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《 第19話 私はこうして外出禁止になりました 》


 今にも剣を抜こうとしているクラウス。

 私の背中に冷たい汗が流れる。

「事と次第によっては、お前は牢獄行きだ」

 命は惜しいから、自白するしかないか。

 さよなら、私の自由気ままなスローライフ。

 覚悟を決めて、クラウスと向き合った時。



「まぁまぁ、落ち着きなよクラウス。そんなに怖い顔したら、この子だって話しづらいよ」

 張り詰めた空気を破るように、明るい声。

 シュナル殿〜、間に入ってくれて感謝だよ!

 感謝の気持ちを込めてシュナル殿を見つめたら。

 その笑みは何?

 シュナル殿から意味ありげな笑みが返ってきた。



「クラウスに誤魔化しは効かないよ。諦めなよお姫様」

「!!」

 私は今、メイドシシーだよ。

 シュナル殿がお姫様と呼ぶのはセシリアの方のはず。

 メイドシシーがセシリアだって気がついてるの!?

 意味ありげに笑うシュナル殿。

 この顔はやっぱり……。



「クラウスも自分のお妃様の顔、忘れちゃダメだよ〜」

 シュナル殿はクラウスをからかうようにケラケラ笑ってる。

 メイドシシーの正体、バレてるよ!

 他人事だと思って、面白がってない?

 シュナル殿にとっては他人事でも、私には大事なんだから〜っ。

 クラウスがいる方から、チクチク突き刺さる視線が痛いよーー!

 そっちに顔を向けられませんよ。



「妃だと? おい、カツラを取れ」

 クラウスの疑いのこもった声音。

 もう、これまでか。

 こうなったら開き直っちゃえ!

 私は潔くカツラを取って、顔を上げた。



「ご機嫌よう、クラウス。一緒にランチはいかが?」

 セシリアスマイルで、優雅に手なんか振ってみた。

 あっ、クラウスの眉間がピクピク引きつっている。

 クラウスとは反対に、楽しそうに灰色の瞳を輝かせているシュナル殿。

 私はこの顔に確信したよ。

 その顔は、クモなんて嘘ですね!



 クラウスに私が変装している事をバラすためにわざと、クモを口実にメイド帽を取ってカツラをずらしましたね?

 恨みがましい視線をシュナル殿に向けると、シュナル殿は悪びれる様子もなくおどけたようにペロリと舌を出した。



「もうちょっとお姫様と遊びたかったのに、ざ〜んねん」

「気づいてたのはいつからですか?」

「シシーちゃんにイチゴをもらった時からだよ」

 最初から気づいてて、遊ばれてたなんて……。

「完璧な変装だったのに」



「僕びっくりしたよ。大人しいお姫様だと思ってたからね。まさか猫被りのお姫様だったなんてね〜」

「被ってたのは猫じゃなくて、カツラですけど」

「あはは、面白い返ししてくれるね」

「お褒めにあずかり光栄です」

 バレちゃったものはしょうがない。



 半分自棄になってシュナル殿と笑い合う。

 だって、さっきから沈黙を貫いているクラウスが怖いんだもん。

 そっちに視線なんて向けられませんけど。

「知らなかったのは、俺だけか」

 ひえっ、地を這うような低い声。

 怒ってるよー。見ちゃダメ、見ちゃダメ。

 見たら最後、地獄の果てに飛ばされるよ。



 私がビクビクしている中、シュナル殿はマイペース。

 スコーンにクリームをたっぷりのせて、甘々のスコーンを作っている。

 バラすなんて酷いじゃないですか!



「クラウスも気付かなかったくらいだよ。彼女の変装はクオリティが高いから、周りは気づいてないんじゃないの。僕が気づいたのは、そういう事に勘が働くからかなぁ」

 これは私をフォローしてくれたのかな?



 恐々クラウスを見ると、鋭い視線で睨まれた。

「メイドに扮して何をしていた?」

 何って聞かれても、答えは一つしかないよね〜。

「労働」



 あ、クラウスの瞳が細くなって眉間のシワが深くなったよ。

「なんだと?」

 耳遠いの?

 それとも、わかりやすく簡潔に説明してあげたのに、理解できなかった?

「だから、メイドになってする事と言ったら労働しかないでしょ?」



 逆に聞き返したら、理解不能って顔してる。

 だから言いたくなかったんだよね。

 フェストランドでは、身分の高い人が汗を流して下働き。

 なんてする事ないもんね〜。

「シシーちゃんは一生懸命、苗を植えたりイチゴを摘んでたよ。それはもう楽しそうにね」

 シュナル殿が妙なフォローを入れてきた。



「おまえ、王女だよな?」

 何が言いたいのかな?

「ラルエットには王女が労働しちゃいけない。なんて法はないです」

「故郷と一緒にするな。ここはフェストランドでおまえは俺の妃だ。俺は許可を出した覚えはない」



 何かするにはいちいち夫の許可が必要だなんて、冗談じゃないっていつもは反発するところだけど。

 今回は違うんだなぁ。

 前もって根回ししといたんだから。

 こうなった時の事を考えて、もう許可はもらっているんだよね。



「婚礼を挙げた日の夜に、自由に過ごして良いって言われたよ」

 私は悪くないぞ、て胸を張って言う。

 クラウスってば、自分が言ったこと忘れたの?

「…………」

 あの時の会話を思い出そうとしているのか、無言になっちゃったよ。

 しょうがないなぁ、補足してあげるよ。



「表向きは妃をする代わりに、私生活には干渉しないってクラウス言ったよね?」

 あの時、スキャンダルが云々って言ってた事はこの際棚に上げておこう。

 私はあくまでメイドとして、シュナル殿に付き合わざるをえなかったんだから。

 シュナル殿にはセシリアだってバレてたけど。



「クラウスがそんな事言ったの?」

 シュナル殿の言葉に私が頷くと、クラウスは鬱陶しそうに目にかかった前髪をかきあげ空を見上げた。

「本当に変なところで気が回るヤツだ」

 空に向かってぶつぶつ呟くクラウス。

 独り言のつもり?

「まさかここまで常識はずれで、規格外な王女だったとは……。この俺が見抜けなかった」

 ぜ〜んぶ、本人に聞こえてますけど?



「常識はずれだとか規格外だなんて、失礼しちゃう」

 口を尖らせる私にクラウスは、腕を組んで威圧感たっぷりの視線を向けてきた。

「どうやらおまえに、妃としての基礎知識を身につけさせる必要があるようだ。詳細は追って伝える。今すぐ部屋に戻れ」

 このまま帰されるわけにはいかないよ。



「ダメだよ。まだ仕事が残ってる!」

「ランチも途中だよ。クラウスも一緒する?」

 シュナル殿〜、妙なフォローはしないで下さい。

 火に油を注いじゃったら、後が怖いじゃないですか!

「部屋に戻れ」

 私にははっきりゆっくりと、圧のある声で言うクラウス。



 だけど、シュナル殿には表情を柔らかくした。

「サム、そろそろ神官達が探しに来る頃だぞ。また小言を食らいたくなかったら戻ったほうが良い」

 何、この差!

 すごく不平等感を感じるんだけど。

 私は真面目に労働してたんだよ?

 仕事サボって皇宮の庭園でランチしてるシュナル殿には、なんでそんなに優しいのよ?

 シュナル殿は昔からの友達で、私は新参者の仮面妃だから?



 むすっと睨んで不平等を訴えたら、無視された。

「まだ帰りたくないなぁ。メイドのシシーちゃんと話し足りないのに〜」

 不満を漏らすシュナル殿に、クラウスは。

「相手にすると鳥頭が感染るぞ」

 ななな、誰が鳥頭よ!?

「クラウス!」

「おまえは部屋だ、メイドのシシー」

 私の抗議を遮るように、クラウスの皮肉をたっぷり含んだ声が重ねられた。





 クラウスは夜遅くに私の部屋にやって来た。

「何の用?」

「昼間のアレが、お咎めなしで済むと思っているのか?」

 そういえば、妃の基本知識がどうとか言ってたね。

 クラウスの服が昼間と同じって事は、今まで執務室に詰めていたから、今頃私のところにやって来たのか。



 晩餐の席にクラウスの姿がなかったから、ホッとしてたのに。

 今頃やって来るなんてね。油断してたよ。

 来客にはまずお茶だよね。

「何か飲む? マーヤに準備してもらうよ」

「す・わ・れ」

 立ち上がりかけた私はクラウスの圧力たっぷり命令口調に、仕方なくソファーに腰を下ろした。



 向かい側のソファーに足を組んで座ったクラウスが、無言で見つめてくる。

 その視線、身体の上に巨大な岩を乗せられたみたいで、ずっしり重いんですけど?

「おまえに聞くことがある」

「なに?」

「メイド姿でサムと隠れて会っていた理由だ」

 変装してシュナル殿と隠れて会ってなどいませんよ。

 そこははっきり否定しておかないとね。



「畑の手伝いをしている時に、シュナル殿が突然現れて、ランチに誘われただけだよ。もちろん断ったんだけど、シュナル殿のペースに巻き込まれちゃって」

「それで?」

「ただのメイドじゃ、高位貴族の誘いを無下にできないでしょ。シュナル殿にセシリアだって気づかれてたのは誤算だけど」

 なんだか言い訳をしているみたい。



 クラウスからため息が漏れた。

「ラルエットでも使用人に混ざって、泥遊びをしていたのか?」

「泥遊び発言は聞き捨てならないよ。私は自分の畑で美味しい野菜の栽培を考えたり、自分が育てた野菜を絵にする事が日課だったんだから」

 クラウスは腕を組んで何かを考えてから、真剣な表情で聞いてきた。



「ラルエットが財政難だと聞かないが……。王女が働かなければならない程、経済状況が厳しいのか?」

 真面目な顔して勘違いしてる。

 それが可笑しくて、思わず笑ってしまった。

「やだなぁ、生活苦で働いているんじゃないよ」

「では何のために王女が働いている?」

「何のためって聞かれても……趣味でやってるんだけど」



 難しそうな顔して、何か考え込んでる。

「趣味が農作業だと……女は着飾ったり、室内で無駄話をする事を好むもの。外で使用人に混ざって土いじりなど有り得んだろ」

 ああ、ついに頭を抱えちゃたよ。

「そういえば、今まで一度もドレスや装飾品の類を欲しいと要求された事はなかったな……こいつの行動は理解できん」

「あの〜、全部聞こえてますけど?」

 そんな珍獣を見るような目で見なくてもいいのに。



「まったくここまで常識破りな王女だとは……」

 だから、ぜ〜んぶ聞こえてるってば。

 クラウスの独り言は全部、褒め言葉として受け取るよ。



 クラウスは気を取り直すように咳払いをした。

「昼間も言ったが、我が国では妃が使用人に混ざって労働をする事は有り得ない。規律を乱し貴族連中にも体裁が悪いからな」

「わかってるよ。だからメイドに変装して農作業してたんじゃない」

「おまえは変なところで頭が回るんだな」

 あきれ顔で見なくてもいいのに。



「私の変装は完璧だったんだよ。シュナル殿に見破られてたのは悔しいけど、クラウスも気付かなかったよね?」

 にっと笑ったら、怖い顔で睨まれてしまった。

「おまえの辞書に反省という文字はないらしいな。よって今回のこの件、外出禁止にする」

 ちょっと待って、冗談でしょう!?



「異議あり!」

「却下。メイド服の着用も禁止だ」

 何でクラウスにそんな事決められなきゃいけないの?

 私は門限を破った子供じゃない。

 私は立ち上がって抗議した。

「勝手に決めないでよ。菜園の仕事は毎日あるんだよ。人手不足で困っているのに、勝手に抜けるなんて無責任な事できないよ!」

 クラウスは厳しい顔で、決定事項だと告げ。



「菜園には別の人間を手配させる。おまえは大人しく部屋にいろ」

 それだけ言うと外に出る扉に向かった。

 話はまだ終わってないのに。

 外出禁止なんて取り消してもらわないと困る!

 私はクラウスを追いかけ、腕を掴んで引き留めた。

「私を閉じ込めるつもり?」

 恨みがましく睨む私に、クラウスは冷たく突き放した。

「おまえのためだ」



「何それ。私の自由を奪うのが、なんで私のためになるのよ?」

 クラウスの腕を掴む力が緩んだ隙に、クラウスは用は済んだと部屋を出て行った。

 私から唯一の楽しみを取り上げる事が、なんで私のためになるの!?

 勝手すぎるよ、クラウス横暴だよ!






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