第六十四話 劉備、呉の国へ向かう……と、良いなぁ…
海岸につき、船が停泊する秘密の入江に向かう。
そこには四隻の船が停泊しており、僕達の到着を待ちわびていた。
孔融は呂岱、孔鮒と共に北の青州へ、僕らは南の揚州丹陽郡の秣陵を目指すことになる。
そこは劉繇さんがいるから、そこまで行けば安全だからだ。
そして、一人見知らぬ男が既に船にちゃっかり乗っていた。
恰好からして一目で船乗りでない事が分かる。
……誰だろう?
蕭建 能力値
政治5 知略3 統率2 武力2 魅力5 忠義3
固有スキル 開墾 補修
……誰だ?
能力値は微妙に雑魚感が漂うけど……。
「失礼……。貴殿は?」
「これはこれは。貴殿が司府君ですな。儂は蕭建と申す。元は琅邪国の相をしていた者です」
「………」
「実は恥ずかしいながら、曹宏に蘭陵を追い出されましてな。こうして、共に揚州へ参る事になった次第」
「おお、では貴殿が……」
「はい。いやぁ、家族共々こうして逃げる事が出来る。実に有難い」
「………」
凄い小者感がタップリ漂っているよ……。
後で范増から聞いたけど、鄭玄らの情報のリーク先はこの人だったとの事。
政治5は少し惜しい気もするけど、召し抱えるのは控えておこう……。
下手に琅邪国の相という実績がある分、領内で威張られたら迷惑だしなぁ……。
能力値が伴わない実績保持者って後々、面倒なんですよね……。
それと、この時代の船だけど、ガレー船ってやつなのかな?
基本的に多人数の手漕ぎです。
一応、申し訳程度の帆もあるようですけどね。
この時代、羅針盤はまだ存在していない筈だから、どうしても陸伝いの航海になる。
当然といえば、当然なんですけどね。
数日かけ、秣陵に到着。
劉繇さんに会ってから帰途につくことになった。
一応、お礼も言わないといけないしね。
一度、麻婆さんの寮へ赴き、そこで皆の旅の疲れを癒してもらう。
百人近い侠客も連れてきちゃったけど、麻婆さんは喜んで迎え入れてくれた。
これも僕の仁徳の賜物です。
……嘘です。ごめんなさい。
麻婆さんの寮で一泊し、僕は鄭玄先生と許褚を引きつれて劉繇さんがいる政庁へ出立する間際。
周倉が不満そうにしていたので、僕は周倉に話しかけた。
「親分。何であっしを連れてってくれないんです?」
「君には随分と休みをあげていないからね。ここらで命の洗濯でもさせてあげようと思ってな」
「そうですかい?」
「折角だから、ここの色町で遊んで来たらどうだね?」
「おっ!? 親分!?」
「ハハハ。余に気兼ねなぞ無用だよ」
「……それはそうと、あの虞とかいう娘はどうするつもりで?」
「……何故、お前が慶里を気にするんだ?」
「心配なんですよ。あっしも親分の後継ぎがいねぇとなると……」
「余の後継ぎは竹千代に決まっておる。それに竹千代の嫁には、あの豫州王君(劉寵)の娘が来るのだぞ?」
「でも、本当の親子じゃねぇでしょう?」
「馬鹿者。そんな事は些細な事だ」
「ですがねぇ。成人したら『張なんとか』という名前になるんじゃ?」
「……ううむ。じゃあ、姓も司にすれば良いのか?」
「それはあっしも……」
「……ま、まぁ何だ。お前は陳平や彭越らと一緒に羽を伸ばして来い。いや、鼻の下か?」
「親分!」
「ハハハハ。今後は許褚と交代で余の警護をしてもらう。だから安心して鼻の下を伸ばしてこい」
周倉は、まだ少し不満げだったけど、僕は快く色町へ送り出してあげました。
でも、少し気になる事が増えたなぁ……。
確かに竹千代の名前はどうすれば良いんだろ?
……という訳で、とっとと出て来い!
「……お主。『とっとと出て来い』は酷いのぉ……」
「先日、あんなシャレにならないドッキリを仕掛けておいて、何を今更」
「それもよしよし」
「……つっこまないよ。で、竹千代の件なんだけど」
「寂しいのぉ……。それは置いておくとして、お主は竹千代をどんな風に育てたいのじゃ?」
「え? 『どんな風に』って?」
「そうじゃなぁ。『脳筋の一騎打ちバカ』とか『陰険で謀略好きな根暗』とか『家に帰ったら女房に粗大ゴミ扱いされるリーマン政治家』とか……」
「全部、ロクな例えじゃない……」
「フォフォフォ。細かい事は良いではないか」
「じゃあ、オールマイティで一騎打ちも出来る知勇兼備の勇将とかで……」
「お主、欲張り過ぎじゃ……」
「いいじゃないか。で、どうすれば良いの?」
「名前を変える折に能力値も決まるぞい」
「……一番良い組み合わせとか、どうすれば分かるの?」
「お主の所に確か趙達がおったじゃろう?」
「えっと……はい。特殊人材で天災予知が出来るという……」
「そう、その趙達じゃ」
「……で、その趙達がどうしたのです?」
「名前を占ってもらうのじゃ。そうすれば、それに見合った一番良い組み合わせの名前を教えてくれるじゃろうよ」
「おおっ! 分りました! そうします!」
「くれぐれも『ナポ・レオン』とかにしないよう頼むぞ」
「……はぁ?」
「よしよし。ではの」
……てかさ。カタカナ表記も大丈夫なのかな?
「ナポ・レオン」ねぇ……。
試しにつけて……いや、やめよう。
オール1のキング・オブ・雑魚武将になったら目も当てられない。
さて、鄭玄先生と許褚を連れて政庁へ赴くと、劉繇さんはとても歓迎してくれた。
劉繇さんは本当に良い人で、鄭玄先生や孔融だけでなく僕の事も心配していてくれたようだ。
鄭玄先生としきりに昔話を咲かせた後、劉繇さんは僕に話しかけてきた。
「司府君よ。徐州の状況なのだがね」
「はい。何でも陶州牧(陶謙のこと)は正気を取り戻したとか……。まずは一安心ですな」
「いやいや。それはまだ早合点であろうよ」
「……え? 何故です?」
「袁術の養女と陶州牧の次男坊が婚姻をしたとのことだ」
「……は?」
「陶州牧は袁術の力を借りて天帝教の殲滅に躍起になりだしたのだよ。これはこれで、ちと面倒な事になった」
「……何と。して、袁術の軍勢は誰が指揮を?」
「恵衢が総大将、副将が金尚だ。天帝教は時間の問題であろうな」
「問題は徐州が袁術の手に落ちる事ですね……」
「うむ。我らとしても問題だが、袁術は豫州も虎視眈々と狙っておる。朝廷の動きも気になる所だ」
「……しかし、朝廷は袁術までも朝敵には出来ないでしょう?」
「当然だ。それよりもっと厄介な事になった」
「もっと厄介な事?」
「先ごろ袁術の息子である袁燿が成人した。それを機に何進大将軍が娘を袁燿に嫁がせることになったのだ」
「ええっ!?」
「何進め。己の権勢のために、利用出来る者は何でも利用するつもりらしい」
「……そうなると、やはり新たな徐州牧が任命されるのでしょうか?」
「可能性は高い。しかし、こればかりは読めぬ。任命されるとなれば恐らくだが、何進と袁術の思惑が合致する者だと思うがね」
「……では、楊彪殿あたりでしょうか?」
「楊太僕であれば有難いな。しかしだ。十常侍の意向もあるだろうし、楊太僕に徐州牧を与える可能性は低いであろうよ」
「……となると、一体誰が?」
「……こればかりは余も分らぬ。それと王允殿は、あの董卓と縁戚になったらしいしな」
「………」
恵衢と金尚って聞いた事ないんですけど……。
まぁ、そんな事は毎度の事か。
忘れていなければ、元に戻った時にウィキペディアで調べてみるか……。
……それより、王允が董卓と縁戚って貂蝉が董卓の側室になったのかな?
呂布はまだ董卓配下じゃないしなぁ……。
気になるけど、宮中の情報は皆無だしなぁ……。
それ以外にも劉繇さんは様々な情報を僕に教えてくれた。
廬江太守の陸康は、同族の陸駿を県令にして近隣の水賊を悉く帰順させたらしい。
それにより廬江の兵力は整えられ、袁術も簡単には攻め込めなくなったとのこと。
徐州広陵郡では塩瀆城(現在の塩城市)の城主、張英が天帝教の笮融と交戦。
籠城の末にこれを破り、援軍の章邯、于糜らと共にこれを追撃。
完膚なきまでに打ち破ったようだ。
劉繇さんも自慢げに言っていたので、かなりの戦果なんだろうな。
ただ順風満帆という事もないらしい。
というのも、呉郡では天帝教の信者となった自称「東呉の徳王」こと厳白虎が反旗を翻したそうで……。
これに会稽の天帝教徒が連携しているらしいけど、会稽の方は豫章郡の張宝らが援軍を率いて、それらの鎮圧に向かっているらしい。
徐州から天帝教を駆逐したと思ったら、今度は楊州と交州かぁ……。
上手い事、いかないもんだねぇ……。
「しかし、楊州王君。それならば、あまり徐州だけに兵力を割けないのでは?」
「うむ。確かに呉郡太守の盛憲は平時こそ有能であるが、戦時となると些か心許ない」
「それならば、何故……?」
「だが、盛憲は徳のある有能な者だ。高岱を新任の従事とし、煽動された民に対し徳をもって抑えている。あとは有能な将さえ居れば問題ないのだがね」
「………」
ごめんなさい! 徐盛と賀斉は既に登用しちゃいました!
太史慈もだけどね!
けど、このままでは何か申し訳ない気持ちで……そうだ!
「揚州王君。推挙したい人物が居るのですが……」
「ほう? どのような人物かね?」
「劉備。字を玄徳と申す者です。中山靖王の末裔で現在、益州涪陵郡魚復県の県令をしております」
「ふむ?」
「少しいい加減な男ですが、廬植将軍と共に黄巾党との戦いで活躍したとのこと。その者なら適任でございましょう」
「……聞いた事がないな。だが、君の茂才だ。間違いはあるまい」
「はい。劉備本人というよりも、その義弟の方が間違いなくお役に立てると思います」
「……変な茂才の仕方だね。まぁ良い。早速、手配すると致そう」
劉備達が揚州に来れば、こちらも益州の方に進出しやすい。
それに劉繇さんも助かる筈だ。
我ながら冴えているなぁ……。
政庁を後にし、僕はそのまま麻婆さんの寮へと戻った。
留守番していたのは范増一人で、他は皆、色町に繰り出しているようだ。
僕は范増と二人きりになるのを見計らい、現在の状況を確認することにした。
当然、フクちゃんモードですよ。
「なぁ、亜父よ。天帝教とやらは本当に闕宣が興したものなのか?」
「それは違う。元は章河が興したものじゃ」
「章河だと?」
「うむ。章河は元々、斉国の方士でな。かの許昌の父は章河の弟子だったから、許昌も素養があった訳じゃ」
「……ちょっと待て。では、闕宣は何故、天帝教を名乗ったのだ?」
「そうじゃなぁ……。『新たに作るよりも名乗った方が手っ取り早い』と考えたのであろうよ。徐州にも隠れ信者がおったらしいしのぉ」
「成程。道理で揚州や交州にまで股をかける訳だ……」
「フォフォフォ。で、今度は天帝教を利用するつもりかの?」
「いや、それは機を見て考える。それより徐州牧が新たに任命されるとして、亜父は誰だと思う?」
「お主は誰と思うのじゃ?」
「そうだな……。楊彪が適任かもしれんが……」
「成程のぉ。じゃが、楊彪は無理じゃろうな」
「何故だ?」
「楊彪が居なくなれば宮中での清流派の実力者は王允だけとなる。十常侍や何進もそれは避けたい筈じゃ」
「何故だ? 邪魔者が消えるではないか」
「そう簡単な話ではない。楊彪であれば袁術も利用しやすいじゃろう。となると、袁術の力を増大させることになり得る」
「……ふむ」
「それにだ。十常侍も何進も今は互いに繋がっておるが一枚岩ではない。そうなると互いの目の上のたんこぶが必要なのじゃよ」
「敵の敵は味方という訳だな」
「その通りじゃの」
「……では、誰であろう?」
「儂は董卓辺りと思うがのぉ……。しかし、これも憶測でしかない」
「朝廷にとっても徐州は重要の筈だ。となると、それなりの者でなければマズいであろう?」
「そうじゃのぉ……」
「まぁ、後任の徐州牧に関しては静観するしかないか。ところで、そろそろ帝の命運が尽きる頃合いだと思うが……」
「何故、そう思うのじゃ?」
「十常侍や何進らにとって帝位を弁皇子に継がせたいであろう?」
「……ふむ」
「過去の経緯からして、毒殺なぞは珍しい事ではなかろう?」
「確かにそうじゃが……。一番、厄介なのを忘れておるな」
「劉寵も劉協も直には手出し出来ない筈だが……」
「ファッハッハッハッ!!」
いきなり范増が大笑いした。
何か怖いんですけど……。
平然と「毒殺」とか言うフクちゃんも含めてだけどね!
「どうした? 亜父よ」
「その両名ではない。連中が一番、厄介と思うのは儂の目の前におる奴よ」
「えっ!? 余の事か!?」
「当然じゃろう。今や荊南は脅威じゃよ。下手な事をして、劉表、劉岱らを補佐する形をとられたら一溜りもないじゃろうて」
「では、余の存在が帝の命を長らえさせているという事か?」
「そう思っても良いじゃろう。ただ、当の帝は露程にも、そんな事を考えてはいないじゃろうがな」
そうかぁ……。僕に警戒して行動に移せないのかぁ……。
そうなると、増々このゲームをクリアする時間が遠のくなぁ……。
かといって、僕が「皇帝だぁ!」なんてやったら、史実の袁術の二の舞だろうし……。
やっぱり、まだ辛抱かなぁ……。
交州には董重なんていう、これまた肩書だけの良く分からない奴が来たし……。
益州と交州を攻略しつつ、北伐を狙う路線かぁ……。
全く進んでいないけどね。
まぁ、まずは天帝教団を排除しながらボチボチやっていくとしよう。
数日間、麻婆さんの寮で過ごした後、僕ら一行は豫章郡へと目指した。
そこで大都市の鄱陽、南昌と見たけど、やはり張宝の統治は上手くいっている。
南昌なんかは元から大都市だから、発展の仕方も半端じゃない。
こうしてみると秣陵から荊南の商業ルートは大発展を遂げていると言っていいだろう。
あとは街道整備次第なんだろうけど、戦時だから儘ならないのが正直、痛いところだね。
途中、衝陽で太学の寮が完成したと聞き、僕は竹千代に衝陽へ移ることを指示した。
そこで他の優秀な学童らと共に学べば更に飛躍が期待できるからね。
謎の沈君だの劉君だの孫君だのといった子供の正体もそこで判明出来るし。
それと学費だけでなく食費もタダです。
これが可能なのも、これまた潤沢な資金のおかげ。
無理のない内政をコツコツと地道にやる事で道が開けるのです。
それから数日かけて衝陽に着くと、既に衝陽は中心都市の様相を呈していた。
政庁は至って質素だけど、演劇場や太学の校舎、儒学堂、寺院や道観などは、それなりに立派なものにしている。
これは、政は質素に、民の為のものは必要以上に金をかけるという意味合いを持つ。
こうする事により民が「税を有効的に活用している」と思わせる狙いもあるからだ。
ご立派な区役所を造っておいて「区の借金がー!!」とかいう何処ぞの役所を反面教師にしただけなんですけどね。
……何処とは言いませんけどね。




