《 第20話 外出禁止? そんな事でめげませんけど? 》
クラウスに外出禁止を言い渡されてから、扉の外には近衛騎士を見張りにつけられた。
信用されてないなぁ。
部屋でする事と言ったら、レース編みや刺繍に読書。
それと、クラウスが暇なら学べと、どっさり持ってきた本で勉強。
タイトルは、淑女とはなんたるかとか、妃としてあるべき姿だの、皇族による皇族のための礼法。
他には、図解猿でもわかる一般常識皇続編?
なんなのこのタイトル。
どれも分厚くて、肩がこって眠くなる内容ばかり。
こんなの真面目に読んでられないよ。
私は何を隠そうラルエットの王女。あの姉様達と同じ血が流れているんだよ。
外出禁止? 部屋で大人しくしろ?
そんなのは見つからなきゃ良いのよ。
さぁて、今日も癒しの楽園バルコニー菜園に行こうっと。
私室棟には使ってない部屋がいくつもある。
だからその一つをこっそり拝借しちゃいました!
正確には、私室棟の空き部屋のバルコニーね。
この場所は妃専用衣装部屋から、マーヤの侍女控えの間を通って行く事ができる。
外の監視に見つからずに行き来ができて、陽当たり良好。
私にとっても都合が良くて、ガーデニングにも最適な場所。
実は前から菜園の作業終わりに、プランターや土をもらっては、こっそりこのバルコニーに運び込んで自分専用の菜園を作ってました!
バルコニー菜園には、大小それぞれのプランターに、じゃがいもやかぼちゃ。ラディッシュにニンジンの苗を植えてある。
苗や種はラルエットから持ってきた物だ。
フェストランドとラルエットでは気候や土が違うせいか、ちょっと成長が遅いみたい。
この癒しの楽園がある限り、外出禁止にされたくらいで私はめげないよ。
先輩メイドのモーナさんには、諸事情でしばらく作業を手伝えなくなった事を手紙で伝えた。
そしたら、なぜか励ましの手紙が返ってきた。
『どんな事があっても負けちゃダメよ。笑顔を忘れずにシシーらしくね!』
何か感づかれちゃったかな?
今日もいつものように、早朝の水やりにバルコニーを訪れた、のだけど?
「何が起きたの!?」
昨日までの見慣れた野菜達はどこへやら。
一晩で姿を変えたかぼちゃに、私は目を丸くして、口をぽかんと開けた。
「かぼちゃが巨大化してる」
昨日の夕方見に来た時は、まだまだ小さかったんだよ。大きさは卵くらいで。
今目の前にあるかぼちゃは、かなりのビッグサイズ。
両腕を広げてみると、ちょうど同じくらいの横幅。
このかぼちゃの品種は、大きくなってもせいぜい両手に乗るサイズなのに。
一晩で何があったの!?
かぼちゃの上には、なんと黒リスが大の字になって寝ている。
クルミ入りクッキーをあげて以来、すっかり懐いた黒リスのグリは、最近よく私のバルコニー菜園にやって来るようになった。
名前は単純にどんぐりをいつも持っているからグリ。
手土産のつもりなのか、グリはいつもどんぐりを置いていく。
それにしても……。
「ぷぷっ、すごく不釣り合い」
自分の住処であるはずのプランターに、窮屈そうにデンっとのっている巨大かぼちゃ。
そのかぼちゃをベッド代わりに、警戒心なく寝こける黒リス。
変な絵面だよなぁ。
それにしても、一晩で起きたかぼちゃの巨大化。
昨日は何か特別な事したかなぁ?
朝、肥料をあげただけなのに、おかしい……。
「ちょっと待った。肥料?」
確か紫色の小瓶の肥料をかぼちゃにあげたんだよね。
ラルエットから持ってきた肥料は二種類。
紫の小瓶と、青い小瓶。
紫は普通の肥料で、青がサビーナ姉様が作った成長促進剤だったはず。
あれ、紫がサビーナ姉様の促進剤で、青が肥料だったかな?
いつもの肥料で、急にこんなに大きくなるなんてあり得ないよ。
「あわっ、間違えたかも!」
これは困ったぞ。
普通サイズのかぼちゃなら、箱やカゴかドレスのスカートの中に隠して運べるけど、このサイズはちょっと厳しい。
いや、隠して運ぶの無理だから。
私一人で持ち上げられるか怪しいもの。
重いのはわかってるけど、とりあえずやってみますか。
「あれ? 思ったより重くないね」
きっと中身はスカスカなんだね。
これなら転がせば移動も楽ちんだよ。
かぼちゃを傾けるとその揺れで、かぼちゃを寝床にしていたグリが、慌てて起き上がって辺りをキョロキョロしている。
「あ、ごめん。起こしちゃったね」
かぼちゃの上からまん丸アメジストの瞳で見上げてくる。
私はグリの前に両手を差し出す。
「この巨大かぼちゃ移動させるから、ちょっと退いててね」
警戒する事なく、手のひらにぴょんっと乗って来たグリを、私は手近にあったプランターの上に下ろした。
「はい、アーモンドクッキー」
ポケットからハンカチで包んだクッキーを取り出して、グリに持たせる。
「この巨大かぼちゃ、マーヤに見せたらきっと驚くよ」
部屋まで転がして行こう!
「グリは下敷きにならないように、大人しくそこにいてね」
聞いているのかいないのか、グリはクッキーに夢中になって齧りついている。
大人しくって言っても、グリは今まで一度もイタズラをした事がない。
どんぐりを手土産に持って来て律儀だったり。
頭が良くて、人の言葉がわかるんじゃないかと思う事がある。
リス離れしたリスなんだよね。
私は巨大かぼちゃをゴロゴロ転がして、妃専用リビングの扉を開け、部屋の中に入った。
「よっと。マーヤ、大収穫だよ!」
ふ〜っ、とため息を吐いて部屋の中を見渡す。
あれ、どこか行ったのかなぁ?
マーヤが戻ってくるまで、待っていようかと思っていると。
リビングの隣にある応接室の扉が開く音が聞こえ、私は疑う事なくマーヤだと思って扉を開けた。
「マーヤ、ちょっと見……うわっ」
応接室にいる人物を見て、私は固まった。
これはヤバイ。セシリアピンチ!!
早くかぼちゃを隠さないと。
でも、大き過ぎて無理!
ここは敵前逃亡しかないよね。よし、逃げちゃおう!
そんなの無理無理。もう遅い、こっちに来たぁ。
応接室に入ってきた人物が、私のいる方に視線を向けた。
巨大かぼちゃを見つけ、眉間にシワを刻む。
「それはなんだ?」
「かぼちゃ」
「見ればわかる」
やっぱり気になるか。
本物だって言ったら色々問い詰められて、内緒のバルコニー菜園がバレちゃうよ。
バレない、何か良い言い訳は……あ、そうだ!
「これはかぼちゃのオーナメント! ラルエットでは、収穫の時期に部屋に飾るの」
私はかぼちゃをポンッと叩く。
とっさに考えたにしては、良い言い訳だよね。
収穫物を飾る習慣がある事は事実だから。
クラウスはこんな巨大かぼちゃ、偽物だと思うはず。
触られなければ、本物だとバレないよ。
「ラルエットにはそんな風習があったのか」
まずいよ、クラウスがこっちにやって来た。
かぼちゃをじっくり見られないように、隠さなくちゃ!
私はかぼちゃの前に立にってガードする。
「ノックくらいしてよ」
「ノックはしたが反応がなかったから、勝手に入らせてもらった」
勝手に入られても困るんだけど。
今は早くかぼちゃから、クラウスを遠ざけたい。聞き流そう。
「朝から何の用?」
「昨日侍女長に、空き部屋の清掃に訪れたメイドから奇妙な報告が入ったそうだ」
「奇妙な報告?」
ギクリ、それはまさかこの事でしょうか?
「私室棟に植物で占拠されている空き部屋があるそうだ。気味が悪いと撤去を求めて来たのだが……」
クラウスの視線が巨大かぼちゃに向く。
私は慌てて自分の身体で、クラウスの視界を遮った。
「それで?」
「心当たりはあるか?」
「さあ、私には何の事かさっぱりわからないよ」
クラウスの鋭い目つきに思わず視線を逸らすと、片手で頭を掴まれ無理やり正面を向かされた。
「もう一つ、奇妙な話をしてやろう」
まだ、何かあるの?
バルコニー菜園以外、やましい事はないはずなんだけど……。
「今ちょっと取り込んでるから、その話はまた今度」
「まあ、最後まで聞け。最近厄介な生き物が皇宮内に出没している。この私室棟でも姿を見たと言う者が何人かいるのだが、心当たりは?」
「厄介な生き物?」
それには全く身に覚えも、心当たりもない。
「そいつは昔から、厄病神と呼ばれ忌み嫌われている。昨日も鍵のかかった部屋に入り室内を荒らした形跡がある。ずる賢くまさに厄病神だ」
苛立ったように苦々しく言い捨てるクラウス。
いつも余裕たっぷり、クラウスのこんな表情は珍しい。
あれ、クラウスの顔をよく見ると、なんだか疲れてない?
「ちゃんと寝てる?」
「話を逸らすな」
むっ、心配になって聞いただけじゃん。
そんな怖い顔でギロっと睨まなくても良いのに。
「部屋荒らしの事は知らないよ」
泥棒なのか間者なのか、警備の厳しい皇宮に入るなんて相当な腕の持ち主だね。
あ、でも生き物って事は人じゃないのか。
どっちにしろ、そんなのが皇宮内を歩き回っている、なんて初耳だ。
「そうか、空き部屋の植物については、心当たりがあるんだな?」
クラウスの澄んだ青い瞳が全てお見通しだと光る。
しまった! 空き部屋の事も部屋荒らしの厄病神も、どっちも知らないって、言っておくべきだった。
「さ、さぁ。バルコニーの鉢植えなんて知らないよ」
「バルコニー、鉢植え……そんな事は一言も言っていない。俺は空き部屋の植物と言っただけだ。なぜそうだとわかる?」
やばっ、余計な事言っちゃったよ!
疑ってるよ。すっごく疑われてる。
「い、いやだなぁ。なんとなくだよ。植物と言ったら鉢植えかなって、普通思うでしょ?」
クラウスがようやく私の頭から手を離してくれた。
「そうか、心当たりはないか。では、報告があった部屋の植物は全て処分させるとしよう」
処分されちゃうの!?
「ちょっと待った!」
部屋を出て行こうとするクラウスを、私は慌てて呼び止めた。
「処分って、どうするつもり?」
「そうだな。気味が悪いから、焼却処分にでもするか」
ウソでしょう! 私が育てた野菜達が燃やされちゃうの!?
「まだまだこれから大きくなるんだよ。野菜だって生きてるんだから、処分だなんて酷いよ!」
「俺は野菜とは言っていないぞ。そうか、このかぼちゃのように、他の植物も規格外のサイズになるんだな?」
「コレは例外よ。ちょっと肥料を間違えただけで……あっ!」
クラウスがほくそ笑む。
言ってしまってから、気づいてももう遅い。
誘導尋問にまんまと引っかかってしまった。
これじゃあ、自ら罪を暴露したようなもんじゃない。私のバカ。
「飾りとはよく言ったもんだな。その化け物かぼちゃもやはりおまえの仕業だな」
う〜ぅぅ、どう言い繕っても無駄だよね。
こうなったら、買収でもしてみる?
「化け物は言い過ぎだよ。こんなに立派なかぼちゃは百年に一度のレアかぼちゃだよ。もったいないけど涙を惜しんでクラウスにあげるから、他の野菜を燃やすのだけはやめて?」
あ、胡散臭そうな顔。
そんな顔しなくても、変な味はしないと思うんだけどなぁ。
サビーナ姉様が成長促進剤に、変な効果を付加してなければね。
ジッとクラウスを見上げて、心の中で燃やさないでと連呼する。
祈りが届いたのか、どうなのか。
「規格外のヤツに、規格外のかぼちゃ……次から次へとまったく」
クラウスが面倒くさそうにため息をついた。
「焼却処分は免除してやるが、バルコニーにある物は全ておまえが責任を持ち撤去しろ」
焼却処分、免除……。
今のはクラウスの口から出た言葉?
私の祈りが届いたんだ!
あの、意地悪クラウスがこんな寛容な事を言うなんて、滅多にないよ。
もしかして、疲労でいつもの毒気が抜かれたのかな?
「なんだその顔は。不満があるのか?」
不満なんて有りませんとも。
多少の疲労でクラウスが優しくなるなら、日頃の激務に感謝します!
「ありがとう、クラウス!」
バルコニー菜園は見つかっちゃったけど、焼却処分されないだけ良しと思わないとだよね。
「お礼にこのかぼちゃを進呈するよ」
私が巨大かぼちゃの頭を撫でると、クラウスは興味なさそうに言い捨てた。
「いらん。それより」
言葉を区切ると、上着のポケットから二通の封筒を取り出し私の前に差し出す。
ピンク色の封筒……もしかしてラブレター!
クラウスが書くはずないから、誰からだろ?
仮面だけど一応、人妻の私にラブレターは困っちゃうよぉ。
と言いつつ、実はもらった事ないから、ちょっと嬉しい私。
初めてのラブレターに浮かれていたら、クラウスのあきれた顔。
「何を勘違いしている。勝手な妄想を膨らませるな」
ちょっとくらい期待したって良いじゃない。
「他人の顔と心の中を、勝手に覗かないでよね」
でも、よく考えたら夫に妻宛のラブレターを預ける人はいないか。
たとえクラウスが預かったとしても、スキャンダルがどうとか言って、私の元に届く前に破り捨てるはず。
「一通は招待状で、もう一通は侍女の配属先変更書だ」
「はいはい、招待状ですか。仮面妃の出番ね。それから、何の変更書?」
白い封筒を開けて、文面を確認すると、頭の中に疑問符が飛び交った。
「侍女って、マーヤの事?」
「間抜けな質問をするな。書いてある通りだ」
「それなら研修なんて必要ないよ。マーヤは子供の頃から侍女見習いとして、王宮に仕えてきたベテラン優秀な侍女だもん」
なんで今さら、そんな事させるのか意味がわからない。
「文字通りここで働く侍女として、作法を身に付けさせると書いてあるだろ」
ラルエット王宮も、フェストランド皇宮も、侍女の仕事内容には大差ないはず。
フェストランドに特別な作法があるなんて、聞いた事ない。それに……。
「部屋まで移動させてやる事なの?」
書面にはマーヤが侍女棟に移って、そこで寝泊まりする事も書いてある。
「理解できないし、納得も承諾もできないよ」
クラウスは巨大かぼちゃにチラッと視線を向け、鼻で笑った。
「理解力のない妃を持つと苦労する。我がフェストランド皇宮には、世間知らずな主人を野放しにするような侍女はいない、と言う事だ」
「世間知らずな主人……」
クラウスがこんな風に笑って、イジワルな事を言う時って、たいてい私の事だ。
野放しって、私は犬や猫じゃない。
私がメイドに変装して、菜園で下働きをしていた事を言いたいの?
あれは外出禁止で話は済んでるはずだよ。
それとも、バルコニー菜園がいけなかった?
「勝手にバルコニー借りちゃった事は謝るよ。今後使用する時は許可取るから、マーヤの研修話は白紙に戻して?」
「部屋から出るなと言ったはずだが、それは棚上げか?」
部屋から出るな? そんなの知らないよ〜。
「外出禁止は建物の外に出るな、でしょ?」
しれっと言い返せば、クラウスに睨まれた。
「開き直りとは良い度胸だなぁ。しかし、どう足掻いても決定事項は覆らないぞ」
「そんなの横暴過ぎるよ。 私は認めないんだから!」
睨んで抗議する私に、クラウスは冷たく容赦なく言い放った。
「忘れるな、ここでの決定権は俺にある」
それだけ言って、用件は済んだと部屋を出て行った。
く〜〜っ、なんて横暴なの!!




