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《 第31話 仮面妃と物語の真実 》


 私を見下ろす青い瞳に問いかけた。

「なんだ?」

「黒リスがなんで邪神ネストの化身なの?」

 クラウスはほんの数秒、無表情で私を見つめると、ゆっくりと口を開く。

「唐突だな」

「クラウスがグリの事を邪神だって言ったでしょ? 気になって図書室で調べたんだよ」

「それで図書室に行かせろと言ってきたのか。邪神の事はわかったのか?」



「なかなか見つからなくて、本の修復士をやってるゲルトさんに聞いたら、騎士ネストと巫女ナミスの物語を薦められたよ」

「その本を読んで何かわかったか?」

「本には邪神ネストと黒リスについてはまったく書いてなかった。 代わりにネストとナミスが実在するようなメッセージがあっただけで、ますますわからなくなっちゃった」



 クラウスは小さく見える山々に視線を向け、ぼそりと呟いた。

「こいつにも知る権利はあるか……」

「教えてくれるの?」



「この話は俺達の婚姻にも関わってくる。聞く覚悟はあるか?」



 私達の婚姻に邪神とグリが関係してる……どういう事?

 私は頭が混乱しながらも頷くと、クラウスがゆっくりと言葉をつづった。

「まず、お前が読んだネストとナミスの話には続きがある」

「二人は湖の世界で幸せに暮らしたんじゃないの?」

「それはあくまで物語の話だ。事実と物語は違う」



 その言い方だと、やっぱり。

「二人は実在したって事?」

 クラウスの顔を見返すと、クラウスは頷いた。

「騎士ネストと巫女ナミスの物語は書いた人物によって真実が多少脚色されている。結末も子供が喜びそうな終わり方をしているがな」

 二人が実在していた。

 それなら、本の最後のページに書いてあったあれは……。



「ネスト=ベルティ・フェルスター公爵と、ナミス=リュシー・ロロット男爵令嬢が、騎士ネストと巫女ナミス?」

 クラウスはふっと柔らかく笑うと、私の頬を右手でむにっと軽くつねった。

 なんで私はほっぺたつねられてるの?

 この行動の意味がわからないよ。



「珍しく頭が冴えてるな。おまえが考えている通りだ。騎士ネストは我が国の第三皇子で成人前に臣籍降下し、当時の皇帝から公爵位を与えられた」

 ほっぺた痛くないけど、むにむにつねるのはやめてよね。

 私はクラウスの腕を掴んで、自分の頬から引き剥がした。



「じゃあ巫女ナミスはラルエットのラザール王の隠し子で、湖の守り姫」

 物語の騎士ネストと巫女ナミスは二人の話だったんだね!



「でも、結末が事実と違うってどういう事?」

 クラウスは黙って私を見つめた後、何かを見定めるように恐ろしく真剣な顔をした。

「ここからはあまり知られていない。知っているのは皇族と高位貴族だけだ。ラルエットにも口外するなよ?」

「そんなに重大な話なの?」

「他国に口外した場合、外出禁止だけでは済まない」



 誰かに話したら、塔に幽閉、地下牢、最悪処刑!

「わ、わかった。言わないよ」

 クラウスは私から視線を外し、遥か遠くに見える小さな山を眺めた。

「過去にフェストランドとラルエットが戦をしていた時代があった事は知っているか?」

「フェストランドがラルエットの肥沃な土地を狙って、トール湖の向こう側までやって来たって聞いたけど」

 苦手分野だから薄っすらとしか覚えてない。



「その通りだ。当時の皇帝は近隣諸国に戦を仕掛け、自国の領土を増やす事しか考えていなかった」

「でもフェストランド軍はラルエットに侵攻する途中で嵐にあって、湖を渡って来れなかったって聞いたよ」

 ラルエットではこの事を、神シエルの加護だと言っている。

 クラウスは神妙な顔で首を振った。



「単純に嵐だけならまだ良い」

「どういう事?」

「当時の文献によると、その日は晴天だった。しかし、ある事がきっかけで天気が急変したと記されてある」

 ある事がきっかけ……。



 クラウスが静かな声で先を続けた。

「ネストがナミスを追って湖に身を投げたその日の明け方、湖を渡ろうとしていた軍を突然嵐が直撃。半数以上が被害を受け軍は撤退を余儀なくされた」

「それとネストがどう関係してくるの?」

「嵐の中で、湖に身を沈めたはずのネストを見たと言う者がいたそうだ」



「ネストが蘇ったの!?」

 クラウスは肩をすくめると、首を振った。

「さあな、俺にはわからんが。ネストを目撃した者の話によると、ネストは嵐で荒れた湖の上空に仁王立ちして浮いていたそうだ。それも、尋常でない様子だったとか」

「文献にはどんな風に書いてあったの?」



「ネストは生気のない赤紫の瞳と、冷えきった表情で恐ろしい笑いを浮かべ、下を見下ろしていたそうだ。そして、軍に向かって恨みと嘆きの言葉を呟いてトール湖に再び姿を消した」

 赤紫色の瞳……グリの瞳と同じ色だ。

「それでネストはなんて呟いていたの?」

「ネストの見張り役として軍に同行していた第二皇子の証言によると、この美しい湖を汚す者、ナミスとネストの血を途絶えさせる者に災いあれ。そう、言っていたそうだ。それは軍に加わり湖にいた第二皇子だけでなく、皇都にいた重臣や皇帝の頭の中にまでネストの声が入ってきたそうだ」



 私は拳を作って、自分の頭をコンコン軽く叩いた。

「血を途絶えさせる……う〜……ん、どういう意味?」

「ネストの言葉から、ナミスにはネストの子が宿っていたのではないかと文献に記されている」

 え〜……と、ちょっと待ってよ。今整理するから。



「二人の命を奪われて怒ったネストが軍を半壊滅にしちゃっただけじゃなくて、怨みまでぶつけて自分の母国に何か呪いをかけた。血を途絶えさせると災いがある、何それ?」

 ちょっとクラウス、なんでそこでため息を吐くの?

「おまえは基本鈍いくせに変なところで頭が働くな。だが、その先が読めるほど鋭くない」



 クラウスに頭をグチャグチャに撫でられた。

「誉めてくれてありがとって、髪が乱れる! ネストは一体どんな呪いをかけたの? って言うか、それって非現実的な話じゃない。信じられないんだけど」

 ネストが蘇ったとか、蘇ったネストが母国を呪うとか。

 私の頭から手を離したクラウスがすっと真剣な表情をした。



「おまえが言いたい事はわかる。俺自身、そんなもの信じちゃいないからな。しかし他の者は違う。そして、記録も事実だと告げている」

「よくわからないんだけど? もっとわかりやすく言って」



「湖から軍を撤退したその年、フェストランド全土は、凶作から始まり大寒波、そして流行り病の蔓延。様々な天災厄災に見舞われた」

「それがネストの怨み?」

「文献にはネストの祟りと記されている」

「ネストの祟り……ああっ、そういえば。前にシュナル殿とエルナさんがそんな事を言ってたね。その後、フェストランドはどうしたの?」



 私の顔をそんなに見てどうしたんだろ?

 首を傾ける私からクラウスは視線を逸らした。

「当時の皇帝、つまりネストからは兄帝になるが。ネストの言葉を思い出した皇帝は、ラルエットへ平和条約を結ぶ名目でラルエット王家との婚姻も取り付けた」

「う〜……ん、わからないんだけど。なんでそこでラルエット王家との婚姻が出てくるの?」

 あれれ、クラウスがまたため息を吐いてるよ。



「おまえは本当に鈍いな。ナミスは誰の隠し子だ? それが俺達の政略結婚の発端だと気づかないのか?」

「ナミスはラルエットのラザール王の……ああっ、それでラルエット王家との婚姻ね! 利き酒勝負じゃなかったのか。ん……ちょっと待ってよ。ラルエット王家を騙したの!?」



「それについては、父帝に聞くんだな」

 その父帝は、私達の婚礼が済むとクラウスに公務を任せ、さっさと保養地に行っちゃったから聞けないじゃない。

「当時、婚姻を結んでネストの祟りが治まったならそれで問題ないよね? どうして今さら私達が婚姻を結ばなくちゃいけなかったの?」



「一時は、子や孫の代まではネストの祟りは治まり国は繁栄した。しかし数百年後には再び、天候が乱れネストの祟りの兆候が見え始めた」

「一時しのぎじゃなく、何年か毎に婚姻を結ばなくちゃネストの怒りが再燃するって事?」

「ああ、その通りだ」

 フェストランド皇家とラルエット王家との間に婚姻話が出た理由はなんとなくわかったよ。

 ネストの怒りを鎮めるためだったんだね。



 父様はそうとは知らずに……もしかしたら知っていたのかもしれない。

 私と姉様達を出し抜いたくらいだから、知ってたに違いないよ。

 知ってて黙ってたんだ、あのタヌキ親父〜〜!



「でも、それとグリはどんな関係が……さっきクラウスがネストの瞳が赤紫色だって言ってたけど、それだけでグリをネストの化身だって言えるの?」

「数百年に一度現れると言っただろ?」

「それだけ?」



「過去の記録を見る限り、天災が起こる時期と黒リスが皇宮に現れる時期が一致している。それ故に我が国では黒リスは災いの前兆とされ、忌み嫌われているからな。その記録は一度や二度じゃない。千年にもわたり同じ事が起きているとなっては、さすがの俺も信じざるを得ない」



 クラウスが嘘を言っているようには思えない。

 でも、あのグリがネストの化身だなんて……。

 グリがしゃべれたらなんて言うのかな?



「聞きたい事はわかったか?」

「う〜……ん、納得はいかないけど。今、頭の中がいっぱいいっぱいだよ」

「そうか、まあいい。今度はこっちの用件を伝える番だ」

「えっ、ちょっと何!?」



 クラウスが急に私の両脇に手を伸ばし、私の身体を軽々持ち上げた。そして私を塔の端に座らせた。

 その不敵な笑みは一体なんですか?

 すご〜く、嫌な予感がする。






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