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《 第21話 仮面妃と、執政官ギルベルト 》


 ここでの決定権は俺にある、ってクラウスの独裁者発言に呆気に取られて、言葉を失っていたよ。

 マーヤの研修なんて納得がいかない。

 取り下げてもらわないと!



 私は部屋を出て行ったクラウスの後を追った。

 妃専用応接室から外の廊下に出る扉を開くと、見張りの近衛騎士が部屋に戻るようにと、私と扉の間に立ちはだかった。



「クラウス殿下に話があります」

 私は騎士の鎧の隙間から、外の廊下を覗いて、クラウスの後ろ姿を指差した。

 あ、執政官のギルベルトさんも来ていたんだね。

「私がお呼びしましょう。妃殿下はお部屋にお戻り下さい」



 騎士が呼びに行って数分後。

 騎士と一緒に戻って来たのはギルベルトさんだった。

「お早うございます、妃殿下」

 ギルベルトさんは眼鏡の向こうに温和な笑顔を浮かべ、丁寧な臣下の礼を取った。



「ギルベルトさん、おはようございます。あの……」

 外の長い廊下を覗くと、クラウスの姿はもうそこにはなかった。

「殿下は朝議のため、会議の間に向かわれました。妃殿下のお話を伺いに来たのが、殿下でなく私でがっかりされましたか?」

 どこか悪戯っぽく微笑むギルベルトさん。



 がっかりはしないけどね。

 クラウス面倒くさくなって、ギルベルトさんに来させたな!

 なんて答えようかな……答えに困った時の必殺技。笑って流そう。

「公務なら仕方ないですね。ギルベルトさんにわざわざ来ていただいて、すいません」



 頭ごなしに命令してくるクラウスと違って、いつも笑顔で優しいギルベルトさんの方が話が通じるよね。

「いえいえ、私の事はお気になさらずに。ですが」

 ギルベルトさんはにっこり笑った。

「クラウス様はセシリア様と朝食をご一緒出来ない事を、とても残念がっておいででしたよ」



 いやいや、ないでしょう。あのクラウスに限ってそんな事。

 でもギルベルトさんの笑顔からは、からかいやウソ、冗談を言っているように思えない。

 もしかして、ギルベルトさんの目は節穴ですか?

 思わずギルベルトさんの顔を見返しちゃったよ。

「殿下にお話がありましたら、このギルベルトが責任を持ってお伝えしましょう」



 そうだった、マーヤの事を相談しないとね。

「私がラルエットから連れて来た侍女の事なんですが」

「マーヤ殿ですね?」

 顎に手をあて聞いてくるギルベルトさんに、私は頷く。

「彼女は侍女という立場柄、拒否もできず私のわがままに付き合わされただけなんです。私のした事は私が責任を取るので、彼女を私の侍女から外すのは考え直してほしいと、伝えていただけますか?」



 私の切実な訴えをギルベルトさんは、真面目に聞いてくれた。

「妃殿下はマーヤ殿の事を、とても大切に思われているのですね?」

 陽だまりのような笑顔と、他人を思いやる温かな声。

「五人目の姉だと思ってます」

 ギルベルトさんとの会話って、なんだかほんわかするなぁ。

 ギルベルトさん独特の和み雰囲気がそうさせるのかな。



「妃殿下に一つお尋ねしてもよろしいですか?」

「なんですか?」

「妃殿下はマーヤ殿が、皇宮侍女と共に職務をしているところを見かけた事は?」

 どうしてそんな事を聞くのだろう?

 私はギルベルトさんの問いに首を振る。



 マーヤが皇宮侍女と一緒に仕事……見たことない、というより私達って皇宮侍女から遠巻きにされてるんだよね。

 最低限の事はしてくれるから、マーヤがあくせくする事はないみたいだけど。

 マーヤも彼女達とは深く関わろうとはしてないみたいだ。



 顔に出てたのか、私の心の中を読み取ったように、ギルベルトさんが頷いた。

「もしかしたら、それが問題なんですか?」

「妃殿下が皇宮に来られてから、それなりに日が経ちましたが、彼女達はお互い内気な恥ずかしがり屋さんのようですね」

「内気な恥ずかしがり屋……」

 ちょっと違うような気もするけど。

「殿下は、侍女達の関係改善にはきっかけが必要。そう判断されたのではないかと」



 ちょっと待ってよ。

 さっきクラウス私に対する罰だ、みたいな事言ってたじゃない。

「それじゃあ研修の目的は、侍女教育とか私の行動が招いた連帯責任じゃなかったんですか?」

 ギルベルトさんはにこやかに笑う。

「殿下がその様に仰ったのは、妃殿下に話を切り出すきっかけ、だったのではないかと」

 そうなのかなぁ……それならあの時、ちゃんと言ってくれたら良かったのに。



「じゃあ研修はマーヤと皇宮侍女の交流なんですか?」

 ギルベルトさんが大きく頷く。

「殿下は侍女達の距離感を取り除こうと、お考えになったのかと。お互い遠慮しあった関係より、和気あいあいとした間柄の方が仕事も楽しいものですからね」



 あのクラウスがアットホーム思考だなんて信じられない。

 ギルベルトさんの偽りのない笑顔を見ていると、クラウスという人がわからなくなるよ。

 でも、クラウスが侍女達の境界線みたいな物を良くないと考えて、マーヤの研修話を持ってきたんだとしたら……。



 私は望まぬ婚姻をさせられて、仮面妃なんて妙な事になって、自分の事しか考えてなかった。

 自分に与えられた役目さえ果たしていれば、後は自由にしてられるからって。

 周りの事が見えてなかったよ。

 ああ、私ってマーヤの主人失格だ。



 フェストランドに来るまで、ベテラン侍女として王宮を切り盛りしていたマーヤ。

 その働きぶりや人柄から、次期侍女長だとまで言われてた。

 マーヤの周りには沢山の侍女仲間がいて、誰からも頼られる存在だったんだよね。



 フェストランドに来てからマーヤに聞いた事がある。

 侍女仲間がいなくて寂しくないか。

 こんな所で隔離された私に一人で仕えるよりも、ラルエットに戻ればベテラン侍女としてまたみんなと働けるよって。

 帰国する事を勧めた事もあったよ。

 でも、マーヤは……。



『私が行くところは火の中水の中、セシリア様のお側のみです。一人で頑張っているセシリア様を置いて帰国など出来ません!』

 主人第一主義の熱にスイッチを入れちゃったんだよね。

 マーヤが言わないだけで、実際は何か不便な事があるのかもしれないし。

 見知らぬ土地なら尚の事、気のおける仕事仲間はいた方が良いよね。



 今は良くても今後マーヤに誰かの助けが必要になった時、気兼ねなく頼れる相手がマーヤにもいたら。

 それは心強い存在だと思う。

 マーヤの背負う負担も減るはず。



 クラウスは肝心な事は何も言わないからわからない。

 でもいつもクラウスの側にいて、誰よりもクラウスの事をわかっているギルベルトさんの言葉だよ。

 クラウスの意思がギルベルトさんの言う通りなら、私はマーヤを一人孤立させたままでいるわけにはいかない。



 私がマーヤの研修話を受けないと、何も変わらないままなら。

 生まれ育ったラルエットを出て、一緒にフェストランドに来てくれた大事なマーヤに、辛い思いや寂しい思いはさせられないよ。

 ギルベルトさんは私が考え込んでいる間、黙って待っていてくれた。



「クラウスが言いたい事、ちょっとはわかった気がします。先ほど私が頼んだ伝言は忘れて下さい」

 ギルベルトさんは承知しましたと頷いた、そして。

「マーヤ殿の研修話には、もう一つクラウス様の私的な理由も入っているのかと」

「もう一つの理由……」



 なんですか、ギルベルトさん。

 その意味ありげな微笑みは?

「侍女同士の関係改善は口実で、これを機にセシリア様との関係も深められたいのでは」

 ギルベルトさんの意味ありげなこの発言。

 なんか、気づかれてない?

 私達が仮面夫婦だって。

 いや、まさかね。

「深める、ですか……」



 なんて返事をしたら良いかわからなくて曖昧に返すと、ギルベルトさんはそうです、と力強く頷いた。

「セシリア様と二人で過ごしたくとも、姉君のような侍女のマーヤ殿に見張られていては、深まるものも深まりませんから」

 クラウスが私と二人で……。

 それこそ、ないない。



 仮面夫婦だから言いたくても言えないけど、クラウスにはエルナさんがいるんだよ。

 でも仮面妃だからって、ギルベルトさんを騙すなんて私には出来ないよ。

 私の話を親身に聞いてくれる人だよ。バチが当たるよ。



「私の知ってるクラウス像と、ギルベルトさんから聞いたクラウスの話で、ちょっと頭が混乱してるみたいです」

 仮面夫婦だってバレないように、でも正直に話すと。

「クラウス様はその言動から誤解されがちなのです。ぶっきらぼうに見えて、本当は照れ屋で心優しい方ですので」

「…………!」



 ええっ、ギルベルトさん、その言葉は本音?

 今、クラウスに似つかわしくない単語の数々を聞いた気がするよ。

 意味を理解するまで時間がかかっちゃった。

 ギルベルトさんのにこやかな笑顔を、思わず見上げる。



 ギルベルトさんは、人差し指を自分の唇に当てた。

「今のはクラウス様には内緒にしてくださいね。クラウス様に知れたら、私の首が飛んでしまいます」

 いやいや、クラウスの反応が怖くて言えませんよ。



 ギルベルトさんのクラウス像って、いったいどんな風に見えてるの?

 神様のように美化されてる気がする。

 私に対するクラウスの日頃の扱いからは、どうしても理解できないよ。

 ギルベルトさんに疑いのない、爽やかな笑顔を向けられると、なんだろなぁ。



 いつも私がクラウスからどんな扱いをされてるかとか。

 あなたの主人は世間を平気な顔で欺いてますよとか。

 ツッコミを入れるなんて私には無理。

 一緒に笑っておくしかないよ。

 あははは、は〜……。





 研修の話をマーヤにしたら、マーヤは反対し部屋を移る事を拒否した。

 マーヤの主張に対してクラウスは。

『研修を受ける気がないなら国へ帰れ。そうなれば、主人とは一生会う事はないだろうが』

 厳しく突き放し、マーヤが言葉を失っているところに。



『決定事項に従うのならば、研修終了後には主人の元へ戻す事も頭に入れておくが?』

 妥協案として私をチラつかせたのだ。

 従うしかない状況に追い込まれたマーヤは、悔しそうに頷いた。



 ギルベルトさん、クラウスは本当にマーヤと皇宮侍女の関係を改善したくて、言っているんですよね?

 クラウスの態度や言葉からは、そんな事は微塵も感じられないんですけど……。

 こうしてマーヤと私は、生まれて初めて離れ離れになってしまった。





 翌日、クッキー入りのバスケットを持って、向かう先はクラウスの執務室。

 なぜ外出禁止の私が、クラウスの執務室に行こうとしてるのかって?

 それはね、昨日ギルベルトさんが…………。



 マーヤの研修について、ギルベルトさんからクラウスの考えを聞いた私。

 クラウスが本当に、マーヤと皇宮侍女の今の関係が良くないことを、気にしてくれてるのだとしたら。

 私はマーヤの主として、クラウスに伝えなくちゃいけないと思った。



「ギルベルトさん、クラウスに謝罪とお礼の言葉を伝えてもらえますか?」

 ギルベルトさんから、クラウスが私と過ごしたいと思ってるって聞いたけど。

 そこはどうも、信じられない。

 政務で忙しいクラウスと、何か約束がある訳でもない。今度はいつ会えるかわからないから。

 今、ギルベルトさんに伝言を頼まないと伝わらないような気がする。



「謝罪とお礼、ですか?」

「研修を頭ごなしに反対しちゃった謝罪と、私の侍女を気づかってくれた事へのお礼です」

 ギルベルトさん経由で伝えてもらったら早いと思ったんだけど、首を横に振られてしまった。



「そういう事でしたら、妃殿下から直接お伝えした方が、殿下も喜ばれるかと思いますよ」

「でも、私は外出禁止で。クラウスは政務で忙しいですよね?」

 心配はいりませんと、優しく微笑むギルベルトさん。

「ご安心下さい。外出先は殿下の執務室。喜ぶ事はあっても、咎められる事はないでしょう。それと、殿下にも休憩時間は有るのですよ」



 う、う〜……ん。クラウスが私の職場訪問を喜ぶ?

 嫌味や皮肉の一つや二つ、と言わずに十個くらい飛んでくるんじゃないかなぁ。

「私が訪ねても大丈夫ですか?」

「もちろんです。そうですね……明日の午後のお茶の時刻でしたら、殿下は執務室にいらっしゃいますよ」

「わかりました。その時間に執務室を訪ねてみます」



 クラウスとの面会をセッティングしてくれたギルベルトさんに、感謝の気持ちを込めてお礼を言うと。

 ギルベルトさんは、一つ提案をしてきた。

「最近のクラウス様はお疲れのご様子。甘い物などあると、疲労も和らぐかと思いますよ」

 甘い物持参で来て下さいね、って事だよね?



 これはギルベルトさんが、私がクラウスと会話ができる様にアドバイスしてくれたんだと思う。

 私は頷いてから、ギルベルトさんにひとつお願いをしてみようと思った。

 きっとギルベルトさんなら、許可をくれるはずだから。



 と、いう訳でギルベルトさんのお膳立てを無駄にしたくない私は、こうしてクラウスの執務室を訪ねる事にした。

 見張りの騎士と、マーヤの代わりに新たに私の侍女として派遣された年配の皇宮侍女オルガも、後ろから付いて来た。

 ギルベルトさんに言われた通りに、疲労回復のための甘いお菓子ももちろん持って来たよ。



 クラウスの執務室、扉の前に控えるのは銀の鎧の近衛騎士。

 彼は私を見ると、すぐに扉を開けて中に入れてくれた。

 クラウスかギルベルトさんが、私が来る事を前もって騎士に伝えておいたらしい。

 クラウスは剣術の鍛錬中か〜。



 騎士のお兄さんが入って良いって言ったから、お邪魔しちゃったけど。

 なんだか落ち着かないなぁ。

 ここでクラウスはいつも政務をしているんだね。

 大きな執務机に彫刻の施された立派な椅子。

 椅子の座り心地は良さそうだね。

 壁際には難しそうな本がいっぱい並んでる。

 こんなにあったら、不眠症の心配はいらないね。



 あのソファーセットは来客用かな、それとも休憩用かな。

 全体的に無駄がなくて、綺麗に片付けられてる。

 きっちり並んだ本や、綺麗に置かれた筆記用具に何かの書類の束。ちり一つない部屋。

 部屋の主人の性格を表してるみたい。

 片付いてるけど、どこか殺風景に見えるんだよなぁ。



 私なら野菜のプランターや、水耕栽培の容器を飾って。

 陽当たりの良い窓際には、野菜の天日干しを天井から飾るんだけど。



 窓を開けると、少し冷たい秋の空気。

 それと、近くに植えられているのか甘い香りが部屋の中に入ってきた。

 この匂いはキンモクセイの花だ。

 クラウスが戻って来るまで、窓の外を眺めてようかな。



 あれ、今視界に何か黒っぽい影がよぎったよ。

 窓の外に植えられた、大きな木の枝の上。

 ふわふわな尻尾を揺らしながら、ぴょんぴょんと走りこっちにやって来るのは……。



「グリ?」

 額に銀色の縞模様が入ったリスと言えば、グリしかいない。

 グリは窓のところまでやって来ると、アメジストのつぶらな瞳を輝かせ首を傾げた。

「こんな所で会うなんて、奇遇だね。そうだ!」

 私は持って来たバスケットの中から、クッキーを一枚取り出してグリに渡した。



「ナッツは入ってないけど食べる?」

 グリはクッキーを眺めた後、頬にいっぱい詰め込みながら食べ始めた。

 昨日あの後、ギルベルトさんに皇宮の厨房を借りたいとお願いすると、快く許可を出してくれた。

 ラルエットではたまに焼いてたけど、こっちに来てからは初めて焼くクッキーだ。

 久しぶりに作ったにしては良い出来だと思う。



 これを食べてクラウスの疲労が少しでも和らげば良いんだけどね。

 ついでに性格も、ギルベルトさんみたく丸く柔らかくなってくれたら良いのに。

 私に対するクラウスの態度が、少しでも和らぐことを切実に願うよ。

 でもその前に、私が作ったクッキーなんて食べてくれるの?

 きみが悪いとか言って、ゴミ箱行きになる可能性だってあるじゃない。

 それはちょっと凹むかも。



 グリがクッキーを食べ終わった頃、ちょうど扉の外から話し声が聞こえてきた。

 すぐに扉が開いて、部屋に入ってきたクラウス。

 室内をさっと見回し、窓際にいる私を見て眉間に深いシワを刻んだ。

「アレを捕らえろ」



 恐ろしく低い声で、後ろに控えていた護衛騎士に命じるクラウス。

「はっ!」

 護衛騎士は短く返事をすると、部屋の中に入って来た。

 鋭い視線でこっちを睨みながら、距離を詰めてくる。



 ええっ、ちょっとちょっと。なにこの展開!

 私、騎士に囚われちゃうの!?

 罪名は……もしかして、不法侵入罪?






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