外伝32 カラクリの正体
ここでは本編で語られなかった東海郡蘭陵県での出来事に触れていきたい。
范増、陳平、彭越、太史慈、許褚らは孔鮒を伴って蘭陵城を目指した。
蘭陵城も他の城と同じく、高い壁が周りを囲む城塞都市である。
ただ他の城とは違い、外壁などはほとんど無傷だ。
これは蘭陵が黄巾党や賊徒に襲われていないからである。
蘭陵がある東海郡は広陵郡と同じ徐州の海沿いにある。
現在の山東省臨沂市付近に存在し、東海郡というよりも徐州の交通において重要な場所にある。
あまり黄巾党がここまで進出して来なかった要因としては、黄巾党にとっての主戦場が遠かった事だ。
これが幸いし、更には陶謙が取り立てた曹豹、臧覇、孫観、呉敦、尹礼らの活躍もあり、平穏を保たれていたのである。
その蘭陵を任されていた曹宏は、ある書状を受け取り、頭を悩ましていた。
陶謙が我が子である陶商を監禁したという書状であった。
「くそっ! どういう事だ!? まさか漏れたのか……? いや、漏れる訳が無い筈だが……」
曹宏が書状を受け取ると同時に、使者は陳勝、呉広の意向を伝えた。
それは「虞という娘を奪還し、早々に合流して共に徐州から脱出せよ」という事であった。
曹宏はさっさと蘭陵から引き揚げたいのだが、軍勢の多くは陳勝、呉広らが持っているので、逆らいたくないのである。
陶謙が我が子である陶商を獄に入れた理由とは何であろうか。
それは書状が届いた数日前に遡る。
陶謙は当初、陶商の急病を天帝教の教祖である闕宣が治したことにより、天帝教の布教を認めて自身も信者となった。
天帝教の布教を認めれば徐州は大いに栄えると思ったからだ。
だが、天帝教の布教を認めても農作物の出来は悪いし、疫病にも悩まされる。
更には、天帝教の幹部を名乗る者らが多額の賄賂を民に要求し、苦しめているという噂まである有様だ。
それ故、陶謙も天帝教を疑い始めていた。
陶謙も馬鹿ではない。
だが、意固地なところがあるだけでなく、名声を人一倍、気にする性格の持ち主だ。
それで名声を気にするあまり、名士から尊敬を得るために手段を選ばない言動が多くなった。
これは出自からのコンプレックスが原因と言える。
陶謙は揚州丹陽郡の出自で、家が比較的裕福な商家で生来の学問好きだったので、洛陽に赴き太学に入った。
その後、地元へ戻り、丹陽太守であった童恢の茂才で歙県の県令を任される。
当時の歙県は楊州で決起した妖賊章河の残党が蔓延っていたが、これを討伐し軍功を挙げた。
これが評価され、中央に召し出されると黄巾の乱以前の各地の反乱討伐に尽力した。
涼州では涼州の三明の一人、皇甫規の副将として活躍。
反乱を起こした西羌の軍勢と戦い、高評価を得る。
その後も着実に実績をあげ、幽州刺史になった後に徐州刺史、更に徐州牧となった。
ただ、出世するにつれ、陶謙はある悩みが出てきた。
それは血筋や名声の問題である。
血筋は仕方がないにしても、名声は得ることが出来る。
だが、党錮の禁の折に宦官の曹節に多額の賄賂を贈り、自身の保身を図ったことにより、清流派から見下される事になった。
当時としては止むを得ない事だったのだが、これが陶謙を精神的に苦しめることになった。
それが宦官を極端に嫌い、自身を清流派と自負し、名声ある者を積極的に登用しようとするきっかけである。
だが、そんな陶謙の本心を見抜いてか、宮中の名士どころか在野で隠遁する者も陶謙を蔑む者が多い。
そんな中、鄭玄や孔融は陶謙を評価していた。
中でも鄭玄は同郷の孫乾を推挙したほどである。
そんな二人を怒りに任せて獄舎に入れたのだから、陶謙も心中では後悔をしていた。
その矢先のことである。
ある青年がふらりと陶謙の下へと赴いた。
陶謙は青年の名を聞くと、名が知られている者だったので、急ぎ謁見することになった。
青年の名は胡昭。字を孔明という。
胡昭は名だたる書家の一人で、転々と住居を変え、その地で晴耕雨読の日々を過ごしている。
鍼灸や薬草学などの医術の知識もあり、周辺の子供には学問を上手に教えるとだけあって生活には困らない。
そして何より、出世欲が全くなく、太守どころか帝の招聘さえも何処吹く風である。
その胡昭が自ら足を運んだ訳だから陶謙も断る道理がない。
胡昭は謁見室に飄々とした表情で遠慮なく入って来た。
胡昭は長身で面長の男で短い顎鬚を持っており、格好はボロボロの衣を身に纏っている。
一見、浮浪者のような風体だが、徐州牧の陶謙に物怖じもしない。
この手の名士は清貧をモットーとしており、汚い恰好で来ることも多い。
その為、陶謙は怒りもせず、胡昭の動向を見守った。
すると胡昭は馴れ馴れしく陶謙に話しかけてきた。
「いやぁ、いきなりの面会を申し立てて恐縮です」
「ハハハ。先頃、評判の高い胡昭先生がわざわざ出向いて来るなど、徐州始まっての珍事ですからな」
「字の孔明で結構ですよ。胡昭先生なんて堅苦しくていけない」
「そうですか。では、孔明先生。今日は一体、どのような経緯で?」
「実は出向きたくなかったんですが、美味い酒と親友の為です。仕方ありません」
「何? 酒と親友?」
「ええ。その親友が獄に入れられて毎週届けて貰うタダ酒が手に入らない。難儀な事です」
「……で、その親友とは?」
「子仲君ですよ」
「……糜竺か」
「はい。毎週、美味い酒を届けて貰っていたんですが、獄に入れられて以来、すっかり酒にご無沙汰です」
「……それで先生は、その為にわざわざ来たのかね?」
「アハハハハ! まぁ、そうなりますね!」
「………」
陶謙は、この何とも人を食った青年をまじまじと見た。
恰好は汚らしいが、細い目元からは得体の知れない自信と智謀が見て窺える。
陶謙が思わず黙り込むと、立て続けに胡昭が問いかけてきた。
「しかし、何でまた陶使君あろう者が詐欺なんぞに引っかかったのです?」
「何? 詐欺?」
「はい、詐欺です。しかも、実に分かりやすい」
「……それは天帝教のことを言っておられるのか?」
「はい。直にでも証明しますよ。なぁに、簡単なことです」
陶謙は天帝教を疑い始めたところだったので、以前のように怒って獄に入れようとは思わなかった。
胡昭もまた、それを見透かして天帝教を詐欺呼ばわりしたのである。
「……宜しい。ならば、証明してみせよ」
陶謙はそう言うと、胡昭は素直に頷いた。
そして陶謙に死罪相当の罪人を要求し、その者を使って実験をするという。
胡昭は罪人に無理やり薬を飲ませると数分した後、罪人の全身が痙攣しはじめた。
脂汗が全身を濡らし、涎や涙が止まらない。
この症状は丁度、陶商が襲われていた症状と全く同じである。
「さて、確か天帝教は変な呪文を唱えていたようですが、私もちょいとやってみましょう」
胡昭はカラカラと笑いながら言うと、とんでもない事を大声で歌うように言った。
「王莽やら梁冀とやらの名において、このどうでもよい罪人を救ってくれい。天帝という痴れ者め」
陶謙は思わず目を見張った。
まず王莽も梁冀も世間で言うところの大悪人として知られる人物である。
その両名の名をもって、ふざけた祝詞のようなものを唱えているのだから、陶謙でなくとも誰でも驚くのは当然だ。
そのおかしな祝詞を終えると同時に、胡昭はまた無理やり罪人に薬を一服飲ませる。
するとまた数分後、今度は罪人の体を襲っていた痙攣が徐々に治まり、終いにはグッタリと疲れてはいるが、正常の状態になった。
「ハハハ。証明はこんなもので良いでしょう。ふざけた祝詞は連中のマネをしても面白くないですから、余興みたいなもんです」
「孔明先生。しかし、連中は薬なぞを使った素振りは見せませんでしたぞ」
「アハハハハ。陶使君。その時、貴殿はずっとご子息の事を見ていましたか?」
「………」
陶謙は、その時のことを思い出した。
教祖の闕宣に言われて目を瞑り、只管祈りを捧げていたのである。
当然、薬を飲まされたとしても気づく訳がない。
陶謙は恥じ入るよりも、我が子陶商が結託し、自分を騙したことに怒りを禁じえなかった。
「おのれ! 天帝教め! 陶商め! よくも儂の顔に泥を塗ってくれたな!」
そう陶謙が声を発すると、今度は胡昭が諭すように陶謙に述べた。
「陶使君。この事は直に口外せず、隠密裏に事を進ませないといけませんぞ」
「そんな事は貴殿に言われないでも……」
「……いや、分っていない。怒りに駆られて事を動かされては……」
「分っておる。早速、糜竺をはじめ、孔融、鄭玄、趙昱の釈放を……」
「いえ。まずは手始めに天帝教徒の蔓延る城を奪取してからです。順序を間違えてはなりませぬぞ」
「……確かにそうですな。そうだ。孔明先生に頼みがある」
「はい? 何でしょう?」
「徐州牧になって貰えぬであろうか?」
「……世迷事をおっしゃいますな。至極迷惑な話ですぞ」
「……ううむ。しかし、儂も齢だ」
「大体、徐州牧は世襲ではないでしょう。まずは朝廷に徐州牧を返上し、新たなる徐州牧を迎えるのが筋です」
「確かにそうでしょうが……。孔明先生は何方が着任してくると思われるか?」
「そうですなぁ……。恐らく、十常侍と何進にとって邪魔になる者でしょう」
「……とすると?」
「王允という事は無いでしょう。司徒になったばかりです。……となると董卓辺りでしょうかねぇ」
「なっ!? 董卓ですと!?」
「おや、面識がおありで?」
「……う、うむ。以前、涼州にて何度がお会いしただけですが」
「面識があるなら問題ありますまい」
「問題は大ありです! あ奴は気に入らん者は悉く殺そうとする凶賊ですぞ!」
「ハハハ! まるで近くに居る人物のようですな!」
「……はて?」
「では、私は失礼します。くれぐれも内密に事を進みなされ。そうでないと後悔する事になりましょうぞ」
胡昭は暗に陶謙のことを指したのだが、陶謙は袁術の事を思い浮かべていた。
流石に胡昭も命は惜しい。
陶謙は胡昭が去った後、まずは謀反を起こした糜芳、臧覇らに密使として王朗を送った。
王朗は当初から天帝教の布教に反対だった者だが、幸い獄に入れられていない者だったからだ。
また、陶謙の忠実な従事でもある為、適任者とも言える。
ただ、フツフツと湧き上がる怒りには我慢出来ず、息子の陶商を監禁してしまう。
これも秘密裡に行われたのだが、もう一人の息子である次男陶応が、その事を知ってしまったのだ。
陶応は天帝教とは無縁だったが、兄の陶商が監禁されたことを知ると陶謙が乱心したと勝手に思い込んだ。
陶応は居ても立ってもいられず、思わず近習の者に相談した。
この近習の者は天帝教の信者ではなかったが、賄賂を受け取っていたので、この事を教祖闕宣に密告した。
こうして闕宣に露見してしまったのである。
だが、陶商が監禁された理由についての詳細は分らずじまいだったので、闕宣も静観することにした。
陳勝、呉広らは闕宣とは別に行動を開始した。
交州へ船を使い、逃亡する企てである。
だが、両者ともお気に入りの虞が孔鮒に連れ去られていたので、逃亡するにも後ろ髪を引かれる。
そこで天帝教に繋がる者達に虞の捜索を要請することにした。
曹宏は書状を見ながら暗中模索していると、門番から使いがやって来た。
なんでも孔鮒を捕えた天帝教の兵士が面会したいという。
「これこそ天の助けだ。急ぎ尋問して虞の居場所を吐かせよう」
曹宏は罠とは知らず、政庁に陳平をはじめ、太史慈や許褚といった物騒な者達を招き入れてしまった。
三人は兵を十人ほど引き連れ政庁に入った。
残りの兵は彭越と范増が政庁の外で待機し、機会を窺う。
范増は、事前に蘭陵にいる浮浪者などの頭目に手の者を通じて金を渡しており、騒動が起こった際に蜂起するよう指示していた。
浮浪者連中は元々流民であり、天帝教を憎んでいる者達が多かったため、これを快く承諾した。
鬱憤を晴らせるとあって士気も高い。
さて、政庁の内部に入った陳平であるが、まず曹宏に面会を申し入れた。
だが、曹宏の運が良いのか悪いのか、逃亡する為の身支度をしており、部曲長に一任してしまっていた。
そして、その部曲長は地下にある牢獄へ孔鮒を連行するよう、陳平に申し渡したのである。
「この際だ。曹宏の首は後回しにして、まずは孔融達を助けることにしよう」
地下牢に辿りつくと頃合いを見て、太史慈と許褚に目配せをした。
それと同時に部曲長の首は胴と離ればなれになってしまった。
その様子を牢の中から窺っていた孔融は、その手際の良さに呆気にとられた。
すると部曲長の胴体から鍵を奪った陳平が牢の扉を開けた。
「助けに参りました。ささ、こんな臭い所から早く逃げましょう」
「……貴殿らは何処の手の者かね? 劉繇殿か?」
「いいえ。我らは荊南の司護の手の者です」
「何と!? 荊南の賊太守のか!? しかし何故、賊太守が我らを助けるのだ?」
「ハハハ。それは後々、お話しましょう。今は早くここから出ましょう」
孔融らが脱獄した時、既に許褚が連れてきた侠客連中は政庁内において戦いを始めていた。
その騒ぎを彭越、范増らが察知すると、呼応するかのように外でも乱闘が始まった。
「ええい! 何をしておる! 曲者だ! 早く捕えよ!」
騒ぎを聞きつけた曹宏は手の者に叱咤し、収拾を命じた。
だが、それと同時に自身は我先に逃亡したので、増々混乱に拍車をかけた。
こうして曹宏は逃げ遂せたが、捕えられていた四名は無事、陽の目を見ることが出来たのである。




