第六十一話 戻れる場所は……
前回の続きです。
プレッシャーのせいか、何が何だか僕も良く分からなくなってきました……。
今まで上手くいってきたけど、今回は本当に上手くいくかどうか分らない。
それでいて「女性に関して云々」なんて、とても考える余裕なんてない。
けど、この世界で死んだ場合、元の世界に戻れるかどうかも分らない。
そう考えると、確かに如何わしいお店で遊んでも問題ないのかもしれない。
……いや、違う。なんかやっぱりシックリ来ない。
僕はジンちゃんとフクちゃんの声を消して、自分なりに考えることにした。
ラジオのチューナーみたいのが頭の中に存在しているようで、それをオフにすれば双方の声を消す事が出来る。
こういう機能があると、やっぱり非現実の世界だと実感できる。
………でもね。
それ以外は、いやにリアリティがあるんだよ……。
鮮血とかは生暖かったりするし、死体とか放置していれば蛆も湧いて腐るんだ。
それに配下になってくれている連中も、それぞれ個性があるんだよ……。
名前のある文官や武官だけじゃない。
以前にも話したと思うけど、名無しの能吏や将校もそうだし、その辺の通行人でさえ、それぞれの性格がある。
だから中途半端にだけど、この世界で生きているという実感もあるんだ。
けど、こんな事を考えても答えがない。
水鏡先生を騙っていた南華仙人に聞いても、またはぐらかされるだけだろうし……。
だから自分なりに終わらせ方を考えてみる事にしよう。
確か、あの時に老師が言っていたクリア条件に「僕が丞相か相国になる事」があった筈だ。
劉寵の娘と竹千代が結ばれたとして、血縁はないけど外戚になる。
その後、そのまま劉寵が帝になり、僕が劉寵から丞相に任命されればゲームクリアとなる筈だ。
となると、やはりそのまま劉寵に帝になってもらうのが一番の近道となる……。
……でも、劉寵とは離れているしなぁ……。
それに劉寵を帝に仕立て上げようにも、反対する連中は多いだろうしね。
今のところ、味方である筈の劉表、劉岱、劉繇だって賛成するかどうか分らないんだし……。
それ以上に家臣になっている王儁や張昭らも賛成するのかな?
今まで大義名分を大事にしてきたけど、露骨に丞相に登りつめようとしたら不信感もたれそうだし……。
名医に毒を盛られそうになるのは勘弁ですよ……。
考え抜いた挙句、出した結論。それは……。
「今まで通り、宙ぶらりんに近い状態で荊南を発展させる」
そうなりました……。
「ゲームクリアしたいから丞相か相国になりたい」
……こんな発言して、誰が信用してくれますかね?
ただでさえ「変人」とか「狂人」とか言われているのにさぁ……。
一応、仁君扱いして貰っているから良いものの……。
近場といえば劉焉や劉表もいる。
双方とも次の帝の座を狙っているのかな?
劉焉は何処となく狙っていそうだけど、劉表は厳しいだろうね。
北に劉岱がいる上に、東に袁術がいるんだし。
そうだ。袁術といえば、ほとんど配下に近い存在の劉祥を江夏太守にしているんだっけ。
僕がこのまま荊州牧となれば、江夏郡に攻めないと本当にいけなくなるのかな?
劉表と劉岱は、それが狙いで僕に荊州牧を薦めているんだろうけど……。
ここは范増に相談する前にフクちゃんに聞いてみるか。
ジンちゃんが口を挟むと面倒なので、頭の中に思い浮かべたチューニングを設定した。
孫堅のこともあるけど、もう一つ聞きたい事があったからね。
「あのさ。フクちゃん」
「何だ? いきなりブッツリと切りやがって……」
「ごめんよ。少し、自分だけで考えたくてね」
「で? この俺だけを呼び出したって事は、あの腐れ儒者に聞かれたくない事があるんだな?」
「うん。実は袁術の件でなんだけど……」
「おいおい。随分と飛躍しているんじゃねぇか? 何で袁術が出てくるんだよ?」
「いやぁ。成功したとして、荊州牧なった後、まずは江夏郡攻略なのかなぁ?」
「何を呑気な事を言っているんだ? 江夏郡は荊州なんだから、それがスジってもんだろ?」
「けどさぁ。そうなると孫堅と戦う羽目になるよね?」
「今のところ、袁術も派手な戦いを何処にも仕掛けていねぇからな。まず出て来るだろうぜ」
「……そこなんだよな。孫堅と袁術の関係を悪化させる良い手立てがないかな?」
「おい。それは、まず俺よりも范増の爺さんに相談しろよ」
「そ…それもそうだね」
「……要点を言えよ。袁術や孫堅はダシだろ?」
……どうも見透かされているみたいだ。
確かに孫堅云々も大事だけど、気になっている事は寧ろそっちだし。
ならば思い切って聞いてみよう。
「あのさ。僕が元の世界に戻るとするじゃない?」
「ああ。それがどうした?」
「そうなると、君はどうなるの?」
「どうなるのって?」
「だから『司護としてジンちゃんと一緒に存在するのかなぁ?』ってさ」
「そんなの分かる訳ねぇじゃねぇか」
「え? そうなの?」
「あくまで俺や、あの腐れ儒者は俄かに出来たお前さんのヘルプ機能みたいなもんだ」
「……ヘルプ機能って」
「それだけの存在だよ。だから俺や腐れ儒者は、お前さんに歯向かえない」
「じゃあ、僕が元の世界に戻ったら消えてしまう訳?」
「どうだろうなぁ。多分、そうじゃねぇのかね」
「………随分、冷静なんだね」
「所詮、俺は作り物だからな。大体ここの世界は皆、作り物だ」
「……なんか深いなぁ」
「深いもんか。お前さんだって一種の作り物だろ?」
「え? 僕が?」
「そうじゃねぇか。死んだらオシマイなんだしよ。食って、寝て、適当に生きて、あとは寿命を待つだけだ。俺らと大して変わらんよ」
「……ま、まぁ。そうかもしれないね……」
「それとも何かい? 俺が『死にたくないから元の世界に戻らないでくれ』なんて懇願したら、元の世界に戻らないのか?」
「……う」
……困った。正直、困った。
フクちゃんもジンちゃんもウザったいけど、流石にそれは悲し過ぎる。
けど、リセットみたいなものなら、また復活して他の人相手にワーワーやるのかもしれないし……。
勿論、僕以外に「後々、この世界に迷い込んだ人がいる」という前提になるんだけど。
「それよりもさ。ボンちゃんよ」
「何?」
「俺らよりも自分の心配をしたらどうだ? 前から気になっていたんだが……」
「うん?」
「現実世界とやらでボンちゃんの状況どうなっているんだよ?」
「え? 『どうなって』……って?」
「だからさ。『現実世界で存在しているのか』って事だよ。来てからもう数年だろ?」
「あ……うん」
「もしボンちゃんの肉体はそのままだとしたら、今頃腐っているんじゃねぇか?」
「え? ええ!?」
今まで考えていなかった!
……いや、考えたくなかっただけかも……。
こうして今でもプレイ続行中(?)だから大丈夫だと思うんだけど……。
でも、凄く不安になってきた。
老師を呼ぼう。そうしよう……。
「老師。聞きたい事があるんだけど……」
「よしよし」
「……もうツッコまないよ」
「それは寂しいのぅ。で、何を聞きたいのじゃ?」
「現実世界の僕はどうなっているの?」
「何じゃ。そんな事か」
「確認出来るの? 出来ないの? どっち?」
「ウェブカメラで見れば良いじゃろう。お主のパソコンに搭載されていればの話じゃが」
「どうやって見るの?」
「パラメータを見る要領じゃよ。目を瞑って『ウェブカメラ』を見たいと念じれば良いのじゃ」
僕は教わった通り、念じてみた。
すると僕の部屋が脳裏に浮かんだんだ。
でも、部屋の中には僕はいない。
見えるのは整頓されたベッドと勉強用の机。
その勉強用の机の上に花瓶と花……。
あれ? 僕、そんなの飾っていた?
さらにズームしてみると、写真が飾ってある。
僕の写真だ。
いや、自分の写真なんか飾っていない……。
……まさか!? そんな嘘だ!!
「よしよし」
「どういう事だ! 説明しろ!」
「儂も分らんよ。ただ、数年も肉体を仮死状態にしていたら、普通はそうなるじゃろ?」
「意味分らねぇ!」
「分るじゃろう? 息していないで心臓が止まっていれば……」
「そういう事じゃない! どう責任とってくれるんだ!?」
「儂に言われてのぉ……」
「製作者に会わせろ!」
「知らんよ。儂とて会った事もないしのぉ……。大体、人間かどうかすら知らん」
「何を言って……」
「宇宙人かもしれんし神かもしれん。はたまた人工知能を持ったスーパーコンピューターかもしれんしの」
「……じゃあ僕はどうすれば」
「よしよし」
「良くない! ちっとも良くない!」
「ホッホッホッ。久々に聞けたのぉ。まぁ、その辺については儂も調べてみる事に致そう。儂の命も関係していそうだしの」
どうなるの!? 僕!
この世界でしか、もう生きられないの!?
そうと分かったら、生け捕り作戦どころじゃないよ!
……こうなったら、本当に劉寵の娘を嫁に貰おうかな。
だって、このまま独身で死ぬのは嫌だし。
いや! どうせなら、もっと大物の娘を嫁に貰う!
……って出来るのかな?
大体、それ以上の大物といったら……帝!?
けど、デブでグータラのおっさんの娘というのもなぁ……。
……あ、デブかどうかは分らないか。
てか、劉協と劉弁しか子供知らないし……。
僕は色々と思い悩み、その晩は一睡も出来なかった。
……出来る訳ないよ。
だって、クリアしたら死ぬんだよ!?
こんな理不尽な事ってある!?
で、ついには翌朝になってしまい、身支度を整えているとフクちゃんが話しかけてきた。
「おいおい。お前、何をやっているんだよ?」
「だって、フクちゃん……」
「てかよ……。ウェブカメラって電源入ってなくても見えるのか?」
「……え?」
「あの爺にからかわれたんじゃねぇのか? 考えてもみろよ。それならパソコンだって廃棄処分になっていてもおかしくねぇだろ?」
「……そ、そう言われてみれば」
「……ったく。だから今は兎に角、目の前の事だけに集中しろ」
確かに言われてみれば、その通り。
でも、そうなると僕がこの世界に居られるのは「肉体は大丈夫」って事なのかな?
不安だけど、やる事をやらないと……はぁ……。
出立前のこと、周倉と太史慈が僕を心配そうに見ていた。
どうも顔色が悪いらしく、それが原因のようだ。
そりゃそうだ。
歩き続けている上に、昨日は一睡も出来なかったし……。
けど、こんな所で挫ける訳にはいかない。
初心に戻って頑張らないと!
……でも、本当に戻れるのかな……?
今度はコレの繰り返しになっているよ……はぁ……。
僕らは急ぎながらも不安だらけの心持ちで蘭陵県に着いた。
折角、太史慈も味方になってくれたというのに、どうにも気が晴れない。
けど、そんな事を悩んでも仕方ないので、まずは范増がいる宿屋に行くことにした。
范増は僕を見るなり、少し驚いた表情を浮かべた。
それと同時に僕に問いかけてきた。
当然、ここはフクちゃんとバトンタッチ。
「随分とやつれておるではないか。どうしたのじゃ?」
「疲れが出ただけであろう。随分と急いで長旅をしていたからな」
「まさかと思うが、張角は援軍を拒んだのかの?」
「いや、その逆だ。快く引き受けてくれたぞ」
「それならば良いがのぉ……」
「それはそうと、早く陳勝、呉広を捕えねばならん。臨賀郡が心配だしな」
「そうじゃな。交州牧も決まった事じゃしの」
「次の交州牧だと? 誰だ?」
「元驃騎将軍の董重じゃよ」
「なっ!? 何だと!? 驃騎将軍!?」
「そうじゃ。ただ、この者は帝の母御の甥というだけで、どうしようもない無能者じゃよ」
「しかし、驃騎将軍という肩書だろう?」
「元じゃがな。じゃから左遷も良いところじゃろうて」
「何故、そのような人選が……」
「何進と十常侍どもの画策じゃろう。特に何進めは、同じ外戚の者を隅に追いやりたいからの」
「で、その董重だけか?」
「まずは弟の董承。それと韓暹、李楽、胡才らの元白波賊らが付き従っておるようじゃ」
「降伏した賊将どもと共に左遷されたという事か……。しかし、凋落ぶりが酷いな」
「じゃが、朱符よりも厄介じゃぞ。腐っても元驃騎将軍という肩書じゃからな」
「確かにな。区連は兎も角、賈琮はやりにくいであろうよ」
しかし、酷い展開だなぁ……。
それと董承って確か、劉備と一緒にクーデターを起こそうとして曹操に殺された奴だよね。
能力値はどうなんだろ?
「しかしだ。亜父よ。今はまず、陳勝、呉広らを召し捕ることに専念せねばなるまい」
「その通りじゃ。幸い徐州で新たに反旗を翻した勢力も出てきたでな」
「ほう? 誰だ?」
「陳一族じゃ。陳珪、陳瑀らが劉繇と結び、下邳国で蜂起したようじゃぞ」
「……大丈夫か? 袁術の勢力も近いであろう?」
「陳珪は袁術と旧知の仲じゃそうな。それ故、二枚舌を使って牽制するであろうのぉ」
「成程、それに下手に動けば豫章郡の黄巾党の軍勢も動くであろうしな」
「その通りじゃ。如何に袁術とはいえ、簡単には動けぬであろうのぉ。それに廬江郡の件もまだ終わっておらぬ」
「そういえば廬江太守の陸康は、その後どうなった?」
「相変わらず劉繇支持じゃ。当然じゃがの。だが、最近では袁術め、汝南郡から弋陽県と安豊県を奪い取ったわい」
「……しかし、汝南郡は豫州ではないか?」
「その通りじゃ。しかも、勝手に両県を郡に変更させ、それぞれ楊州の一部として弋陽郡と安豊郡としたぞい」
「朝廷は容認したのか?」
「する訳ないじゃろう。馬鹿でも袁術が豫州を狙っているのは分かるわい」
「では、豫州牧の黄琬や汝南太守は?」
「汝南太守は先頃、龔景がなったがのぉ」
「龔景? どのような者だ?」
「青州斉国の相をしていた者じゃ。それなりに黄巾党とは戦ったが、殻に閉じこもるしか能のない男じゃな」
「また、そのような者か……。それで袁術も好き勝手にやっている訳だな」
「汝南は袁一族の縄張りじゃ。袁氏の頭首を自負する袁術にとって、喉から手が出るほど欲しいからのぉ」
「だが、汝南は豫州だ。おかしな話ではないか?」
「確かにおかしいが、袁術としては楊州牧にも関わらず揚州の北半分も勢力化に入れておらぬ。その焦りもあるのじゃろうて」
「……まさかとは思うが、その先の頴川にも勢力を伸ばす気であろうか?」
「そのまさかじゃろうな。当初の予定通り、朝廷が劉寵、劉協らに目を奪われている内に事を運ばせる手筈じゃろう」
「……ううむ。袁術は本当に簒奪を考えていると思うか?」
「奴は自信過剰な野心家じゃ。漢にとって代わるぐらい屁でもなかろう」
実際、漢が存在していても勝手に帝を名乗った実績あるからなぁ……。
チャンスと見れば洛陽まで攻め込み、帝を誘拐して強引に帝位を簒奪しかねないか……。




