表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/216

外伝24 北東での暗躍

 徐州東海郡の城内の牢獄のこと。

 そこには青州牧の孔融をはじめ、糜竺、鄭玄、そして趙昱が収容されていた。

 趙昱も他の三人と同様に天帝教団の糾弾を行ったからである。

 

 その牢獄に衛兵と共にやって来た者がいた。

 孔鮒という者だ。

 孔鮒は以前、孔融が青州黄巾賊から逃れていた際、屋敷に匿ったことがある。

 それが縁で、双方とも同じ孔の姓ということもあり、親しくなったのだ。

 

 二人は屋敷にて儒学について延々と語り合った。

 そこで、何故かお互い奇妙な親近感を持ったという。

 それがきっかけで、孔融が陶謙の下に来た際、陶謙に孔鮒を推挙していた。

 

 孔融らが牢獄に入れられると、孔鮒は孔融の釈放に躍起になった。

 仕方なく天帝教について学び、陶謙に取り入る為に天帝教を褒め称えた。

 その甲斐があって、面会を許されたのである。

 

 それと同時に陶謙から、ある事を依頼されていた。

 孔融から「青州牧の印璽の隠し場所を聞き出せ」という依頼である。

 孔鮒は、頑固な孔融から聞き出すのは無理と分かっていたし、孔鮒も聞き出すつもりはない。

 その場で了解した素振りを見せただけであった。

 

 孔鮒が牢獄に行くと、そこでは皆、本を読み、囲碁を指したりして暇を潰していた。

 食糧などは、それ程粗末なものではなく、庶民が食しているものばかりである。

 陶謙にも遠慮があるのであろう。

 名士と呼ばれた鄭玄、孔融を獄死させたとあっては、世間に後ろ指を指されるのだ。

 

 孔鮒が牢獄に入って来ると、懐かしそうな声で孔融は孔鮒に声をかけた。

 

「何だ? 子魚(孔鮒の字)君ではないか。君も入れられたのかな?」

「冗談を言っている場合ではないですぞ。文挙君」

「ハハハハ。牢獄もこうして入ってみると、中々オツなものですな」

「もう暫くの辛抱だ。……と、言いたいところだがね」

「まさかとは思うが、この私から印璽の場所を聞きだしに来た……のではないよな?」

「ハハハ。まさか。確かに命じられたがね。最初からそのつもりはない」

「ハハハハ。じゃあ、何をしに来たんだね?」

「様子を見に決まっているだろう。幸い、他の囚人と比べ、マシな物を食っているようで安心したよ」

「粗食には慣れているさ。孔子の子孫を名乗るんだ。当然じゃないか」

「ハハハハ。そりゃ、そうだな」

「で、外はどうなっているのかね?」

「滅茶苦茶ですぞ。あの袁術と同盟を結び、劉繇殿と縁を切ったんですからな」

「相変わらず感情に左右されやすいお方だ。軍事の才能は評価出来るがね」

「しかし今では、それも錆びつき始めていますな」

「齢はまだまだの筈だがな。部下に頼りっぱなしだからだろう」

「今では曹宏や笮融の良い様に操られておる。どうにかして、目を醒まさせないことには……」

「御子息二人も凡人というか、その下だからなぁ……」

「おいおい。そこまでにしておけ……」

「本当の事だから仕方あるまい」

「いい加減にしないと、その口のせいで災いが起きるかもしれんぞ」

「ハハハハ。私は孔子の末裔だぞ。そんな畏れ多い事が出来る奴はおらぬよ」

「慢心するのも大概にな……」

「それ以上に、あの偽物どもの居場所は掴んだかね?」

「ああ、李膺殿と竇武殿のことだな」

「あのお二人を騙るとは忌々しい者どもだ! 不逞もここまでくると、怒るどころか呆れ果てるぞ!」

「まぁまぁ。怒っても仕方ないだろう。一応、曹宏あたりに賄賂を掴ませて聞き出している最中だが……」

「あの曹宏に賄賂だと!? 君は血迷ったのか!?」

「大きな声を出すな。君は現実を見ていなさ過ぎる。取りあえず、ここは碁でも打っているが良い。早まった真似はしないでくれ」

「……仕方ないな。ただ、流石に飽きてきた。頼むから早くしてくれ」

 

 孔鮒は牢獄から出て、陶謙に印璽の場所は不明であることを告げると、凄い剣幕で怒鳴られた。

 その後「荊南に向かえ」と言われ、仕方なく行く破目になった。

 弁論大会なぞというものに出席する為である。

 

 同じく徐州には李膺と竇武という者がいる。

 いや、正確には「その名を騙る者達がいる」といった方が正しい。

 その者達というのは古の者である陳勝、呉広といった者達だ。

 彼らも元は黄巾党に所属していたのだが、今では別れて勝手な行動をしていた。

 天帝教団を作り上げたのである。

 

 天帝教団を作りあげるために黄巾党の中で、そのノウハウを学んだ。

 最初から、そのつもりだったのである。

 そして程遠志らを勧誘し、闕宣と合流して天帝教団内の幹部となっていた。

 

 黄巾党が分裂した理由であるが、それは天帝教の存在だけではない。

 当初、張角らは漢朝を打倒するために立ち上がった。

 しかし、情勢が変わるにつれ、その方針を徐々に変えていったのである。

 

 更に問題点として、その規模の大きさが原因であった。

 規模を拡大するために罪人や凶賊も利用したのである。

 当然ながら太平道にそぐわない連中も多い為、大きく派閥が割れた原因にもなっていった。

 

 陳勝はそれを利用し、凶賊らで形成される黄巾党の一派を天帝教団に入れる橋渡し役となった。

 元々、天帝教団を作った闕宣は私利私欲の為に皇帝を名乗る為、教団を創設していた。

 それにより、凶賊をも受け入れやすい教団であった。

 

 さて、その問題となっている陳勝と呉広であるが、ある隠れ家に住んでいる。

 来るのは闕宣や一部の幹部たち、そして天帝教の巫女と名乗る女だけだ。

 黄巾党のノウハウを学んだ陳勝と呉広は、密かにそこで闕宣に指示を与えていた。

 

 隠れ家にいる巫女と呼ばれる女達は全て陳勝、呉広の慰み者である。

 しかし、洗脳され、力を貰えると信じ、陳勝と呉広に遊ばれるだけの存在だ。

 そして、その中に虞という名の絶世の美女がいた。

 

 虞は聡明な女性で、天帝教を信じてはいない。

 ただ、絶世の美女というだけで無理やり巫女にされ、陳勝と呉広に宛がわれている。

 虞は虞で、慰み者になりながらも、その隠れ家から逃れる方法を考えていた。

 

 そんな、ある時のことである。

 陳勝は呉広にこう言った。

 

「あの虞とかいう女だが、ただの女にしておくのは勿体ない。そう思わないか?」

「おい。陳勝よ。抜け駆けはよくねえぞ」

「そうではない。女なんぞ、この世には幾らでもいる。天下を盗るには一つの手段にしか過ぎぬ」

「じゃあ、どうするってんだ?」

「あの潜りこんでいる中黄門に繋ぎをつけられねぇかな?」

「趙高とかぬかす上尸の奴か? もう、あいつは終わりだろう?」

「いやいや。そうとは限らぬ。ああいう奴は得てして粘り強い」

「でもよ。あいつと、あの傾国(虞のこと)に何の関係があるんだ?」

「何進と同じ手法よ。まずは外戚となって趙高と組み、ゆくゆくは王莽のように帝位を頂くんだ」

「そう上手くいくかね?」

「燕雀いずくんぞ鴻鵠の志、知らん哉」

「お前さん、本当にその言葉が好きだねぇ」

「当然だ。男として生まれたからには、こんな所で落ち着いていられるか」

「しかし、勿体ねぇなぁ……。あんな上玉、この世で他にいねぇかも分らねぇぞ」

「だから良いのだ。その辺の上玉なら官女で終わってしまうからな」

「ちぇっ。だが、俺らのお古が帝の后か。それも悪くねぇかもな」

「ワハハハハ! それは傑作だ!」

「だがよ。あの傾国、ガキは産めねぇぞ?」

「そんな事はどうでも良い。ガキを生んだことにしちまうのよ」

 

 陳勝と呉広は時が来るまで、虞を愉しむことにした。

 虞は洗脳されたふりをしながら、二人がいない所で枕を涙で濡らすことぐらいしか、他に手立てはない。

 酷いようだが、これが乱世という世の中である。

 

 一方、徐州の北の青州では依然として独立勢力が怪気炎を上げている。

 袁紹、陶謙の軍勢を物ともしない軍勢は、元が青州黄巾党の兵達で固められている。

 青州黄巾党は黄巾党の中でも精鋭で知られ、常に最前線で戦ってきた精兵なのだ。

 

 何故、その青州黄巾党の兵が独立勢力として産声を上げたか。

 それは、ある男が関係していたからである。

 その男とは今でも大賢良師と呼ばれ、尊崇されている張角であった。

 

 既に張宝が豫章太守、張梁が九江太守に楊州王劉繇によって任命されていたが、依然として張角は無位無官である。

 そこで張角は実質的な青州牧となるため、黄巾党を解体し、青州の豪族達と連携して袁紹と陶謙と戦っていた。

 

 張角はある時、腹心となっていた程昱を呼んだ。

 六博りくはくの相手をさせるためである。

 それと同時に、楊州の情勢を聞くことにした。

 

「弟たちは上手くいったようだな」

「左様ですな。あの賊太守が、上手く取り成してくれたようですわい」

「賊太守と言うな。既に長沙府君ではないか……」

「ハハハ。奴は賊太守の方が良いでしょう。民にもそう呼ばれ、慕われておるようですしな」

「まぁ、そんな事はどうでも良いか……。南方は随分と平和そうで何よりだ」

「だが、そうは行かない……おっと、今日は儂の勝ちのようですな」

「まだ決まった訳ではない。まだ賽の目は分らぬぞ」

「ハハハ。相変わらず、負けず嫌いなお方ですな」

「当然だ。簡単にはやられぬ。それよりも、文挙(孔融の字)は儂に印璽を大人しく渡すかな?」

「それも分りませんな。ただ、楊州王君が取り成してくれれば、折れるかもしれませぬ」

「……そうか。それより先ほどの『そうは行かない』とは、どういう意味かね?」

「天帝教どもが、揚州と交州へ版図を広げようとしているようですぞ」

「無駄な事が好きな連中だ……」

「そうとは限りませんぞ。交州は、またおかしな事になりそうですからな」

「……朱儁の倅か。州牧は」

「左様」

「……親父の朱儁には随分と世話になったが」

「倅の方は、どうも親父殿ほどの器量は無さそうですな……」

「……全く。朱儁ほどのあろう者が……。親馬鹿で世の中を混乱させないで欲しいわ……」

「ワハハハハ! 世の中を混乱させた張本人の言葉とは到底思えぬ!」

「ぬかせ。儂がしたくてした訳ではないわ。大体、張本人は帝自身であろう」

「そうですな。宦官が両親扱いとは聞いて呆れますな」

「しかもだ。今では儂が宛てた中黄門が牛耳っておる。……確かに、儂の落ち度もあったか」

「致し方ないでしょう。確かに奴には才覚があった。ただ、あそこまで欲望に忠実とは思えませんでしたが……」

「人は分らぬものよ……。儂が見抜けなかったとは……」

「そう、ご自身を攻めなさんな。……やはり、私の勝ちでしたな」

「うむ。儂の命運もそろそろかな……」

「世迷言を……。まだまだ大賢良師様には老骨に鞭打って貰いますぞ」

「酷い話だ……。早く楽にさせて欲しいものよ……」

 

 青州黄巾党の士気が高いのは、当然であるが張角がいるからだ。

 確かに太史慈をはじめとする猛将らが睨みを効かせているが、張角がいればこそである。

 

 さて、話は冀州の北、幽州に話を移すことにする。

 遼東の公孫度が高句麗に攻め込んだのだ。

 これは烏桓族が劉虞との和平に応じ、幽州が烏桓族に荒らされなくなったのが原因だ。

 

 公孫度は、この時を好機とばかり高句麗へと攻め込んだ。

 高句麗は外戚らの反乱で国力が疲弊しており、戦力が著しく低下していた。

 基本的な理由は、それである。

 ただ、もう一つの理由として公孫度が新たに召し抱えた匈奴の者もいた。

 その名を冒頓ぼくとつという。

 

 冒頓は騎兵を巧みに操り、瞬く間に高句麗を占領していった。

 高句麗の王族の姫を捕えると、その姫を自身の側室にしてしまった。

 本来なら、それは許されるものではない筈だ。

 だが公孫度は、それを笑って許した。

 さらに冒頓に自身の娘を正室として宛がい、成人したばかりの自身の息子、公孫康を高句麗の太守とした。

 高句麗の王である伊夷謨には、自身の養女を宛がい、側室とさせた。

 こうして日に日に公孫度は、自身の版図を広げていった。

 

 これに危機感を持ったのは幽州牧の廬植と右北平太守の公孫瓚である。

 何時、高句麗を破った兵達を、西に向かわせるか分らないのだ。

 そこで双方とも警戒し、青州への援軍は出せないでいた。

 

 廬植の下には袁紹から援軍の要請も来ていた。

 だが、遼東の公孫度のせいで断らざるを得ない。

 怒った袁紹は劉虞に、その事を訴えた。

 それと同時に「今こそ幽州王になり、北を安寧にせよ」という要求付きでだ。

 困った劉虞は崔琰に助言を求めた。

 

「冀使君は余に『幽州王になれ』と言ってきた。どうしたものであろう?」

「河間王君(劉虞のこと)。それはなりませんぞ。幽使君(廬植のこと)に申し訳が立ちませぬ」

「分っておる。だが、怒って冀使君が無茶な事をしないか心配でならぬ」

「その心配は御尤もで御座います。ですから、ここはある者を都から招聘なさいませ。その者を相に取り立てるのです」

「ある者とは誰のことかね?」

「袁遺殿に御座います」

「袁遺殿か……。朝廷が許可を出すかな……」

「都への使者として、某が参りましょう。必ずや話を纏めてご覧に見せます」

「うむ。崔琰殿なら適任ですな。吉報をお待ちしておりますぞ」

「御意」

 

 こうして崔琰は都へと向かった。

 そして、袁遺を口説き落とし、河間国へと連れ帰ったのである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ