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外伝26 西側周辺と佞臣の現在

 時は187年の冬。

 益州の南にある建寧郡で新たなる勢力が産声を上げた。

 既に建寧郡の太守は民衆によって殺され、混乱に陥っていた。

 そこに一人の男が現れ、瞬く間に敵対勢力を鎮圧し、自身が長となった。

 その名を雍歯と言い、古の者の一人である。

 

 雍歯は同じ古の者である羽嬰うえいと共に、太守になることを考えた。

 隣の牂牁国は広く、統治が行き届いていない為、勝手に郡を作り、その太守として王陵を当てた。

 つまり自身が建寧郡の太守、羽嬰が新たに造られた興古郡の太守という形である。

 

 羽嬰であるが、雍歯の提案には少々の不安があった。

 そこで雍歯に質問する事にしたのである。

 

「なぁ、雍歯よ。幾ら中央から離れているとはいえ、少し無謀な気もするんだがな」

「おいおい。羽嬰よ。もう漢は終わりだ。大体、劉焉って奴が勝手に益州王なんて名乗っているじゃねぇか」

「そりゃあ、そうだがよ……」

「俺もお前さんも実質、太守みたいなもんだ。ここいらじゃあ、誰も文句なんぞ言うもんか」

「大丈夫かね……」

「お前さんは相変わらず心配性だなぁ……。少しは気概を持ったらどうだ?」

「馬鹿な事を申すな。俺は何時でも気概はあるよ。俺が心配しているのは大義の問題だ」

「なら、問題あんめぇ。民は俺らを支持しているんだ。それで良いじゃねぇか」

「ううむ……。仕方がない。それも一理あるしな」

 

 二人はこうして太守となった。

 雍歯には一族の雍闓ようがいと朱褒、高定、鄂煥がくかんを配下とし、更に飛躍しようと躍起になっている。

 羽嬰は羽嬰で、配下に阿会喃、董荼那、金環三結、朶思大王、兀突骨という者達を配下に加えていた。

 何れも少年から脱皮したばかりだが、南蛮の猛者である。

 

 これに逸早いちはやく対応したのは劉焉だった。

 まず側近たちを集め、評定を行ったのである。

 すると、その中の一人の董扶とうふがこう助言した。

 

「益州王君。天文を見るに、南への進出は凶のようです」

「だろうな。茂安(董扶の字)よ。しかし、かの者達が我が領内を脅かすのも困るぞ」

「はい。ここは二人を太守に任じ、矛先を牂牁国に向かわせましょう」

「うむ。余もそう思っていたところじゃ。それは吉じゃな?」

「……吉に御座います」

「それさえ聞けば安心だ。劉普などという者に恨みはないが、宦官どもの差し金であれば構うことはない。フハハハ!」

 

 一方の牂牁国では、まさかの勢力出現に騒然とした。

 嘘が本当になってしまったのである。

 しかも統治していない場所とはいえ、勝手に国境を削られたのだから騒ぎにならない方がおかしい。

 劉曄は急ぎ、親友の魯粛に相談した。

 

「おかしな事になった。下手に嘘なんぞ言うものではないな」

「全くだね。これで劉焉は動くだろうしな」

「ああ、そうだろうな。しかし、交州は頼りないし、どうすれば良いだろう?」

「いっそ、荊南に頼るしかないんじゃないのかね?」

「父君が納得するかなぁ? してくれると良いが……」

「背に腹は代えられんだろうよ。滅んでしまえば、元も子もないしね」

「簡単に言ってくれるよ……。説得するのは僕なんだぞ」

「ハハハ。健闘を祈るよ」

「……全く、君という奴は」

 

 劉曄は相の徐璆を筆頭に賈龍、周蘭、韓生、許貢、周昕らと綿密に打ち合わせをした。

 まず意見書を作り上げ父の劉普に提出したのである。

 その意見書とは司護の下に使者を送り、親睦を深めるという内容であったが、劉普は拒否してしまった。

 

 劉普は代替案として交趾郡の士燮に対し、使者を送ることにした。

 だが、それはあまり意味の無い事は、当人を含め誰もが感じていた事であった。

 

 その交州では既に内乱が始まっていた。

 士燮を始めとする士一族は、交州牧の朱符に敵対行動をとり始めていた。

 朱符の影響下にある南海郡と蒼梧郡で、反乱を起こした区連を水面下で支援したのである。

 更に区連を支持する天帝教団への援助も行い、一時は平和となった交州は混沌としてきたのだ。

 

 士燮らは天帝教について、快く思っていなかったが「敵の敵は味方」という形で支援しているのである。

 この交州天帝教団の中には、かつて黄巾党に所属していた厳政、鄧茂、張闓らがいる。

 各地で略奪を働いた為、豫章から逃げてきており、今では天帝教団に所属しているのだ。

 そして、同じように村を襲っては略奪を繰り返しているのである。

 

 さて、場所を移して益州の漢中郡でのこと。

 劉焉から印璽を貰って太守は張魯となっていた。

 ただし、朝廷からの正式なものではないので、当然ながら実質的な太守ということになる。

 

 この張魯の漢中入りは様々な要因がある。

 その中の一つとして、ある男が関わっていた。

 かつて司護の下で働いていた楊松である。

 

 楊松は、この漢中の豪族の出自で茂才(郷挙里選)にて推挙され、長沙へと渡った。

 そこで賄賂をとり、悪政を布いていた長沙太守に取り入れられたのだが、司護らが反乱を起こすと家族諸共殺してしまった。

 しかし、当の本人は悪びれず、そのまま司護の従事として数か月の間、仕えていた人物だ。

 

 今回の張魯の漢中入りは、自身の親族である楊一族の働きが大きい。

 その楊一族を全て張魯側に寝返らせたのは、楊松の尽力である。

 ただし、韓信が賄賂を楊松に贈り利用したまでなので、実質的には韓信の力であろう。

 

 そして、その功績により楊松は張魯から主簿を任された。

 長沙の従事の頃に比べたら大出世も良いところである。

 そんな楊松は笑いが止まらない。

 ある時、楊松は豪邸に建て替えた自宅で、博士仁を迎えて二人でよもやま話を語り合った。

 

「ワッハッハッ! 博士仁よ。見たか!? この俺様の才覚ぶりを!」

「いやぁ、大したもんだ。本当に有難いことだよ」

「司護なんぞ、今頃は荊南の長になっておるが、配下の連中は安い金で酷使されておるぞ。憐れな事だな」

「全くだ。あのまま長沙なんぞに居たら今頃、安酒かっくらって惨めな女しか抱けなかったであろうよ」

「惨めなものだ。下賤な連中に崇められるだけで、それを慰めにしか出来ぬとはな……」

「ワハハハ。集めてきたのは貧乏自慢の腐れ儒者と、何処の馬の骨か分らん連中ではないか!」

「ウワハハハ! 成程! それだったら当然だなぁ!」

 

 正にこの世の春を謳歌する二人である。

 ただ、楊松に頭痛の種が早くも撒かれていた。

 張魯が連れて来た新人従事の閻圃である。

 

 閻圃は楊松と、その弟である楊白を危険人物と見做していた。

 二人とも賄賂で簡単に前の太守に居座っていた張脩を簡単に売り渡していたのだ。

 ただし、楊一族は漢中郡の中でも最大の豪族で、楊松、楊白兄弟を討つのは容易ではない。

 楊一族には楊任、楊昂といった武官もおり、軍事にも深く関与している為、慎重にならねばならない。

 そして、もう一人。閻圃が連れて来た者も、その事に深く同意していた。

 その名を李左車という。

 

「このままでは漢中は必ずや、あの兄弟に足元をすくわれる。李左車よ。何か良い策はないかね?」

「確かに、このままでは危ういですな。ただ問題なのは益州王との距離が遠すぎます」

「その通り。同じ益州とはいえ、ここは都とは目と鼻の先だ」

「五斗米道の信者達は敬虔な者が多いですが、それだけでは楊一族に抗うことは出来ませぬ」

「分りきった事だ。大体、北には涼州王、東には南陽王がいる。いつ楊松らが反旗を翻すか分らぬ」

「張府君も、その事は重々承知だと思われますが……」

「ああ。その事については常々ボヤいておるわ」

「ですので、こうしましょう。楊松を相の補佐役という形で益州王に登用してもらうのです」

「何ですと?」

「こうすれば見た目は昇格となります。少なくとも楊松は、この漢中にはいなくなる」

「しかし、劉焉殿が素直にお聞きいれるだろうか?」

「その点は交渉次第でしょうな。ただし焦りは禁物です。根回しも重要ですぞ」

「……そうだな。張府君の母君が良いだろう」

 

 張魯の母親とは、五斗米道の最上位の巫女であり、妖艶な美女である。

 既に齢は四十を過ぎているが、未だに美貌に衰えを感じさせず、劉焉の側室と同じ扱いを受けている。

 当然ながら一番のコネだが、残念ながら肝心の張魯は消極的なのだ。

 張魯としても複雑な感情を抱いていたからである。

 

 閻圃もその事は重々承知である。

 ただ他に頼める相手がいないのが現状だ。

 故に何とか張魯を説得するしかない。

 閻圃は重い気持ちで張魯と謁見することにした。

 

「張府君。一つ、お願いの儀があって参りました」

「ああ、閻圃か。どうだ? 民衆は落ち着きを取り戻しておるか?」

「はい。一部の佞臣以外、取り除く事が出来ました」

「………ならば良い」

「……ですが、張府君」

「言うな。どうせ、あの者の事であろう?」

「はい。あの者の事で御座います」

「………何か策はあるのか?」

「言い難い事ですが、府君の母君を介し、楊松を成都へと招聘させます」

「なっ!?」

「あの者には仮の役職。そうですな……。『益州相補佐』というものに昇進したと申すのです」

「何だ? その役職は?」

「ハハハ。ただのお飾りです。要職に見えると思いましてね」

「笑って誤魔化すな。それに母と何の関わりがある」

「はっ。張府君の母君に頼み込んでは貰えないかと……」

「……あまり気が乗らぬ。しばし、猶予を待て」

「しかし、早く動きませんと、取り返しのつかぬ事に……」

「いいから待て。良いな?」

「……御意」

 

 閻圃は、それ以上の事は言わなかった。

 いや、言えなかった。

 言ったところで無駄であろうし、気分を害させても仕方がないからである。

 

 そして、その漢中の西北の涼州だが、既に屋台骨が狂い始めていた。

 韓遂が率いる軍閥と、傅燮ふしょう、蓋勲といった名士らの派閥が原因だ。

 

 軍閥らが大人しくしているのには「それらの名士連中が反対していた」という理由もあった。

 加えて涼州王劉協に対し、事あるごとに長安侵攻をやめるよう、説得していたのである。

 それらも原因の一つであった。

 

 もう一つの原因として、鮮卑らが動けなくなってきたのだ。

 当初、張良の予定では鮮卑らが、洛陽の北である并州を襲う予定であった。

 だが、一向に動く気配が無くなってしまったのである。

 

 これは烏桓族を率いる丘力居が方針を転換し、西へ侵攻を始めたのが原因であった。

 何故、烏桓族が西へと侵攻を始めたのか。

 それは劉虞を介して、朝廷が丘力居を始めとする大人たいじんらに印璽を渡し、烏桓族に命じて攻めさせたのが原因だ。

 更には西の異民族である夫余も、それに加担したのである。

 夫余が加担した理由としては大きく二つあり、一つは公孫度を通じての朝廷の依頼。

 そしてもう一つは、烏桓族らと同じく領土奪還であった。

 

 烏桓族は劉虞から派遣された閻柔を参謀とし、蹋頓とうとん、蘇僕延、難楼らが騎兵三万を率い、突如襲ってきたのである。

 烏桓族の大人らは、これを好機と思い、かつて鮮卑らに奪われた土地を奪還すべく、行動したのだ。

 単于である檀石槐たんせきかいの息子、和連かれんは迎撃に当ったが、敗戦を繰り返し、あろう事か討ち死してしまった。

 

 これにより鮮卑の協力が得られなくなり、更には益州王劉焉と、その協力関係にある羌族の牽制もあって長安への侵攻は頓挫していた。

 だが、それでも長安付近において、度々董卓から派遣されてきた李傕、郭汜らと交戦している。

 

 本来なら張良は最前線へと赴く筈であった。

 だが、韓遂らと傅燮の軋轢は元々あったものであり、容易に片づけられる問題ではない。

 そして何より問題は、両派閥のどちらか欠けても、瓦解する危険性が極めて高いことである。

 

「参ったなぁ……。予定では既に長安を落とし、洛陽に向けて進軍している筈なんだが……」

 

 張良は力なくボヤいていた。

 予定では既に帝を廃し、劉協を帝に即位させ、天下を治めている筈である。

 一人で池の畔に佇む張良を見て、思わず夏侯嬰が声をかけてきた。

 

「どうしましたい? 軍師殿らしく、ないじゃありませんか」

「ああ、君か。参った。手詰まりだ」

「手詰まりって事はないでしょう」

「いや、本当に手詰まりなのだ」

「劉焉とかいう奴と話は出来ませんので?」

「それが出来れば苦労しない。だが、そいつは自身か、その息子を帝にさせたがっている」

「成程。そいつぁ都合悪いですねぇ」

「そうなのだ。私の思惑と合致しないのだよ」

「けど、あの坊ちゃんだって、まだ幼子でしょう?」

「うむ。だから私としては劉寵殿の娘と婚姻させ、劉寵殿を後ろ盾にし、混乱を収拾させたいのだ」

「そういや豫州王の劉寵ってお方は、息子がいませんでしたね」

「そこなのだよ。一番、都合が良い」

「けど、朝廷としちゃあ、一番都合が悪いですねぇ」

「朝廷というよりも宦官や外戚にとってだろう。帝は元々、劉協君に帝位を譲りたいとの話だったしな」

「いっそ、董卓をこっちに引き入れたらどうです?」

「それは不味い。韓遂らと険悪だし、何より董卓自身が何進の後釜を狙っている」

「じゃあ、劉寵さんに動いてもらって……」

「それが出来ないから苦労しているのだ。幾ら大勢力を誇っていても、周囲が敵だらけでは動きようがあるまい」

「じゃあ、それ以外に頼れるとなると……」

「うむ。賊太守なのだが、如何せん遠すぎる……」

「繋ぎは取らないんで?」

「少なくとも今はな。奴は仁君かもしれんが、一番の問題は動かない事だ」

「けど、荊南は抑えたでしょう?」

「それは違う。ほとんど棚ぼたにしか過ぎぬ。賊太守の本質は仁君に非ず、ただの小心者よ」

「酷ぇなぁ。軍師殿は辛辣過ぎますぜ」

「いや、本当の事だ。ただ、小心者が故に軍事での失敗が少ない。それでいて、政治では大胆極まりない。それが奴の一番の強みであろうな」

「確かに今じゃ大勢力だ。兵もずっと温存したままだから、その気になれば荊州を取って都に入ることも可能ですねぇ」

「うむ。だが、大義名分を大事にし過ぎて動かない。ある意味、一番厄介な存在だ」

「一番厄介な存在? まさか、賊太守が敵になる可能性があるって?」

「ああ、可能性は否定出来ぬな。本当に何を考えているのか分らぬ以上はな……」

 

 張良はそう言うと、静かに目を瞑った。

 先の先を見ようとするが、どうにも判断出来ない以上、自身の無力さを痛感するしかない。


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