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外伝33 交州にて(前編)

 董承はまず元は賊将だった李楽、韓暹、胡才の三将を呼びつけた。

 そして、周辺で略奪を繰り返す賊の退治を申しつけた。

 すると、その内の一人である韓暹が別駕従事の董承にこう述べた。

 

「董別駕殿(董承のこと)。お願いの儀があります」

「何かね? 韓校尉(韓暹のこと)」

「賊将となっている者の一人。楊奉は私の友人です。願わくば、その者をお許し願いたい」

「はて? 何故、この交州の片田舎に君の友人がおるのかね?」

「楊奉は前交州牧の朱符の与力として下向したのです」

「何だと? それでは一度、朝廷に赦しを請うたのに、またもや賊に成り下がったという訳か?」

「……い、いや。そういう訳では」

「そのような者は話にならぬ。君の友人とはいえ、早々に対処せよ」

「……御意」

 

 韓暹は他の二名と共にスゴスゴと引き下がったが、それでも内心では納得はしていなかった。

 その様子を見ていた者がいる。

 董承に治中従事として請われて共に下向してきた鍾繇しょうようだ。

 鍾繇は一連のやり取りを見て、董承に助言してきた。

 

「董別駕殿。宜しいですか?」

「何だね? 鍾治中」

「王忠や楊奉という者達を赦してやってはどうでしょう」

「何だと? 何故だ?」

「色々と已むに已まれぬ事情があったと推察します。それにむざむざと兵を損なうのは馬鹿らしいでしょう」

「それはそうだが……」

「なれば、ここは恩赦を与えましょう。それと同時に朱符達の行った税制も見直し、被害が多かった所は免税措置を取るしかありません」

「……そんな事をしたら、金が入ってこなくなるではないか」

「取るべき所から取れば良いのです」

「取るべき所?」

「はい。士一族は任命されていないのにも関わらず、勝手に太守を名乗っている者も多い」

「ふむ。不埒な輩どもだな」

「それらを正式に認める代わりに金を要求しましょう」

「成程。それは妙案だな」

「それと、もう問題があります」

「何かね?」

「天帝教とかいう連中です。区連と盟約を結び、蒼梧郡や南海郡で蜂起しております」

「ううむ。太守は誰であったか?」

「蒼梧郡太守は史璜しこう。南海郡太守は孔芝こうしという者です」

「どのような状況だ?」

「双方とも軍勢を繰り出しておりますが、多勢に無勢とのことです」

「どうすれば良い?」

「このまま放っておきますと、荊南や豫章郡の介入の恐れがあります。早めの措置が必要かと」

「……くそっ。忌々しい賊どもめが」

「その為にも平定出来る所は平定しましょう。会稽郡の賈琮とは早い段階で和議を結び、山越族らの仲介をしてもらいましょう」

「……そのような事が可能か?」

「蒼梧郡や南海郡では我らの及ばない場所があります。正式に割譲ということであれば、山越の長どもも矛を収めるかと……」

「なっ!? そのような事をしたら朝廷の沽券に係わるではないか!」

「他に方法がありますまい。このままでは取り返しのつかぬことになりますぞ」

「ううむ。仕方がない。これも大事の前の小事だ。そのように取り計ろう……」

「はっ。では早速、取りかかります」

 

 そのまま鍾繇を行かせようとした董承だが、ふとある事を思い出した。

 それで董承は鍾繇を呼び止めた。

 

「待て。鍾繇」

「は……?」

「一つ、聞き忘れていた事がある」

「何でしょう?」

「朱符の従事をしていた者達のことよ。そ奴らはどうしている?」

「劉彦、虞褒の二人ですな。そ奴らなら……」

「……なら?」

士燮ししょうの領内に逃げ込んだとの事ですが……」

「何? では、この騒ぎを起こした責任を取らずに、おめおめと生き延びておるのか?」

「言い方は悪いですが、どうもそのようですな……」

「士燮は二人をこちらに寄こすかな?」

「二人を戻してどうするのです?」

「決まっておる。縛り首にしてやるまでだ。それで少しは不満分子の気が晴れるであろう」

「……畏れながら、その二人は朱符の命令でやったまでの事。既に朱符は……」

「分っておる。だが、それだけでは足りぬであろう?」

「……それよりも問題なのは天帝教でございます。連中は勝手に交州王を名乗る人物を……」

「なっ!? 何!? そのような事を何故、今まで言わなかったのだ!」

「すみませぬ。なるべく、内々に処理しようと思ったのですが……」

「……まぁ、良い。で、何処のたわけ者だ。区連か?」

「いえ。許昭という者です」

「……一体、何者だ?」

「以前、会稽にて反乱を起こした許昌の子にあたる人物です」

「……それ以前に許昌とは何者だ?」

「元々は桓帝君に侍従として仕えていた者と聞いております。何でも、桓帝君に邪な教えを説いていた者の一人とか……」

「邪な教えだと……? 老荘の類のことか?」

「はい。そこで、この交州にも布教し、勢力を拡大させているとのこと」

「ふざけおって! 黄巾だろうが天帝教だろうが、佞邪の類は全て討ち滅ぼしてやる!」

「……お、お待ちを。天帝教はまだしも、太平道の門徒はまずいかと」

「ええい! 黙れ! 天帝教も黄巾賊もどちらも同じ事よ! まとめて討ち滅ぼしてやるわ!」

 

 董承は劉彦、虞褒の二人に関してどうでも良くなった。

 兄の代行とはいえ、自身の領内を荒らす新興宗教勢力が許せないからである。

 それというのも、そもそも何進が外戚として力を伸ばした一因として、大将軍になった後に朱儁や皇甫嵩、廬植らの活躍により発言権を強めていったのだ。

 

 朱儁や皇甫嵩、そして廬植は特に何進の派閥という訳ではない。

 三名共に、そのような政局争いとは無縁だし、そもそも何進に恩義もない。

 だが三名は「結果的に何進の旗下であった」ということで、何進の発言力が強くなった。

 その時、董重は驃騎将軍であったのだが、十常侍とは距離を置いたのが原因で、その恩恵に与っていないのである。

 

 一方、交州での他勢力を見てみよう。

 まずは反乱軍の首謀者として天帝教と同盟を結んだ区連おうれんについてである。

 区連は弟の区景おうけい区逵おうきらと共に各地を転戦し、勢力を拡大していった。

 因みにだが、司護が討ち取った区星は区連の伯父にあたる。

 

 区一族は永和二年(西暦137年)に日南郡で反乱を起こした区憐おうりんを祖としている。

 区一族は交州において豪族であり、士燮ししょうをはじめとする士一族と二分する勢力でもある。

 士一族は漢民族の出自だが、区一族は越人の最大部族である京族きんぞくであり、士一族に靡いていない部族らに支持されている。

 

 その区連だが、一時は士燮と盟約を交し、朱符に対抗をしていた。

 だが、朱符が討ち取られると同時に盟約は用済みとなった。

 朱符の従事である劉彦、虞褒を庇った為である。

 

 士燮が劉彦、虞褒を庇った理由だが、これは交州牧の印璽が関係している。

 劉彦、虞褒の二人は朱符の死後に交州牧の印璽を持ちだしたのだ。

 そして、交州牧の代理として士燮に交州牧を新たに任命した。

 それと引き換えに劉彦、虞褒を保護したのである。

 

 本来ならば朝廷にお伺いを立てるのが通常だ。

 だが、士燮はそんな事はお構いなしと自ら交州牧を名乗ったのだ。

 それに民衆も迎合したのだから、当然の結果という訳だ。

 

 その際、士燮はというと、挙兵した区連に対し「日南郡の太守を任ずる」と約束していたのだが、それを反故にした。

 理由は「漢民族でない者を太守にするには、まだ早い」というものである。

 区連は当然、士燮を罵倒し、矛先を士燮に向けた。

 

「あの老いぼれめ! どうなるか見ておれ!」

 

 区連は不満分子を集め、日南郡を襲って太守の士壱を始めとする士一族を追い出した。

 そして林邑国りんゆうこくと称し、ついに王を称するに至ったのである。

 その後も章河派の天帝教の者達なども使い、次々と士燮が有する地へ攻撃をしている。


 現在、董重の版図は蒼梧郡と南海郡、それに高涼郡の東部。

 士燮の版図は鬱林うつりん郡、合浦ごうほ郡、交趾郡、それに高涼郡の西部。

 そして区連は日南郡(林邑国)という状況である。


 因みにだが、蒼梧郡は荊州臨賀郡の南に位置し、蒼梧郡の南にある南海郡は交州の最東部に位置する。

 南海郡は広く、揚州の豫章郡、会稽郡と隣接しており、把握出来ていない土地もしばしばある。

 現代の香港があるのも南海郡だ。

 

 鬱林郡は交州の西北に位置し、荊州の零陵郡、武陵郡、そして益州とも面する。

 東には蒼梧郡があり、郡境では今後、激戦が予想されるであろう。

 合浦郡は鬱林郡の南にあり、東西に長い高涼郡と接している。

 その高涼郡は蒼梧郡と南海郡、合浦郡に囲まれており、統治もままならない。

 

 そして鬱林郡の南に位置する交趾郡と、更にその南に位置する日南郡だが、現在ではベトナムに属している場所だ。

 それ故、交州の南端というよりも漢の南端と言ってよい。

 なお、日南郡であるが、現在ではベトナムの首都ハノイがある場所である。

 

 さて、この状況を憂いているのは、何も交州の者だけではない。

 会稽郡の太守、賈琮もその一人だ。

 賈琮は朱符が来る前の交州牧であるからだ。


 つい最近のこと、賈琮は交州刺史を罷免されると、都に招聘にされた。

 その道中、風邪をこじらせ重体となってしまう。

 そこで運良く、ある青年に救われたのだ。

 その者の名は虞翻。字を仲翔という者であった。


 虞翻は薬草の知識もあり、賈琮は一命を取り留めた。

 賈琮は虞翻に礼を言い、都を向かおうとするが虞翻に呼び止められた。

 当然ながら賈琮は虞翻に対し、その理由を聞いた。

 

「なぁ、仲翔君。これは帝の命だ。私は上京せねばならぬ」

「いいや。とてもじゃないが、行かせられません」

「何故かね?」

「そりゃそうでしょうよ。それじゃあ私は貴方を佞臣どもに殺させるために、わざわざ貴方を救ったようなもんじゃありませんか。冗談じゃない」

「……そうとは限らんだろう?」

「いいえ。小耳に挟んだんですが、孟堅(賈琮の字)さん。貴方はちと、やり過ぎてしまったようですね」

「……やり過ぎた? 何をだ?」

「決まっています。極悪な汚吏どもをはりつけにしたじゃありませんか」

「それの何が悪い?」

「いや、それは悪い事じゃありません。ですけどね。逃げた汚吏どもはこぞって、孟堅さんの事を宦官どもに訴えているんですよ」

「………」

「今頃、手薬煉てぐすねひいて待っているでしょうよ」

「しかし、何故だ? この私を助けたことは礼を言うが、何故そこまでして私を助ける?」

「そりゃそうですよ。父、虞歆ぐきんの大恩人ですからね」

「えっ? ひょっとして文繍(虞歆の字)殿か?」

「はい。父の喪が明けましたので、大恩ある貴方様へ父の代わりに恩を返しに参った次第」

「……そうであったか」

 

 虞翻の父、虞歆は交州の日南太守をしていたが、大規模な反乱が勃発した際に味方だった兵に襲われ負傷した。

 その虞歆を賈琮が助けたのである。

 虞歆はそれから一年もしない内に矢傷が元で死亡したが、虞翻に賈琮への恩を忘れぬよう遺言したのだ。

 

 賈琮は虞翻からつぶさに現状を聞くと、流石に不安になってきた。

 思い当たる節が幾つもあるし、何といっても十常侍らとの仲は険悪である。

 賈琮は元洛陽県令であるが、十常侍に睨まれ、左遷同然で交州刺史となったのだ。

 それ以前に交州刺史となった朱儁が乱を平定していたが、朱儁は汚吏を結果的に見逃したので、中央に招聘されたのである。

 故に朱儁との扱いは全く違うことが予想された。

 

 賈琮は話題を逸らすことにした。

 答えは決まりつつあったが、流石に若い虞翻のことを直に鵜呑みにするのも癪だったからだ。

 それに何と言っても虞翻の朝廷に対する不信感が並大抵のものではない。

 

「そもそも、君は帝のことをどう思っているんだ?」

「ああ、どうしようもありませんね。ロクに戦さにも出ていない宦官を、上軍校尉なんぞという仰々しいものに仕立てる始末ですし」

「……蹇碩けんせきのことか?」

「そう! おまけに何ですか!? ちょいと前に制定されたとかいう西園八校尉というのは!? その中で黄巾賊と戦っていたのって曹操だけですよ!」

「……詳しいね」

「僕もあちこちと旅していますからね。行先は雲雀が決めてくれますし」

「雲雀?」

「まぁ、適当ってことですよ。で、その帝は自身を無上将軍とか名乗ったり、商人のマネしたり……。まるで児戯としか思えませんね」

「………」

「挙句の果てには鴻都門学とかですよ。前涼州刺史の梁鵠りょうこく、前益州刺史の郤倹げきけんを見れば自ずと分るものです」

「……ふむ」

「しかもですよ。今度の交州には『朱儁の息子の朱符が任命された』って言うんです。この朱符も鴻都門学の一書生。どうなるか、もう目に見えている」

「……そうなのか」

「だから、ここは洛陽に行かずに様子を見ましょうよ」

「様子を見るって……。何処でだね?」

「劉繇さんの所です」

「劉繇殿……。先頃、楊州王とかを名乗ったとか……」

「そうです。劉繇さんであれば孟堅さんを歓迎してくれるでしょうよ」

「そうかもしれぬが……。しかし……」

 

 戸惑う賈琮であったが、虞翻に説得され劉繇に出仕することになった。

 そして会稽郡の太守に実績を買われ、赴任したのである。

 

 元は賊として前会稽太守の郭異を追い出した周勃しゅうぼつと、その弟分である黄龍羅は与力となった。

 周勃と黄龍羅は賈琮を尊敬しており、賈琮が赴任してきたと知ると喜んで太守の座を明け渡した。

 そして、その部下である随春、秦狼らもそれに従った。

 

 また、それと同時に虞翻が会稽郡の別駕従事となり、三人の若者が虞翻の推挙で賈琮の配下となった。

 一人は淩操りょうそう。それに徐陵、字を元大。

 そして、もう一人が董襲、字が元代である。

 

 さて、交州牧となった朱符だが、会稽郡から劉彦、虞褒という二人の者を呼んだのは周知の事実である。

 そのうちの虞褒だが、実は虞翻の従兄弟に当たる人物だ。

 だが、双方ともに仲が悪く、相容れない存在なのだ。

 虞翻は大の酒好きで、どちらかというと親戚の中でも鼻つまみ者である。

 一方の虞褒であるが表向きには品行方正だが、その本性は因業いんごうであり、才はあるが強欲である。

 

 ある日、親戚中で集まった時に虞翻が泥酔した時がある。

 その時、虞翻は酒の勢いに任せ、虞褒を罵った。

 虞褒があまりにも私利私欲が酷く、他人を騙しては金を巻き上げていたからだ。

 しかし、その事を他の者達は知らなかったものだから、虞褒は赤っ恥をかいた。

 それ以来、虞褒と虞翻は互いを憎み合っているのである。

 

 話を元に戻そう。

 その虞褒は劉彦と共に会稽郡の従事となった。

 劉彦は前漢の悼恵王劉肥とうけいおうりゅうひを祖とする人物だ。

 ただ、若干怪しい部分もあり、何処まで真実かは謎である。

 

 両者とも郭異の下で働いていたが、税の取り立てが厳しく、しかも郭異以上に私腹を肥やしていた。

 それで周勃と黄龍羅が反乱を起こし、郭異ともども追い出したのである。

 しかし、両者ともに算術に明るいことから朱符に召し抱えられたのだ。

 

 朱符にとって誤算だったのは、両者が算術に明るいだけではなかったことだ。

 この事が朱符の命取りになると考えることが出来なかったのである。

 


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