《 第11話 仮面妃、夫と散歩は心臓に悪いです 》
さあ、見せつけてやりましょう!
私達、皇太子夫妻はと〜っても仲が良いですよ!
ってね。仮面夫婦だけどね。
でも、具体的に何をすれば良いの?
私と皇子、改めクラウスは皇宮内で一番広い中央大庭園にやって来た。
「この庭園はいくつかのエリアに分かれている」
只今、大庭園についてクラウスのガイド中〜。
「蔦のアーチや芝がある緑の庭園。噴水や小川がある水の庭園。花時計の大花壇と花のオブジェが設置されている花の庭園」
「いろんな庭園があるんだね。どれも面白そう!」
今まで庭園に興味はなかったけど、聞いてみるとなんだか行きたくなってきた。
「今日は花の庭園に行く」
「全部見てまわらないの?」
「俺は忙しい。すべて見るのは無理だ」
クラウスは最後に、部屋でのん気に過ごしている誰かと一緒にするなと言った。
ふんって鼻で笑わなくたっていいじゃん。
私だって部屋でのんびりなんかしてないやい。
毎日外で労働してるんだからね!
そう胸を張って言えたら、どんなにすっきりするか。
言ったら何を言われるか……。
妃の振る舞いとしてなってない!
とか言われて、菜園での仕事を禁止されたら困る。
行くのが一箇所だけなら、散歩も早く終わるよね。
そしたらプライベートタイムが出来る!
「花の庭園に決めた理由は?」
「この時間は昼休憩を取る執政官や、皇帝のご機嫌伺いに訪れた貴族が、中央棟の回廊を通る」
執政官や貴族……一瞬忘れかけてたよ、散歩の目的。
中央大庭園に中央棟の回廊ですか。
「わかった! その回廊から花の庭園が良く見えるんだ?」
人の目につく庭園をわざわざ選んだって事ですか。
実に効率的で確実だね。
「その通りだ」
「時間帯に場所に人通り。好都合だね。クラウスって計算高いよねー」
護衛騎士が少し離れた所で待機している。
こうして普通に会話が出来るのは、クラウスが護衛騎士に命令したからなのか、彼らが気を利かせたからか。
「おまえに褒められても嬉しくないな。行くぞ」
いや、別に褒めてないんだけど。
感心はしたけどね。
クラウスは顎で行き先を示すと、片手を差し出してきた。
「なに?」
「手を出せ」
ああ、エスコートしてくれるのね。
今から作戦開始、って事らしい。了解しました。
私はクラウスの差し出してきた手に、自分の手を重ねた。
演技とわかってても、緊張するなぁ。
そうだ、意識を花に集中させよう。
風がそよぐと、花の甘い香りを濃く感じる。
花壇を彩る花はどれも、ラルエットにはない花が多い。
野菜も良いけど、花も良いね!
あ、あの花のオブジェ、まん丸だ。
どうやって作るんだろう?
色とりどりの可憐な花。
色の配置にもこだわりを感じる。
ここの庭師さん良い仕事してるね!
黙って黙々と歩くクラウス。
私としては、せっかく散策に来ているのだから景色を見ながら、楽しく会話をしたいな。
相手が私じゃ楽しめないって言われたら凹むよー。
何か会話がしたいなぁ……。
「クラウスと散歩するの初めてだね」
何気に口にした会話にクラウスは、足を止め繋いでいた手を離した。
「突然、なんだ?」
「何って、世間話だよ。深い意味はないんだけど」
「…………」
時間の無駄とか思ってる?
こんなんで、仲良し皇太子夫妻だって周りにアピール出来るのかなぁ?
黙って歩け、って言いたいの?
「わかった。しゃべらずに歩くよ」
なんだか奇妙な空気になりつつも、私は黙々と歩くクラウスの後をついて行った。
しばらく歩いていると、私の目は吸い寄せられるように花壇の方に。
しゃがんで土を手に取った。
この土は……。
湿り気や硬さに粘り具合。
菜園の土とは少し違う。
なるほど、野菜と花では土が違うんだね。
「突然しゃがみ込んでどうした?」
背後で不審そうなクラウスの声に我にかえる。
いっけない! クラウスの事をすっかり忘れてたよ。
ついふらふら〜っと、土に引き寄せられちゃった。
趣味がバレる!
クラウスが近づいて来る足音に、私は慌てて土から花壇の花に手を移動させる。
「この花、ラルエットにない花だなぁって。色がクラウスの瞳の色に似てる。可愛い花だね」
クラウスの瞳はぱっと見は、空の青に見える。
でもよく見ると、空の青に紫色が混ざったこの花の色とよく似てる。
「……どこにでも咲いている、珍しくもない花だ。立て、ドレスが汚れるぞ」
急に不機嫌になったクラウス。
私、なんか変な事言った?
「ちょっと、腕を引っ張らないで。これくらいの汚れ、手ではらえば落ちるよ」
無理矢理立たせようとしなくても自分で立てる。
それにもう少し土の感触、じゃなくて花を観察したかったのに……。
私はドレスの裾に付いた汚れをはらう。
「ドレスが汚れても気にならないのか……。おまえはつくづく王女らしくないな」
「近くで見たかったの。別に良いでしょ。楽しく散策したいから、悪口やお説教は受け付けませ〜ん」
両手で耳をふさいで、クラウスからプイッと顔を背ける。
仲良し夫婦をしようと言ったのはクラウスだ。
そんなんで、皇宮の人々の目を誤魔化せるの?
クラウスの気が変わって、アツアツ新婚皇太子夫妻をやらなくて良いって言うなら、私も気が楽だけどさ。
私はもう一度、花壇の花に視線を戻した。
「あっ、あそこの一輪だけ花びらの色が違う」
薄い青紫の花と緑色の葉に隠れて、よく見ないとわからないような場所。
そこに、桃色の花びらがチラッと見える。
「突然変異の花だな。時々見かける」
「珍しい色なんだね。なんて言う花?」
「星の形をしているから、タフティと言呼ばれている」
言われて見れば、星の形をしてる。
クラウスって物知りだなぁ。
「タフティね。名前も可愛い」
「気に入ったなら、部屋に飾るか?」
私は首を振って、クラウスの提案を断った。
「庭園は庭師にとって神聖な場所。勝手に花を摘んだりして荒らしたらダメだよ。花も窮屈な花瓶の中で、私だけに見られるより、庭園を通る人達に見てもらった方が喜ぶと思う」
花壇から視線を外すと、私は思わず目をパチクリ。
ええっ、別人?
あのクラウスが、タフティの花を見ながら目を細めて柔らかく、ふわっと笑ってる。
クラウスって、普通に笑う事もあるんだ!?
いつも不機嫌顔か、意地悪そうな顔や、気難しい顔しかしないのかと思ってたから。
イジワル魔王から善人天使に脱皮?
「なんだ、人の顔をジロジロ見て」
ああ、もったいない。不機嫌顔に戻っちゃった。
「なんでもない。今度はあっちの花壇に行ってみようよ。ほらほら歩いて!」
私はクラウスの背中を押して先を促した。
「わかったから押すなっ。おまえは子供か!」
「お説教や悪口は受け付けませ〜ん。さっき言ったでしょ!」
こうしてあっちの花壇、こっちの花のオブジェと。
クラウスと庭園に咲き誇る花を見てまわった。
花の庭園のメインは花時計。
赤や青、ピンクにオレンジ。
小ぶりな花を植えて作られた花時計。
少し高い位置、花の庭園の展望場所から見下ろすと、花時計の全体がよく見える。
その華やかな美しさに惚れ惚れと見惚れていると。
「ご機嫌いかがですかな? 殿下並びにセシリア妃殿下」
背後から声をかけられ、振り返る。
小柄でお腹がふくよかなおじさんが、私達の前で胸に片手をあて、臣下の礼をとっていた。
着飾った貴族服の上着のボタンが、少し窮屈そう。
「ああ、悪くない」
クラウスが無表情で頷く。
「妃殿下はこちらの生活には、もう慣れましたかな?」
私は脳内貴族リストをパラパラめくって、目の前でにこやかに笑う貴族のおじさん情報を探した。
ポイントは水玉柄の蝶ネクタイ……。
あった、貴族リストにヒット!
このおじさんは知ってるぞ。
「お気遣いありがとうございます、フルメ男爵」
「仲良き事は美しきかな。殿下も妃殿下も初々しくて、実に羨ましいですな」
「夫人はお元気ですか? 婚礼の際にお会いした時、産み月が近いと聞いたのですが」
男爵は驚いた顔をして、大きなお腹をポンと叩いた。
「いやはや、私風情の妻の事を覚えて頂いているとは。なんと嬉しい! お子はのんびり屋なようで、まだ顔を見せてはくれませんよ」
「それは待ち遠しいですね」
この何気ない会話が地雷を踏んだ事に気づかなかった。
「私は我が子だけでなく、皇太子夫妻の御子の誕生も楽しみですぞ」
「え……っ?」
話の矛先が急にこっちに向けられて、一瞬何を言われたのか理解出来なかったよ。
クラウスが私を抱き寄せた。
「そう焦らせるな。子は授かりもの。宿る時期は神にしかわからぬ」
私の頬を撫でて微笑むクラウス。
このために来たとは言え、急に抱き寄せられて心臓が慌ただしく動き出す。
顔が引きつらないように笑って返すのがやっとだよ。
これをどう理解したのか、フルメ男爵は大きく頷いた。
「いやはやその通りですな。しかし、皇太子夫妻不仲、なんて妙な噂を聞きましたが安心しましたぞ。殿下の元に小さな天使が舞い降りるのも、そう遠くはなさそうですな」
フルメ男爵は実にめでたいと、わっはっはとお腹を揺らして笑う。
そしてでは、と一礼して中央棟の方に向かって小躍りするような足取りで歩いて行った。
男爵の背中を見送りながら、クラウスが小声で呟いた。
「自ら掘った落とし穴に、自分から入るとはな。収集出来ないなら、余計な話題は振るな」
ううっ、その指摘には言い返せない。
だから私はせめて口をとがらせる。
ちょっとでも妃らしいところを、男爵にアピールしようと思ったんだけどな。
私の社交術なんてこんなもんだよね。
「誰かさんが素っ気ないから、私が気を使ったんじゃないの。でもそれがきっかけで、私達の不仲説は早くに解消されそうだね」
「フルメ男爵は噂好きだ。今日中には皇宮、明日には皇都に噂が広まるだろう」
フルメ男爵が去ると、その数分後には別の貴族のおじさん。
その後から青年貴族や、上位の執政官が次から次に現れた。
私は誰かに会うたびに、脳内貴族リストをめくって、相手の情報を確認して挨拶した。
会話の内容は、家族の事や領地の話。
どさくさ紛れにおじいさん伯爵に、フェストランド原産野菜の話をしたら、向こうから品種や栽培方法を話してきて、お得情報獲得!
野菜の原種の話から、品種改良に至るまで丁寧に語ってくれた。
あまり詳しく聞き過ぎると、隣にいるクラウスに怪しまれるから、そこは程々に。
でも、良い勉強になりました。
もちろんクラウスに言われた通り、墓穴を掘りそうな内容は避けたよ。
誰かが挨拶に来るたび。
クラウスにいつもと違う、あり得ない程の優しい微笑みを向けられて、ゾワッと寒気を感じ。
手を取られたり髪を撫でられると、セシリアスマイルが引きつらないようにするのが大変で。
腰に腕を回され抱き寄せられると、ヘビに睨まれたカエルになった気分になって、その場から逃げたくなった。
慣れない扱いに神経がすり減っちゃったよ。
やっと人の波が引くと、クラウスの腕からもようやく解放されたのだ。
「貴族連中の名前と個人情報はしっかり覚えているんだな」
無表情だけど、なんだか機嫌の悪そうな声。
何が言いたいんだろう?
日頃私の事を散々な言い方してるクラウスだよ。
私がヘマせずに完璧な対応をしたから、つまらないとか気に入らないとか?
ふっふっふっ、ラルエット王女を甘く見ないでよ!
「私、こう見えて王女ですから。近隣諸国の主要貴族の名前くらい、覚えてましてよ」
自信たっぷり、ターニャ姉様のようにすまし顔で言ってはみたものの。
実は、アリーサ姉様とマーヤの厳しい特訓のおかげ。
暗記カードがなかったら覚えられないよ。
そんな事は内緒だけどね。
「夫の名を忘れていた事を棚にあげるな」
もしかして、不機嫌な理由はソレですか?
クラウスって意外と子供っぽい。
それをネタにからかって、日頃の鬱憤を晴らしたいとこだけど……。
楽しく散策したいからお口にチャックしておこう。
倍になって返ってきそうだからね。
「まあ、まあ。過去の事は忘れようね」
まだ見てない花壇があるんだよ。
見ておかないと、次に来た時に枯れてた、何て事がないようにね。
再びクラウスと歩いていると、散歩道が二手に分かれた場所に出た。
「右に曲がると薔薇のアーチ、左には温室がある。
あら? 私の意見を聞いてくれるのね。それなら。
「温室かぁ。珍しい植物とかありそうだね。行ってみ……ぶぎゃっ。いたっ……」
前を歩いていたクラウスが突然立ち止まるから、私はクラウスの背中に鼻をぶつけちゃったじゃない!
「突然立ち止まらないでよ」
「こっちに行くぞ」
ズキズキする鼻をさすっていると、腕を引っ張られ、急に方向転換させられる。
「温室に行くんじゃないの?」
温室はこっちだよ。
温室の方を指差すと、ここから少し離れた植木の向こうで、誰かが立ち話をしているのが見えた。
「急に気が変わった。薔薇のアーチに変更だ」
ええーーっ、私の希望を聞いてくれるのかと思ったのに〜っ!
クラウスは私の腕を掴むと、大股歩きで小道を進む。
足の長さの差で私は小走りになりながら、半ば引きずられるようにして歩かされた。
「クラウス、もうちょっとゆっくり歩いて」
「黙って歩け」
短く早口でそれだけ告げられた。
むむ〜っ、何なのよ?
楽しく散策してたかと思ったら、急に行き先を変えたり。
黙って歩けって、何をそんなに急いでいるの?
あれ、急ぐというよりなんだか焦っているような、慌てているような……。
いつも冷静なクラウスからしたら珍しい。
どうしたんだろう?
あっ、もしかして。
突然トイレに行きたくなったとか?
お腹痛い?




