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《 第18話 メイドシシーと、神出鬼没のサボリ魔君 》


「おっはよー、メイドのシシーちゃん。僕とちょっと付き合って?」

 秋晴れの空に明るい声が響く。

 野菜の苗を植えていると、畑を挟んだ向かい側に絶世の美女ならぬ美青年シュナル殿が現れた。



 また突然出たよ、サボリ魔シュナル殿。

 おはようって、もうじきお昼になる時間ですよ。

 神官のローブ姿のシュナル殿も勤務時間のはず。

 サボリに私を巻き添えにされても困る。

「仕事中ですので」



 断ると、目の前ににゅっとカゴが差し出された。

 昨日私があげたイチゴのカゴだ。

 中に白い布包みが入っているのが見えた。

「イチゴのお礼に良い物を持って来たんだ。仕事は中断して、休憩しようよっ」

 シュナル殿が私の手を取り、立って立ってと急き立ててくる。

「仕事を放り出すわけには行きません」



 困った、強引な人だなぁ。

 ここの管理者は老夫婦。

 近くで種まきをしているから、二人に助けを求めたのだけど……。

「こっちはだいぶ片付いたから、行っておいで」

「神官様が誘ってくださったんだ。シシー、チャンスは逃しちゃダメだよ」

 何のチャンスですか。何の!?



 あっさり許可を出さないでほしい。

 断る口実がなくなっちゃたよ。

 シュナル殿が早く早くと、腕を引っ張ってくる。

 私は内心でため息をついた後、老夫婦に頭を下げて作業から抜けた。




 シュナル殿に連れて行かれたのは、菜園の隅にある東屋。

 中央にある大きな丸いテーブルに、真っ白なテーブルクロスとティーセット。

 木製のベンチにはふかふかなクッションと、花と蝶が可愛らしく刺繍された敷布まで敷いてある。

 シュナル殿に勧められ、根負けして座ったんだけど。



 なぜ、隣同士?

 座る場所は他にあるじゃない。

 セシリアだってバレないためにも、なるべく近い距離での会話は避けたいのが本音。

 さり気なさを装って距離をとっても、シュナル殿に詰められちゃうんだよね。

 私の心中を知る由もないシュナル殿は、鼻歌交じりで自ら紅茶をカップに注いでいる。



「シシーちゃんからもらったイチゴで、うちのシェフがジャムを作ってくれたんだ」

 カゴに入っている白い包みは二つ。それぞれ開けて中を見せてくれた。

 一つは、四角に切り分けられたレーズンパンで作ったサンドイッチ。

 もう一つの包みには、スコーンがぎっしり入っている。

 スコーンにもレーズン入ってるよ。

 この前のガーデンパーティーの時といい、シュナル殿は無類のレーズン好きだね。



「はい、どうぞ」

 サンドイッチを一切れ渡され、食べるべきか遠慮するべきか迷う。

 新入り下っ端メイドが身分ある人と同席ランチ、なんて普通じゃ考えられないはず。

 分不相応って事で遠慮すべきかな?

 そんな事より、変装バレたらどうしよう!

 バレたらバレたで、一応既婚者の私だよ。

 夫以外の男性と二人でランチ……これってスキャンダルだよ!



 ああ、流されてシュナル殿について来るんじゃなかった。

 今さら後悔の渦が、頭の中でグルグル回ってるよ。

 何かなぁ、シュナル殿からは期待の眼差しを向けられてるんだけど。

「ほら、食べて」

 シュナル殿に付き合うしかないかぁ。

 食べたら解放しくれるよね?



「いただきます……あ、美味しい」

 ふわふわなパンにジャムの甘酸っぱさと、濃厚なクリームチーズの味がぴったり合う。

 レーズンが良いアクセントになっているね。

 一切れのつもりがクセになりそう。

 これはヤバイ。食べ物でシュナル殿のペースに引き込まれそう。



「こっちのスコーンも食べて。蜂蜜とクリームをたっぷりのせると美味しいよ」

 シュナル殿はスプーンで生クリームをたっぷりすくうと、きつね色に焼けたスコーンの上にのせた。

 その上から、蜂蜜をたっぷりかける。



「はい、どうぞ」

「ありがとう」

 少年のような無邪気な笑顔で勧められて、ついて受け取っちゃった。

 頭をクリームで洗いながら、蜂蜜のシャワーを浴びたスコーン。

 変な想像しちゃったよ。

 美味しそうだけど、すごく甘そう……。



 シュナル殿は自分用にも同じものを作ると、躊躇いなく食べ始めた。

 あんなにクリームをのせてあるのに、口の周りを汚す事なく上品に食べ進めるシュナル殿。

「さっきここに来る前に、剣術の訓練場の近くでクラウスを見かけたよ」

 シュナル殿の口から出た名前に、私の手からスコーンがぽとりと滑り落ちた。



 ふ〜、お皿の上でセーフ。

 シュナル殿は食べるのに夢中みたいで、私の動揺には気づかなかったみたい。

「クラウスもランチに誘おうかと思ったんだけど……」

 ええっ、クラウスも誘うつもりだったの!

 シュナル殿〜、お願いだからさらっと爆弾を投下しないで下さいよ〜。

 なんて、言えないけど。

 私も動揺しすぎだよ。しっかりしろ、セシリア!



 シュナル殿は紅茶を一口飲んで、私に意味ありげににっこり微笑んだ。

「蝶々が沢山いたからやめたんだ」

「蝶々?」

 花の冠でも被っていたのかな?

 クラウス美形だから、似合わなくはないと思うよ。

 でも、現実的に考えると蝶々じゃなくて蜂に刺されそうだ。



「剣術の稽古を見学に来ていた乙女達の事だよ。クラウスは真面目で剣も弓も政務も、なんでも出来てあの顔だからね。乙女達はクラウスの凛々しい姿にうっとりしていたよ」

「人気があるんですね〜」

 性格にクセありだけどね。

 曖昧な返事で流すと、サンドイッチを手に持ったままシュナル殿が瞳を大きくしてずいっと顔を近づけてきた。



「ちょっとちょっと、シシーちゃんもお年頃の女の子でしょ。クラウスに憧れたりしないの!?」

「特には」

 あ、ここは憧れちゃいます〜。

 とか言っておいた方が良かったかな。今さら遅いか。

 それより、その綺麗な顔を近づけないでください。

「皇子に見初められたらどうしようとか、皇子との甘〜い新婚生活はどんな感じかしら、って想像しないの?」



 クラウスとの甘い新婚生活……?

 困ったな、なんて答えろって言うの。

 そんな事は天地がひっくり返っても起きないと思う。

 エルナさんとならクラウスも甘い新婚生活を送るのかも知れないけどね。

 婚姻すると丸くなるって、誰かが言っていたなぁ。



 エルナさんと婚姻を結べばクラウスも丸くなって、私がクラウスの被害を受ける事も少なくなるのかも。

 そしたら私の暮らしは安泰になるね!

 クラウス、早くエルナさんを側妃にしてあげたら?

 明後日の方を見て一人考えていたら、シュナル殿に変なツッコミを入れられた。



「やっぱり君も女の子だね。今、クラウスとの甘い新婚生活を想像したでしょ?」

 今、私の顔うっとりなんかしてました?

 そんな想像はまったく、これっぽっちも考えてないです。

 深く話を広げられる前に、メイドらしく当たり障りのない返事をしておこう。

「雲の上の存在ですから、想像なんてとてもとても」



 適当に答えたのが悪かった。

 逆にシュナル殿の興味を引いちゃったみたい。

「君ってドライなのか、まだ恋を知らないのか。どっちなんだろうね?」

 プライベートな質問はご遠慮願いたい。

「さあ、どちらでしょうね」

 曖昧に言葉を濁す私。

 シュナル殿は紅茶のカップに砂糖を入れると、何かを考えているようにティースプーンをクルクル動かしている。

「…………」



 何考えているんだろう?

 急に訪れた沈黙が痛いよ。

 会話が途切れてそわそわ、何を言われるか冷や冷や。

 セシリアだってバレてないよね?

 早くこのランチタイムが終わらないかなぁ。

 なんて、視線を彷徨わせていると噂をすればなんとやら。

 植木の向こうで金色の何かが動いている。

 よく見ると誰かの頭だよ。



 あの金色の髪は……クラウスっ!

 皇宮に続く小道から、クラウスがこっちに向かって歩いて来るじゃないの。

 私室棟では滅多に会わないのに、なんで外ではよく遭遇するのかなぁ。

 こんな所でのんきにランチなんかしてられないよ。

「あの〜、私そろそろ」



 退出の意思をさりげなく伝えて、席を立とうとした。

「まだ、良いじゃない。もっとゆっくりしていきなよ」

 シュナル殿に腕を掴まれて、ベンチに引き戻された。

 この場にいるのは危険だから、引き止めないでほしいのに〜。

「仕事があるので」

「君、あまり食べてないね。仕事なんかよりしっかり食べなきゃ倒れちゃうよ」



 シュナル殿は甘く優美に微笑むと、私の食べかけのスコーンに生クリームと蜂蜜をたっぷり追加した。

 甘さがグレードアップしたよ。

「ジャムサンドはどう?」

 脱出は無理そう。

 こうなったらメイドのシシーになりきるしかない!

「い、いただきます」

 ジャムサンドをちびちび食べながら、視線はクラウスのいる方に向いちゃうのは仕方ない。



 ああ、どんどんこっちに近づいて来るよ。

 お願いだからここに来ないでよ〜!

「シシーちゃん、さっきからどうしたの?」

 怪しまれちゃったよ、挙動不審だったかな。

「いえ、別に」

 あまりクラウスがいる方を見ないようにしよう。

 もう味なんてわからなくなった。

 ジャムサンドを紅茶で流し込んでいると。

 とうとうクラウスが東屋にやって来た。



「サム、こんな所で何をしている?」

 私は顔を見られいように、さり気なくメイド帽を目深に被った。

 これで顔はわからないはず。気づかれませんように。

「天気が良いから、可愛いメイドさんと外でランチだよ」

 なんだか浮気が見つかりそうな旦那の気分だよ。

 私の場合、浮気じゃなくて変装だけどね。

 顔を下に向けたままクラウスの様子を盗み見る。

 こっちをちらりとも見ずにシュナル殿に話しかけている。



「サム、未成年に手を出すのは良くないぞ」

 未成年、誰ですか?

 って、この場には私しかいないじゃない!

 変装してても実年齢を下回る見た目って、地味に凹むんですけど。

「君、未成年なの?」

 シュナル殿、首を傾げながら無邪気な表情で聞かないで!

「成人してます」

 予防のために下を向いたまま小さく答える。



「彼女、成人してるって」

 ううっ、傷口がっ。

 落ち込む私の頭に何かがぽとりと落ちる。

 シュナル殿が突然、私の頭の上を指差した。

「あ、クモだ」

 ひえっ、クモは苦手なんだよ〜。

「どこ!?」

 手ではらおうとして、シュナル殿にとめられた。

「動いちゃダメだよ。取ってあげる」



 それはマズイ。

 メイド帽と一緒にカツラも取れちゃったら、変装がバレちゃう!

 クモは苦手だけど、バレるよりはマシ。

「大丈夫です。自分で」

「ほら、ジッとして。クモが服の中に入ったら大変だよ」

 シュナル殿がバシッとメイド帽を掴んだ。

 自分で出来るって断ったのに、人の話を聞こうよ〜。

 メイド帽を確認するシュナル殿が下を見た。



「あれっ、地面に落ちた」

「どこですか!?」

 わたしは慌てて足を浮かせて、クモを探す。

「安心して、もう逃げちゃったよ。あれ、君」

 メイド帽を返そうとしたシュナル殿の視線が私の頭に……。

「まだクモが?」

 頭を触って確かめる。

 良かった〜、クモはいないよ。カツラも取れなかった。



 じゃあ、なんでシュナル殿は私の頭を興味深そうに見ているの?

 クラウスなんて怪訝な顔で私を見ているよ。

 な〜んか、イヤな予感がする。

 あ、クラウスと目が合った。

「そこのメイド。カツラを被っているのか?」

 うわぁっ、バレたよ!



 シュナル殿にメイド帽を取られた時に、カツラがずれたんだ。

「こ、これはそのっ」

 無駄だとわかっているけど、私は慌てて腕で頭をかばうように隠した。

 クラウスの目つきが鋭くなる。

「お前の推薦人が誰で、姿を偽り皇宮で働いている理由を言え」



 腕を組んで私を見下ろすクラウスの威圧感は半端じゃない。

 殺気すら感じるんですけど。

 もしかして、私の事を皇宮に勝手に忍び込んだ、間者か何かと思ってない?

 そうなら、セシリアだってバレてないって事だよね。

 なんて言ったらこの場を誤魔化せるかなぁ……。

「このカツラはその……」



「聞いているのは、推薦人とここで働く理由だ」

 誤魔化す隙もない。

 カシャッと金属が触れ合う音は、クラウスが腰にぶら下げている剣を抜こうとしている音。

 ちょっと、嘘でしょう。私、切られちゃうの!?




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