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《 第14話 仮面妃と偽男装の麗人 》


 突然、テーブルから生えたようにニョキッと現れた腕が私を手招いている。

「こっちだよ、お姫様」

 この声は、聞いたことがあるよ。

 よく見るとテーブルからちょこっと、赤い頭が出ているじゃないの。

 真昼のホラーじゃなくて良かった〜。

 ビックリしたじゃないか。驚かさないでよね。

 私はテーブルをぐるっと回って、身をかがめた。



「何でそんなところに居るんですか?」

「お腹空いた。何か食べる物ない?」

 第一印象は中性的な男装の麗人シュナル殿だけど、中身は子供っぽい性格みたい。

 テーブルの下に潜り込んだまま出てくる気はないみたいだね。

 お腹をさすりながら、お腹空いたを連呼している。

 しょうがないなぁ。



「ちょっと待って下さいね」

 クッキーやパウンドケーキを適当にお皿に取り分け、シュナル殿に渡した。

 シュナル殿はクッキーを摘んで口に放り込むと、モゴモゴと話し出した。

「仕事をちょっと、抜けて来たんだけど……」

 テーブルから顔を出し、辺りを警戒するように見回すと、何かを見つけて嫌そうな顔をした。



「ほら、あそこ。厄介な事に部下が来ているんだよね」

 シュナル殿が指差した先には、神官服姿の青年が何人か固まって談笑している。

 なるほど、仕事をサボってパーティーに参加しているから、見つかったらヤバイって事ですか。

 シュナル殿、副神官様だもんね〜。



「いつからそこに隠れているんですか?」

「君とクラウスがこのテーブルに来る少し前かな」

 シュナル殿はテーブルの下に頭を引っ込めると、パウンドケーキをもぐもぐ食べ始めた。

 それじゃあ、クラウスとエルナさんの会話を聞いていたよね?

 シュナル殿はいつもの事って感じなのか、気にしてる感じはしない。



「このケーキ、レーズンがいっぱい入っててなかなかいける。あ、飲み物ちょうだい」

 私がアイスティーの入ったグラスをシュナル殿に渡すと。

「ぶどう酒が良いな」

「勤務中ですよね?」

「パーティーだよ。堅いこと言わないの。ほら、早く」

 不真面目な副神官様だなぁ。

 シュナル殿が急かすから、仕方なしにお望みのグラスを渡すと。



「ぷは〜っ!」

 グラスの中身を一気に空にしちゃったよ。

「レーズン入りケーキにぶどう酒の組み合わせ最高! このレーズンクッキーもいける。君、レーズンが嫌いな人なんていると思う?」

 子供のように瞳をキラキラさせて、シュナル殿はレーズンやぶどうが好きなんだね。

 そう言えば、レーズン入りの焼き菓子を先に食べてたね。

 男装の麗人風美貌で、そのゆるみきった笑顔はなんだかミスマッチだ。

 もちろん、テーブルの下に隠れて、おやつを頬張っている姿もね。



「好みは人それぞれだと思いますよ」

「それもそうだけど、おかわりちょうだい。そういえばさ、小さい頃にレーズンがダメな可哀想な子がいたなぁ」

 空になったお皿に、レーズン入りの焼き菓子を多めに載せた。

「シュナル殿の部下さんは向こうに行きましたよ。テーブルの下から出て食べたらどうですか?」



 シュナル殿は油断は禁物、と首を振った。

「レーズンクッキーを食べ尽くすまで出るつもりはないよ」

 テーブルの下に隠れる偽男装の麗人。変な光景だよね。

 狭くないのかなぁと思ってよく見ると、シュナル殿は芝生の上に寝転んで焼き菓子を食べている。



 この人、くつろいでいるよ。そこは自分ちの居間ですか?

 そういえば、さっきクラウスに横取りされた、エルナさんにあげるために取り分けたお皿。

 その中にもレーズン入りの焼き菓子が何個かあったけど、クラウスにレーズン入りだけ食べられてあとは突き返されたんだよね。

 ぶどう酒も奪われたんだよ。

 エルナさんには、代わりにアイスティーを渡していた。



「シュナル殿だけじゃなくて、クラウスもあんなにレーズン好きだったなんて知らなかったな」

 独り言のつもりが、シュナル殿に聞こえていたらしい。

「クラウスがレーズン好き? そんな話は聞いたことないよ」

 違うの? レーズンが好きじゃないならなんで横から奪っていったの?



「ぶどう酒は好きですよね?」

「嫌いじゃないと思うけど、クラウスがいつも飲むのはミントを浮かべた柑橘酒だよ」

 ぶどう酒も好きなわけじゃないんだね。

「なになに? 夫の好み調べ?」

 興味津々って顔で聞かれても困る。

 あ〜、そう言えば。大人しい妃の仮面被るの忘れてた。

 まぁ、良いか。シュナル殿とエルナさんの前ではクラウスも、仮面被ってなかったから問題ないよね。



「いえ、ちょっと気になったもので」

 特に好きでもないのに、クラウスはなんでクッキーやグラスを横取りしたんだろ?

「気になった事?」

 シュナル殿が食い込んで聞いてくるから、私はさっきの出来事を思い出しながら話した。



 シュナル殿に話していくうちになんとなくわかっちゃったよ。

 私が渡した時にエルナさんが見せた、戸惑った表情。

 あの表情は……。

 焼き菓子を摘みながらシュナル殿の灰色の瞳が光る。



「何かわかった?」

「シュナル殿が言っていたレーズンがダメな子ってエルナさんですか?」

「よくわかったね。小さい頃のことだから、僕はもう克服したと思っていたんだけどね」

 寝そべりクッキーを持ったまま、首を傾げるシュナル殿。



 エルナさん今もきっとレーズンやぶどうが苦手なんだね。

 知らなかったとはいえ、苦手な物を勧めちゃったみたいだ。悪い事しちゃったなぁ。

 シュナル殿がクッキーを齧りながら呟いた。

「クラウスがエルナの苦手な物をわざわざ避けてあげたなんてね」

 ホント、信じられないよ。



「もっと驚いたのはクラウスがエルナの個人的な事を知っていた事だよ」

「幼馴染なら知ってても不思議じゃないんじゃないですか?」

 シュナル殿がクッキーを持った手を横に振る。

「フェストランドでは社交デビューすると、異性の友達とは疎遠になるのが自然なんだ」

「なるほど〜。それじゃあ、今のエルナさんのプライベート情報を知ってたらそれは……」



 それなりに親しい間柄って事かな?

「どうかした?」

「あ〜……いえ、別に」

 憶測であれこれ言っちゃダメだよね。

 恋話は壁に耳ありだよ。

 ただ単にクラウスが友達思いって事もあるからね。あの、クラウスだけど。

「クラウス、シュナル殿の嫌いな食べ物とかも食べてくれたりするんですか?」



 シュナル殿はイジケたように、芝生をむしり始めた。

 ん、どうしたんだろ?

「それはないよ。僕の嫌いな食べ物は食べてくれないんだ。クラウスの贔屓だ」

 口を尖らせて、不平を愚痴るシュナル殿。

 あなたは子供ですか?

 シュナル殿の嫌いな食べ物は食べてあげないって事は、つまり……。



 そうか、女友達には優しいんだね。

 クラウスって真面目な見かけにも、悪魔のような性格にもよらず女好きなの?

 クラウスの行動はイマイチ掴めないなぁ。

 とりあえず、今はこのイジケ偽男装の麗人をなんとかしますか。

 シュナル殿はお皿に残った最後のレーズンクッキーをちびちび食べながら、不公平だを連呼している。



「まあまあ、そうイジケないで。レーズン入り焼き菓子の大盛り食べます?」

 塔のように積んだ焼き菓子を目の前に差し出すと、シュナル殿の顔が明るくなった。

「君って気が効くね!」

 両手に焼き菓子を持って、食べ比べをしているシュナルの顔は幸せそうだね。



 右手は生クリームの帽子を被ったきつね色に焼けたレーズンマフィン。

 左手には生地にレーズンとナッツをたっぷり練り込んだリーフ型のパイ。

 そして両手にお菓子を持って食べる中性美人。

 なんだか変な絵面だなぁ。

 すごく寛いでいるシュナル殿だけど、仕事サボっちゃってる事忘れてないよね?

「食べたら見つかる前に、職場に戻った方が良いですよ」

「ん〜……ん、そうだね〜」



 お菓子に夢中で聞いてないなぁ。

 部下の神官に見つかっても知らないよ〜。

 シュナル殿がテーブルの下から見上げてきた。

「ねえ、君はやかないの?」

「ラルエットではたまに侍女と作ってましたよ。野菜クッキーにレーズン入れたり、ナッツを入れたり。乾燥トマトを入れたり」

 シュナル殿がクッキーを食べる手を止めて、まじまじと私の顔を見つめてくる。

 あれ、焼き菓子の話じゃなかったの?

「どうかしましたか?」



 私が首を傾けると、シュナル殿はぷっと小さく吹き出した。

 私、そんなに笑われるような事言ったかな?

「ヤダなぁ。クッキーじゃなくてあの二人の事だよ」

「はい?」

 何が言いたいんだろう?

「クラウスとエルナに妬けないの?」

「私が?」

 古い付き合いで、嫌いな物を食べてもらう関係に妬きもち?



 う〜……ん、美男美女カップルに妬きもち。

「確かにちょっとクラウスが羨ましいかも」

 エルナさんと私は歳も近いし、仲良くおしゃべりしたかったんだよね。

 たった今、クラウスにそのチャンスをつぶされたけど。

「クラウスに妬きもち?」

 不思議そうな顔で聞き返すシュナル殿に、私は大きく頷く。



「クラウスばかりエルナさんと難しい話で盛り上がっちゃって、私は置いてけぼりですよ。エルナさんとガールズトークしたかったのに酷いですよ」

 あれ? 二人はどこに行ったんだろう?

 二人の姿を探したけど、見当たらなかった。

 なぜか私の顔をじーっと見てくるシュナル殿。

「君達……いや、何でもない」

 途中でやめられると気になる。

「シュナル殿?」

 シュナル殿はそれ以上話す気はないらしい。



 いつの間にか空になった焼き菓子の塔を載せたお皿を、テーブルの上に置いた。

「お姫様、ちょっとしゃがんでくれる?」

 シュナル殿の中でお姫様呼びが定着しちゃってるよ。

「シュナル殿、私はもう王女ではないんですけど」

 そもそも、初対面から王女じゃないんだよね。



「良いじゃない。細かい事は気にしないの。それよりちょっと」

 私は手招くシュナル殿の前にしゃがんだ。

「今度は何ですか?」

「お礼をしないとね」

「お礼?」

 お礼をしてもらうような事をした覚えはないんだけどな。

 シュナル殿の瞳が今までの無邪気なものからがらりと、別の光に変わる。

 それはターニャ姉様の艶のある瞳に似ていた。



「お菓子をくれた親切な君に特別。甘〜い世界を教えてあげるよ」

 シュナル殿の雰囲気が変わったよ。

 その微笑み、中性的な美人に免疫がない私には毒だよ。

「お礼は遠慮……ひゃぁ」

 突然、シュナル殿に頬を撫でられたから、変な声を出してしまった。

「しーーっ、大きな声を出すと周りに見つかっちゃう」

 シュナル殿が辺りを見回す。



 見つかってヤバいような事は遠慮したい。

「た、たいした事してないから。お礼はいいです!」

 ここでシュナル殿に付き合っていたら、なんだか危険な感じがする。シュナル殿から距離を取ろう。

 立ち上がろうとした時。

「わぁっ」

 シュナル殿に腕を引かれた。

 私はバランスを崩して身体が前に。

 このままじゃ、シュナル殿の胸に倒れ込んじゃう!






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