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《 第10話 仮面妃、皇子と散歩ですか? 》


「今日は昼前に戻る。外に出る準備をしろ」

 これは朝食後の皇子の言葉。

 私は思わず首をかしげた。

 ブロッコリーソースのふわふわとろ〜りオムレツにナイフを入れる手を止め、辺りをキョロキョロ。

 皇子の視線の先は……私に向いてる。

 私に言ったの?



 皇子の声を久しぶりに聞いた気がするよ。

 相変わらず政務に追われてるらしく、最近は朝食のテーブルで皇子の姿を見る事もない。

 お一人様なのは朝食だけじゃなくて、夕食もお一人様だから慣れてきちゃったよ。

 でも、時々賑やかなラルエット王家の食卓が恋しくなる。



 皇子とまともに会話をしたのは……?

 あれ、いつ以来だろ?

 婚礼の儀の翌朝以来まともに会話してないかも。

 目の前の整った顔立ちは、変わらずに精悍で凛々しい。

 政務の疲れなんか微塵も感じさせない。



「今の俺の話が理解出来なかったのか?」

 面倒くさげな顔で聞かれて我に返ったよ。

 久しぶりに会う皇子の顔を思わず観察しちゃった。

「自分のスケジュールは、私より従者か執政官に言った方が良いんじゃない?」

 今まで皇子が自分の予定を、私に伝えた事は一度もないんだよ。

 だから、私が疑問に思うのも当然なんだけど。



「すでに伝達済みだ」

 ふ〜ん、そうなんだ。

 皇子が何を言いたいのか私にはさっぱり。

 もしかして、出掛ける時に私に見送って欲しいの?

 昼食後なんて言わずに今見送ってあげるよ。



「了解しました。外に出るならお土産よろしくね〜」

 セシリアスマイルで手を振ってみよう。

 皇子から想定外の返事が返ってきた。

「おまえも一緒だ」

「………………はい?」

「なんだその間は。散歩に誘ったくらいで驚くな。ああ、嬉しくて言葉が出なかったのか?」



 外に出るって、散歩ですか。

 私はどうやら皇子に散歩に誘われたらしい。

 忙しそうなのに、散歩する時間あるんだね。

 それより皇子の目は節穴だよ。

 私は今、驚きと理解できない表情をしているはずなんだから。

 どう見たら嬉しそうに見えるの?



 ついでに私の本日のスケジュールは、いつものように午前中は菜園で収穫作業のお手伝い。

 午後は、プライベート菜園計画を練る予定。

 皇子と散歩をしている余裕はないのだ。

 謹んでお断りします。

 って言えたら楽だよなぁ。



 私に無関心な皇子が、急に散歩に誘ってくるなんて、どういう風の吹き回し?

 見た感じ顔色には出てないけど、どこか調子が悪いとか!

 私は席から立ち上がり、向かいの席に座る皇子のところまで歩いて行った。



 皇子のおでこに手を当てようとしたら、腕を掴まれた。

「なんの真似だ」

「調子が悪いなら無理せず寝たほうが良いよ」

 皇子の顔色を確認するために、身をかがめると、掴まれた腕をそのまま引かれて身体が傾いた。



 皇子の顔が近い!

 至近距離の皇子は口の端を少し上げて、ふっと笑った。

「それは良い提案だな。一緒に寝るか?」

 ねねね、寝るぅ!?

 突然、何を言い出すのこの人は!

 壁際に控えている侍女達の驚きの声に、視線を向けると顔を赤らめている。

 大きな声で言うからだよ。



 私の事に興味がない人が、なんなのこの豹変ぶり!?

 表面上は妃でいろとか、言ってたあれは……んん?

 急に皇子の好みが変わるはずない。



 そうか、これは演技!



 わざと大きな声で言ったのは、周りに聞こえるようにだね。

 腰に皇子の腕が回され、身体ごと引き寄せられた。

 一瞬反応に遅れた私は、皇子の胸元に顔を埋める羽目に。

 爽やかで清々しい香りが鼻をくすぐる。

 この匂いは覚えてる。

 婚礼の翌朝も同じ香りがしたから。



「顔が赤くなってるぞ。可愛いヤツだな」

 か、かわいい?

 演技でも皇子の口からそんな言葉が出るなんて、耳を疑うよ。

 しっかりしなきゃ!

 私は皇子にだけ聞こえるように声をひそめた。



「仮面夫婦がバレたの?」

 ここにいるのは私と皇子だけじゃない。

 給仕をする侍女や従者、皇子の側に仕える護衛の近衞騎士や執政官も壁際で待機している。

 距離が離れているとはいえ、聞かれたらまずい話は内緒話しかない。

 皇子も私だけに聞こえるように声を落として、耳打ちしてきた。



「今、皇宮内で俺達の不仲説が流れている」

 ふむふむ。

 不仲説を払拭するために、突然お芝居を始めたってわけですか。

 さっきの散歩のお誘いは、二人仲良くお散歩しているところを、皇宮内の人々に見せつけようって事だね。



「周りの目を欺くために、協力しろって事?」

「おまえにしては珍しく飲み込みが早いな。これも妃の務めだと思って付き合え」

 公衆の面前で熱々新婚カップルをアピール。

 そんな恥ずかしい妃の務めは遠慮したい。

 その計画に異議あり!

「別の案は……」

 抗議したかったのに、私の不満顔と反対の声は、顔を皇子の胸に押し付けられたから無駄に終わった。



「そうか、そんなに寂しかったか。昼寝も良いが、この時期庭園の花が見頃だぞ。昼はおまえに付き合ってやるからな」

 皇子は私の頭を撫でながら、有無を言わさぬ口調でささやいてきた。

「とにかく笑って了承しろ!」



 私に逃げ場はないらしい。

 渋々頷くと、頭を押さえつけられていた手が離れていった。

 チラッと壁際に視線を向ける。

 皇子の補佐官ギルベルトさんが眼鏡の向こうで、にこやかに微笑んでいる。



 なんだか今のこの状況って、仕事で夫に放っておかれて、拗ねた新妻を夫がなだめる。

 壁際に控える人達からみたら、そんな風に見えるに違いない。

 猿芝居も堂々と演じれば、周りから疑われないの?

 皇子はそう言いたいらしいけど。

 私はものすご〜く、イヤだよ。



 でも、皇子から発せられる独裁オーラが怖くて負けた。

 わかりましたよ、わかったよ。

 この場を収めるため、両国の平和のために付き合えば良いんでしょ!

 私は指を胸の前で組んでにっこり。

「嬉しいな。誘ってくれてありがとう!」

 こんなんでどう!?



 演技が下手なのは大目に見てもらおう。

 突然、演技しろだなんてムリだから!

 もう、自棄になって笑うしかない。あはは〜。

 笑いあう新婚夫婦。

 ってあくまで、偽装夫婦ですよーーっ!!

 今日のお昼は憂鬱なお散歩です。




 朝食の後、自分の部屋に戻ってから、皇子に散歩に誘われた事をマーヤに報告。

「セシリア様を変な事に巻き込むなんて!」

 マーヤば皇子に対する不満をもらしながらも、衣装部屋で瞳を爛々とさせ準備を手伝ってくれた。



 ドレスに靴や装飾類を選んでいるマーヤの顔、なんだか楽しそうだけど恨めしい。

 こっちは朝から着せ替え人形にされて精神的にげっそり疲れたからね。

 マーヤの納得する身支度が済んで、メイクまでしてもらった頃には、指定された時刻に近づいていた。



 気持ちの良い麗らかな昼下がり。

 もう疲れたから、散歩じゃなくて昼寝したい気分。

 あ、もちろん一人でだよ。

 夫婦の居間でソファーに埋もれる。

 庭園を散歩かぁ。

 よく考えてみたらいつも使用人専用ルートで菜園に直行。

 だから庭園は通っても、目立たない隅の方を素通りしてたよ。



 皇子との猿芝居は気が重いけど、たまにはのんびり庭園の散策も良いよね。

 イヤな事でも楽しく前向きに考えるのが、ラルエット王女だよ。

 ソファーに埋もれていた身体を勢いよく起き上がらせると、側に控えていたマーヤと目が合った。

「セシリア様」



 あら、軽く睨まれちゃった。

 はいはい、皇子がもうじき来るんだよね。

 隙を見せるなって事かな?

 背筋を伸ばしてシャンとしま〜す。



 皇子は宣言通り、昼前に居間に現れた。

 あ、朝と違う服だ。

 爽やかな水色のシャツに、裾がたっぷりとしたフェストランド独特のネイビーブルーのロングジャケット。

 腰には黒革のベルトに、銀のバックル付き剣帯を身に付けている。



 婚礼の時の煌びやかな衣装だけじゃなく、シンプルな平装まで着こなせちゃうのか。

 む、なんか見られてる?

 なんだなんだ、そんなに私のドレスを見つめて。

 お世辞でも言ってくれるとか?

「それはなんだ」



 眉間にしわを寄せ、厳しい表情で私を見る。

「似合ってない?」

 私が着ているのは、ふんわりと裾が広がった淡いサーモンピンクのドレス。

 襟や袖に小さな黄色の花飾りが付いている可愛いデザインのドレスなんだけど。

 お気に召しませんでしたか?



 このドレスは、私やサビーナ姉様を着飾らせるのが好きなターニャ姉様が作ってくれたんだよ。

 ちなみに婚礼の時の、拷問締め付けドレスみたいな息苦しいドレスじゃないよ。

 サイズもぴったりで、マーヤが入念にチェックしてくれたから変な所はないはず。



「それはラルエットから持参した物だろ。我が国のドレスは持っていないのか?」

「持ってないけど、このドレスだと何か問題でもあるの?」

 皇子が盛大なため息を吐く。

「今後、人前に出る時はラルエットのドレスは着るな」



 なんでそんな事言われなきゃいけないの?

 せっかくターニャ姉様が私のために作ってくれたんだよ。

 一度も着なかったらターニャ姉様、がっかりするじゃない。



「まだ着てないドレスもあるんだよ。もったいないよ」

「今日はそれで構わないが、後で妃に相応しいドレスを用意させる」

 皇子ってば人の話聞いてないよ。

 ドレスは足りてますよーー。

 人の話はちゃんと聞こうよ。

「必要ないよ」



 私が頑なに拒否すると、皇子は腕を組んで何もわかってないヤツだと呟いた。

「身なり一つで、いつまでも故郷が恋しい幼い妃だの、嫁ぎ先に馴染めない妃、皇太子妃としての自覚がないだの。周囲に勝手な噂を流される種を、おまえは自ら与えるのか?」

 フェストランド人はドレス一着でそこまで邪推するの?



 自覚はさて置き、幼いとか馴染めないとか何それ。

 思いっきり溶け込んでると思うよ。

 メイドのシシーとしてだけどね。

 う〜…ん、でも。皇子は仮面夫婦だってバレないように油断するなって言いたいのかなぁ。

 相手に足元をすくわれるような情報は避けろって?

 なんだか釈然としないけど。



「外では着ないけど、ラルエットから持ってきた物は捨てないで。姉様達からもらった大事な物だから」

「わかった」

 えっ、あっさり了承してくれたよ!

 ラルエットから持って来た物は全部、取り上げられるかと思ったのに。

「皇子って、意外と良い人なんだね」



 思ったままを言ったら、あら。

 また眉間にしわを寄せて、視線を逸らされちゃった。

 皇子ってすごく偉そうで理不尽な人かと思ってたんだけど、今はちょっと良い人っぽい。

 ドレスの事も……もしかして。



「私の正妃としての立場を考えてくれたの?」

「おまえが皇宮に馴染めないと判断されると、しっかりした側妃をつけろと言われるからな。面倒な事を避けるためだ」

 なぁんだ、自分のためだったんだね。

 ちょっと見直して損した気分。



 私は皇子の肩をパシパシ叩いた。

「皇子も大変だね!」

「当事者のくせに他人事だな。あと、皇子はやめろ」

 今さら呼び名の変更ですか?

「なんて呼べば……殿下、旦那様。他にはダーリン、あなた。ご希望は?」

 指折り数えて候補を上げたけど、皇子のご希望はまったく違うものだった。

「名前でいい」



「………………名前?」

 あーー、え〜〜と。名前ね、名前。

 なんだったかなぁ……皇子の名前。

 周りはみんな、皇子とか殿下って呼んでる人が多いから、名前が出てこない。

 夫である皇太子の名前を知らない妻の妃。

 これはまずいよね?

「俺の名を知らないと言うなよ?」

 ギクリ、図星です。きょろきょろ視線が泳ぐ。



「いや〜、環境が変わったせいか、最近どうも物忘れがひどくて。誰かに聞いておくね、エヘッ」

 ひーーっ、この手は何?

 頭を片手で掴まれて、強制的に視線を合わせられる。

「エヘッじゃない。環境が変わったくらいで、記憶力が低下するとは。何か重い病かもしれないな。医者に診せるか?」



 言葉と行動が一致してませんよ。

 その悪魔のような不敵な微笑は、心配なんかしてないって顔でしょ!

 頭を掴んだ手に力を込めないで!

 怖いです、凄まれてます、頭を握り潰されそうです!

「いえいえ、そこまでは。お気持ちだけで充分です」



 苦しい言い訳に気づいてるな?

 気づいてて医者を呼ぶとか、性格が悪い。

「そうか。では、その鳥より酷い頭によく刻んでおけ」

 鳥より酷い頭は、ちょっと言い過ぎだよ!

 なんて、皇子の顔が怖くて言い返せないよ〜っ。

 皇子はゆっくりはっきり言葉をつづった。



「俺の名は、クラウスだ」



「了解です!」

 私は頭を押さえ込まれながら、器用に頷く。

 しっかり覚えておこう。

 皇子の名前は、クラウスっと。

 何はともあれ、今から二人で楽しく庭園散策です。





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