《 第24話 仮面妃と仮面舞踏会 》
眩しいシャンデリアの下、軽やかなリズムに乗ってダンスをする美男美女。
周りで見物している人々からもれる感嘆の声。
私は今、数日前からクラウスが持ってきた招待状、セルトン伯爵主催の仮面舞踏会に来ている。
フェストランドでは年頃の子息令嬢がいる家では、誕生祝いに舞踏会を開くのが習慣らしい。
舞踏会では主催側の未婚の子息令嬢が出席者にダンスを披露する。
今、広間で踊っているのはセルトン伯爵の娘エルナさんとクラウス。
ちょっとしたトラブルで、エルナさんのパートナーが踊れなくなって、急きょクラウスがパートナーをする事になった。
「殿下への進言、感謝いたします」
声をかけてきたのは、エルナさんと同じ鳶色の瞳にスラッとした体つきの渋い雰囲気のセルトン伯爵。
伯爵は胸に手を当て軽い臣下の礼をとった。
そしてお酒を運ぶメイドを呼び止め、トレーに載ったグラスを二つ手に取った。
ぶどう酒を勧められ丁重に断ると、伯爵から我が伯爵家自慢の果実水だと別のグラスを渡された。
「進言だなんて、たいした事言ってませんよ」
エルナさんのパートナーが踊れなくなって、困り果てたエルナさんと伯爵を見かねてちょっとお節介をしただけ。
クラウスを推薦したんだけど。
ちょっと強引だったかもしれない。
クラウスは最後まで不機嫌な渋い顔で、エルナさんは困惑していた。
ベリーの実で作った赤紫色の果実水は甘酸っぱくて後味すっきりとしていた。
なかなか美味しい。これ、好きかも。
「妃殿下の進言がなかったら、エルナはダンスを出来ぬまま。悲しい誕生祝いになっていたでしょう」
私が勝手な事を言ったから、クラウスにはすごく睨まれたし、余計な事をするなって怒られたんだけど。
今夜の主役はエルナさんだよ。
他でもない、エルナさんの窮地をクラウスが救わなくて誰が救うって言うの?
とは、言えないんだけどね。秘密にしている二人の関係をこっそり知っている私だから、その辺は口にチャック。
「ミルド男爵のご子息の具合はいかがですか?」
今夜エルナさんのパートナーをする予定だった役得者は、ミルド男爵の子息。
伯爵の話では、彼は極度のあがり症で緊張を和らげようとお酒の力を借りたらしい。
結果、飲み過ぎてダウン。
「別の部屋で休ませていますが、熟睡しているようです。あの分では、しばらく起きないでしょうね」
苦い表情をする伯爵。
お酒は飲んでも、飲まれるなだね。
あれ、どこかで聞いたセリフだ。
伯爵はぶどう酒を一口飲むと、しみじみと語り出した。
「今夜のエルナはいつもより美しく輝いている。そしてとても楽しそうだ」
娘を自慢する父親モードが入っちゃったらしい。
「エルナさん、ダンスがお上手なんですね」
伯爵は微笑むと、遠い目をした。
「小さい頃のエルナは、クラウス様と私の末弟サミーの後をよく追いかけて遊んでいました。三人でダンスを習った事もあるのですよ。もっともダンスを熱心に学んだのはクラウス様とエルナだけでしたが」
昔話が始まっちゃったよ。
広間の中央で踊る二人の姿を、目を細めながら懐かしむように眺める伯爵。
「シュナル殿はダンスがお嫌いだったのですか?」
「ダンスの練習に関してはサミーは気まぐれ屋さんでしてね。しかし、あの子は一度見ただけで難なく踊れる才能を持っているのですよ。エルナはそれが許せないと、よくサミーに突っかかっては、クラウス様が止めに入られましてね」
「三人は小さい頃から変わらず仲が良かったのですね」
嬉しそうに頷く伯爵。
「エルナはよく、大きくなったらお妃様になると言っていたのですが……今夜のエルナを見て私は確信しました」
お妃様と言ったらクラウスの妃の事だよね。エルナさん小さい頃からクラウスの事が好きだったんだね。
「確信、ですか?」
もしかして、二人のダンスを見て何か勘づいたんじゃ……。
伯爵は大きく頷いた。
「あの子にはクラウス様や妃殿下を影ながらサポートする能力があると。決して親バカで言っているのではありません。エルナが采配を振るったガーデンパーティーは見事なものだったでしょう?」
途中で抜けたから最後まではわからないけど。
確かにエルナさんはよく動いて、周りにも気を配っていた。
フェストランド全土から食材を集めて、料理にも気を配って、楽しいパーティーにしようと頑張っていたよ。
「忙しそうに立ち回りながらも、楽しそうでした」
「切り盛りするのが得意。そういう子なのです。ですから私はエルナが幸せなら、側妃でも良いと思っています」
側妃でも……って、ちょっとちょっと。
伯爵はクラウスとエルナさんの秘密の関係に感づいてるんじゃないの?
今の発言から、たんに娘の良い所自慢って話に聞こえないんですけど?
側妃に立候補しちゃおっかなぁ、発言に聞こえるよ。
正妃だからって、私に戦線布告?
されてもね〜、仮面ですから。
まあ、いろんな意味で私よりエルナさんの方が、クラウスの正妃に相応しいと思うよ。
複雑過ぎる。どう答えろって言うの?
私が言葉を探していると、伯爵は真剣な顔をした。
「もし、不慣れな皇宮でお困りでしたら、遠慮なくエルナをお呼び下さい」
伯爵の鳶色の瞳から、何か決意みたいなものを感じる。
裏がない言葉なら喜んで力を借りるよ。
でもあの話の流れでこう来られると、いくら鳥頭とクラウスにバカにされてる私でも、下手なことは言えないことはわかる。
クラウスとエルナさんが関係を秘密にしている以上は、曖昧に返事をしないと。
「温かい気遣いをありがとうございます。困った時には、エルナさんに相談させていただくかもしれません」
当たり障りなく、こんな返答で良いよね。
こんな事なら、アリーサ姉様やターニャ姉様にすいすい交わせる社交スキルを教わっとけば良かったよ。
伯爵は舞踏会をお楽しみ下さいと、にこやかに一言告げてから私に一礼すると去っていった。
広間に視線を向けると、曲が徐々に早いテンポに変わり、見守る人々の歓声も大きくなってきた。
ダンスはクライマックスみたいだね。
円を描くように、別々に踊っていた二人の距離が少しずつ縮まっていく。
複雑なステップを踏みながら曲に合わせて、くっついては離れくっついてはまた離れを繰り返す二人。
スピードが上がるにつれてハードになる動き。
汗ひとつ流さず無表情で踊るクラウス。体力が意外とあるんだね〜。
可憐に蝶のように舞うエルナさん。かっこいいね!
楽団の奏でる曲が最高潮に達した時、離れていた二人の距離が完全に縮まり二人揃って優雅にターン。
広間から一斉に拍手と、二人のダンスを賞賛する声が上がった。
私の数歩先にいる令嬢二人が、手に手を取って中央にいる二人を見つめている。
「なんて素敵な二人なのかしら!」
「息もピッタリ、お似合いのカップルだわ〜」
二人はほ〜、とため息を吐いた。
「酔いつぶれたあなたのお兄様には悪いけど、エルナさんのパートナーはクラウス殿下しかいないわ」
「当然よ。クラウス殿下が田舎王女と婚姻なんかしなければ、今頃はエルナさんが妃殿下だったんですもの!」
その田舎王女があなた達の後ろにいるんですけど〜?
二人はおしゃべりに夢中で私に気づいてないみたいだね。
まあ、仮面をつけてるから、気づかないのも無理ないか。
あの二人は確か……貴族リストをペラペラ。
小柄な人がトリアン伯爵家のモニカ嬢で、すらりと背の高い人はミルド男爵家のカミーラ嬢だね。
エルナさんのパートナーをする予定だった男爵子息は、カミーラさんのお兄さんだったのか。
「でも、殿下と田舎王女が上手くいっているなんて、信じられませんわ」
クラウス、私達の夫婦仲が怪しまれてるよ。
モニカさんの言葉にカミーラさんが鼻で笑う。
「あら、そんなの今だけよ。気心知れた幼なじみのエルナさんが皇宮に入れば、殿下の寵愛はエルナさんに向くこと間違いないわ」
「まあ、それって。エルナさんが側妃になる話が出ているの?」
さっきも伯爵がそんなような事を濁していたけど、噂が広まっているという事はエルナさんの側妃入りは具体化されてるの?
カミーラさんがモニカさんの口を塞いだ。
「ちょっとモニカ、声が大きいわよ!」
辺りを見回すカミーラさん。
「お父様から聞いたんだけど、セルトン伯爵がそれを望んでいらっしゃるみたいなの。ここで話すのもなんだし、広間を出ましょ」
二人はそそくさと広間の扉に向かって行った。
広間を去っていく二人の姿を見送っていると、背後から声をかけられた。
「セシリア様、少しお時間いただけますか?」
振り返ると、さっきまで広間の中央でクラウスと踊っていたエルナさんが私の方にやってくる。
このタイミングで、本人登場ですか!?
伯爵から遠回しに側妃志願の話が出て、たった今エルナさんと親しい令嬢からもエルナさんを側妃に望む声を聞いたばかりだよ。
改まって話がある、なんて言われたら内容は一つしかないよね。
エルナさん、側妃に立候補する事を伝えに来たんじゃ……。
急だね。心の準備ができてないよ。
クラウスはこの事知ってるの?
事前説明なんにもないんだけど!
「な、なんですか?」
うわ〜、ちょっと動揺が声に出ちゃったよ。
エルナさんはこちらで、と広間の出入り口とは別の扉を私に案内した。
エルナさんが開いた扉の向こうは、小部屋になっていた。
ソファーセットと化粧台が置かれている。ここは女性用の休憩室みたいだね。
座るように促され、エルナさんと向かい合わせに腰を下ろす。
こんな所で二人っきり。エルナさんの話って何!?
やっぱり直球で、
『わたくし、クラウス様の側妃に立候補しようと思いますの。セシリア様、認めてくださいますわよね?』
こう来るかな?
そしたら私は、なんて答えれば……。
仮面妃としては、
『戦線布告ですの? 受けて立ちますわよ!』
これはないない。
受けて立つ前に負けてるでしょう!
それに、クラウスとエルナさんは相思相愛なんだから。部外者が恋の邪魔なんかしたら、ロバに蹴られてお星様だってターニャ姉様が言ってたし。
それにエルナさんはそんな事言う性格かなぁ?
じゃあ、
『もちろん認めますわ。もういっその事、私は正妃を引退して離宮にでも引っ越しますので、側妃と言わず正妃になっちゃって下さい』
こんな感じで、言ってみる?
さあ、エルナさん話ってなんですか?




