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外伝20 陳平道中記(前編)

 青州では黄巾賊の卜己ぼくきと猛将管亥が蜂起し、既に北海国は壊滅していた。

 さらに斉国王劉承も逃亡し、北海国の相である孔融も止む無く、徐州牧となった陶謙を頼って退いていた。

 この危機的状況を受け、朝廷は袁紹を鎮軍大将軍に任じ、まずは冀州に遠征させることにした。

 

 張角は冀州の鉅鹿に篭っており、これを囲めば青州や兗州の兵も鉅鹿に援軍として向かうという判断からだ。

 しかし、これが思いも寄らぬ結果となった。

 公孫瓚と些細なことから険悪となり、袁紹は囲みの一端を解いてしまったのである。

 

 そして帰路の途中、冀州の鄴県ぎょうけんによると、黄巾党の襲撃で太守や県令が既に逃亡したことを良いことに、兵を駐屯させる。

 さらに、平原国の王である劉碩りゅうせきも逃亡していた為、この地を窃取してしまったのだ。

 理由は「黄巾賊の残党を冀州から排除する」という名目である。

 

 あまりにも横暴なやり方であったが、事前に何進には連絡が行っており、そこで袁紹は冀州牧となった。

 その為、青州まで行く討伐隊は冀州に留まる形になり、鄭玄らは山奥へと避難していた。

 

 朝廷は当初、朱儁と皇甫嵩らを南昌、長沙方面に遠征させるつもりでいた。

 しかし、兗州でも黄巾賊が再び活発化したため、兗州から青州方面への討伐軍とした。

 兗州は鎮静化していた黄巾賊であったが、張角、張宝の兄弟により、盛り返してきたのである。

 新たに兗州刺史となった鮑信と東郡太守橋瑁は、頑強に抵抗しているものの、苦戦を強いられている。

 そして陳国の劉寵は特に動くこともなく、ただ静観しているだけだ。

 また、豫州でも江夏郡から黄巾賊が大挙して押し寄せ、混乱していた。

 

 本来なら江夏郡から豫章郡の黄巾賊の討伐は、袁術が討伐の勅命を下されていたが、どういう訳か未だに動かないでいるのだ。

 これは袁術が背後の陶謙と劉繇を警戒しているためだった。

 互いに警戒しあって、動けないのである。

 

 もっと厄介な問題は、山越王が黄巾賊に肩入れし出したことだ。

 これには理由がある。

 

 以前、章河という者が中心となり、五十年ほど前に揚州で乱を起こしたことがあった。

 章河は会稽郡の生まれで、道士を名乗り、独自の解釈からなる道教を普及させていた 

 そして、同じ会稽で熹平元年(西暦172年)に許生(許昌や許昭とも言われる)という者が章河の生まれ変わりと称して、反乱を起こしている。

 その際に陽明皇帝と名乗り、方仙道から派生した教団を作り、今日の山越人が太平道に入りやすい原因を作っていた。

 これらの事が山越王と黄巾党を結ばせ、黄巾党をまた活発化させた要因となっていた。

 因みにその許生だが、孫堅によって斬られている。


 また、漢中でも張脩ちょうしゅうが漢中太守蘇固を殺し、乱を起こしていた。

 このために劉表も江夏、江陵に戦力を傾けることが出来ないでいたのだ。

 それに長沙をはじめとする荊南四郡の長、司護も本当に襲ってこないのか甚だ疑問であった。

 

 仁君を自負する司護だが、その行動が要因となり、黄巾党が跳梁跋扈させているのは誠に皮肉である。

 しかし、結果的にそのような要因を作っていたのは、紛れもない事実であった。

 

 そんなことを知る由もない司護は陳平、劉先、鐘離昧、そして武陵から合流した周泰に命じ、豫章郡の山越王の領内に入らせた。

 難所が所々にあるものの、道はそれなりに開けており、馬でも通行が可能だ。

 時折、行商人とすれ違うことも、それなりにある。

 何より、小さいながらも宿場町が整備されている点が、信じられないことであった。

 これは章河が布教活動の一端で行った道路整備によるものである。

 

 会稽の城下町に入ると、穏やかで平和な街であった。

 会稽太守の郭異だが、仁君とは言えないものの、それなりに統治している。

 賄賂は横行し不正もあるが、人々が暮らしていくにあたっては問題ない程度である。

 

 郭異は華美な装飾品が好きで、賄賂を受け取っては装飾品を買い漁っている。

 そのため、山越方面から来る象牙、珊瑚、鼈甲などに目がない。

 だが、自分の力量をわきまえており、山越族と不用意に事を争う姿勢は見せない。

 大の戦さ嫌いでもあり、会稽太守に任じられた理由は十常侍郭勝の縁者であるという理由だけだ。

 

 一行は急ぎ会稽から、呉、そして秣陵と移動し、船で長江を渡るとそのまま徐州へと入った。

 徐州でも黄巾党は蜂起しているが、他に比べると小規模で徐州牧の陶嫌が抑え込んでいた。

 これには陶謙の配下として新たに加わった騎都尉の臧覇、孫観、孫康、呉敦、尹礼の五名の活躍が大きい。

 

 一行は、まず徐州の下邳国へと向かった。

 そこで情報を仕入れる為である。

 既に下邳国の王である劉宜は逃亡し、変わって徐州牧になった陶謙が統治をしていた。

 

 下邳郡の太守には糜竺。字を子仲という者が陶謙に任命されていた。

 更にその旗下には弟の糜芳と曹豹を従えている。

 この下邳は劉宜が逃げた際、陶謙と劉宜の元家臣曹豹の軍勢が黄巾党の軍勢を追い払った場所だった。


 下邳の街は比較的、他と比べて荒れてなく、住民も穏やかだ。

 これは黄巾党の軍勢が、ほぼ正規の軍勢であった為である。

 このように正規の軍勢であった場合、無用な行いは避けられているのだ。


 陳平ら一行は街に入ると、二日ほど宿をとった。

 ここで情報を収集するためである。

 下邳は北からの行商人も多く、比較的情報が得られやすい。

 

 陳平は進む道を事前に仕入れた情報を元に、より安全な道を選び抜いている。

 そのため、黄巾党の残党崩れの山賊などに襲われず、安全に進むことが出来た。

 陳平は人並み以上に、危険察知能力に長けているのだ。

 

 ただ、最近では黄巾党ではなく、天帝教と名乗る者達が跋扈しているという。

 陳平は、それらと関わりを持つつもりはなく、上手く立ちまわって徐州を後にした。

 

 鄭玄が弟子たちと篭る山は兗州と徐州、そして青州の州境にある山だ。

 山といっても標高は大したことがなく、600メートルほどであろう。

 周りは平原なため、少し目立っているのが特徴のなだらかな山だ。

 

 問題なのは、その麓である。

 麓では陶謙、橋瑁、そして鮑信の連合軍が黄巾党の軍と争っているからだ。

 本来なら山を占拠したほうが優位に立つのだが、鄭玄が隠れているという情報を聞き、両者も山を攻め取らないでいた。

 意外なことに、黄巾党軍を率いる卜己と管亥は、張角の命によって山をとらないように命じられていたからだ。

 しかし、両陣営は、ほぼ山を囲むようにして布陣を敷いている。

 

 その戦況を見て、陳平は嘆息した。

 どうやって助け出せば良いのか、見当がつかないからだ。

 

「参ったなぁ……。こいつぁ、ちぃと面倒なんてもんじゃねぇぞ」

 

 鐘離昧や周泰は如何に猛将とはいえ二人だけだし兵もいない。

 助け出すにしても、人出が足りない。

 

「さぁ、名軍師の陳平さんの腕の見せ所だ。お手並み拝見といこうじゃないか」

 

 鐘離昧が陳平をそうからかう。

 陳平は頭をボリボリと掻きながら、両陣営を見渡した。

 

「仕方ねぇな。黄色い布を被るしかねぇようだ」

 

 陳平の策は夜間、黄巾党の軍に紛れ込み、どさくさ紛れに鄭玄らを救出するというものだった。

 少々、危険なものであったが、それしか策はない。

 

「劉先はここに隠れて居てくれ。私と鐘離昧、周泰だけで行く」

「承知した。私では、どうも足手まといにしかならんようだしな」

 

 劉先を残した三人は、暗くなったのを見計らい一路、黄巾党の陣営と向かう。

 なるべく目立たないように、葦の生い茂った藪を只管進むのだ。

 ただし、途中で毒蛇などがいることが予想できたので、用心深く行くしかない。

 

「ちぇっ。またもや戦う相手がヤブ蚊相手とはな。我が君の命とはいえ、ロクなものじゃない」

「文句を言うない。鐘離昧よ。これも仕事のうちだろうに」

 

 ボヤきながら進む鐘離昧を周泰は嗜めた。

 陳平もボヤきたい気持ちで一杯だが、意味がないのでやめた。

 そしてガサガサという音と共に進むと、開けた場所に出た。

 

 そこには少数の兵達がいた。

 黄巾党の兵かと思ったら、そうではない。漢の兵であった。

 

「うわっ!? 何処から来た!」

 

 漢の兵が思わず叫ぶ。

 

「くそっ! どうやら漢の斥候だ。やるしかないぞ!」

 

 陳平は周泰と鐘離昧にそう言って、自身は後ろに隠れた。

 

「仕方ない。漢の兵でもやるしかないぞ」

「そのようだな。鐘離昧よ。我らを恨むんじゃないぞ。恨むなら陳平殿を恨んでくれ」

 

 二人がそう言って飛び出すと、斥候隊らしい兵達は斬りかかってきた。

 そして、陳平はというと

「敵だぁ! 漢の軍勢がここにいるぞ! 出会え! 出会えぇぇぇ!」

 そう叫び、俄かの味方を呼び出したのだ。

 

 一人、また一人と死体が増えていく。

 両者とも万夫不当の勇者だから当然だ。

 その勇者たちを見た一人の若者が、畏れ知らずとばかりに二人に斬りかかってきた。

 

「我、常山の趙雲! 覚悟っ!」

 

 ひらりと鐘離昧は交したが、紙一重であった。

 

「うぬっ! やるな! 貴様!」

「賊め! 覚悟しろ!」

「殺すには惜しい腕だ! どうだ? 我らに仕えぬか?」

「誰が黄巾賊なんぞに仕えるか!」

「いや、我らは!? ……賊か。確かに……」

「何を寝ぼけたことを! 寝言を二度と話せないようにしてやる!」

 

 趙雲の槍先が鐘離昧を掠めると、鐘離昧も負けじと槍を出す。

 張任は群がる兵を存分に相手し、二人の勝負に寄せ付けない。

 互いに槍を合わせること数十合、中々勝負は決まらない。

 

「くっ! なんでそのような腕があるのに、貴様は賊に仕えるのだ!」

「やかましい! 酒と女にうつつを抜かすような主なぞ御免だからだ!」

「黙れ! 我が主、公孫瓚はそのような方ではない!」

「何っ!? どこの馬の骨だ!? そいつは!」

「きっ……貴様ぁ! もう許さん!」

 

 お互いに怒号を交えながら戦うものだから、どうしても目立つ。

 その為、近くの黄巾党の陣営から、こちらへ兵が続々とやってくる。

 

「くそっ! 今日は見逃してやる! 次は覚悟しろ!」

「常山の趙雲だな! その名は憶えてやる!」

「貴様の名を教えろ!」

「拙者は司護の配下。鐘離昧だ!」

「何っ!? では、あの司護が黄巾賊に……」

「あっ!? しまった!」

 

 驚いた様子の趙雲だが、群がってくる黄巾賊の兵に囲まれないうちに足早と去っていった。

 

「おい。何てことを叫んでいるんだよ」

「いや、悪い周泰。つい、拙者の癖でな……」

「今度から気をつけろよ。タダでさえ『あっ!』と言う間に、血が湧きあがるんだしよ」

「そのようだな。つい熱くなると……すまぬ」

 

 黄巾賊の兵達に囲まれたものの、陳平は落ち着き払っている。

 そして、黄巾賊の隊長の一人が、陳平に経緯を聞いてきた。

 

「何故、貴様らはここにいる」

「すみません。ここいらに野鳥の巣があるって聞いたもんで、卵を取りにきたんですわ」

「何? 卵?」

「へぇ。最近の飯ときたら、どうにも味付けが良くない。そこで……」

「黙れ! 馬鹿げた事を言うな!」

「ひいっ! すみません! ですが、あっしらがここに来なければ、斥候の連中を見つけることは出来ませんでしたよ」

「……仕方ないな。しかし、褒美はなしだぞ」

「すいません。感謝します」

「ほら、さっさと陣営に戻れ! グズグズするな!」

 

 上手く誤魔化した陳平は二人を従えて、黄巾党の陣営に潜りこんだ。

 潜りこむことに成功はしたが、これからが正念場である。

 陳平はまず、黄巾党の陣営で情報を収集することにした。

 

 まだ陽が沈んでから間もなかったので、未だに起きている連中は多い。

 そこで酒を持って行き、その連中の輪に加わる。

 そして、一番話したくてウズウズしている奴を、そこの中から見つけるのだ。

 

 外から様子を見ていると、随分と饒舌に話している奴がいた。

 少し話過ぎなせいか、空気が若干読めず、少し煙たがられている。

 そういう奴が一番、都合が良い。

 

「やぁ、ちょいと失礼しますよ。まま、一杯」

「おう。悪いな。新入りか?」

「はい。単福って言います」

「そうかい。おめぇさんは何処の出身だ?」

「江夏の田舎ですわ」

「そうかぁ。あそこの太守は青二才のくせに、臆病者でドケチという噂だからなぁ」

「ええ、しかも俺の畑も、袁術軍に荒らされちまいやしてね」

「難儀なことだねぇ。しかし、どうせだったら長沙に渡れば良かったのに」

「へぇ? 何でです?」

「何でって……お前さん。賊太守の噂を聞いたことないのか?」

「賊太守ねぇ……? いや、聞いたことがないです」

「おいおい。賊太守って言えば、評判の仁君だぞ」

「賊なのに、仁君なんですかい?」

「ああ、そうだ。なんでも、噂じゃ『完全に朝廷を見限って、喧嘩を売った』って話だぞ」

「へぇ、そいつぁ見物だね。けど、勝てるのかね?」

「そりゃあ、張角様も言っているけどよ。うちらと組めば勝てる筈よ」

「たかだか、一都市の田舎太守なんでしょ?」

「馬鹿を言っちゃあ、いけねぇよ。今じゃ荊南四郡の長だぜ」

「へぇ……そいつぁ、たまげた」

 

 黄巾党の男から、まずは司護の噂を聞くこと。

 これは黄巾党の下々から司護が「どのように見られているか」という確認である。

 ただ、この男だけの寸評かもしれないので、他の連中にも訊ねなければならない。

 

 だが、この男以外からも司護の評判は大概、同じものであった。

 仁君で知られており、漢の佞臣を突っぱねたとあって、支持されているのである。

 それ故「黄巾党がなくなったら賊太守を主と仰ごう」という声が日増しに高まってきている。

 その声に対し陳平は「仕えてみたら、とんでもねぇ変人だぞ」と心の内で呟き、ほくそ笑んだ。

 

 一頻り聞いたところで、安全であろう山道を聞いたが、明け方近くになったので、そこで一度いることになった。

 焦りは禁物だからである。

 そして奇妙なことに、黄巾党が山を占拠していない理由が分らなかったので、さらに探りを入れることにしたからだ。

 

 一日かけて聞き込みをすると、次第にその理由が判明してきた。

 どうやら張角は鄭玄を殺したくないらしい。

 いや、そもそも「名士と呼ばれる者達を殺すな」という触れが出ているのだ。

 

 一見、不思議な命令であるが、波才が謁見の間で司護に言ったことが真であれば、自ずと理解できる。

 それに、ここにいる黄巾党の連中は豺狼のような顔つきではない。

 区星らのような者達ではないのである。

 しかし、他の場所では、豺狼のような者達も黄巾党に紛れているのもまた事実。

 

「こりゃあ、近い内に二派に別れるかもしれねぇな。報告して……いや、それはやめよう。あの変仁君のことだ。これ以上、おかしくなったらこっちまで滅入る」

 

 陳平はそう思い直した。

 そして、夜の帳が降りるのを待って、周泰、鐘離昧と共に山道を歩きだした。


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