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外伝27 竹千代の成長と劉備の暗躍

 さて今回、まずは零陵の話である。

 竹千代と幼名をつけられた張羨の息子は日々、司護の為に努力していた。

 

 零陵は交州、益州と隣接はしているものの、一向にどちらからも攻めてくる様子はなく、平和そのものだ。

 刑道栄が起こした乱は既に竹千代にとって、遠い昔のように思える。

 

「あれから左程も経っていないのに……。やはり、義父殿は仁君かな……」

 

 週に一度、実父である張羨の廟に赴き、竹千代は手を合わせる。

 父親が太平道を嫌っていたため、儒教の礼拝の仕方で父を弔っている。

 因みにだが、この荊南では儒教、仏教、道教の三通りで冠婚葬祭などを行う。

 主に儒教での冠婚葬祭が多く、続いて道教、仏教の順となる。

 儒教での冠婚葬祭は漢人が多く、道教、仏教のものは異民族が多い。

 

「おお、やはりここだったか。探したよ」

 

 竹千代にそう話しかけてきたのは、新たに友人となった沈君だ。

 沈君は歩君こと歩騭ほしつ同様、呉の地から亡命してきた者の一人である。

 性格は勝気で自信過剰な所もあり、あまり周囲に溶け込めていない人物だ。

 

 ただ、既に周囲からは英傑として認められつつあった。

 文武両道で、どちらにも秀でた才があるからだ。

 ただし、それが更に性格をより難儀なものにしているのだが……。

 

 沈君は、どういう訳か竹千代には親しい。

 司護が義父という事もあるのだろうが、竹千代が他に親しくしている者と違うという事もある。

 それは周泰によって鍛えられた武芸によるものであった。

 

「沈君か。僕に何用かい?」

「いやね。武芸の稽古をしたいんだが、君じゃないと話にならんからね」

「ああ。他の皆は学問にいそしんでいるからな」

「学問も大事だが、今は乱世の時代だぞ。皆、分っていると思うんだがなぁ」

「仕方ないさ。人にはそれぞれ、向き不向きというものがあるんだし」

「君はそう言うが、学問で出世するには今の世の中じゃ大変だぞ。少なくとも君は、その心配はないだろうけどね」

「そんな事ないさ。あくまで僕は養子だよ」

「ハハハ。じゃあ、やはり危機感はあるのか」

「当然じゃないか。僕は父上に約束したんだから」

「へぇ? どんな約束だい?」

「それは他人ひとには言えないね。僕と父上だけとの約束だし」

「そうか。それなら無理に聞く事はしないさ。ただし武芸の方はつき合ってくれ」

「仕方ないな。こっちも容赦しないぞ」

 

 沈君は他にいないものだから、いつも竹千代に武芸の練習に誘ってくる。

 ただ、竹千代も武芸を共に稽古する者が出来たので、内心では喜んでいた。


 学問の方でも竹千代には親友がいる。

 先程、話が出た歩君を始め、後の蒋琬こと蒋君。

 そして、その蒋君の外弟にあたる劉君である。


 その学問においては邯鄲淳が零陵において教鞭を振るっている。

 竹千代や、仲間の学童だけでなく、才のある者は漢人以外にも受けられるとあって盛況だ。

 しかも、何と言っても受講料は無料なのである。

 能吏や学者になって、名をあげたい者は誰でも来るので、村一番の才人という子供は皆、集ってくるのだ。


 竹千代は、そういう子供達にも率先して学問を教えた。

 これは他人の為だけでなく、自身の復習にもなるからだ。

 そして感謝される訳だから一石二鳥である。


 ただ学問はそれで良いが、武芸はそうは行かない。

 沈君以外、誰も武芸には付き合わないのだ。

 竹千代は、やや沈君の方が年齢において上ということもあり、負け越している。

 そこで周泰だけでなく、厳顔にも武芸を習うことにした。


 厳顔はいきなりの竹千代の申し出に驚いた。

 だが、竹千代の熱心さにほだされ、引き受けることにした。

 厳顔は城壁修復という仕事の合間に竹千代に教えることにしたのだ。


 また、周泰の方にも当然、習っている。

 それで更に上達し、沈君とは戦績が五分になりつつあった。

 沈君は不思議に思ったので、竹千代に聞くことにした。

 

「君は狡いね」

「僕が狡い? 何でだい?」

「だって、そうじゃないか。僕は独学だよ。君には二人も師父がいるなんて……」

「ああ、そういう事か。じゃあ、紹介するよ。君も一緒に習うと良い」

「えっ!? 良いのか!?」

「当然さ。僕が困る事でもないし」

「しかし、良いのかい? 僕が袁術とかの配下にならないとは限らないんだぜ」

「ハハハハ。君は袁術様の配下になりたいのかい?」

「……い、いや。あくまで例を挙げただけだよ」

「僕は止めないよ。到底、君が行くとは思えないし」

「何故、そう思うんだい?」

「それなら最初から寿春に向かう筈だろう。ここに居るという事は『袁術様が登用しない』と思ったからだろう」

「ちぇっ! 良く分かっているじゃないか」

「ハハハ。それ位、分らないようじゃ、父上の後釜なんて土台、無理な話だよ」

 

 そう言って笑う竹千代だが、それと同時に司護から聞いた話を思い出した。

 太学を創設するにあたり、竹千代に話したことであった。

 それは次の通りである。

 

「良いか。竹千代よ。私は暫く、この地を留守にする。しかし、君のことは片時も忘れていないから心配しないでくれ」

「何故です?」

「まずは荊南を安定させること。これは君の父上の廟に誓ったことだ。それと……」

「……何です?」

「太学を創設し、有能な能吏や学者を育てたい」

「しかし、その者達が『父上の為に皆、働く』という保証はないではありませんか?」

「ハハハ。確かにそうだね」

「何故なんです?」

「民の為になるからだ。私の為ではない」

「しかし、それでは……」

「良いか。竹千代よ。真の平和とは荊南のみならず、全てが安寧にならねばならぬ。そうでなければ真の平和とは呼べぬ」

「……はい」

「だが、他の地域では平民が学を修めるのは土台無理な話だ。だからまず、この荊南の地で行うのだ」

「………分りました。竹千代も真の平和の為に励みます」

 

 竹千代はその時、司護の意味が分っていなかった。

 だが、続々と荊南の周辺以外からも学問を修めに来る児童を見て、漸くその事を理解したのである。

 

 一方、竹千代の友人となった歩君、蒋君、劉君の話である。

 三名とも学問で競い合い、切磋琢磨していた。

 そこに、ある出来事が加わった。

 潁容が新たに赴任して来たことである。

 

 潁容は邯鄲淳に公開の議論を申し出た。

 それを邯鄲淳は笑いながら引き受けたのである。

 

 二人は様々な学問について議論した。

 主に春秋左氏伝についてだが、これは潁容の最も得意とするところだ。

 ただ、これは討論という形ではなく、春秋左氏伝の事を潁容が詳細を皆に教え、邯鄲淳が笑い話を交えて注釈するものだった。

 これにより、春秋左氏伝が受講していた児童にも広く受け入れられ、古典を目指す者が増えたという。

 

 これに感化されたのか、三人も更に議論を交わすようになった。

 時折、竹千代や沈君を招き、五人でも交し、当初は竹千代以外に敬遠されていた沈君も、徐々に打ち解けていったのである。

 

 さて、次は隣の涪陵郡での話。

 臨賀郡から戻った劉備達は早速、訴訟問題の取り組みにかかった。

 ただ、その訴訟の内容は、ほとんどが客将となっている曹寅の私兵の問題が多い。

 

 曹寅は本来ならば零陵太守として赴任する筈だが、涪陵郡にて足止めをされている。

 その為、鬱憤が溜り、曹寅は私兵を率いて靡いていない村を襲っては略奪を繰り返していた。

 その名目は零陵太守赴任の祝い金である。

 

「全く好き勝手やりやがって! どういう事だぁ!?」

 

 劉備は地団太を踏むが、こればかりはどうしようもない。

 そこで徐庶を呼び、対策を講じることにした。

 

「なぁ、元直(徐庶の字)よ。あの曹寅とかいう奴を締め上げてぇんだが……」

「……無理でしょう。下手にやれば、我らが賊ですよ」

「そんな事、言ったって……。このままじゃあ、何時また反乱起こされるか分らねぇぞ」

「大丈夫でしょう。既に荊南の臨賀や衡陽に流民となって行っていますから」

「ば、馬鹿! ただでさえ金も兵糧も人手も足りないのに、むざむざ兵や税を渡すなんて……」

「仕方ないでしょう……。我らがどうこう言っても、張忠は言う事を聞きません」

「いっそ、司護が攻めてこねぇかなぁ……。そうすれば手土産に曹寅と張忠の首を持っていってやるのに……」

「司護に擦り付けたいのでしょうが、奴は動きませんよ」

「ちぇっ! いっそ、ここも占領して、でっけぇ色町造ってくれたらなぁ……」

「玄徳殿はそれが目的でしょうが、奴は違いますよ。少しは見習ったらどうです?」

「それは曹寅と張忠に言ってくれ。俺は県令でも大した権限がねぇんだし……」

「何を情けない事を……」

「……ほ、ほっといてくれ! 大体、こういう時の為にお前さんを雇っているんだぞ! しかも、お袋付きで!」

「勝手に雇っておいて……。まぁ、いいでしょう。策は無い事も無いですし……」

「おお!? 流石は軍師殿! やはり、余の眼に狂いは無かったぞ!」

「……まだ何も言ってないでしょう」

「こういうのは出だしが肝心なのだ」

「……全く。曹寅を流民達に襲わせるのです」

「それが、何の策なんだ???」

「我らが流民達に化けるんですよ。そして、曹寅に『財産を持った商人の流民がいる』と吹き込むんです」

「おお!? それに食いついて来た所を!」

「その通りです。一気に曹寅の首を刎ねてやれば問題ありますまい」

「その話、乗った! 早速、やろう! で、どうすれば良い?」

「……少しは御自分で考えなさい」

「減るもんじゃないし、良いではないか……」

「本当にもう……。街でまず噂を流すんです。曹寅の兵がいる街にね。そうすれば貪欲な曹寅の事です。必ず食いつくでしょう」

「よし! 早速、噂を流すことにしよう!」

 

 劉備は早速、田豫らを使い、町中に噂を流した。

 すると曹寅の私兵が、その話に食いつき、色々と聞き出してきたのである。

 

「しめしめ。上手く行きそうだ……」

 

 田豫は内心、ほくそ笑みながらも、ある事ない事を兵士に教えた。

 自身は、その商人に解雇された使用人と名乗った上である。

 

 そして、その兵士は部曲長に教え、その事が曹寅の耳に入った。

 当然、日付や進路も把握した上である。

 肝心の曹寅はというと、幾ら略奪してもあまり儲からないので、苛立ちを隠せない時だった。

 そんな時に、その話が入ったのだ。

 正に渡りに船の話だった。

 

「漸く余に光明が差してきたぞ。司護なんぞに渡すより、余が零陵の為に有意義に使うとしよう」

 

 酷い話であるが、曹寅とはそんな男である。

 だが、その強欲さが命取りになるとは、この時は思っていなかった。

 

 一方の劉備はというと、自身だけでなく、関羽、張飛も変装させ隊商に上手く変装させた。

 徐庶や簡雍には別動隊を率いさせ、一気に殲滅させるつもりである。

 

 そして当日となった。三人とも目立つので、変装は念入りに行った。

 劉備は三角の巾帽子を被り、耳を隠し、髭を白く染め、如何にも隠居といった風体だ。

 関羽は御者となり、髭を衣服に隠した。

 そして張飛であるが、如何にも日雇いの人夫という出で立ちで付き添っている。

 兵士には髭のない者には女装させ、髭のある者には奉公人に仕立てて待つことになった。

 

 田豫は自ら曹寅の案内役となり、奇襲に適した場所に誘導すると、兵士達は既に目をギラつかせていた。

 曹寅は焦る気持ちを押さえつつ、兵士らを落ち着かせる。

 成るべく獲れる金は多い方が良いからだ。

 焦って襲えば、逃げる金の量が多くなるのである。

 

 そして暫くすると、間道をガラガラという音と共に馬車で編成された隊がやって来た。

 目的の隊商だ。

 曹寅は目の前まで引きつけてから、一斉に攻撃の合図をした。

 

「それっ!! かかれ!! 褒美は思いのままだぞ!」

 

 曹寅は腹心の穆順にそう言うと、穆順は兵士を率いて隊商に襲いかかった。

 その時、田豫はその場から逃げ去ったのだが、誰も田豫を見てはいなかった。

 皆、金に目が眩んでいたのである。

 

 穆順が近くにいた一際大きい人夫に槍をしごいて襲うと、人夫は笑みを浮かべ手にしていた天秤棒を構えた。

 穆順は一瞬、嫌な予感がしたが、そんな事を言っていられない。

 目の前にはお宝があるのだ。

 

「そこの下郎! 命が惜しくば、さっさと逃げろ!」

「ワハハハ! 面白い冗談だな!」

「なっ!? 何を!?」

「てめぇみてぇな雑魚には、この棒切れで充分だ! 来やがれ!!」

「うぬっ! 言わせておけば!!」

 

 穆順は歯噛みし、人夫に襲いかかったが、数合ほど合わせた後、鋭い天秤棒の一撃を顔に浴びてしまった。

 その勢いで首にグキッという鈍い音が響き、倒れてそのまま動かなくなった。

 

 いきなり副将の穆順が討たれ、狼狽したのか曹寅の兵は浮足立った。

 そこに馬車から隠れていた兵士達が俄かに襲いかかったので、さらに混乱に拍車をかける。

 

「うわっ!? 罠だ! 逃げろ!」

「ひいぃ! お助け!」

 

 曹寅の兵士は叫び、逃げ惑うだけである。

 そこに張飛が笑いながら追い討ちをかけるので、余計に阿鼻叫喚に拍車をかけた。

 

 張飛は天秤棒が折れると、すぐさま敵が持っていた得物を奪い、その得物が役に立たなくなると、また奪う。

 その繰り返しで敵の死体の山を築いていく。

 その様を見た曹寅は我先に逃げ出した。

 

 途中、徐庶や簡雍の伏兵に遭いながら、味方の兵を置き去りにして逃げた。

 悪運が余程強いのか、曹寅は何とか逃げのびる事が出来た。

 しかし手飼いの兵は、ほぼ全滅というだけでなく、副将の穆順まで失ってしまったのである。


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