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《 第2話 家族会議》


 家族の間の長テーブルには私と四人の姉様達、そしてラルエット国王である父様が顔を並べた。

 父様はみんなを見回し、何やら言いづらそうな表情で口を開いた。

「先程、北のフェストランドから皇帝直属の使者が参った」



 フェストランドとは、ラルエット王国の北に位置する国で大陸一の国土を持つ大きな国だ。

 国同士が争いをしていたのは大昔。

 この平和な世の中で、商人や各国の使者が国を往き来する事は珍しくない。

 わざわざみんなを集めて家族会議をする事でもないのに。



 硬い表情をしている父様が気になる。

 フェストランドからの使者が何か良くない知らせでも持って来たとか?

 姉様達も首を傾げたり顔を見合わせたりして、父様の次の言葉を待っている。



「あ〜、使者はお前達の中から、皇太子の妃を迎え入れたいと言ってきた」

 父様の爆弾発言に私と姉様達は驚いて言葉を失った。

 すぐに冷静さを取り戻したのはアリーサ姉様だ。



「それは正式な政略結婚の申し出。そう捉えても構いませんの?」

「ああ……いや、アリーサ。政略結婚ではない。両国の友好と親善を深めるための婚姻だよ」

 アリーサ姉様の直球な物言いに、父様が歯切れの悪い返答をする。



 ターニャ姉様が呆れ顔で扇を開いて優雅に仰いだ。

「物は言いようですわね。今時政略結婚を持ち掛けてくるなんて、大国は相変わらず頭が堅いんですのね」

 ラルエット王国では政略結婚があたりまえだった大昔と違って、今は親や家同士の繋がりより本人同士の意思が尊重されてる。

 フェストランド皇国では未だに政略結婚がなされてるの?



「他国の姫ならいくらでもいるだろうに、なぜうちが目をつけられたんだ?」

 カティヤ姉様のもっともな疑問に私も他の姉様達も頷く。

 フェストランド皇国は芸術、文化、経済。どれを取っても大陸一の国力を持つ国だよ。

 そんな皇国との結びつきが欲しくて、王女や令嬢を嫁がせたがる国はいくらでもありそうなのに。

 なんでそんな話がうちに来たのかわからない。



 父様は首を振ったり頷いたりと何度か逡巡した後、意を決したように大きく頷いた。

 そしてジャケットの胸ポケットの中から古びた一枚の紙を取り出し、テーブルの真ん中に置いた。

 古びた紙には達筆な筆跡で短い文章が書かれてあって……。



  『 誓約書

 今宵の約束としてラルエットの王女が成人した暁には、フェストランドの皇子の正妃として嫁がせることをここに誓う。

  ラルエット王ランベール』



「誓約書ってなんだこれ。父様が書いたのか!?」

 怒りと疑惑の表情で顔を赤く染めながら、テーブルをバンッと叩いたのはカティヤ姉様。

「偽物ではないようね。便箋には我が王家の家紋、筆跡は父様のものだもの」

 古びた紙を入念にチェックするアリーサ姉様に。

「ふむ、この紙の劣化具合。父様は何やら過去に厄介な事をしでかしたようじゃな」

 目を細めて面倒くさそうな視線を父様に投げるのはサビーナ姉様。



「さあさあ、自らの罪を白状なさいませ!」

 閉じた扇を手のひらに打ち付け、妖艶な笑みで父様に詰め寄るのはターニャ姉様。

 私はうんうんと頷いた。

「正直に話した方が身のためだよ。姉様達、何かしらドレスの下に隠し持ってるからね」



 娘五人から疑惑を追及する視線を向けられた父様は、一瞬うっとたじろいだ。

 そして何かを決意したように長テーブルに両手をつき、ガバリと頭を下げたのだ。

「すまぬ! 利き酒で負けた!」



 その言葉にいち早く反応したのはカティヤ姉様。

「酒マニアの父様が負けた!?」

「ええっ、カティヤ姉様驚くのそこ!?」

 私が思わずツッコミを入れると、ターニャ姉様が扇をパシッと開く。

「シシーちゃんナイスツッコミですわ。カティヤお姉様はいつもちょ〜っと。いいえ、かぁなぁり、ズレてましてよ。それにその素っ頓狂な大声、もっとボリュームを下げて頂けませんこと? 騒音ですわ」

「誰がズレてていつ騒音を起こしたって!?」



 毎度のことカティヤ姉様とターニャ姉様の言い合いが始まり、

「我が家は今日も賑やかじゃのう」

 それをサビーナ姉様が我関せずといった調子で眺めている。

 アリーサ姉様が言い争う二人の姉様を手で制すると、女神のように微笑みで父様に向き合った。



「お父様。事の詳細をもっと、詳しくお願いしますわ」

 一言一句ゆっくりと話すアリーサ姉様。

 うわぁ〜、これはかなり怒っている証拠だよ。

 騒いでいた姉様達もピタリと静かになっちゃった。

 アリーサ姉様の氷の微笑を向けられた父様は、

「お、落ち着け。アリーサ」



 ハンカチで額に浮き出た汗を拭きふき。

 国王の威厳は何処へやら。

 罪を問い詰められた罪人のように縮こまってる。気の弱い中年おじさんにしか見えない。

 こんな姿、臣下や民にはもちろん見せられない。



「あれは確か十年くらい前だったか……皇帝ディートフリートに招かれて出向いた晩餐の席だ。何杯か飲んだ後、我が子の自慢話になってだな。話の流れで利き酒勝負をする事に……」

「話の流れで、私達を賭けの対象になさったのですか?」

「あの時はその場を盛り上げるためのディートフリートの冗談だと思ったんだぞ。それが今頃になって……父様も戸惑っている。お前達の誰かを遠い国に嫁がせる事に」



 アリーサ姉様の落ち着き払った態度と丁寧な物言いに、父様が必死に言い繕っている。

 私達の中で常に冷静なアリーサ姉様は、本気で怒ると怖いくらいに他人行儀になるのだ。

「負けた後の事は想定なさらなかったのですか?」

「酒はラルエット産の果実酒だ。勝てる自信があったんだぞ! それがどうした事か、あっさり……くぅ〜〜っ!」



 当時の事を思い出したのか悔しそうに拳を握り締める父様に、全員呆れ顔。

 サビーナ姉様がやれやれとため息をついた。

「父様のこの件に関しての罪状は後で考えるとしてじゃな。酒の席での約束じゃ、無効で良かろう」

「そうね、先方には酔って記憶がなかったと伝えましょ。こんな紙切れは処分しましょ!」

「アリーサ姉の言うとおり。燃やして知らなかった事にすれば問題ないな」

「あら、ちょうどわたくし良く燃える火打ち石を持っていますわ」

「受け皿ならコレでどうじゃ。耐熱性抜群、妾が発明した壺じゃ」



 姉様達の間でどんどん証拠隠滅の準備が進んでいき、父様が慌てて誓約書をひったくる。

「こらこら待ちなさい! 反故に出来たら苦労はしない。誓約書の記入を見届けたという証人が何人もいると言ってきているんだぞ。言い逃れはできん」

 姉様達は一斉にギロッと父様を睨んだ。



「じゃあ、お父様は私達の誰かにフェストランドに嫁げと仰りたいのですね?」

 アリーサ姉様のこの一言でみんな一斉にしゃべりだした。



「冗談じゃない! あたしはゴメンだよ。近々騎士団の遠征に出るんだ」

「あら、わたくしもご遠慮しますわ。新しい鉱脈が見つかりましたの。視察や今手掛けている仕事を放置できませんもの」

「妾も興味がないゆえ辞退じゃ。今研究中の薬に手が離せぬ。妾以外が触れると機嫌を損ねる」

「私もパス。顔も知らない相手と婚姻なんて嫌だもん。私も姉様達と同じで収穫や菜園の手入れで忙しいよ」

「私には王太女としての務めがありますし。ま、当然誰も行きたがりませんわよ」

 アリーサ姉様の言葉にみんなが頷く。



「ま、まあ、そう言わずに」

 父様が部屋の隅に控えている従者に視線をやると、従者はビロードの布が掛けられた絵画を持ってやって来た。

 恭しく父様に渡すと、父様は絵画に被せてあった布を取り外してみんなに見えるように絵画を立てた。



「どうだ? なかなかの美男子だろ? 何回か会った事があるが、頭脳明晰でこの容姿。真面目な性格で将来有望とくれば申し分のない縁談じゃないか」

 必死になって他国の皇子を売り込む父様に、みんな白い目を抜けている。

 申し分のない縁談だろうが、皇子が美形だろうが賭けで娘を売った事実は変わらないからね。

 みんなの視線も反応も氷のように冷たい。



「わたくしもっと年上が良いですわ」

「大国にはもっとがっちりした体躯の良い男はいないのか?」

「利発そうに見えるけど扱いずらそうね。性格に難ありってとこかしら」

「妾はこの男から妙な波長を感じるのぉ」

 皇子の姿絵に言いたい放題の姉様達だ。

 姉様達には辛口評価のフェストランドの皇子だけど、私が思うにそんなに変な感じはしないのだけど。



 父様が言うように容姿端麗だよね。

 姿絵の皇子はがっちりと言うより、スラッとした体型の金髪青眼。

 彫りの深い顔立ちと、真っ直ぐに前を見つめる瞳からは意志の強さが伺える。

 フェストランド特有の長衣をきっちり着こなし、硬そうな表情筋。

 絵を見ただけじゃ人柄まで正確にはわからないけど、私の皇子に対する第一印象は頭堅そう。



 姿絵を観察していたら何やら視線を感じるんだけど。

 うわぁ、救いを求めるようにこっちを見ないでくれる?

「良い男だろ? セシリアは気に入ったか?」

「いいえ、まったく」

 私はもちろん首を横に振ったよ。

 私の返しにカティヤ姉様が大笑い。



「みんなから振られるなんて、この皇子も可哀想だな。ま、知らない奴との婚姻なんて誰も望んじゃいないって事だな」

 勘の良いアリーサ姉様は何かを悟って父様に目を吊り上げた。

「お父様、シシーを巻き込もうだなんてそうはいきませんわ」

「そうですわ。泥んこ遊びが好きなまだ子供のシシーちゃんですのよ。わたくし達の大事な末妹を大国の餌食にしたら許しませんわよ!」



 ターニャ姉様、かばってくれるのは嬉しいけど。泥んこ遊びじゃないよ畑仕事だよ。


「まだ幼いシシーを狼の毒牙にさらすと申すのなら、妾が引き受けてやっても良いぞ」

 幼いと言ってもサビーナ姉様とは一つしか年が離れてないんだけどな。ちょっと凹む。

 私ってそんなに子供っぽく見えるの?

 サビーナ姉様の言葉に父様の顔が明るくなる。

「サビーナ、それは本当か?」

 意気揚々とした父様だけど、次のサビーナ姉様の言葉に固まった。



「ちょうど被験体が欲しいと思っておったのじゃ。妾が大国に赴くにはまず研究の許可、妾が愛用している道具類に薬品類の国外持ち出し許可。部屋には防音防火防風設備を完備するのじゃ」

 瞳を輝かせ生き生きとしたサビーナ姉様とは逆に、父様の顔は青ざめている。



「サビーナ、皇子はモルモットじゃないんだぞ。婚姻を魔術の儀式と一緒にしちゃいかん」

 貴重な実験台が手に入らなくなって、がっかりと肩を落とすサビーナ姉様。

 フェストランド皇子相手にどんな実験をしようとしていたかは、知らぬが仏だよね。

 私は怖くて聞けないよ。



「お父様、身体の弱いサビーちゃんに行かせると言うのならわたくしが参りますわ」

 ターニャ姉様が髪をかき上げ妖艶に微笑む。

「おおっ、ターニャ行ってくれるか?」

 父様はターニャ姉様の救いの手にすがりつくように頷くけど。

「ええ、まだ幼い妹達を犠牲になど出来ませんもの。ただちょっとばかし準備が必要でしてよ」

「婚姻の準備だな。ドレスでも宝石でも何でも言ってみなさい。父様が揃えてやろう」

「そうですわね、まずは護衛の者と側仕えの従僕をザッと五十人程見繕って下さいまし。後はわたくしが自ら面接をしますわ。

 ターニャ姉様それはつまり……。



「ターニャ、男ばかりを連れて嫁ぐ王女がどこにいる。フェストランド皇宮を逆ハーレムにするのはよしなさい!」

 あら、ダメですの? と聞き返すターニャ姉様に父様は頭を抱えた。



「ターニャなんかが行ったら、大国にラルエットの女を軽く見られるよ。敵に見下されるなんて冗談じゃない。私が行くよ!」

 カティヤ姉様がターニャ姉様に続いて名乗りを挙げると、ターニャ姉様がカティヤ姉様をキッと睨んだ。



「それどういう意味ですの! 血の気が多くて野蛮なカティヤお姉様が行くよりは、わたくしの方が断然感謝されましてよ!」

「あたしのどこが血の気が多くて野蛮なのさ! ひょろっこい皇子はあたしが一人前の騎士として鍛え直してやるんだよ!」



 ああ、また始まっちゃった。

 さっきまでみんな皇子との婚姻を嫌がってたのに、いつの間にか皇子の取り合いになってるよ。

 カティヤ姉様ったら、大国の皇子をもやしっ子みたいに思ってるし。

 皇子を筋肉ムキムキな騎士に育てて自分の部下にでもするのかなぁ?



 口喧嘩を始めた姉様達を横目にアリーサ姉様が指摘する。

「ターニャに行かせるのは色々もめそうね。かといってカティヤに行かせるのもトラブルを送り込むようなもの」

 父様が激しく頷いてる。

「カティヤ、フェストランドには嫁ぎに行くんであって、喧嘩を売りに行くんじゃない。外交に亀裂を入れてくれるな」



 アリーサ姉様が両手をぱんっと打ち合わせた。

「ここは年長者として私が行こうかしら。大国の技術を自分の物にしてから婚姻解消し、我が国のためにその技術を……ふふふ。この私の貴重な時間を大国なんかにあげるんですもの、ただで出戻ってくるつもりはないわ」



 宙を見つめ楽しそうに笑うアリーサ姉様はちょっと怖い。

 あの顔は何か良からぬ野望を抱いているに違いないよ。

「アリーサ、婚姻解消を前提として嫁ぎに行くのはいかん。トラップの開発もいかん。機密情報の漏えいを企むのもだ。頼むから不穏なことを考えるのはやめなさい!」

 父様がすかさずアリーサ姉様の危険な野望にストップをかけた。

 そして頭を激しく振った。



「うちの姫はどうしてこうも皆、奇妙奇天烈なんだ。まっとうな考えの姫が一人くらいいても良いものを!」

 父様ってばこの数分でげっそり一気に老け込んだみたい。

 そろそろお腹が空いてきたから話を切り上げてくれないかなぁ。



「誰かに嫁がせる事より、断る方法を考えたら良いじゃない」

 見かねて声をかけたら、父様が我に返ったようにこっちを見た。

 なんだなんだ、その父様の顔。

 嫌な予感がするんだけど。



「そうとも、我が王家にはセシリアがいるではないか! 型破りな姉達の中で唯一お前はまっとうな思考の持ち主。フェストランドの皇子に嫁いでくれ!」

 うげっ、飛んだとばっちりだよ。

「そんなのお断りします!」

「ラルエット王国の一大事だ頼む」

 テーブルに額をくっつけて頼み込まれてもイヤなものは嫌なのだ。

「そんな頼みは聞けないよ」



「お父様、シシーが嫌がってるじゃありませんか! 私達からシシーを奪うおつもりですか?」

 アリーサ姉様が笑顔で凄むと、それに続けとばかりに、ターニャ姉様ものは眉をつり上げ父様に扇をビシッと突きつけた。



「そもそも軽率すぎるお父様がいけませんのよ。お酒は飲んでも飲まれるな、でしてよ!」

「他国の王にいつ如何なる時も隙を見せたら終わりじゃ。蒔いた種は自分で刈り取るのが良かろう」

 サビーナ姉様が冷たく突き放せば、カティヤ姉様は腰に手を当てジト目で父様を見下ろした。



「自信たっぷりで挑んだ利き酒勝負で負けるなんてね。かっこ悪すぎる」

 姉様達に詰め寄られ、その迫力に怯んだ父様は天井を見上げた。

 両手を組むと祈りのポーズで叫んだのだ。

「ああ、神シエルよ。私はどうすれば良いんだーーーー!?」

 そして力尽きたというようにテーブルに突っ伏した。




 しかし、父様はどんなに打たれても立ち直りが早く、面倒な事に粘り強くしつこかった。

 フェストランドに嫁がせる王女を私にしようと狙いを定めて、父様はあの手この手で説得に出たのだ。



 私の部屋中を皇子の姿絵で飾り付けたり、政務の合間に私を呼び出して皇子がいかに優れているか聞かされた。

 姉様達の監視の目をくぐり抜け、野菜の収穫中にまで皇子の話をしにやって来るのだけはやめてほしい。

 一年のうちで一番楽しみな収穫が、父様のだけは顔を見ただけでテンションが下がる。



 逃げる私に、追う父様。

 そんな攻防が続いていたある日、私は父様の執務室に呼び出された。



「お前の姉達には言っていない事があってな。実は……」

 そんな前置きで話し始めた父様の様子が、私はいつもと違う事に気がついた。

 いつになく切迫した表情をしている。

「フェストランド皇帝ディートフリートは約束に厳しい人物でな。破ろうものならどんな制裁が待っているか……」



 父様は一度言葉を切って、家族の前では滅多に見せない真剣な表情で、国の窮状を訴えてきた。

「大国に刃向かったら国交断絶。皇帝を怒らせたら、我が国の経済だけでなく国の存続自体が危うくなる。最悪は戦にもなりかねないのだよ」



 こんなに焦っている父様は見た事ない。

 父様がいつまでも返事を保留にしているから、フェストランドの使者が痺れを切らしているんだ。

 政治について詳しくないけど、父様のこの必死さから今の状況が良くない事はわかる。

 このままうやむやに出来ないのが現実。

 フェストランドの軍事力はラルエットより遥かに上。



 戦になったらラルエットなんて大国相手に敵うはずがない。

 それくらいはわかるよ。

 普段は姉様達に押されっぱなしでも、一国の王。

 父様は王として国の事を考えて言っている。



 何日か前に父様から渡された歴史書。

 その本の内容が頭をよぎる。

 本には大昔にあった戦の事が書かれてあった。

 戦場で壊された民家、荒れた土地や田畑。

 戦の巻き添えになり帰らぬ人となった民に、親しい人を戦で奪われ心身ともに深い傷を負った民。

 どれもショッキングな内容。

 でも一番衝撃を受けたのは、戦で負けた国の王族の悲惨な最期。

 王もその家族も一族もろとも一人残らず処刑……。



 フェストランドに刃向かったら最悪の場合、歴史書のように姉様達の命も危うくなるの?

 緑豊かな国ラルエットが。

 平和で陽気に暮らす人々が。

 丹精込めて育てた田畑が。

 父様の返事次第で脅かされる。

 私はそれを黙って見過ごす事が出来る?

 ラルエットの王女である私達の誰かが大国に嫁ぐ事で丸く収まるなら……。



 姉様達はそれぞれラルエットになくてはならない存在で。

 それに比べて私は地味で平凡。姉様達と比べても特に何か才能があるわけでもなく、国に貢献しているわけじゃない。

 行くなら私が行くべき?

 悩み始めた時だった。



「お前は自分が生まれ育ったこの地が好きか?」

「ええ、もちろん」

 自分が生まれ育った国が嫌いなわけない。

 椅子から立ち上がった父様は、窓際まで移動すると、私に背を向け外に視線をやった。

「今すぐに婚姻というわけでもない。他国との婚礼ともなれば準備に時間もかかる」



 すぐに婚礼を挙げなくても良いの?

「それは、婚礼まで期間があるって思って良いの?」

 父様は背を向けたまま頷く。

「ああ、その期間中フェストランドに滞在し、皇子がどんな人物か自分の目で確かめてくると良い」



 婚礼まで猶予期間があるなら、少しは気が楽になる。

 心が傾き始めた時、父様が静かに振り返った。



「父様はセシリアなら大丈夫だと信じているよ」



 私なら大丈夫……。



 そんな風に言われると、つい頷いてしまうのは私の悪いところだ。

 この時も気がついたら頷いていた。

 そして私の気が変わらないうちにと、フェストランドに向かう準備が猛スピードで進められていったのだ。



 父様を始め、周りが慌ただしく動き回る中。

 私がフェストランドに行く事に姉様達は猛反対。

 父様が顔合わせに行くだけだと説得して、渋々フェストランド行きを許可してくれた。

 私を心配して父様の魔の手から守ってくれた優しい姉様達。



 姉様達の優しさに守られてばかりじゃダメだよね。

 私、この婚約期間にこの政略結婚をなんとかしてくるよ!

 私は心配する姉様達に大丈夫だよ、と大きく頷いた。







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