれば苦労はしない」

 この押し問答はいつまで続くのだろう。

「クラウスの言っている言葉がよくわからないんだけど?」



「おまえがこの婚姻に納得していない事も、俺が気に入らない事もわかっている。だがな悪い事は言わない、とにかくおまえは部屋で大人しくしていろ」

 クラウスはそれだけ言うと、私を塔の上から下ろしてくれた。



 クラウスは真剣な眼差しで私を見下ろした。

「おまえには色々巻き込んで悪いと思っている。だが今の時点ではどうする事もできないのが事実だ」

 えっ、クラウスが謝ってる。

 クラウスが言っている事は謎解きみたいで半分もわからないけど、これだけはわかるよ。

 明日は槍どころじゃないよ。何が降るの!?

「ネストの祟りにラルエットを巻き込んだから?」



 またほっぺたをむにっとつままれた。

「きっと道は開けるはずだ」

 独り言のように呟かれた言葉。

 それは婚姻解消の事を言っているの?

 そんな事を言ったら希望を持っちゃうよ。

 肯定も否定もしないクラウス。

 ただ、私のほっぺたをむにむにつまみながら、意地悪そうに笑っていた。

 私のほっぺたはおもちゃじゃない!




 部屋に戻った私は、塔でクラウスから聞かされた話を思い返していた。

 ネストとナミスが過去に実在していた人物だった事。

 湖に身を沈めたナミスを追ってネストも湖に身を投げたけど、ネストはナミスを追い詰めた母国を怨んでいた。

 ネストの怨みが祟りとなって、フェストランドに災いを招いている事。



「クラウスの話では文献に、ネストは湖を汚す者と、ナミスと自分の血を途絶えさせる者に災いあれって書いてあったんだよね」

 ナミスにネストの子が宿っていたから……。

 ネストはナミスとの子が生まれる事を望んでいた。



 えっ、ちょっと待ってよ。

 それって、両家の間に子が生まれないとフェストランドはネストの祟りで災いが降りかかる?

 だから、フェストランド皇家はラルエット王家と婚姻を結ぶ必要があった。

 それはつまり、私とクラウスの間に子供が生まれないと、フェストランドはネストの祟りに遭うって事!?

 いやいや、そんなはた迷惑な祟りってある?

 当人達の意思なんてまるまる無視して、勝手に祟られても困る。



 何百年かごとにネストの化身、蘇ったネストと同じ瞳の色の黒リスが現れるとか。

 それじゃまるで黒リスは監視役みたいじゃない。

 グリが私達を監視してた……ないないないよ!



 グリはとっても良いリスなんだから。邪神の化身なんかじゃないよ。

 クラウスは無視できないって言ってたけど、私は信じない。悪い方に考え過ぎなんだよ。

 文献なんてただの昔の人の日記みたいな物なんだから、あてにならないよ。



 フェストランド全部で異常気象が起こっているのだって、きっとただの偶然。

 満月や新月に不思議な現象が起こるとか、それこそ昔から言われてるじゃない。

 だから異常気象も月や星の廻りが重なっただけ。



 でも、クラウスの言っていた文献が事実なら、クラウスは知っていて私に黙っていた事になる。

 ネストとナミスの話を聞いた私が混乱している隙に、頭の中を整理する前に。

 クラウスは私を塔の上に座らせた。

 今の私の状況がどうとか、上手くはぐらかされた気もする。



 クラウスは祟りを無視できないって言っていたけど、じゃあどうするの?

 私達は仮面夫婦なんだよ。

 クラウスには本命のエルナさんがいて、私とクラウスの間には友情すらないと言うのに。

 少なくともクラウスは私の事を、友達や知人だなんて思ってないじゃない。

 舞踏会の夜シュナル殿にそうはっきりと言っていたよね?



 じゃあ、私は…………。



「あーーっ、もうヤダ。考えるのやめ!」

 私は頭を振ってゴチャゴチャになった思考を振り払った。






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