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《 第1話 末っ子と四人の姉》

やって来ました、まちにまった収穫シーズン!

 頭上には青い空と光り輝く太陽。髪をゆらす風が運ぶのは清々しい大地の香り。

 目の前に広がるのは、緑に赤に黄色の色鮮やかな野菜畑。


 

 ここはラルエット王国王宮内にある王立農場。白い柵で囲われたエリアが私、セシリア・ラルエットの専用野菜畑。

 ちょっと小さいけど、趣味でやる分にはちょうど良いサイズ。

 土を耕し種をまき、せっせと水をやっては雑草と雑草と闘い、害虫駆除に苦労させられたのもこの日のため。

 天候にも恵まれすくすくと育った野菜を眺めていると、なんだかお腹が減ってきた。



 太陽の光で艶々としたミニトマトは、朝露をつけみずみずしく美味しそう。

 今年の出来をちょっと味見してみようと、真っ赤に熟したミニトマトを一つ摘み取って口に入れた。



「す……っぱ!」

 口の中でプチっとはじけた瞬間、予想を裏切る強烈な酸味が口の中に充満し、あまりの酸っぱさに咽せそうになるのをなんとか堪えた。

「熟しているのに酸っぱ過ぎる」



 まるで小さなレモンをかじったみい。トマトの味がしないなんておかしい。

 口直しにこっちのキュウリを食べてみようかな。

 形はちょっと曲がっているけど、このトゲと張りに色の濃さ、よく育ったなぁ。

 キュウリをもいでかじる。ポキッと良い音を立てたけど……。



「甘い」

 これ、キュウリだよね?

 なんでこんなに甘いの?

 シャリシャリ咀嚼しながら首をひねり、かじった断面を見て私はまた首を傾けた。

 キュウリを中身が赤い。小さくて黒い粒は種だよね?

 外見キュウリなのに、味と中身がスイカだよ。



 毎年育てている野菜が、今年に限って奇妙な味がするなんて。こんな事は初めてだ。

 レモンのように酸っぱいミニトマトと、スイカ味の甘いキュウリ。

 これはプロに訊くしかないか。

 私は隣のトウモロコシ畑で、収穫の作業をしている農場責任者ジョルジュに呼びかけた。



「ジョルジュー。私が育てた野菜が奇妙な味がするんだけど、ジョルジュの畑は大丈夫?」

「奇妙な味ですか?」

 ジョルジュは赤毛のボサボサ頭にそばかす顔の素朴な雰囲気の中年男性。

 作業の手を止め、私の畑までやって来るといぶかしけなかおをした。



「農場の菜園は特に変わりありませんよ。どんな味ですか?」

「キュウリとミニトマト食べてみて」

 キュウリとミニトマトをもいで渡すと、ジョルジュは礼儀正しくお辞儀して受け取った。

 あ、ミニトマトから食べちゃたよ。



「う……っ、ゴホッ」

 私が食べたミニトマトがたまたま酸っぱかった訳じゃないらしい。

 一言危険だって伝えておけば良かっね。ジョルジュ、ゴメン。

 口に手を当て咽せるジョルジュの背中をさする、ジョルジュは徐々に落ち着きを取り戻した。



「こんなに酸っぱいミニトマトは食べた事がないです。精霊の悪戯でも起きたみたいです」

 奇妙な出来事が起こると、この国では精霊の悪戯だと言われている。

 精霊なんて見たことないから、いるかいないのかは別として。

「このミニトマト、レモンみたいな味がするよね。こっちはスイカ味のキュウリなんだよ」

 ジョルジュはキュウリを一口食べて眉をひそめた。



「確かに、味も断面もスイカですね」

「ジョルジュが管理している菜園の野菜には異常なしってことは、この現象は私の畑だけに起きたのかなぁ?」

 肥料も水も菜園と同じ物を使って育てた野菜。局地的に何か起きたとしか考えられない。

「菜園の野菜は昨日から厨房に卸してますけど、厨房からは特に変わったことは言ってきませんよ。今朝も一番に収穫して届けましたけど、料理長からは何も」



 そう言えば昨夜のサラダにもミニトマトが入ってた。普通のミニトマトの味で、レモンの味はしなかった。

 私の育てた野菜だけが奇妙な味がするなんて変な話だよなぁ。

「う〜……ん、肥料も水も変わったことは一つもしてないのに原因は何?」

 二人して野菜を眺めていると。



「肥料なら妾がやったぞ」

 背後から声をかけられ振り返ると、とうもろこし畑の中から青白い顔が現れた。

 音も立てずにスーッと静かにやって来るのは、すぐ上のサビーナ姉様だ。

 プラチナブロンドの綺麗なストレート髪がサラサラと風に揺れている。

 同じ髪色でもくせ毛の私とは髪質がまるで違う。サビーナ姉様のサラサラストレートってちょっと羨ましい。



「サビーナ姉様が肥料を?」

「そなた春頃に申しておったじゃろ。果実を作ってみたいと」

 ずっと前にそんなことを言った気もするけど。

「じゃあ、野菜の果物化はサビーナ姉様の肥料が原因なの?」



 黒いドレスの上に白い白衣を着たサビーナ姉様の趣味は、錬金術と薬学研究。

 なんか嫌な予感がするよーー。

 サビーナ姉様は白衣のポケットに手を突っ込むと、青い小瓶を取り出してそれを振って見せた。



「まだ試験段階じゃがこの肥料開発が成功すれば、野菜が瞬く間に果実になろうぞ」

 瓶の中に入った小さな粒がカラカラと音を立てる。その様子を愛おしげに見つめるサビーナ姉様。

 野菜を果物の味に変えてって、言った覚えはないんだけどな。



「この野菜、食べても人体に悪影響はないよね?」

 今のところ体に不調はないけど、サビーナ姉様の肥料と聞いてジョルジュが横で青ざめている。

「自然界に属する物だけを使ったオーガニック肥料じゃ。なんじゃ、人体に何らかの影響を及ぼす属性を望んでおったのか?」



 サビーナ姉様の思考回路は特殊過ぎて、属性とか言われても凡人の私にはちょっと理解できない。

 人体に悪い作用が起きないなら良いんだけど。



「野菜を果物に変身させるんじゃなくて、野菜は野菜のままで良いと思うの。野菜が果物で、果物が野菜になっちゃったらみんな混乱しちゃうでしょ?」

「なるほど。となると、一から果実を生成させる肥料じゃな。作りがいがありそうじゃ。付加作用は眠りに麻痺、惚れ効果辺りでどうじゃろ?」



 食べたら眠っちゃう果物や、麻痺に惚れ効果なんて問題有りだよ。

 自然界にない摩訶不思議な野菜や果物、副作用付き。

 サビーナ姉様のことだから自然界の掟を無視して作っちゃいそう。

 それはヤバい、止めなくちゃ!



「作ってくれるなら、一般的にある肥料と同じ物で、付加作用はなしでお願いします」

 力強く念押しすると、ジョルジュも激しく頷き賛同している。きっと私と同じことを想像したんだね。

 何かのはずみで、ジョルジュが大事に育てている野菜畑が奇妙なことになったら、この王宮から野菜畑は消えて農場責任者のジョルジュも仕事をクビにされちゃう。



「シシーは欲がないのぉ」

 欲とかじゃなくて、これは王宮で食事をする人達の健康と安全を考えてのこと。

 副作用付きの野菜を食べて王宮が混乱したら大変なことになっちゃう。

 それともう一つ、言っておかなくちゃ。



「肥料ができたら私に直接ちょうだいね。まくのも私とジョルジュがやるよ」

「シシーは働き者じゃな」

「好きでやってるだけだよ。サビーナ姉様は日差しに弱いんだからなるべく室内にいなくちゃ。そろそろ部屋に戻った方が良いんじゃない?」



 今日のサビーナ姉様はいつもより顔色が比較的に良いみたいだけど、油断して熱を出したら大変。

 私は自分が被っていたショールをサビーナ姉様の頭に被せ顎の辺りで軽く結んであげた。



「……む?」

 サビーナ姉様は何か見つけたのか、突然空を見上げた。

「今日の天気は晴れのち魚。その後、鷹じゃったか?」

「何それ。そんなヘンテコな天気あるの?」

 空を見上げて顔を上げた時。

 背後でボトッ、ドサッと何かが落ちる音が聞こえて音のした方を見ると。



「鷹と魚だ」

 地面に羽に矢の刺さった鷹と、その近くに魚が三匹落ちていた。

 鷹と魚が空から降ってくるなんて、日常では有り得ない。

 なんでこんな物が空から降ってきたんだろ?



 答えはすぐにわかった。

 野菜畑の奥にある果樹園の方から、馬に乗った女性騎士がこっちに向かって駆けて来る。

 弓を振りながら片手で馬の手綱をさばく姿が勇ましい。背が高くクセのあるショートヘアの持ち主は上から二番目のカティヤ姉様だ。



「おーーい! こっちに鷹が飛んで来なかったか?」

 鷹に矢を放ったのはカティヤ姉様ね。

「そんな所から矢を放つなんて、人に当たったら危ないよ!」

 人の出入りがある庭園で、弓矢の使用は禁止されているはず。



 カティヤ姉様は馬からサッと身軽に降りると頭をかいた。

「矢を放ったのは湖だよ。こいつなかなか根性ある奴で、矢が刺さったままここまで飛んで逃げて来たんだよ」

 地面で羽をばたつかせる鷹を指で小突くカティヤ姉様に、サビーナ姉様が素っ気なく言い放った。



「鷹と獲物を取り合うとは大人気ないの」

「あたしが先に狙ってた魚を横取りしたのはこいつ。あたしは武人らしく売られた喧嘩を買っただけさ。でもこの勝負、あたしの勝ちだね。はっはっはっ!」

 腰に手を当て豪快に笑うカティヤ姉様。

「小さな生き物相手に喧嘩とは、心が狭いの」

 ご機嫌なカティヤ姉様にサビーナ姉様の呟きは届かなかったらしい。

 何事にも熱しやすく活発なカティヤ姉様らしい考え方だけど、鷹を相手に魚を取り合う王女なんてどこを探してもいないと思う。



「これ焼いても煮ても美味いんだよね。今からチャチャっと焼くから二人とも食べてみなよ?」

 鷹って食べられるの?

「今からってどこで?」

「もちろんここで」

 カティヤ姉様、ワイルド過ぎる。

 返す言葉をなくす私に、ジョルジュが救いを求める視線を投げてきた。



 わかってるよジョルジュ。こんな所で火を使ったらどうなるか。

 畑に飛び火して大火事間違いなしだよ。

 収穫前の野菜もダメになっちゃう。

「カティヤ姉様、ここは火気厳禁だよ。料理は別の場所でやってね。それと、私は鷹のグリルは遠慮するよ」

「妾も鷹は食せぬ。筋肉質で味も消化も悪そうじゃ」

 カティヤ姉様は地面に転がった魚と、まだ羽をばたつかせる鷹を拾い上げた。



「こいつは飼い慣らすから食べるのはこっち魚だよ。ちょうど野菜もあるから、栄養満点カティヤ鍋はどう?」

 カティヤ姉様の耳に私の忠告は入ってないみたい。私の野菜畑を美味しそうな顔で眺めている。

 カティヤ姉様は知らないんだよね、私の野菜が普通じゃないことを。



「このトウモロコシ、焼いたら美味そうだ」

「シシー、カティヤ姉上に一つ分けてやるのはどうじゃ?」

「サビーナ姉様それはちょっとどうかと思うんだけど……」

 サビーナ姉様はまあまあと私を手で制すると、トウモロコシを一つもいでカティヤ姉様に渡した。

 サビーナ姉様なんか企んでる?



「これは特別なトウモロコシゆえ、心して食すが良いぞ」

 はは〜、と言わんばかりに仰々しくトウモロコシを受け取るカティヤ姉様。

 あーあ、渡しちゃった。私は知らないよ。

 鼻歌交じりに小枝を集めテキパキ動くカティヤ姉様。

 ここで火を起こすつもりらしい。

 火気厳禁って言ったのに聞いてないんだから。



「しまった、火を起こす道具がない」

 辺りをキョロキョロするカティヤ姉様。

 火がなくちゃカティヤ鍋は中止かな、とホッとしたのだけど。



「あら、火打ち石なら良いのがありましてよ。先ほど採掘したての新種の石ですの」

 庭園の方から真紅のドレスに優雅な足取りで、艶やかな笑みを浮かべてやってくるのは五姉妹の真ん中ターニャ姉様。



 ゆるやかに波打つ髪は、ラルエット五姉妹の証であるプラチナブロンド。ふっくらとした唇に真っ赤なルージュ。

 大胆に胸元が開いたドレスと引き締まったウェスト。

 豊満なボディの持ち主の二つ名は、ラルエットの宝玉だったかな。採掘の女神だったかな?



 宝飾作りが好き過ぎて、自ら気に入った石を探しに鉱山まで出向いちゃう程の石好き。

 ターニャ姉様が投げた石を見事にキャッチしたカティヤ姉様は、火を起こすために石を打ち始めた。

 大惨事になる前にカティヤ姉様を止めなくちゃ!



「カティヤ姉様火はダメだってば! ターニャ姉様まで。ここが火気厳禁だって知らないの?」

「シシーちゃん、心配しなくても大丈夫ですわ。でも、ちょっとだけカティヤお姉様から離れていましょうね」

「ターニャの言う通り心配いらないって。チャチャっと料理して、チャチャっと片付ければお咎めなしさ」



 カティヤ姉様を止めようとしたけど、ターニャ姉様に腕を引かれてカティヤ姉様から距離を取る。

 艶やかに微笑むターニャ姉様はなんだか楽しそうだ。



 カティヤ姉様がカッカッと石を打ちあう音が野菜畑に響く。

 何度やっても変化の起きない石にイラついたカティヤ姉様は、力任せに石を打った。

 ガッと重い音がした後、パンッと何かが爆ぜる音がして、石から黒い煙がもくもくと上がり……。



「ゴホッ、ゲホッ。なんだこれ」

 黒い煙は風が吹くとすぐに消えてしまった。

 煙をもろに吸い込んだカティヤ姉様は、腕を口に当ててまだ咳き込んでいる。

「なるぼどね。火打ち石としては用をなしませんわね」

 ふむふむと一人頷くターニャ姉様。

 涙目になりながら煤まみれの黒い顔でターニャ姉様を睨むカティヤ姉様。



「ターニャ、どういう事か説明しな!」

「あら説明も何も、わたくし採掘したての新種の石だと伝えましたわ」

「だからなんなのさ!」

「あら〜、カティヤお姉様おわかりにならなくて?」

 ターニャ姉様がクスリと笑う。

 カティヤ姉様はフンッと鼻息を荒くした。



「思わせぶりな言い方しないで、もっとわかりやすく説明しなよ!」

 カティヤ姉様に詰め寄られ、やれやれと肩をすくめるターニャ姉様。

 私の横でサビーナ姉様が頷いてる。

「新種で採掘したて、つまりまだ未実証てことじゃな」

「さすがサビーナちゃんね、その通りですわ。さっきまでは何が起こるかわからない未知の石でしたのよ」



 つまり誰かが試さないと威力も用途もわからない石を、ターニャ姉様はカティヤ姉様でこっそりちゃっかり実験しちゃったんだね。

 ターニャ姉様はカティヤ姉様の肩をポンと叩いた。



「ご協力感謝しますわ、カティヤお姉様」

 勝手に協力、実験台にされたカティヤ姉様は拳をふるふるさせてる。

「謀ったな、タ〜ニャ〜〜。あたしを実験台にするんじゃない!」

 あーあ、カティヤ姉様の堪忍袋の緒が切れちゃった。

 煤まみれの顔を近づけられたターニャ姉様は、鬱陶しそうに扇でそれを遮った。

「見られたもんじゃありませんわね。その顔なんとかなさったら?」



 ターニャ姉様、カティヤ姉様に容赦ないなぁ。

 カティヤ姉様の煤まみれの原因はターニャ姉様が持ってきた石なのに。そんなことは棚上げだ。

 そしてマイペースなサビーナ姉様。

「その白粉は新しいお洒落として、女騎士団で流行るやも知れぬの〜」

「サビーナ、これは化粧じゃない!」

 カリカリしながら訂正を入れるカティヤ姉様。

 サビーナ姉様はそんなことより、とカティヤ姉様にトウモロコシを差し出した。



「そうカッカッするでない。トウモロコシは火照った体を冷やしてくれる効果があるそうじゃ。空腹ならこれを食すが良かろう。生のままでも食すことが可能じゃ」

 焼く手間も要らぬと、熱心にトウモロコシを勧めるサビーナ姉様。

 トウモロコシに体を冷やす効果なんてあったんだね。知らなかったなぁ。

 じゃなくて、トウモロコシをカティヤ姉様に食べさせちゃうの?



「そのまま食べられるのか、便利だな」

 カティヤ姉様はバリバリとトウモロコシの皮を剥ぎ取り。

「カティヤ姉様、待っ……!」

 止めようと思ったけど遅かった。

 カティヤ姉様は大きな口を開けて豪快にトウモロコシをがぶり。



「ぐっ、ぶほっ!?」

 カティヤお姉様は口に入れたトウモロコシを盛大に吹き出し、トウモロコシの粒は目の前にいたターニャ姉様目掛けて飛んでいった。

 うわ〜、ターニャ姉様の綺麗な顔がトウモロコシまみれになっちゃったよ。

 ターニャ姉様は呆然とした後、全身をわなわなと震えさせ。



「ななな、何をするんですのこの野生猿!」

 ハンカチで顔に飛び散ったトウモロコシを拭くと、扇でカティヤ姉様の頭をペシペシ叩き始めた。

 カティヤ姉様はそれを腕で払いのけながら、涙目で言い返す。



「あたしは悪くない。トウモロコシが鼻にツーンときたんだよ。それより姉に向かって野生猿はないだろ、この尻軽女!」

「あ〜ら、カティヤお姉様ったらわたくしに嫉妬なさっているのね。この豊満なボディに誰もが認める美しい容姿ですもの。男運がないどなたかと違って殿方が放っておきませんの。美しいって罪ですわ〜」



 カティヤ姉様のセリフはどう考えても褒め言葉じゃないと思うよターニャ姉様。

「騎士を誘惑するのはやめな。迷惑だ!」

「心が狭い女って余計に殿方が遠のきますわよ。女を磨きなさいな、脳筋さん」

「誰が脳筋だって、もう一度言ってみな!」

「大声を張り上げるなんて、ああ、はしたない。わたくしの繊細な耳に毒ですわ、ご機嫌よう」

 ターニャ姉様はツンっとそっぽを向く。



「シシーちゃん、サビーちゃんわたくしは部屋に戻ってシャワーを浴びますわ。あなた達もお猿さんに噛まれる前に、早くこの場を去った方がよくってよ」

 私とサビーナ姉様には優しい笑顔を向けて、ターニャ姉様は扇をひらひらさせながら王宮に向かって歩き出した。



「ちょっと待ちなよ!」

 ターニャ姉様の後を追うカティヤ姉様。

 鷹と魚も置き去りにして、馬も弓矢もそのまま放置して行っちゃった。

 二人の姉様はギャアギャア騒ぎながら野菜畑を去っていく。



「ほほう……、トウモロコシは鼻に影響を及ぼすのじゃな」

 サビーナ姉様がぶつぶつ言いながらメモを取っているのは見なかったことにしよう。

 野菜畑で火を使われなくて良かったけど、片付けてから部屋に戻って欲しかったな。

 二人の姉様を遠い目で見ていると、王宮から足早にやってくる人物がいた。



 ラルエット王家の長女で王太女のアリーサ姉様だ。

 ターニャ姉様とはタイプの違う知的美人。

 乱れのないドレス姿に、サイドの髪を編み込んで頭の上で一つにまとめた髪型はアリーサ姉様のトレードマーク。



 頭上に輝くティアラには、アリーサ姉様の瞳の色と同じ濃い緑色の石がはめ込まれている。

 正装姿のアリーサは朝議の後そのまま庭園に来たらしい。



「あなた達騒がしいわよ。カティヤ酷い顔ね。いい歳をして火遊び?」

「これはターニャが」

「アリーサお姉様、何かご用ですの?」

 カティヤ姉様の言葉を遮るターニャ姉様。

「ええ、今から家族の間に集まってちょうだい。カティヤはまずその顔をなんとかなさい」



 アリーサ姉様は二人に用件を伝えると、私達のところまでやって来た。

 野菜畑にない物を見てアリーサ姉様の眉が上がる。

「この馬と弓矢はカティヤの私物ね。弱った鷹と魚、この石は何かしら?」

 アリーサ姉様はターニャ姉様の持って来た石を拾った。

「妾達は釣りや鷹狩りなどせぬからの。まして、鷹を食すなどそんな嗜好は持ち合わせておらぬ。察しの通りじゃ」



 カティヤ姉様の私物だってすぐにわかるんだから、かばいようがない。

 サビーナ姉様、カティヤ姉様は食べるのは魚って言ってたよ。鷹じゃないよ。

 サビーナ姉様の言葉にアリーサ姉様のこめかみがピクピク引きつっている。



「カティヤはここで火を炊こうとしたのね。この石は見たことがない物のようだけど?」

 私に聞かないでほしい。

 アリーサ姉様に誤魔化しや下手な言い訳は通用しないのだ。ターニャ姉様をフォローするのは私には難しいよ。

「一応、止めたよ」

 アリーサ姉様は私の視線が一瞬泳いだのを見逃さなかった。



 視線の先を察したアリーサ姉様はまったく、と呆れたように呟いた。

「あの二人は禁止されている理由を理解してないようね」

 アリーサ姉様はドレスの袖から赤いビロードの小さな箱を取り出した。


 

「それは何?」

 この場面で突然アリーサ姉様が取り出した謎の小箱。中身が気になって恐る恐る聞いてみた。

「これはと〜っても役立つ物よ。罠というものは外部からの侵入者だけに使うものじゃないのよ。禁止事項を守らない者への制裁にも役立つのよ」



 アリーサ姉様の嬉々とした言葉に二人の姉様の無事を祈らずにはいられない。

 あの箱の中にはきっと危険な物が入っている。そうに違いないよ。

 だってアリーサ姉様の趣味はカラクリグッズの開発なんだから。

 カラクリグッズなんて言えば聞こえは良いけど、正確に言うとアリーサ姉様の趣味は罠を張ること。



 本人は王宮の警備強化と言っているけど。

 最近では守備範囲を広げたアリーサ姉様が、王都の警備にまで手を伸ばしているって噂もある。

 アリーサ姉様が箱のふたを開けると、中から赤いスイッチボタンが現れた。

 アリーサ姉様は王宮に向かう二人の姉様にちらりと視線をやる。



「いち……、に……、さん……」

 二人の歩く動きに合わせて数を数え始めた。

 姉様達の姿が大きな木の真下に来た時、アリーサ姉様はボタンをポチッと押した。

 すると、木の枝の隙間からネットが落ちてきて二人の頭上に覆い被さった。

 突然降ってきたネットに頭から絡まれた二人の姉様は叫びながら、ネットから脱出しようともがいている。



「ほほ〜う、これは見事なかかりっぷりじゃ」

 感嘆の声を上げるサビーナ姉様に、アリーサ姉様の瞳がキラッと妖しく光る。

「あら、まだまだこれからよ」

「まだトラップがあるの?」

 もがけばもがくほど網に絡まる二人の姉様の姿はまるでクモの巣にかかった蝶々。



 ターニャ姉様自慢の髪やドレスは乱れ、カティヤ姉様の誇りである騎士の制服は、地面を転げ回ったことで土で汚れている。

 二人の姉様は網との格闘に疲れたのか、肩で息をしながらこっちに向かって叫んだ。



「お姉様酷いですわ。カティヤお姉様ならともかくわたくしまで巻き込むなんて。このネット何なんですの!?」

「ターニャそれどういう意味よ! あたしに喧嘩売ってんの?」

「ちょっと野蛮なお猿さん、その顔を近づけないで頂けませんこと。野蛮がうつりますわ」

「サルサル言うなっ! この外見だけの厚化粧女‼︎」

「何ですって⁉︎」



 網に絡まりながら口喧嘩を始めた二人の姉様達。

 この二人の言い争いはラルエット王家の名物となっている。

 ほら、騒ぎを聞きつけてやって来た侍女が遠巻きに眺めているよ。

 みんな慣れてるから事態を確認すると、微笑ましい笑顔を浮かべて自分の持ち場に戻っていく。

 王宮内では、『今日もカティヤ様もターニャ様もお元気で仲がよろしいことで』って微笑ましく思われているらしい。



 でもアリーサ姉様は違った。

 なんて子達なの、と低く呟くアリーサ姉様のこめかみに青筋が……。

 カティヤ姉様とターニャ姉様は一度ヒートアップしちゃうと止まらないんだよね。

 アリーサ姉様がかなり怒っていることにも気づかずにやりあっている。



 アリーサ姉様は私達に向かってにっこり微笑んだ。

「あなた達に最後の仕上げを見せてあげるわ。あの愚妹のところまで行きましょ」


 二人の姉様がいる大きな木の近くまで行くと、数歩手前でアリーサ姉様に止まるように言われた。

 二人は私達に気づかずに今にも取っ組み合いの喧嘩を始めそう。



「前から思ってたけど、あたしはあんたの姉、あんたの辞書に年上を敬うって言葉はないの⁉︎」

「わたくし敬うべき方にはちゃ〜んと、敬っていましてよ。礼儀はわきまえてますもの。野蛮なお姉様」

「がーーっ、このすかし女‼︎」



 ターニャ姉様が高らかに笑うと、カティヤ姉様は地団駄を踏む。

 アリーサ姉様は美しい顔に女神のような微笑みを浮かべると、口喧嘩を止めない二人の姉様に容赦なく宣告した。



「度重なる素行不良に規則破り。問題行動の数々をこの私が見逃すと思って?」

 二人の姉様がぴたりと動きを止めアリーサ姉様を見た。

「うわっ、アリーサ姉!」

「そんな怖い顔をしたら美人が台無しですわよ」

 微笑んでいるアリーサ姉様にターニャ姉様が引きつり笑いを浮かべるのは、アリーサ姉様が相当怒っているからだ。

「反省なさい」

 アリーサ姉様はもう一度ボタンを押した。



「うわっ」

「きゃあっ」

 突然、二人の立っていた地面が崩れ大きな穴が開いた。二人の姉様は網に絡まれたまま穴の中へ姿を消してしまった。

 アリーサ姉様すごい。落とし穴に人が落ちるところ初めて見たかも。



「アリーサ姉上はどうやらこの時を待っていたようじゃの」

「どういうこと?」

「何かと問題を起こす姉上達にアリーサ姉上は手を焼いておったからの。一人ずつ罰するより、二人まとめて片付けたかったのじゃろ」

「無駄を省いたのね?」

「コストも時間も短縮されて、実に効率が良いのお」



 穴に落とされた二人はなんとか這い上がろうと穴をよじ登っている。

「アリーサ姉、あたし達をシカやイノシシ扱いするのはやめてよね!」

「わたくしも獣と一緒にされるだなんて心外ですわ! カティヤお姉様だけならともかく、わたくしのこの美しさ。獣ではなく蝶と仰って頂けませんこと?」

「ちょっとあんた、今さり気なくあたしのことバカにしたね!」



 一向に収まらない二人のやりとりに、アリーサ姉様の表情がどんどん凄みのある笑顔に変わる。

 ああ、アリーサ姉様かなり怒っているよ。

「あなた達の日頃の行いについては各方面から報告を受けています。よって処分について通達があるまで城からの外出を禁じます。以上です」

 アリーサ姉様は最後に、に〜っこりと威圧感たっぷり含んだ微笑みを二人に向けると、王宮に向かって歩き出したが数歩歩いて振り返った。



「サビー、シシー。お父様がお待ちよ、一緒に参りましょ」

 何事もなかったように穏やかに優しく微笑むアリーサ姉様。

 私とサビーナ姉様は顔を見合わせてからアリーサ姉様の後について行った。



 穴に落とされた二人の姉様はアリーサ姉様の憤怒の微笑がよほど効いたのか、顔を引きつらせて石化したまま動かない。

 禁止事項は破っちゃダメだよ。

 王宮の菜園がこれからも炎上しないように、姉様達にはしっかり反省してもらわなくちゃね!






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