《 第28話 仮面妃と一冊の本 》
セルトン伯爵邸で開かれた舞踏会の翌日。
私はダメ元でクラウスにお願いしてみた。
クラウスは相変わらず忙しいらしくて、直接会えなかったけど、侍女を通して返事が返ってきた。
「私室棟近くの図書室でしたら、許可が下りました」
いつも気難しい顔をしている侍女は、ただしと付け加えた。
「外出時には供の者を付けるように、との言伝です」
外出の許可は下りても、監視はつくのか。
でも、図書室通いを認めてくれたんだから良いや。
そんなわけで私はさっそく図書室に向かった。
もちろん昨日の事を調べるため。
「見つからなーーいっ!」
図書室にこもって一時間で根を上げたよ。
両手を上げて、吹き抜けの天井を見上げる。
壁際にずらりと並んだ本棚が恨めしいよ。
分類別に並べられてるから探しやすいけど、その量が半端じゃない!
神について書いてある本を手当たり次第に調べたけど、分厚い本に詰め込まれた文字の羅列。
頭がクラクラだよ。
私はソファーに沈み込むように身体を預けた。
「おや、あなた様は……」
おじいさんが本棚の奥から、重そうな本を抱えてやってくる。
シンプルな黒の上衣。袖に入った切れ込みは文官服だ。
人がいたなんて気づかなかったよ。シャキッとしなくちゃね。
私は立ち上がって、おじいさんに駆け寄った。
「お持ちします」
すると、おじいさんは本の脇から顔を覗かせ、シワの刻まれた目を細め微笑んだ。
「この年寄りを気づかってくれるとは、お優しい。しかし、この本は重いゆえ、セシリア様のお手を煩わせるわけには行きませぬ」
会った事のない人に顔を知られてる、なんて変な感じだ。
おじいさんは重そうな本を抱えている割に、足取りはしっかりしていた。
でも、前が見づらそうで何かにつまずいたら大変。
「大丈夫です。これでも力はある方なんですよ」
私はおじいさんが抱えている本を半分手に取った。
「どちらに運びましょうか?」
「では、お言葉に甘えて。あちらにお願いします」
申し訳なさそうに頭を下げるおじいさん。
私はおじいさんの後ろについて行って、隅に置かれたテーブルまで歩いて行った。
おじいさんは抱えていた本をテーブルに全部置くと、改めて臣下の礼を取る。
「お初にお目にかかります妃殿下。この爺、本の修復をしているゲルト、と申します。何かお探しですかな?」
これは天の助けだよ。本の修復士だったら本に詳しいよね。
物知りそうな感じもするし聞いてみよう!
「実は今、フェストランドの神学について勉強しているのですが、ネストという神がどんな神様かご存知ですか? どの本にも載っていなくて」
ゲルトさんは顎を撫でながら、ふむふむと考え。
「しばしお待ちを」
にこりと微笑むと、出入り口とは別の奥にある扉に入っていった。
少しして、手に一冊の古そうな本を持って戻って来る。
「これをどうぞ」
渡された本のタイトルは……。
『騎士ネストと巫女ナミス』
「騎士、ネスト?」
邪神ネストと同じ名前だ。
「古くから伝わる子供向けの物語です」
この物語と邪神ネストが何か関係があるの?
「お借りしても良いですか?」
ゲルトさんは頷いた。
「セシリア様がお知りになりたいヒントになるかも知れません」
「ありがとうございます」
とりあえず読んでみよう。
私はゲルトさんにお礼を言って、自分が座っていたソファーに戻った。
私は『騎士ネストと巫女ナミス』の物語を開いて目を通した。
物語の始まりは、二つの国の国境沿いにある湖を舞台に、二人が出会い、恋に落ちて幸福な日々を過ごす。
「一途で誠実な騎士ネストと、慈悲深く、思いやりに溢れた清らかな巫女ナミス。できたカップルだなぁ」
最初から幸せに暮らしました。めでたしめでたしで終わったら、たんなるのろけ話だよ。
甘いラブラブエピソードはこの際飛ばして、知りたいのは邪神ネストについて。
私は思いきってページを半分くらいめくった。
あ、気になる項目発見!
「引き裂かれた二人……病気か事故か、もしかしてネストの浮気?」
ターニャ姉様の話によると、どんなに誠実な男も美女に誘惑されると、性格が変わるらしい。
このネストも、そうかも知れないと、冷たい目で読み進めていく。
…………ネストの浮気じゃなかった。
「国同士の戦が始まるのか……」
大陸の北にあるネストの母国が、南に位置するナミスの生まれ育った国へ、領土拡大のために進軍の噂が流れる。
戦の本は、クラウスとの政略結婚の話が出た時に、父様に読まされたっけ。
荒れ果てた大地に、壊され焼かれた家屋。無惨に踏み潰された田畑。
家族や友人を失い、絶望の淵に落ちた人々。
本で読んだ光景が頭をよぎった。
「ネストとナミスは大丈夫かな?」
ネストとナミスは湖の畔の村で、二人で静かに暮らしていたが、戦は避けられず、二人の国は湖を境に敵同士に。
ネストとナミスも引き離されてしまった。
「ネストの留守中に兵が来て、ナミスを捕らえて塔に幽閉するなんて!」
何も知らず帰ってきたネストは、ナミスを人質に捕らえられ軍に連れ戻される。
ネストが馬術や剣術が下手だったら、軍の指揮官に目をつけられなかったんだろうな。
でもネストは北の国にとって大事な戦力だったんだよ。だから、その腕が欲しくて軍が放ってはおかなかった。
ネストがナミスの故郷に寝返られちゃ、大損失だもんね。
「ナミスを人質にネストを利用するなんて、卑怯だ」
ネストにとっては、苦渋の選択だったに違いない。
ナミスの方は、ネストが軍に捕まったことを知って自分を責めた。
私が囚われたから、逃げきれなかったから……。
私のせいでネストが故郷を……。
毎日、ネストや故郷を思って泣き暮らすナミス。
そんなナミスに転機が訪れた。
二人が暮らしていた村の人々だ。
彼らは、二人の人柄を気に入りなんとかしてやりたいと思っていた。
しかし、非力な村人だ。剣を持つ兵士に力でかなうはずもない。
それでも、こっそり差し入れを運んだり、兵士の隙を見てナミスを励ました。
「ある日、村人達はお酒に眠り薬を混ぜ監視を眠らせた。その隙に塔の鍵を開け……逃げられたんだ!」
文字を追っていくと、違うことがわかった。
逃げたんじゃない。
『私はネストの足枷になりたくないのです。ここで逃げても再び囚われるなら、そして、私を逃がしてくれた村人達も罰せられるなら……私の答えは一つです。私にできる全てのことをするだけ』
自分の命と引きかえに、ナミスは………。
「嘘でしょう?」
ナミスは神に祈りを捧げながら、塔の窓から身を投げ出した。
その頃、ネストは南に進軍するため、湖の村近くまで来ていた。
村人からナミスの事を知らされたネストは、絶望の淵に落とされた。
その後、ネストはどうなったの!?
ああ、ページをめくるのがもどかしい。
ネストは暗闇に乗じて軍を抜け、ナミスの名前を呼びながら湖に向かう。
ナミスの姿を求め、自らもその湖に身を落とした。
「えっ、ナミスの後を追ってネストまで湖に……」
二人は湖底に広がる、平和で美しい世界で仲良く暮らしました。
「ええっ、ちょっと待ってよ! なんてスッキリしない終わり方なの!?」
もう、ページはないわよね?
最後のページをめくると、著者からのメッセージが書き込まれてあった。
『親愛なる友人、ネスト=ベルティ・フェルスター公爵と、彼を支えた聡明で美しいナミス=リュシー・ロロット男爵令嬢に捧ぐ』
著者 ラース・ブラント
メッセージに書いてあるナミスのフルネーム、私知ってるよ。
ネストとナミスって、実在する人物?
それか、実在する人物が登場人物のモデルになってるの?
ネストやナミスの名前自体は珍しい名前じゃない。
でも、ナミスの方は………。
ナミスの名前の後ろに、リュシー・ロロットが付くと、それは特別な意味を持つ名前になるんだよ。
ラルエット王家に関係してくる名前に……………。
今回はこの辺で、ちょっとコーヒーブレイクです (^∇^)




