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《 第26話 キュートに色っぽく? 》


 エルナさんに髪をお願いして、数分後。

 髪だけのつもりが、メイクもやってもらっちゃった。

 それだけでなく、ドレスまで借りる事に。

 エルナさんが言うには、フェストランドでは髪を変えたら、ヘアスタイルに合うドレスを着るものなんだとか。



 なぜかドレスのサイズがぴったり。

 私が姉様達を真似して適当に塗っていたメイクは、エルナさんによると全然合っていなかったらしい。

 メイクはナチュラルに、抑えるところはしっかり抑えるんだとか。

 いつもマーヤ任せだったからなぁ。

 お洒落や流行に関する知識はゼロの私には、エルナさんが何を言っているのかさっぱりだったんだけど。



 よく考えたら、奇妙な事だよね。

 仮面妃と、本命彼女が二人仲良くドレスやメイクの話をしてるんだよ。

 まあ、私はもっぱら聞いてる方だけど。

 それでも、エルナさんとのおしゃべりは楽しくて、もっと話をしたいなぁ。

 あ、クラウスがイヤがるか。



 鏡の中に映った自分は……。

 どちら様? まるで別人だよ。

 髪は頭の輪郭に沿ってゆるめに編み込まれ、片側にピンクの花の髪飾りで一つにまとめられて、ふわっと流されている。

 メイクは濃くなく、頬は薄っすらピンク色。

 唇は可愛らしいピンクのルージュで艶々ぷるん。

 淡い青紫色のドレスには、胸元やスカートにピンクや白の花のモチーフ。

 レースの飾りエプロンにも、同じ花の刺繍が施されている。



「テーマはキュートに色っぽくですわ」

 テーマって、いつの間にそんなのが出来てたの?

 このドレス、婚姻の儀の拷問ドレスに比べたら全然苦しくないよ。でも。

「胸元、開きすぎじゃないですか?」

 私が今まで着たドレスの中では、肩も胸も大胆に開いていて、なんだか落ち着かない。

 髪を片側にまとめているから、反対側がスースーする。

 着飾り負けしてないと良いんだけど。



「あら、これくらい普通ですわよ。セシリア様にとっても良く似合ってますわ」

 満足そうに頷くエルナさんにの顔は、子供の頃私を着せ替え人形にしていた時の姉様達の顔に似ている。

 苦笑いで返すと、エルナさんは両手をパチンと打った。

「早速、クラウス様にキュートに色っぽくなったセシリア様を見ていただきましょ!」



 ちょっと待った。この姿をクラウスに!?

「それは、ちょっと」

 私の手を取って、さあ、参りますわよ。と、立たせようとするエルナさんに異議を唱えると。

「普段と違うセシリア様をご覧になれば、クラウス様のハートに火がつく事間違いありませんわ』

 それはどうかなぁ。

 孫にも衣装、とか言われそうだよ。



 それより、エルナさん、本命彼女がクラウスのハートに火が付くとか言っちゃうの?

 クラウスの事を試してるとか……。

 エルナさん、クラウスのこと好きなんじゃないの?

 あーーっ、よくわかんないよ。

 また考えちゃってるし、やめやめ!

「本当にこの格好で部屋を出るんですか?」

「もちろんですわ。さ、参りましょ!」



 エルナさんの満面の微笑みに、私は他の選択肢はないことを悟った。

 こうなったら、もう自棄よ。

 別人に成り切ってあげようじゃないの!



 私とエルナさんは化粧部屋にある別の扉から廊下に出た。

「クラウス様はバルコニーにいらっしゃるそうですわ」

 あちらです、と教えてくれるエルナさん。

「エルナさんも一緒じゃないんですか?」

 この格好で、クラウスが私だと気づくか疑問なんだけど。

 クラウスが気づかなかったら、私は皇太子に馴れ馴れしく話しかける無礼者になっちゃう。



「わたくしはここまで。広間にいますので、後でクラウス様の反応をお聞かせ下さいね」

 エルナさんはお茶目にウィンクを飛ばすと、出て来た扉の向こうに戻ってしまった。




 バルコニーは思ったより広く人気がない。

 所々にソファーと小さな丸テーブルが設置されていて、手すりには花の鉢植えが飾られ、下から空を照らすように照明が淡くバルコニーを照らしていた。

 その一角にクラウスとシュナル殿がいた。

 ソファーでくつろぐシュナル殿と、手すりに寄りかかっているクラウス。



 二人の手にはぶどう酒の入ったグラス。

 声をかけようかな、でもなんだか二人の中に入って行きづらいな。

 今夜は二人とも正装姿だから、いつもと違って華やかで近寄りがたい。

 引き返そうとした私の耳に、シュナル殿の声が届いた。

「クラウス疲れてるみたいだね。大丈夫なの?」



「心配するな、少しごたついているが問題ない」

「疲労の原因は今、皇宮内に飛び交ってる例の噂でしょ?」

 例の噂?

 こっそり聞くのは気がひける。

 でも、聞いておいたほうが良い気がするよ。

 ここは立ち聞きするしかないかな。

 この格好で立ち聞きするのも目立っちゃうな……そうだ!



 私は目の前にあったカーテンの中に身をひそめるように隠れた。

 カーテンの隙間からこっそりバルコニーを覗く。

 無言でぶどう酒を飲むクラウスに、シュナル殿はグラスを月明かりに照らしながらぶどう酒をゆらしていた。



「邪神ネストが異常気象を運んで来たって聞いたよ。各地で異常気象の被害が多発してるって?」


 邪神ネスト……どこがで聞いた事がある単語。

 どこで聞いたんだろ?



 クラウスが神妙な顔で頷いた。

「北の領地で例年より冬の訪れが早い。東や西でも日照りや突然の大雨による河川の氾濫、害虫の大量発生。国内で作物になんらかの影響が出始めている。損害はかなり大きいが、それだけに止まれば良いが……」



 知らなかった。

 今、フェストランド全土で異常気象が起きてるの?

 部屋に閉じ込められ生活の私には、噂なんて耳にしようもないんだけど。

 シュナル殿はグラスを丸テーブルに置くと、考え込むように顎に手を当て小首を傾けた。



「それって邪神ネストの化身が現れてから?」



 邪神ネストの化身……!

 思い出したよ。クラウスの執務室に行った時、クラウスがグリの事を邪神呼ばわりしてた。

 グリの特徴にそっくりな黒リスが、百年か二百年に一度現れるとかなんとか言ってたんだ。



 それに、ネストという名前。

 花の庭園で、シュナル殿とエルナさんに初めて会った時に、二人の口からネストの名前が出たじゃない!



『ネストの安寧を……』とか、

『ネストからの平和が……』って言っていたのを思い出したよ。



 ネストって何なの? 何者?



 クラウスはぶどう酒を一口飲むと、声を硬くした。

「報告書を見る限り、そうなるな。目立つ天候の乱れは、邪神が皇宮内で目撃されてからだが……ネストの化身が関わっているとなると、放置するわけにもいかない」

 異常気象は邪神の仕業?



「それはちょっと厄介だね。それより君のお姫様が邪神に餌付けしてたって?」

「サム、なぜ知っている? その件に関しては、かんこう令を敷いたはずだが」

「ああ、心配しないで。情報源は、僕の特殊情報ルートからだから。でも、僕にも内緒なんて酷いなぁ」

「事が事だからな。サム、口外するなよ?」

「はいは〜い、わかってま〜す」

 ため息をつくクラウスに、シュナル殿はなんだか楽しそうだ。



 邪神に餌付け……グリは邪神なの?

 クッキーをあげちゃダメだったの?

 ううん、グリが邪神なわけないじゃん。

 あんなに人懐っこくて賢い、リス離れしたグリが邪神なんて何かの間違いだよ!

 私はカーテンに潜みながら、バルコニーへ意識を集中させた。



 ソファーから立ち上がり、クラウスの隣に並ぶシュナル殿。灰色の瞳が、月明かりできらりと輝いた。

「君は随分、お姫様を気にかけているみたいだね?」

 クラウスが私を気にかける?

「サムの目にはそう見えるのか?」

 淡々としたクラウスの言葉から心の中までは読み取れない。



「最近、メイドのシシーちゃんを見かけないのはどうしてかな?」

「妃として自覚を持たせるために大人しくさせているだけだ。厳しくしないとあいつは色々問題を起こすからな」

 酷いっ、問題児みたいに言わないでよね!

 私は悪い事なんかしてないんだから。たぶん。



「とかなんとか言って、じつは邪神からお姫様を守るため。そうじゃないの?」

 グリから私を守るため?

 どういう事?

 グリはクラウスの執務室で捕まって、今は鳥籠に入れられてるんじゃないの?

「逃げた邪神の化身が戻って来る可能性はあるが、妃自身が招く余計な厄介ごとを避けるためだ。外出禁止が長引いているのは、本人の自業自得だな」



 グリは逃げたんだ?

 鳥籠なんかに入れられなくて良かったけど、余計な厄介ごとって酷い言われようなんですけど。

 シュナル殿が伸びをした。

「ふ〜……ん。僕はてっきり、お姫様を気に入って独り占めしているのかと思ったんだけどな。あのお姫様が、クラウスの仕事を増やしてるんだね〜」



 私の行動がクラウスにそんなに迷惑をかけてたの?

 メイドに変装して菜園でこっそり働いてた事。

 バルコニーを勝手に使用した事。

 グリにクッキーをあげたり、クラウスの執務室にグリを入れた事。

 どの事を言ってるの?

 もしかして、どれもクラウスに迷惑掛けてたの!?



「心配するな。あいつには今、妃としてのあり方を学ばせているところだ」

 クラウスが持ってきた、あのやたら分厚い本のことだね。

 読んでないけど、使わせてもらってるよ枕として。



「へ〜、お姫様は調教中なんだ〜」

 クラウスは庭園に視線を向けながらぼそりと呟いた。

「動物の方が扱いやすく、聞き分けが良い」

 調教、動物……。

 ふつふつと怒りがこみ上げてきた。

 何それ、私は動物以下!?

 確かに私はクラウスに迷惑を掛けたのかもしれないよ?

 だからって、動物以下はないでしょ!

 いつも酷い扱いはされてるけど、影で言わなくても良いじゃない。



 ガマン、我慢しなくちゃ。

 今二人の前に出て行ったら、盗み聞きがバレちゃう。

 妃が盗み聞きだなんて言語道断、ご飯抜きにされて、妃に相応しい振る舞いを身に付けろ、とか言われるかも。

 ここは、拳を握って耐えるしかないのね。



 私に聞かれているなんて思いもしない二人の会話は続いていた。

 クラウスの顔を、ヒョイッと覗き込むシュナル殿。

「仮面夫婦も苦労するね」

「どうした?」

「その内仮面が剥がれなくなって、芝居が本気になったりしてね?」

 シュナル殿がからかうと、クラウスがシュナル殿の頭にポンと片手を置いた。

「心配するな。妃に興味はない」

 耳に入ってきた声は、感情を感じられない冷たい言葉だった。



 なんだろ……クラウスにはいつも酷い事を言われているのに。

 いつものようにこれくらいどうって事ないって、開き直れば良いのに。

 さっきまで、動物以下発言されて怒ってたはずなのにね。

 なんでだろう……胸の辺りがぎゅうっと締め付けられる。





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