表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/66

《 第12話 仮面妃と、別世界 》


 クラウスが歩く速度を速めるから……。

「ちょっと待っ……うわぁっ!」

 段差に気づかず体が前につんのめる。

 このままだと顔面強打。それはイヤだ!

 最悪の事態を覚悟したとき、前から伸びてきたクラウスの腕に身体を支えられた。



 は〜……、助かった〜。

「その目は飾りか? 前を見て歩け」

 頭の上から小声で厳しい叱責が飛んで来た。

 お腹が痛いのなら、そう言えば良いのに。

 クラウスの顔色は悪くない。お腹は痛くないの?

 それじゃあ、なんでそんなに急いでいるの?



 転びそうになったところを助けてくれたのは、感謝するよ。

 でも、私が怒られる理由ある?

「そっちが歩くのが早いから、ついて行くのが大変なの!」

 キッと睨んで小声で返す。

「急ぎたければ、一人でどうぞ」

 クラウスに掴まれた腕を解こうとしたけど、強く掴まれていてビクともしない。



「良い態度だな。俺の支えがなかったらおまえは今頃、無様な姿で顔に傷を作って、良い笑い者にされてたぞ。感謝の言葉が聞こえないが?」

 むむ〜っ、そんな風に言われて感謝出来るほど、私の心は寛くない。

 お腹が痛いんじゃないかって、心配した私の優しい気持ちを返せ!



「クラウス、性格悪い!」

「おまえは頭が悪いな」

 間髪入れずの、クラウスの切り返しに言葉が出なくなる。

 睨む私に、小馬鹿にしたような笑みを向けるクラウス。

 遠くから声をかけられるまで、誰かに見られている事に気づかなかった。




「おーーい、クラウスーー!」

 温室へと続く道から二人の男女が、こっちに手を振りながら歩いてくる。

 今の言い争い見られた?

 見られてたら、今までの猿芝居がぱぁになっちゃう。私の労力が……。

 冷や汗を流しながら、クラウスの顔を見る。



 真剣な顔で二人を見つめながら、小声でつぶやいてきた。

「余計な話はするな。おまえは何も言わず、黙っていれば良い」

 さっきまで会話禁止令なんか出してなかったじゃないの。

 急になんなの?

 と、聞き返そうと私が口を開く前に。



「わかったな」

 有無を言わさぬ低い声が念押ししてきた。

 真面目な顔で凄むクラウス。

 ここで拒否したら後で何を言われるかわからない。

「はいはい、大人しい妃を演じれば良いんでしょ!」

 もう、なんなのよ!

 もしかして、あの二人と何かあるの?

 会いたくないとか。

 状況が理解できないんだけど?

 クラウスの顔を穴が開くほど見て説明を求めてみた。

 でも、クラウスは口を引き結んで、二人に視線をやったまま。



 そして、クラウスと何か訳ありらしい二人がやって来た。




 男性の方は、目の覚めるような鮮やかな赤髪に灰色の瞳。

 赤紫の貴族服をどこか優雅に着崩している。

 中性的な美貌を持った青年貴族。

 顔だけ見たら女性だと間違えるかも。

 男性なのにターニャ姉様が好きな妖艶なドレスがすごく似合いそう。



 もう一人は、華やかな赤いドレスの美女。

 腰まである長い赤茶色の髪をゆるく巻き上げ、アーモンド型の鳶色の瞳。

 ふっくらとした赤い唇が印象的な美女。

 美女の方は婚礼の時に会っているから、脳内貴族リストですぐに見つけられた。

 彼女は、セルトン伯爵家のエルナ嬢。

 男性の方は……あれ?



 何度リストを探っても、あんな中性的な美形見当たらない。

 おかしいなぁ、こんなに綺麗な人なら一回会えば覚えているはずなんだけど。

 謎の美人貴族と、セルトン伯爵令嬢二人でも充分に華があるのに。

 そこに二人とは別のタイプの精悍な顔立ちの美形クラウスが並ぶ。



 花の庭園なのに、花が壁紙のように霞んで見えるよ。

 美男美女が三人……ここだけ別世界みたい。

 平凡な妃の私には場違いだね。

 遠巻きに眺めるくらいがちょうど良いんだけど。

 逃亡するわけにもいかないか。

 じゃあ、ちょっと図々しいけど花の壁紙に混ざろうかな?



 美人二人組がクラウスに軽く挨拶を済ませると、クラウスが紹介してくれた。

「彼はシュナル侯爵家の末子、サムエル・シュナルだ。ルーチェ大神殿の副神官をしている 」

 ルーチェ大神殿って、私とクラウスが婚礼の儀をした時の大きな神殿だ。

 フェストランドで一番古い神殿で、主神殿って呼ばれているとか。



 主神殿の副神官なら、婚礼の時に会ってそうなんだけど。

 こんな華やかな神官さん、いなかったよ?

 クラウスには黙っていろって、言われたけど。

 最低限のマナーとして、挨拶くらいしないとね。

「ご機嫌ようシュナル殿」

 今日何度目かの大人しく、控えめなセシリアスマイルでにっこり。



 シュナル殿から微笑みが返ってきた。

 うわぁ! ……女神のような人だぁ。

 流れるような所作でその場に恭しく膝を着き、私の片手を取った。

 そんな事すると、着ている物が汚れますよ?

「お初にお目にかかります妃殿下。私の事は気軽にサムとか、サミーとお呼び下さい」

 私の手をそのまま自分の唇まで持っていき、そっと軽く押し当てる。



 その容姿でその仕草は反則だよ。

 なんだか、男装の麗人に跪かれてるみたい。

 シュナル殿は本当は女性なんじゃないの?

 私はシュナル殿の動きをボーっと眺めながら、頭の中でターニャ姉様デザインの、大胆ドレスをシュナル殿に着せていた。



「うん、絶対に似合うよ」

「何か?」

 あ、心の声が外に漏れていたみたい。

 首を傾げる姿も美しいなんて、詐欺だよね。

 私なんか、ほら。お淑やかにしようと思うと……顔が引きつるんだから。

 そもそもお淑やかにと、大人しいは違うよね?

 もう、なんでも良いや!



「いえ、シュナル殿には婚礼の際にお会いしなかったなと」

 呼び方はシュナル殿で良いか。年上の男性を初対面から愛称呼びはしにくいからね。

 シュナル殿は立ち上がりズボンの汚れを払うと、残念そうに眉を下げた。



「私も婚礼の儀に参加したかったのですが、不甲斐なくも体調が芳しくなかったのです。療養のため実家の領地に下がっておりました」

「そうでしたか。お体の具合は良くなられましたか?」

 横から無表情無言で睨まれている気配を感じるよぉ。

 挨拶はマナーでしょ……わかりました。

 口にチャックしておきます。



「お陰様で。それにしても、皇太子夫妻の熱々ぶりには妬けてしまうなぁ」

 シュナル殿は手を扇代わりにパタパタさせて、にこにこ微笑む。

 さっきの言い争いをしっかり見られてしまったみたいだね。

 アレが仲が良さそうに見られてたのは意外だけど。



 それより脳内貴族リストに、シュナル殿が入っていなかった理由がわかってすっきりしたよ。

 フェストランドの主要貴族とは、婚礼の時に会ったと思ってたから油断してた。

 一度も会ってない人物は頭から消えちゃってたからね。



「サム、皇都に着いてすぐ皇宮入りして体は大丈夫なのか?」

 おおっと、クラウス。

 シュナル殿に熱々皇太子夫妻だって、からかわれた事をサラッと交わしたよ。

 さっきまでなら、すかさずクラウスに抱き寄せられて、髪に顔を埋められたり。

 いつもと違う微笑みを向けられている頃なのに………。

 今はクラウスの腕は伸びてこないし、顔はやっぱり無表情。



 んん? この二人の前では仮面夫婦をしなくて良いの?



「旅の疲れはないよ。温泉に浸かってお肌ツヤツヤ。血行も良くなったせいか元気元気!」

 二人の会話から仲が良い事がわかる。

 クラウスとシュナル殿が話す横で、セルトン伯爵令嬢が一歩前に進み出た。



「クラウス様、わたくしの事も改めて紹介して下さいな」

「わかった。エルナとは婚礼の時に会っているが覚えているか?」

 クラウスに確認するように聞かれて、短く頷く。

「セルトン伯爵家のエルナ嬢ですよね」

 よそ行きの控えめセシリアスマイルに、ちょこんと首を傾げて確認動作も加えてみる。



 あーー、偽りの自分って疲れるし、肩こるよーーっ。

 セルトン伯爵令嬢が私の両手を取った。

 すらっと伸びた手足に、ふっくらとした胸にキュッと締まったウエスト。

 スタイル抜群で羨ましいな。



「覚えていて下さってたなんて、光栄ですわ! わたくしのことは、エルナとお呼び下さいませ。それと、そこのサミーにはお気をつけ下さい」

「はい?」

 あ、ごめんなさい。後半聞いてませんでした。

 心の中で軽い体操をして、全身の凝りを解そうとしていたもので。



 何の話でしたっけ? セルトン伯爵令嬢の呼び方ですね。

 おそらく年上の女性だから、エルナさんと呼ばせてもらいます。

 エルナさんが私の方に顔を寄せてきて、耳元で内緒話するみたく話しかけてきた。



「サミーは女性の噂が絶えませんの。さすがに妃殿下をターゲットにする事はないとは思いますが。念のために、ですわ」

 至近距離で視線が合うと、エルナさんがウィンクしてきた。

「聞こえているよ。エルナは酷いなぁ。僕って繊細だからそんな風に言われたら傷ついちゃうよ。ショックで領地にまた籠ろうかなぁ」

 胸に手を当てシュンとうなだれるシュナル殿。

 さっきまでのキリッとした男装の麗人の雰囲気が、少しゆるくなる。



 私から僕に変わってるよ。

 女性の噂が絶えない事は、否定しないんだね。

「また仮病を使う気ですのね?」

 シュナル殿に鋭い眼差しを向けるエルナさんに、シュナル殿が真面目な顔になる。

「仮病も立派な心の病だよ」

 言い切っちゃったよ。

「虚弱体質も怪しいですわ。自作自演でしたら許せませんわ!」

 エルナさんがシュナル殿に詰め寄ると、シュナル殿はクラウスの背後にサッと隠れた。



「クラウス助けてよ。エルナが怖い!」

「エルナ、サムは皇都に帰って来たばかりだ。今日くらいは大目に見てやれ」

 エルナさんとシュナル殿の間に入って、仲裁役をするクラウス。

 三人とも仲が良いんだなぁ。



 クラウスはどうして、この二人を避けようしたの?



「ああ……僕、熱が出てきたかも……クラウスちょっと計ってみて」

 シュナル殿はクラウスの手を取って、自分のおでこに当てた。

「サム、熱はないようだが」



 おおっ!

 シュナル殿の明らかに仮病だとわかる演技に、クラウスが真面目に答えている!

 真面目だけど、性格が悪いクラウスだよ。

 仮病なんて見破ってるはず。

 全部お見通しって顔で。



『そうか仮病か。おまえのために特別に、苦い煎じ薬を処方させよう。その悪知恵が働く頭に良く効くだろう』

 って、言いそうなのにね。

 なんだかいつもと反応が違うぞ。



「熱がない? そんなはずないよ。ゾクゾクしてきた。これは重症だよ!」

 寒さを訴えているシュナル殿。

 お芝居っぽくて明らかに怪しい。

 ほら、エルナさんの顔もあきれてるよ。

 クラウスは自分の上着を脱いで、シュナル殿に掛けてあげてる。

「無理をするな。もう、帰って寝ろ」



 気のせいかな。なんだか、私と扱いが明らかに違う気がするんだけど?

 クラウスは友達には優しいって事?



 シュナル殿の茶番劇に付き合ってあげてるとか……あの、クラウスが?

 面倒だとか無駄だとか、言いそうなのに。

「皇太子殿下に言われたら、帰らないとだね。僕は帰って神職者として、ルーチェの加護とネストの安寧を願いながら、葡萄酒を飲んで体を温める事にするよ。じゃ、またね〜」



 散々不調を訴えていたシュナル殿。

 クラウスの帰って寝ろ、の言葉を聞くとすぐにケロッとした顔をした。

 挨拶もそこそこに手を振って、スタコラサッサとどこかに歩いて行っちゃった。

 足取りからも調子が悪そうには見えない。

 シュナル殿、昼間からお酒を飲むのかなぁ?

 見た目の美貌とは違って中身のシュナル殿は、掴み所がなくて陽気な人だね。



「何が神職者としてですの。サミーは単に務めをサボりたかったんですわ!」

「体が弱いのは事実だからな。無理させるよりは良い。エルナも大らかに見守る事だな」

 不謹慎だって怒っているエルナさんを、クラウスがやれやれと宥めている。



 ふ〜……ん、大らかに見守るね〜。

 クラウスって、そんなに心が広かったっけ?

「クラウス様がそう仰るのなら仕方ありませんけど……。でも、サミーには厳しくなさった方がサミーのためですわよ!」

 エルナさんはクラウスにはっきり告げた後、急に私の方を振り向いた。



「妃殿下、セシリア様とお呼びしてもよろしいですか?」

「へっ……ああ、どうぞ」

 急にこっちに話が向くから、間抜けな受け答えしちゃったよ。

 お淑やかで大人しい仮面を被り忘れてた!

「ネストからの平和が得られるのも、セシリア様のお陰です。フェストランドに来ていただき、心からの歓迎と感謝をしますわ」



 ネストからの平和?



 私がフェストランドに嫁ぎに来た事を、すごく感謝してるって……。

 政略結婚の発端は、酔っぱらい親父二人の利き酒勝負だよ?

 知らないのかなぁ。



 シュナル殿もネストがどうとか言っていたような……。



「エルナ、伯爵に用があって来たんじゃないのか?」

「あら、そうでしたわ。わたくしお父様に呼ばれて皇宮に参りましたの。まだおしゃべりしたいのに、そろそろお暇しなくては」

 エルナさんは再び私に視線を向け、にっこり笑った。



「最後に一つ、何かあったらいつでも相談に伺いますわ。クラウス様にイジワルされたら、いつでもお手紙下さいね。わたくし飛んで参りますから」

 ふふっと横目で楽しげにクラウスを見るエルナさん。

 クラウスは無表情と無言で返してる。

 エルナさんは優雅に淑女の礼を取り、ご機嫌ようと言って、皇宮に向かう小道を歩いた行った。



 にぎやかな二人が行っちゃって静かになっちゃった。

「楽しい人達だね」

 エルナさんを見送った後、クラウスに話しかけると。

 クラウスからは複雑な表情が返ってきた。

「ああ、そうだな」

「どうかした?」

 クラウスは私に背を向け、来た道を歩き出した。

「私室棟に戻る」



 庭園の散策は終わりって事かな?

 クラウスがスタスタ歩くからわたしは小走りになりながら、クラウスの背中に向かって声をかけた。

「待ってよクラウス。ちょっと気になる事があるんだけど」

 シュナル殿とエルナさんが言っていた、ネストについて聞こうと思ったんだけど……。



「なんだ?」

 足を止めて振り返ったクラウスは、なんだか気難しい顔をしている。

「さっきの二人の会話の事なんだけど。どうかしたの?」

 私が顔を覗き込むと、クラウスはふいっと顔を背けて、また足早に歩き出した。

「俺はこれから政務に戻る。急ぎじゃないなら後にしろ」



 政務じゃ仕方ないか。

 引き留めるのも悪いよね。

 それに私がクラウスの後を付いて行く事もないか。

 一人でのんびり散策しようかなぁ。

「わかった、行ってらっしゃ〜い」

 背中に手を振って見送っていると、クラウスが立ち止まった。



 なんだ、どうした?

「おまえも来い」

 むむっ、皇太子夫妻不仲説払拭作戦を思い出したな。

 忘れていてくれたら良かったものを。

「私はまだ散策したいから遠慮します」

「来い」

 怖い目でギロッて睨まなくても良いじゃない。

「わかった。行きますよ〜」



 私は心の中で、がっかりしながらため息を吐いた。

 クラウスのケチ〜、庭園の散策したかったなぁ。

 あんな不機嫌そうな顔で一緒に歩くの?



「クラウスそんな顔して戻ったら、皇太子夫妻喧嘩中って噂が流れちゃうよ。はい、笑顔笑顔」

 背伸びしてクラウスの仏頂面を揉みほぐす。

「離せっ、余計なお世話だ。そんなふぬけ顏が出来るか!」

 両手を掴まれ、低い声で怒られてしまった。



 クラウスって、いつも眉間にしわ寄せて不機嫌顔か怒ってる。

 なんだか、色々とストレスを抱えていそうだね。

 そうだ、セシリアおすすめの健康法を教えてあげよう。



「クラウス」

「なんだ」

「野菜をいっぱい食べた方が良いよ」

 クラウスの眉間にシワが寄る。

「おまえは何が言いたいんだ?」

 私は自分の眉間を指差した。

「ここにシワ寄ってる。ストレスに強くなるためには、野菜をたっぷり食べないとね」



 誰かが言ってたよ。野菜は自然がくれた万能薬だって。

「余計なお世話だ」

 む〜っ、親切に教えてあげたのにーー。

 睨まれちゃったよ。

「さっさと戻るぞ!」

 クラウスは私の右手をむんずと掴むと、私室棟に向かって歩き出した。



「皇太子夫妻不仲説は?」

 小声で尋ねると、歩く速度が落ちた。

 速度は落ちても、クラウスの後ろをちょこちょこと歩く事になった私。

 クラウスはどんな顔で歩いているのだろう?

 今日のこのお芝居が無駄になりませんように。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ