第六十五話 竹千代の名前ついに発表!
僕が衝陽の城門付近で発展具合を眺めていると、鄭玄が話しかけてきた。
やはり驚きを隠せないようだ。
「長沙府君。これは……」
「新たなる城、衝陽です。ここが新たな荊南の中心となるでしょう」
「しかし、これは問題ですぞ」
「何が問題なのです?」
「貴殿はあくまで長沙府君ですぞ。荊州牧でも刺史でもないのに、新たなる城を築くとなれば……」
「ハハハ。荊州牧は自ずと転がってくる手筈です。それならば問題ないでしょう」
「……しかし、ですな」
「それで朝廷が余を朝敵にするのなら臨むところです。第一これは、あくまで荊南の民の為に行っていること。民を蔑ろにするつもりなら喜んで朝敵となりましょう」
「………」
「大体、鄭玄先生。現在の状況を分っておいでか? 今や涼州王君(劉協)、益州王君(劉焉)、豫州王君(劉寵)、そして楊州王君(劉繇)が朝敵扱いなのですぞ」
「確かにそうでしょうが……」
「先生。余は一刻も早い安寧の世を望んでおります。その為には、どのような苦労も惜しみませんし、誹りも覚悟の上です」
「……ふむ。分りました。そこまでおっしゃるのであれば、これ以上は申しません。私も人材の育成に全力を注ぎましょう」
「おお! 分って下さいましたか!」
「……ですが、条件があります」
「何なりと……」
「まず儂の弟子たちを招きたい。この地で儒学、経学を始めとする学問を研鑽させて欲しいのです」
「それは誠に有難いことです。喜んで路銀を手配しましょう」
「それともう一つ。各地に散らばった書物を集めたい。かなりの額が必要でしょうが……」
「ハハハ。お安い御用です。他には?」
「伯喈(蔡邕の字)殿らと共に漢史の編纂をさせて頂きたい」
「それは至極当然のことです。それに歴史を記すことは後世の民にとっても宝となりましょう。金は惜しみませぬ。何卒、成し遂げて下さい」
鄭玄は甚く感銘を受けたようで、荊南の為に尽力すると改めて誓ってくれた。
そして、僕が鄭玄と話していると遠くから「父上」という声がした。竹千代だ。
暫く会っていなかったから、随分と背が伸びた。
あと数年もすれば成人だなぁ……。
「父上! お久しゅうございます!」
「竹千代か。久しく見ない内に大きくなったな。修練には励んでおるか?」
「はい! 天下泰平の為に邁進するつもりですから!」
「ハハハ! そうかそうか。ところで君に土産話がある」
「何です? 父上」
「まず一つ。慶里。挨拶なさい」
僕は虞を竹千代に紹介した。
竹千代は目を丸くして、虞を見入っていた。
まぁ、凄い美人だし、竹千代も男だしなぁ……。
「まず、今日から君の姉上となる。虞麗主。字は慶里だ。姉弟仲良くするんだぞ」
「ええっ!?」
「ハハハ。これで驚くな。もう一つある」
「え? え?」
「もう一つは君の許嫁だ。豫州王君(劉寵)の御息女に決まった」
「え!? ええっ!?」
「アハハハ!! 今すぐに、という訳ではないが、豫州王君の娘御だ。恥じぬ男になるのだぞ」
「は……はい」
竹千代は茫然としてしまった。
まぁ、当然だろうなぁ……。
僕も両親からいきなり「お前の嫁が決まった。しかも超有名人の娘だ」なんて言われたら戸惑うしかないしね。
しかも急に凄い美人のお姉さんも出来た訳だし……。
竹千代に新たに加わった者達に挨拶させると、僕は竹千代と鄭玄、虞、そして新たに護衛となった許褚を連れ、新築したばかりの太学の校舎に向かった。
今度は僕が新たに加わった竹千代の学友達と会う為だ。
どんな人材なんだろうなぁ……。
校舎に行くと、竹千代の学友達が出迎えてくれた。
僕が竹千代に姉が出来、更には許嫁の事を話すと、皆竹千代を一斉に冷やかした。
こういうのは、どこの時代や世界も変わらない風景なんだろうな。
……ここ、ゲームの世界ですけどね。
それはそうと、はたして、劉君、沈君、孫君の正体は……。
ある意味、ドキドキものだ。
裴君はやっぱり裴潜でしたけどね。
そして、その結果……。
劉敏 能力値
未成年の為表示不可
沈友 字:子正 能力値
未成年の為表示不可
孫資 字:彦龍 能力値
未成年の為表示不可
………三人とも誰だ?
多分、有能だとは思うんだけど……。
能力値見えないから自信ないけどね。
竹千代は暫く周りから一頻り冷やかされた後、改まって僕に願い出てきた。
何のお願いだろう……?
「父上。お願いの儀がございます」
「何かね?」
「はい。私もそろそろ幼名ではない年頃になりました。そこで諱と字を私に下さい」
「そうか。もう、そんな年頃か……。分った。余に任せよ」
「それと劉君の字もお願いします」
「何故かね……?」
「劉君の父君が『是非とも名君の誉れ高い父上にお願いしたい』と、そう頼まれましたもので……」
「そういう事か……。分った。任せなさい」
僕はそう言うと虞を残して趙達の元へ向かうことにした。
先ほど、竹千代を冷やかしていた連中だけど、今度は虞に気に入れられようと必死だ。
綺麗なお姉さんに魅力感じる年頃という事なんだろうなぁ。
趙達の屋敷に入ると暇そうにしている趙達がお出迎え。
粗方、仕事も終えたとあって昼間から酒をかっ喰らっていた。
僕がやって来るとカラカラと笑って「そろそろ来る頃と分っていました」だってさ。
僕はそんな趙達に竹千代の諱と字、劉敏の字を決めてもらうことにした。
「でだ。君に頼みたい事だが……」
「分っております。まずは竹千代君なんですが……」
「うむ」
「姓は司。名は進。字は文恭が最も良き名と出ました」
「司進文恭……。何処かで聞いたような、聞かないような……」
「劉敏君の字は徳光が最も良き相性です」
「そうか。有難う」
司進。字の方だと司文恭か……。
何処で聞いたのかなぁ……。
なんか引っかかるんだけどなぁ……。
首のところまで出かかっているけど、どうも思い出せない。
けど、悩んでも仕方ないので、まずは政庁に行き、皆に顔を見せに行くことにした。
結構、心配されているだろうしね。
政庁に入ると、いきなり陳端が走ってやってきた。
随分と慌てている様子だけど、何だろう……?
念のため、ジンちゃんモードでいこう。
「我が君! おめでとうございます!」
「えっ? ああ、無事に鄭玄先生をお迎えする事が出来た。重畳……」
「そうではございません! それも実に目出度いのですが、朝廷から勅使が参られました」
「何? 勅使?」
「はい。馬少府殿です」
「……何と。馬日磾殿が自ら?」
「馬少府殿は伯喈(蔡邕の字)殿の屋敷にて逗留しております。何でも荊州牧の印璽をお持ちとか……」
「えっ!? という事は『余を荊州牧に』という事か?」
「はい! 誠におめでとうございます!」
目出度い。確かに目出度い。
けど、絶対に裏がある……。
劉表、劉岱の推挙で就任出来たとは到底思えない。
大体、荊州牧はその両名が「まず僕を荊州牧に指名してから」という前提条件だったし……。
「……子正(陳端の字)よ。明後日に会議を行う。早速、手配せよ」
「はっ。では、荊州牧就任は……?」
「そこで決めることに致す。どうも引っかかる」
「左様ですか。承知致しました」
僕は踵を返し、蔡邕の邸宅へと向かうことにした。
馬日磾と会うためにね。
そこで馬日磾から直に事の次第を聞くことにする。
素直に話してくれるといいけど……。
と、その前にジンちゃんと話すことにしよう。
「ええと。ジンちゃん。聞きたい事があるんだけど」
「はっ。何です? ボンちゃん」
「馬日磾ってどんな人物なの?」
「馬融殿の縁者です。優れた儒者ですぞ」
「……で、馬融って誰?」
「……正気ですか? 馬融殿と言えば鄭玄殿や廬植殿の恩師ですぞ」
「ええっ!? そうなの!?」
「まぁ、些か問題もある御仁でしたがね……」
「問題?」
「かの梁冀と深い繋がりを持ってしまったのですよ。それが問題なのです」
「……で、その梁冀って」
「そこまで説明を……。分りました。字は伯卓と申し、外戚でとんでもない佞臣というか、大逆臣でございます」
「どんな人物?」
「有体に言えば『幼い帝を毒殺した大悪人』という者ですね」
「……そ、そんな奴なの?」
「父の梁商、字は伯夏という人物や妹の梁太后は出来た人物だったのですが、それを反比例した位の痴れ者です」
「………」
「しかも、今日の十常侍らの宦官による専横は奴が原因と言っても過言ではない」
説明が長くなるので、ここから先は要約します。
この梁冀を殺すのに活躍したのは宦官連中だった訳だけど、今度はその宦官連中が政治を専横し出した訳なんですね。
そして、その流れで宦官の十常侍が今日に至るって訳です。
因みに梁冀の一族の財産は没収されたけど、その規模は国家財産の半分近くだそうで……。
日本の政治家のチョロまかしなんて凄く可愛いものです……。
ただ、この話も僕にとってはゲームの世界での話なのか、それとも史実なのか分りませんけどね。
「……それで馬日磾殿ですが、蔡邕殿と並ぶ程の学者です」
「成程。有難うジンちゃん。それなりの人物って訳か。けど、それだと……」
「……だと?」
「左豊みたいに『賄賂よこせ』みたいな事はないってことだよね」
「当然でしょう。名のある儒者が、そのような下卑た真似をする筈がございませぬ」
「そうだよなぁ……。けど、その方が厄介な筈なんだよなぁ……」
僕は覚悟を決めて蔡邕宅の門を叩いた。
出てきたのは蔡邕の娘さん。
少し大人びてきたけど、虞とは違って知的な感じの女子って感じだ。
大体、中学生に成りたてぐらいかな? 今の年齢は。
「これは長沙府君!? 今日は何用です? いや、何時お帰りになられたので?」
「ハハハ。ちと、ここに少府殿がおられるとお聞きしましてな」
「それはそれは……。父上と歓談中でございます。どうぞ、こちらへ……」
居間に入ると、そこには蔡邕と初老の男がにこやかに酒を酌み交わしていた。
この初老の男が馬日磾であろう。
見た感じ、その辺にいる人当りの良さそうなおっさんですけどね。
一応、パラメータチェックしておこう。
馬日磾 字:翁叔 能力値
政治8 知略6 統率1 武力1 魅力7 忠義8
固有スキル
故事 登用 人相 説得
中々だなぁ……。正直、内政要員として欲しいくらいですよ。
けど、少府って結構、高位だから無理だろうけどね。
まぁ、在野に下ったら直に登用するとしよう。
馬日磾は僕を見ると席から立ち、深々と挨拶したので、僕も腰が九十度ほど曲げるぐらいの礼を返す。
顔を上げると馬日磾はニコニコと僕を眺めていた。
逆にその方が怖いです……。
「これは長沙府君。まさか政庁ではなく、ここでお会いするとは思いませんでしたぞ」
「先ほど帰ってきたばかりです。馬少府君がここに居ると聞き、急ぎ参った次第で」
「ハハハ。そんなに荊州牧の件が気になりますか?」
「はい。荊州牧になるにしても、どうも腑に落ちないのです」
「……成程。貴殿も、やはりそう思われたか」
「当然でしょう。噂では『帝は司護を決して許さぬ』と周囲に漏らしていたと聞いております」
「……ならば申しましょう。先日、左豊が処刑されました」
「ええっ!?」
「あの者は方々で賄賂を毟り取り、汚職を行っていた故、先日車裂きの刑に処せられました」
「そうでしたか」
「はい。そこで帝は貴殿に対し『荊州牧を任ずる』とおっしゃられたのです」
「……それだけではありますまい。条件は何です?」
「そこまで見抜いていらっしゃるか。では、申しましょう」
「………」
「一つは劉祥殿を改めて江夏太守に任命すること」
「……して、もう一つは?」
「揚州豫章郡を攻めて頂きたい……」
「なっ!? 何ですと!?」
「まず、第一に揚州王という地位は認められておりませぬ。それ故、劉繇殿はあくまで丹楊王君です。故に張宝や張梁は太守ではございません」
「………」
「第二に江夏郡は豫章郡と九江郡に睨まれており、戦々恐々としております。江夏を救うことも荊州牧の御役目ですぞ」
「……しかし、豫章郡も九江郡も兵は出しておらぬでしょう?」
「確かにそうです。しかし、江夏郡が怯えているのもまた事実。荊州牧として看過出来ぬ筈ですぞ」
「………」
……そう来たか。
けど、豫章郡には攻め込めないしなぁ……。
だからといって「豫章郡に攻め込めないから荊州牧はいらない」なんて言ったら堂々と逆賊扱いされちゃいそうだし……。
「して、如何ですかな?」
「お待ちください。今日はあくまで私用で参っただけです。公務とあれば政庁で行うのが道理」
「ハハハ。確かにそうですな。分りました。では、良きお返事を期待しておりますぞ」
その後、僕は蔡邕と共に暫く馬日磾と雑談を交した。
雑談を交す限りは清流派ってヤツっぽい。
愚痴混じりに朝廷内の現状を嘆いていた。
そして政庁に戻る途中、誰に相談するかを考えた。
やはり范増が一番妥当なのかな?
それとも陳平? 張昭?
そんな事を考えていると、道中にて不意に頭の中で声がした。
「しばし、お待ちの程を。ボンちゃん」
「ん? ジンちゃんか。何の用?」
「私に策がございますぞ」
「……ジンちゃんに策?」
「あの凶賊とは違い、誰も貶める心配もございませぬ。まずは、あ奴払いを」
人払いは聞いた事あるけど、頭の中は僕以外、ジンちゃんとフクちゃんだけだからか……。
でも、ジンちゃんの策って何だろうな……。




