外伝29 結婚事情(後編)
孫策は周瑜の家に訪れ周瑜に会うと、まずは親しげに愛想笑いをした。
周瑜は孫策の表情を見て、直に何かを悟った。
孫策がそのような表情をいきなり浮かべるのは、大概困った事を相談しに持ちかける時だからだ。
ただ、その表情は何時より強張っていた。
それで周瑜はただならぬ難題と思い、小さく溜息をついた。
「で、伯符(孫策の字)君。今日はどんな難題かな?」
「おお、流石は公瑾(周瑜の字)君だ。察しが良いな」
「……いい加減、慣れたからね。そうだな。当ててやろう。靚君(大橋のこと)じゃないか?」
「……何故、分った?」
「やはりね。他に思い当たる事が無かったし」
「ああ。実はそうなんだ。あの袁術の野郎。事もあろうに……」
孫策から事情を具に聞くと、思わず周瑜は噴き出した。
それを見た孫策は、当然ながら烈火の如く怒った。
「おい! 何がそんなに可笑しいんだ!?」
「いやぁ、悪い悪い。あまりにも可笑しかったもんだから……」
「何がそんなに可笑しい!」
「だって、橋蕤殿の娘ならもう一人いるだろう? そっちを宛がえば良いじゃないか」
「もう一人って……。婉君(小橋)の事か!?」
「そうだ。それで問題なかろう?」
「しかし、婉君は君の……」
「たかが女の一人だろう? 目くじら立てる程でもあるまい」
「おい! たかが女一人とは何だ!? 大体、婉君は君を好いておるのが分らんのか!?」
「分らんでもないが、他に手立てがあるのかい?」
「それが分らんから君に訊ねに来たのだ!」
「ハハハ。そういう事か。安心しなよ。僕はどうも思っていないから」
「君が良くても俺が困る!」
「何故、君が困る?」
「靚君が妹思いだからだ! そうなったら、自ら進んで行くに決まっているさ!」
「ああ、そうか。それは気づかなかった」
「おい! 惚けるな!」
「そう大声で喚くなよ。しかし、君も何だな……。くれぐれも靚君と一緒に戦場へ向かうなんて無茶はするなよ」
「そ、そんな事する訳なかろう!」
「いいや。項羽かぶれの君の事だ。やりかねないね。それをしないというなら策を授けるよ」
「……う。分ったよ」
「ハハハハ。まさか本気で戦場に連れて行こうと思っていたのか?」
「……いいから、早く話せ」
周瑜の策とは「他の娘を袁術の養女にさせる」という事である。
袁術に、その事を打診させ、身代わりを立てるというのだ。
酷い話だが、女性の扱いはそのようなものである。
「だが、公瑾君。そんなに都合良く見つけられるものかね?」
「要は養女に仕立て上げれば良いのだろう? それに一応、相手先は徐州牧の息子だ。成り手はいるだろうさ」
「袁術が頷くかな?」
「頷くさ。丁度、良い噂を耳にしたしね」
「どんな噂だ?」
「袁術の若い妾の一人が身籠っているらしい。その妾を養女にさせるのさ」
「ええっ!?」
「そうすれば袁術は自身の血筋を徐州牧の後釜に出来るだろう? それを誰かに唆せるのさ」
「酷い事を考えるな……」
「ハハハ。呆れたか?」
「いや、その逆だ。古の陳平でも考えつくまい」
「古の陳平なら、もっと阿漕な事を思いつくと思うがね。そうだなぁ……」
「何だ?」
「密かに刺客でも潜ませておくだろうね。そして後々、陶謙とその息子を亡き者にして、妾腹の子を後継ぎとして擁立させるとかかな?」
「……君が味方で本当に良かったよ」
「ただ、恐らく袁術も同じ事を思いつくだろうね。あいつは悪知恵だけは一人前だからな」
孫策は周瑜から策を授かると、今度は日を改めて橋蕤の所へ向かった。
そして孫策から、その事を聞くと橋蕤は大層、喜んだ。
橋蕤は直に袁術の下へ行き袁術にその事を告げると、袁術もまた乗り気となり、袁術の妾が陶謙の息子に嫁ぐことになった。
こうして橋蕤の娘姉妹は目出度く孫策と周瑜のところへ嫁ぐことになったのである。
さて、娘の婚姻を考えている者は他にもある。
次は丁原の方を見ていきたい。
丁原は息子がおらず、年頃の娘が一人だけいた。
その内の一人を婚姻外交に使おうと思ったが、誰にして良いか分らない。
「劉寵の側室に」とも考えたが、早々に并州に引き上げたばかりだし、何しろ劉寵の旗色が悪い。
そこで蒯通を呼び出し、婚姻先を聞くことにした。
「丁使君。お呼び出しとは張燕のことですかな?」
「ああ、確かに張燕も頭が痛いが、それ以上に娘の件でな」
「ほほう。で、何方に嫁がせるお積りで?」
「河間王君の劉虞殿の御子息である劉和殿なら問題はないと思うが如何であろう?」
「……はて?」
「異論があるのか?」
「駄目とは申しませんが邪魔がおります」
「邪魔?」
「冀州牧の袁紹です。劉虞殿は袁紹の顔色を窺っており、まとまる事はないでしょう」
「……そうか。となると、何処の家が良いであろう?」
「……いっそ、呂布殿に嫁がせてしまえば?」
「えっ!? 呂布か!?」
「はい。確かに呂布殿は豺狼のような男。油断は出来ません。しかし呂布殿が丁使君の後継ぎと思えば問題はないでしょう」
「しかし、呂布とはな……」
「呂布殿は古の李広に例えられるほどの猛将であり、万夫不当の勇者です。申し分ありませぬ」
「……だが、家柄が」
「今は家柄なんぞに拘っている場合では御座いますまい。もし呂布殿が十常侍なんぞと通じたら取り返しのつかぬ事になりますぞ」
「なっ!? う、うむ。そうだな……。君の言う通りに致そう」
呂布は張遼や成廉、魏越らを従えて黒山賊の張燕を始めとする賊徒と各地で転戦していた。
連戦連勝が続き、さらに張燕は盟友の張牛角を失った。
ここに来て張燕は窮地に至り、配下の孫軽、王当、杜長らを従え、元同僚で西河郡太守に任命されたばかりの眭固らに助けを求めていた。
西河郡は并州の西南部に位置し、司隷の河東郡の北に位置する重要な拠点だ。
本来なら丁原がここの太守を任命する筈だったが、朝廷が新たに并州牧に江覧を指名したことで、眭固が太守になっていた。
その為、丁原にとっては腹ただしい事この上ない。
呂布はそのまま西河郡に攻め込もうとした矢先、丁原からの使者が来た。
内容は「呂布を養子とし、娘を嫁に差し出す」というものであった。
この報せを聞いた呂布は喜びあがった。
「やっと俺にも運が向いてきたぞ! 西河郡を落とせば、義父殿は俺に西河の太守に任じる筈だ!」
喜び勇んで呂布は軍勢を一気に西へ動かし、西河郡へと差し迫った。
しかし、そこに思わぬ邪魔が入った。
董卓の娘婿である牛輔が胡軫、張済らを従えて援軍に来たからである。
おかしな事に丁原は、今では逆賊扱いである。
それとは逆に、元は黒山賊であった張燕や眭固は、今や朝臣という扱いだ。
本来なら丁原が并州刺史に任命された理由は、その黒山賊討伐の為なのだから何とも皮肉な話である。
更に張燕は敗残兵らを集めて再軍備し、義兄として共に戦った張牛角の仇を討とうと息巻いている。
そして、眭固は配下の于毒、白繞らを従えて出陣してきたのである。
北には張燕、西からは眭固、そして南からは牛輔が迫ってきた。
この状況に呂布は歯噛みした。
呂布の軍勢が二万に対し、相手は総勢八万の軍勢である。
しかも地の利は相手にあり、三方から包囲されるとなると流石にどうにも出来ない。
呂布は副将の張遼に聞いた。
「おい。この状況だ。君の意見はどうだ?」
「呂布殿。このままでは退路まで絶たれます。一旦、戻るしかありますまい」
「だろうな。こんな所で犬死なんぞ御免だ。しかし、惜しいな。義父殿に折角、眭固と張燕の首を土産に出来ると思ったのに」
「眭固と張燕の首を獲る機会はまだあります。某が殿軍を務めます故、呂布殿は先に……」
「殿軍なんぞ俺にも出来る。ここは俺に任せろ」
呂布は自信満々に張遼に答えた。
連戦連勝であった為に慢心していたのである。
張遼は不安を憶えたが、敢えてその事に触れることが出来なかった。
それと同じくして張済の甥である張繍が参謀の賈詡を伴って牛輔に面会していた。
賈詡が地元の猟師たちから間道を聞き、伏兵が出来る良好な場所を特定したのである。
呂布らが布陣した場所は森が多かったという要因もあるが、それ以上に退路が限定されていることがある。
三方向から攻めた場合、どうしても退路は限定的な場所に限られてくるからだ。
ましてや賈詡のような智謀の士なら、意図も容易く判断できる。
牛輔は「賈詡の言うことならば」と信用し、張繍に二千の兵をつけて伏兵を試みることを受け入れた。
張繍は機嫌良く戻ったが、賈詡はそれでも不満を隠しきれない様子だ。
そこで張繍は賈詡に問い質した。
「なぁ、文和(賈詡の字)よ。まだ何か不服なのか?」
「いや、どうにも腑に落ちないのです」
「……腑に落ちない? どういう事かね?」
「丁原を下すのなら呂布を眭固らに任せ、我らは丁原が居る太原郡に進み、袁紹、廬植らに援軍を要請すれば済む事です」
「……成程。そうなれば確かに一溜りもないな」
「だが、そのような連携はありません」
「それは袁紹が言う通りに行うという保証が無いからではないか?」
「いえ。野心家の袁紹のことです。『太原郡の太守に手の者を任命する』と約定すれば動く筈です」
「……しかし、そのような約定をしたら袁紹が増々、頭に乗るのではないか?」
「ハハハ。反故にしてしまえば宜しいでしょう。簡単な事です」
「だが、それでは袁紹が怒って何を仕出かすか分らぬぞ?」
「それが狙いでもあります。袁紹が蜂起したら劉虞、廬植、公孫瓚に使者を送り、追討を命じれば良い」
「そのような余裕が朝廷にあるのか?」
「無いから行うのですよ。宮中は北方なんぞ眼中に無い。今はどうやって自分らの既得権益を守るかですし」
「……でだ。それと我々がどう関係しているのだ?」
「大いに関係があります。我らは董将軍(董卓のこと)の旗下にあります。董将軍次第で大きく情勢が変わるかもしれませんぞ」
「成程なぁ。だが、董将軍にも娘婿の李儒殿という知恵袋がいる。君ほどでもないかも知れぬが……」
「ハハハ。李儒殿も察しているでしょうよ。ただ李儒殿が董将軍に助言したとして……」
「あっ!? そうか! 邪魔する奴が居るという事だな!」
「流石に分りましたか。問題は邪魔者が誰かですな」
張繍と賈詡はお互い笑い合ったが、それ以上の事は言わなかった。
今は呂布の軍勢をどう叩くが問題だからである。
流石に殿軍が誰かまでは判明出来ないので、半分以上の軍勢が過ぎた後に奇襲をかけることにした。
呂布が殿軍となり、丁原が派遣した軍勢は粛々と太原郡を目指した。
政庁となっている太原郡は西河郡の北東方面に位置する場所だ。
その為、張燕の軍勢による北からの来襲を警戒しなければならない。
先頭が張遼となり、成廉、魏越とそれに続く。
成廉、魏越は双方ともに勇猛ではあるが、配慮に欠けるという欠点があるからだ。
呂布もまた配慮に欠けるのであるが、万夫不当の勇猛さが、それを補って余りある。
先頭を陣取る張遼は張燕の襲来を予期し、主に偵察の兵を西北方面に派遣していた。
すると張燕らが「二手に分かれて進軍している」という情報が手に入り、急いで退路を変更した。
これに対し、成廉がわざわざ自らやって来た。
「張遼殿。何故、近道を通らぬのだ?」
「ああ、成廉殿。貴殿の言う事も分かる。だが、これが一番の良策なのだ」
「張燕めが、わざわざやって来るんだぞ? 討ち取る好機ではないのか?」
「それは無謀というものだ。ここで時を費やせば牛輔や眭固に追いつかれる」
「しかしだな……。このまま、おめおめと……」
「多勢に無勢なのだ。致し方あるまい。それに殿軍の呂布殿は、丁使君の義理の息子になる身だ。危険な賭けは出来ぬ」
「くそっ……。それを出されたら仕方ないな」
「恐らく張燕だけであろうが、警戒は怠らぬようにな。くれぐれも隊を離れないでくれ」
張遼は成廉を嗜めた後、またもや粛々と軍勢を北西方面へと進めた。
しかし丁度その頃、張燕もまた呂布らの軍勢の動きを知る事になった。
そこで退路を断つ為に、自らも東北東方面へと進路を変えたのである。
張燕の軍勢は一万、対する呂布の軍勢は二万。
数では呂布らが上であるが、張燕には援軍が控えている。
その為、戦いを長引かせると呂布が不利になる構図となっていた。
「やむを得んな。先に陣営を整えるしかあるまい」
張遼は自身の隊の移動速度を上げた。
張燕と戦闘になる事を見越して陣地を構築する為である。
それに幸い太原郡との郡境も近くなっていたので、急使を太原郡の政庁へと向かわせた。
援軍要請の為だ。
何故、移動速度を上げたのか。
これは張燕の軍が素早い為である。
その軍勢の素早さから「飛燕」という仇名もついた程だ。
だが、張遼が移動速度を上げたことにより、脱落する兵が徐々に増え始めた。
成廉、魏越らは脱落した兵を無視したが、呂布は違った。
脱落した兵を自らの隊に入れながら進軍したのである。
それにより張遼、成廉、魏越らの軍勢と距離が出始めた。
だが、呂布は一向に気にしない。
呂布は自身の武勇に自信もあるが、それ以上に配下の将兵を大事にするからだ。
それにより呂布の兵達は強固な信頼関係で結ばれているのである。
そんな呂布の隊に俄かに信じられない出来事が起こった。
突如、兵が湧きあがり、呂布の隊を急襲したのである。
これらは張繍が配置した伏兵であった。
呂布の隊は一時、混乱した。
だが、呂布はそれを物ともせずに敵兵に単身で突撃したのである。
大将首ということもあり、張繍の兵は呂布に群がったが、近づいた瞬間に首と胴が離れる有様だ。
それに勇気づけられたのか、呂布の兵達も呂布の後に続き出した。
張繍は呂布が殿軍にいると知らなかった。
賈詡は「用心の為に夜襲するべし」と助言したが、敢えて昼間に襲撃をかけたのだ。
夜襲となると大将首を討ち漏らす可能性が高いからである。
「おらおらぁ! 誰でも良い! この呂布が相手だ! だが、木端どもは引っ込んでいろ!」
張繍は我が目を疑った。
呂布は単騎であるにも関わらず、突っ込んできたからだ。
そして張繍の下へと差し迫って来たのである。
「ひいっ!? 何故、呂布が!?」
思わず張繍は情けない悲鳴を上げた。
そして呂布が猛然と迫ると、一人の壮士が立ちはだかった。
その名を胡車児という。
「やい! 呂布! この胡車児様が相手してやる!」
「おお!? 少しは腕に自信がありそうな奴が来たな! 面白い! 相手を致せ!」
「戯言を! 覚悟っ!」
胡車児は張繍が逃げたのを見届けると、呂布に向かった。
そして数合ほど互いの武具を打ち鳴らし合った後、胡車児は討ち取られてしまった。
相手の伏兵による奇襲を物ともせず、呂布はその戦いに勝った。
そして、その勢いのまま北上し、張燕の軍勢に近づいたのである。
張燕は呂布が近づいて来たと知ると、その場から距離を置いてしまった。
その後、呂布の軍勢は大した損害も無く、太原郡へと引きあがっていった。
この事を丁原が知ると、大袈裟というほど呂布を褒め称えた。
それは蒯通から「そのように取り計らえ」と助言されていたからである。




